第7話 選択a

転機が訪れたのは、三年生になったときの選択科目だ。私は国語を選択していた。そこの履修者に佐井くんも入っていたのだ。

 正直にいって、選択国語はかなり自由度の高い科目だった。選択科目にテストはない。成績評価は出席と授業態度、課題、最終日の提出物で決まる。けれど選択国語は最終日の提出物だけで判断されていたように思う。出すものは、国語的なものならなんでもよい。例えば、自分で買ってきた国語系のドリルとか、読書感想文とか、はたまた自作の詩や物語であるとか。

 完成形でなくてもいいということなので、当然多くは友達同士でおしゃべりをする。先生は我関せずというように、自分の書類仕事なんかをしている。冷静に考えて、受験生にこの内容はすごいよなあと、大人は感じるのかもしれない。

 授業場所は図書室。しかも授業時間内は資料を好きなように使っていいと先生のお墨付き。私は授業中に本を好きなだけ読めるなんて素晴らしい!と思い、迷わず第一希望にした。ただ、履修者の大半は勉強が苦手な人、不良扱いされている人、不登校気味の人だった。受験に身を入れたい人や、私みたいに一人勉強したいタイプの人は補習授業のような感じの選択科目をとっていたようだ。場違いな感じはひしひしと身に染みた。

 私はまだいい。一人で好きな科目をとったのだし。でもこんな混沌とした空間に佐井くんがいる。他の運動部エースメンバーと同じように、体育をとってそうなのに。しかも、佐井くんと特別仲のいい感じの人は一人もいない。選択希望に漏れたか、一人でとったか。そんなわけで、周りからはものすごく意外に思われていたようだった。

 そのときクラスは離れていたけれど、図書室での席順は、たまたま近いところになった。同じ六人掛けテーブルの斜向かい。先生から見て左から二番目の列、前から四番目が私、羽瀬川紗菜の席。一番左の列の、一番後ろの席が佐井たすくだ。同じテーブルに女子は私だけだった。視線がいくつか突き刺さってきたけどどうしようもない。先生が最初から指定したので不可抗力だ。

 初回の授業だった。先生が授業の説明をすると、みんな嬉しそうに友達同士で話し合う。授業開始五分でがやがやとし始めた。限りなくフリーダムだ。授業教室と離れているので、先生も咎めない。私は席をたって本を探しにいき、佐井くんも同じようにした。

 同じような棚を見るけれど、話しかけたりはしない。よさげな本を見つけ、一足先に戻った。

 ―‐違和感があった。空いているはずのところが空いていない。私の席がとられている。友達同士でおしゃべりしたい男子に占領されてしまったのだ。私にあてがわれた席に今いるのは不良に片足を突っ込んでいる人なので、そこをどいてというのは怖い。

「…………」

 私は立ち尽くすしかなかった。

「そこに座ったら?」

 いつの間にか近づいてきた佐井くんは、こともなげにそう言った。『そこ』は佐井くんの向かいの席だった。

今だって視線で刺し殺されそうなのに、座ったらどうなってしまうんだろう。

「大丈夫、休んでる人の席だし、羽瀬川さんの席とられてるし、先生も多目にみてくれるよ」

 そう言い残すと、先に席についてしまう。確かに、いつまでも突っ立っているわけにはいかない。私はおずおずと、佐井くんの向かいに座る。持ってきた本を置き、筆箱とノートをすすすと移動させた。

「あれ、佐井、おまえ本なんか読むの?」

 私の動きに気づいて、ワックスでつんつんになった髪の男の子が大声で聞く。

「そうそう、いまさらハリポタ読みたくなったから、読めるだけ読む!だから俺に話しかけるの禁止なー」

「おー、でも俺らはこっちで勝手にしゃべっとくけどな、うるさいっつうのはナシな」

「おっけおっけ!」

 佐井くんは瞬く間に、自分が干渉されないようにしてしまった。大きな声だったので、女の子達にも聞こえたはずだ。こっそり様子をうかがうと、立ち上がろうとしていた女の子が座り直している。佐井くんに話しかけに行こうとしていたのかもしれない。私はその子達に背中をむけて座り、端っこに座る佐井くんと向かいあった。

 佐井くんはハリー・ポッターのハードカバーを開きつつも、ノートを広げている。シャーペンを振って、迷いなく書き出した。

 なにを書いているのだろう。私は自分の持ってきたノートと本を開くのも忘れていた。

視線が気になったのかもしれない。佐井くんは顔をあげた。

 正面の人物は表情を変えずにノートをくるりと回し、無造作に置いた。今までの作業に興味を失ったように、ノートの中身が私に見えるのも気にせずに本を読み始める。見えたページには、人名と簡単な紹介が書かれていた。

 おそらくは、オリジナルの。佐井くんが考え出したキャラクターの設定。

「……」

 声に出そうとして、やめる。

 私も自分のノートを広げシャーペンを取り出した。できるだけ急いで、でも丁寧に書く。

『小説をかくの?』

 同じようにノートを回転させて、相手に見えやすいようにする。

 気づいた佐井くんは、小さくうなずいた。

『読みたいなあ』

 本を片手にノートに走り書き。

『今度持ってくるよ』

 相手も同じように返事を書いた。

 見た瞬間に口角があがるのを感じた。きっと佐井くんは、お世辞やその場限りの調子のいいことじゃなくて、本当にそうしてくれるから。

『約束ね』

『でも、羽瀬川さんのも読みたいなあ』

『!?』

 次の言葉がくるまでには時間がかかった。向こうがそれだけ長く文字を書いていたから。

どういうことだろうと、どきどきしながら続きを待った。

『読んだら本の世界に没頭できる。でも、書いたら自分で世界を作れる。世界をつくれるって、面白いと思うよ。たくさん本を読んでるから、はせがわさんは面白いのが書けると思う』

 私はどんな顔をしていいか、わからなかった。どんな返事をしていいのかも。

 話が終わったとみたらしい。佐井くんは、雑談の名残があるページをめくり、新しいところから物語を書き始めた。

 誰にも邪魔されることはなく。私だって、邪魔なんてできるわけはなく。

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