第11話 拝啓
私は家庭の事情から、中学三年の夏休みに単身引っ越した。母方の親戚で、子供がいない夫婦の家に厄介になったのだ。実の親とは音信不通になっている。あるいは、私に取り次がせないようにしているのかもしれない。ひとまず中学までの人間関係は九割五分ほど断ち切って新生活を始めることになった。中三の二学期から転居先の公立中学に転校し、そのまま学区内で一番偏差値の高い公立高校に進学した。
高校での部活動は文芸部に決めた。大好きな本や物語に関わることができるし、活動内容もまったりしている。そこに所属して、物語を書いた。少ないけれどクラスや部活で友達もできた。そのあたりは恵まれたかもしれない。
高校での生活リズムはルーティンワークとしかいえない。日々の勉強と創作活動をしながら、飲食店でアルバイトをしてお金を稼ぐ。家に帰ったらお手伝い。家族という形ではあるけれど、さすがになにもしないわけにはいかない。後天的な家族を始めたばかりなのだから。ひとまず少額のお小遣いはもらっているけれど罪悪感に苛まれる。あんまり買い物はしない。もともとお金がなかったから、使うことに慣れないのだと思う。幸い養父母は優しいので、気を使いあいながらもうまくやっていけているとは勝手に考えていた。
忘れてはいけない、というより忘れようがないのだけれど、二週間に一度は読書仲間の佐井くんに手紙を書いて、月に一度は物語のコピーを送る。向こうからも同じ頻度で郵便が届く。転居先はまあまあ田舎なところなので、娯楽を見つけるのが難しい。市立図書館は電車とバスで一時間超かかり、本屋ですら片道四十分かかるレベルだった。そんな辺鄙なところなのに移動図書館はない。だから、佐井くんからの手紙は大きな楽しみだ。
そして養父母は機械に弱い。当然のようにパソコンもなく、インターネットさえ満足にできない。年代物のワープロも壊れていたので、こちらの創作はもっぱら手書きだった。向こうは途中からパソコン書きになっていたのは時代を感じる。ただ、手書きの宛名の字は相変わらずで、物語は平和な味だった。
近況報告によると、佐井くんは香月に進学し、バレー部に入ったらしい。図書委員もしているようだ。中学ではなんでもできて、それでいて鼻につかない人気者だったのだ。高校でもアクティブで明るくて、きっと充実しているのだろう。
通っている高校の変な校則や、図書室のラインナップ。最近あった出来事に、お互いの物語の感想。伝えたいことは山ほどあって。手紙の束は小さな箱に入りきらないほどに増えた。
『いつか佐井くんは言ってくれたけど、覚えてる?読んだら世界に没頭できる。書いたら世界を作れる。本当にそうだなあって、思うよ。今は文芸部で書いているけど、面白いの。みんなが違っていて。それと、書いた物語を見てくれるのもうれしいの』
『文芸部っていいよね。こっちはそういうのないからさ。っていうか、そんな前のこと覚えてて、すごい!
……覚えてるけど、忘れてくれてもいいんだよ、っていうか忘れて。なんかはずい!』
忘れられるわけがない。私を支える大事な言葉なのだから。
ちょっとずつ、ちょっとずつ。書いてくれた物語を読むことが楽しみだ。もちろん自分で書くことも。
『今回の話も面白かった。短編なんだね。キャラクターの香月って名前は高校からとったの?』
『ありがとう!うん、高校からとったんだ。名付けに悩んだら、身近なとこから拝借してる』
『なるほど!あ、そうだ、また選択で書いてた話も、読みたいなあ』
『選択のやつは、なかなか書けてないんだ、ごめん!そうだ、最近文芸部はどんな感じなの?』
部活のことを書くと、かなりの枚数の便箋を使ってしまう。それくらい活動は楽しかった。仲間に恵まれ、好きなことをしていたからだ。
なにを隠そう、書くことにはまってしまった。佐井くんだけじゃない。文芸部仲間と創作の話をすることが楽しかった。こういうシチュエーションに萌える、あるいは燃える。このキャラは憎めない。はたまた、大どんでん返しがきた!とか。語りつくすには時間はいくらあっても足りない。
書いていくうちにプロの作家になりたいという意識が芽生えた。思いは、日に日に強くなっていった。それはけっしてミーハーだからじゃない。
本は強力な味方だ。知識を得て自分が賢くなり、将来に役立つだけじゃない。孤独な時間を楽しくしてくれる。本を読んでいるだけで、一人であるという自覚は極端に薄くなる。一人でいてもいいのだと教えてくれる。本があるから、人は孤独でも耐えられる。
私はそう感じている。世界が増える。世界を増やせる。こんな物語もあるよ、没頭できるよ、と示すことで、本は人を助けられる。私は誰かを助けることができるような、そんな書き手になりたい。
佐井くんが、私にしてくれたみたいに。
私が書いた物語で、同じように誰かを楽な気持ちにすることができたら、とても幸せなことだと。そんな思いを持ち始めた。
『私、作家になりたい。プロの作家になって、いろんな人に物語を読んでほしい』
『素敵な夢だと思うよ!応援させて。はせがわさんが将来大作家になったら、僕は一番早く原稿を読んだ人だね(笑)』
考えるだけで幸せなのだから、実現したらもっと多幸感で満たされるのだろう。手っ取り早い方法だと思い、新人賞に応募もした。ただ、箸にも棒にも、かからなかった。それでも、書くことも読むことも続けた。
『新人賞またダメだった。けど、きりかえていくねー』
『うん、次行ってみよ!はせがわさんならできるから』
卵くらいの大きさだった夢は、どんどん大きくなっていった。鶏からダチョウくらい。だんだんとそれ以上。落選通知の横やりは入ったけれど、そのたびにまた頑張ろうと思うことができた。
そう、転んでもまた立ち上がることができたのだ。立ち上がる理由には、佐井くんからの励ましが、一定以上は占めていたのだと思う。
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