第13話 創作仲間

高校三年の秋だった。学校帰り、いつもの日課としてポストに入っていた郵便物を確認した。

夕刊の他に事務用品として安売りされている茶封筒が一通入っている。しかも速達。

差出人は佐井くんだ。

  推薦入試を受けるには、夏までの成績が勝負。去年のイベントでそう作戦を立てた私たちは、手紙の間隔を少しだけ長くすることに決めた。物語を書く量も自然と減った。今では月に一度来るかこないかくらいだ。それも、簡単な手紙とタイプ打ちされた小説が送られてくる感じ。向こうも忙しいと予想できたから、私も手紙を控えた。

 それなのに、速達なんて、なんだろう。推薦入試でどこかに合格したのだろうか。有名私大の推薦入試なら、そろそろ合否が出る頃合いだ。

  玄関に引き上げ、手洗いうがいをしたあと、封筒を破る。

  『文コミに売り手側で参加してみない?』

  便箋を出すなり、やや走り書きめいた文字が飛び込んできた。

文学コミュニケーション、略して文コミは、二人で行った同人誌即売会だ。

  『姉さんが出るはずだったんだけど、仕事で行けなくなったって。参加費とかはいらないから、約束よりは早いけど、一緒に出ない?』

  佐井くんには、年の離れたお姉さんがいる。お姉さんも何かを書いている人なのか、と思うと、親近感を持った。

  手紙には、参加要項のコピーが添えられている。

 オリジナル同人誌(イラスト、漫画、小説)を自由に販売・購入する。ジャンル申請を正しく行えば、制限はほとんどない。対面販売を通じて、読み手と書き手が交流するイベント。

  内容を見て、とんでもなく行きたくなった。去年の参加記憶がよみがえる。やっぱり私は本を書きたい。書いて、出して、読んでほしい。同じ志の人ともっと話してみたい。

  私は家に誰もいないことを確認して、固定電話を手に取った。手帳に書き留めていた、佐井くんの携帯番号。かけるのは初めてだから、慎重に。間違えないようにプッシュする。

 もしかして番号は変わってる?でもアドレスだって変わったら教えてくれたから、たぶん、このままでいいはず。

  1コール、2コール。どきどきしながら待った。

  「もしもし?」

  電話はすぐにつながった。久しぶりに聞いた声は、少し低い。

  「みなも……ごめんなさい、羽瀬川です」

  佐井くんが知っている名前で言い直し、私は返答を待った。

  「羽瀬川さん!?久しぶり!電話ありがとう。ちょっと待って」

  声のトーンが上がった後、がたがたと移動する音がする。

 部屋を変わったのだろう。その点携帯電話は便利だ。固定電話の子機でもできるけど。

  「お待たせ。もう大丈夫だよ」

  「ありがとう。あのね、速達、見たよ!佐井くんさえよければ、私、参加したい」

  「おっけー!ってごめん、進路とか大丈夫?誘っといてなんだけど、無理はしないで」

  確かにまっとうな受験生ならそういう暇はない。でも心配はいらない。

  「行けるよ、決まったから!」

  「おめでとう!」

  心からの祝福に、私は嬉しくなった。

  「じゃあ、さっそく準備始めようか……ってっちょっと待って、電話代かかるよね?かけ直す」

  「あ、うん」

  固定電話から携帯電話にかけると、料金が高くなる。気を使ってくれたのか、電話が切れて、すぐにベルが鳴った。

  私は慌てて取った。

「もしもし」

  「もしもし、佐井です」

  「羽瀬川です。かけ直し、ありがとう」

 いいっていいいて、と、本当に嫌味なく、さわやかに流された。

  「それで、さっきの話の続きだけど」

  「うん、私は何の準備をしたら?」

  「ぶっちゃけ、送ってもらった原稿を出していいかの確認かな?パソコン持ってたっけ」

  「ううん、家にはないの」

  相変わらず文明の波に取り残されたような家だ。録画機器はビデオだし、音楽はカセットやラジオで聞いている。

  「じゃあ、こっちでパソコン打ちするから、今まで送ってもらった原稿で本にしていいかの確認。それと、当日売り子さんやるのと、ほかの人のものを買うならその軍資金を自分で用意すること、くらいかな」

 それは実質、お金を用意して、当日の準備に備えて、ということだ。

  本来自分がやるべきパソコン打ちもお願いしているのに。

  「……それって、私、ほとんど準備できなくなるけど、佐井くんの負担が大きくない?」

  「大丈夫。一応進路決まったし。それに、羽瀬川さんさえよかったら、二人で一冊だそうよ。そしたら費用も安く済むから。こっちで印刷設定とかはやっておけるし」

  「わあ、佐井くんこそ、おめでとう!」

  詳しく聴きたかったけど、その分佐井くんに電話代がかかりそうだ。

  「ありがと、まあ、積もる話は会ったときにでも」

  「うん……じゃあ、細々としたものは、お願いしちゃうことになるけど……」

  「任せといて、姉さんにいろいろ聞いてやってみる。姉さん何回か出てるから。それに、羽瀬川さん、交通費けっこう馬鹿にならないでしょ?こっちで準備するから、羽瀬川さんは浮いた時間で自分の交通費とかを稼ぐってことで!」

 そう、電車代はわりとかかるのだ。片道数千円くらい。正直、行くだけでも負担になるし、自宅でも自由に動けるとは言い難い。

  「ありがとう。じゃあ、送ったやつで、お願い。あともう一本、出したいやつがあるから早めに送るね。かかったお金とか、また教えて」

  「わかった。じゃあ、当日のことなんだけど、待ち合わせと時間は……」

  私たちはいくつかの約束をして、電話を切る。


 すごく楽しみで、楽しみで。その日は眠れなかったことを、今でもよく覚えている。




  11月のある日。私たちは、長机1つ分のスペースで、パイプ椅子を並べて座っていた。机の上には佐井くんが製本した同人誌が二種類並んでいる。机の下には自分たちの荷物。見えないところにはお釣り用の小銭。準備はばっちりだ。

 参加するグループ、サークル1つにつき、長机が1つと、最大二個の椅子が割り振られる。開催中、サークル側はあらかじめ決められた場所『スペース』で創作物を頒布することになる。

 サークル名は、お姉さんのものを使わせてもらった。これは申し込み時の関係で変更できなかったらしい。あいにく参加できなかったお姉さんは、せめて新しい作品はおいておきたいということで、新刊を佐井くんに託してきたようだ。

  「これ持って行って並べないと参加費払ってやんねーぞっていうから」というのは、嘘か誠か佐井くんの弁。それでも脇のほうにはお姉さんが作ったらしい同人誌がきちんと並べられている。カラーできれいな表紙で、本格的なつくりの物だった。

 そして、目立つところにちゃっかり私たちの作品を置いている。

「大丈夫かな、見劣りしない?」

「 並べるには並べたから、場所はぶっちゃけいいだろ」

そういった顔はいたずらっ子みたいだった。

  二人で合作、というより、佐井くんが製本作業をし、お互いの作品を収録したした同人誌のタイトルは、「モノクロランプ」だった。長くなりすぎて、一冊にすることにした私のファンタジー小説は、「風の舞うところ」。モノクロランプの表紙はシックなデザインになっていた。

多分、デザインを佐井くんが、作成をお姉さんが担当したのだと思う。

 モノクロランプは印刷所を利用し、きれいに製本されていた。風の舞うところは費用を抑えるため、コンビニでコピーをして自前でホチキス留めをしたたコピー本だ。

それでも、どっちも思いを込めた作品であることに変わりはない。少しでも多く、誰かに迎えられるように願うばかりだ。

  設営が終わり、しばらくして。イベント開始時間となり、一般参加のお客さんがどやどやと入場し、次第に会場は賑やかになっていく。

  二人で本の話をしたり、イベントのカタログを見て、まわりたいほかのスペースを物色していたり。そんな話が一段落して、佐井くんはおもむろに口を開いた。

  「羽瀬川さんは、魔法のランプの話だっけ?」

  「うん。中学の選択科目で書いて、佐井くんにも送ったやつ」

  「あれか、懐かしいー」

  佐井くんはモノクロランプを一冊持ち上げた。こちらには、佐井くんの話と、私の書いた話がひとつづつ収録されている。

 そう。これを書き始めたもう3年ほども前の話なのだ。そう思うと、佐井くんとのやりとりが続いているのは奇跡的だった。

  小中あわせても仲良くしている人は、佐井くんくらい。

  「佐井くんは、なにを出したの?」

  「実は僕も……」

 そうして佐井くんは、冊子を一冊渡してくれる。

 ほぼ丸投げしていたので、完成品を見るのは初めてだった。ぱらぱらとめくる。いつか見た物語がのぞいていた。

  白と黒。この二色と、はっきりした物事しか認識できない異星人が主人公。彼が地球にやってきて、多くの色と様々な価値観を見つける話。中3のときに、佐井くんが選択国語で書いていた物語だ。授業の関係からか、続きを匂わせる終わり方で完結していた。読みたいといっていたのだけれど、文通で送られてくるものはいつも違うものだった。

  『モノクロから色鉛筆を』。中学の時に楽しみにしていた作品。

  見覚えのない文章に、鼓動が早くなる。

  「これ、もしかして続きがある……?」

  「もちろん!久しぶりに書いたよ」

  「うわあ、嬉しい……!」

  思わず興奮してしまう。

  続きがとても気になっていたのだ。読み手なりにその後を作ることはできるけれど、世界の続きは書き手が作るしかない。書いてくれるまで待つしかなくて。けれど書くのは義務じゃないから、続きを書けとは言えなくて。

  「楽しみにしてくれてて、ありがとう」

  返事をするのも忘れて、食い入るように見つめていた。

  長机の前は多くの人が通りすぎていく。文コミは漫画やイラストを出す参加者がメインのため、小説コーナーはそこまで売れ行きがよくない。私たちは小説の同人誌しか出していないから、立ち寄る人も少なかった。そして、システム上初参加の人は初っ端から売れるのは難しいと聞く。何回か参加して、運営主体の人が発行するカタログでおすすめ作品などと掲載されていくようになると、立ち寄ってくれる人が増えて行ったりするらしい。カタログにはサークル側の参加者情報がすべて載っているけれど、その数は膨大だ。同じサークル名、ペンネームで回数を重ね、地道にファンを増やしてリピーターさんをつくっていく方法などがある。見つけてくれるために、見つけてもらうための頑張りが必要なのだなあという印象だ。

 とすると、私たちが暇しているも、別におかしいことじゃない。実績がないわけだから。




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『モノクロから色鉛筆を』


 モノクロと、はっきりした物事以外を認識できない異星人。彼と出会った地球人は、色彩を教えたいと思い、二人で旅をすることに。

  旅を続けるなか、価値観を知り、四季彩を教わることで、世界には様々なことで満ちあふれているという知識を得る。異星人は白か黒かの故郷の星に対して疑問を持つのだった。

 そんな矢先、地球人は命を落としてしまう。

  悲しみというものを知り、戸惑いながらも、一人旅を続ける異星人。

  一人旅ゆえか、失敗も重ねてしまう。そのたびにおっちょこちょいな地球人を思い返す。旅を続けるうちに合理的な選択のみが人生を豊かにするのではないという考えに至る。彼の目には、すでに色であふれた世界が広がっていた。

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