第6話 雨



「佐井、お前最近部活前にどこ行ってんの?」

 次の日の朝、教室に行くと鋭い言葉にびくりとした。佐井くんが男子バレー部の部員に詰め寄られている。他のクラスメイトもちらちら注目している。露骨な視線を向けない人も仲良し同士で上の空なおしゃべりをしつつ、バレー部員をそれとなく気にしているようだ。

 私も倣って様子をうかがってみる。男子バレー部の結束は他の運動部よりも強いことで有名だ。いつものように和気あいあいとしているのかと思えば、違う。ストレートにいえば雰囲気が悪い。

 外では雨が降っていて、教室は電気がついているけれど、元々の暗さは誤魔化せない。雨特有の嫌な空気。

 私は男子グループの様子を、見ないふりをしながら遠巻きに耳をそばだてる。

「えー」

 詰問に対してにっこりしていても、火に油をそそぐことになったようだ。

 少し湿った制服は、なぜだか熱を持って、暑さを感じてしまう。 雨の日の登校時にありがちなこと。濡れた靴下がやや気持ち悪い。

「はぐらかすなよ、ちょくちょく部活前にいなくなってさあ」

「そうそう、なんか四階?で見たとかいう人がいるんだけど」

「あのへんなに?図書室くらいしかなくね?」

 やばい、と思ったときには遅かった。一人の視線が席へ向かっていた私を見つけた。

「もしかしてさ、佐井。かるた部の誰かとつきあってんの?」

 教室中がざわめく。嫌な感じのシャワー。好奇心旺盛な男子の目。大事なものをとった!と言わんばかりのリーダー格的女の子達のにらみ。

 背中を汗が伝う。

 口の中がからからに渇く。

 立ちまわり方がわからない。

 なにをしたらいいかわからない。

 頭の中と、目の前がぐるぐる。

「違うよ」

 冷静な声が聞こえた。あくまでものんびりとした感じの。

 はっとする。私はここに立っている。

「図書室でさ、読書感想文用の本探してた」

 さらりという佐井くんに、周囲は「は?」という顔になった。

 それはそうだ。なにマジメぶってんだよ、となるのがオチ。佐井くんはテストで安定した成績をとっている。全科目平均点以上は楽々とキープしているけど、ガリ勉キャラじゃない。突拍子のない発言に周囲は警戒している。こいつはなに言ってるんだって。

 でも、佐井くんはそれを感じていないように見える。

「ほら~、一年生さ、課題の提出してなくて、先生がブチキレてたじゃん。宿題できなかった理由に部活って答えた話。これで夏休みもなんかやらかしたら俺らにまでとばっちりが行くかもしれないからさ、図書室でよさそうなの見繕ってたの。ちょうどかるた部の自主練してた羽瀬川さんに許可もらって。ね?」

 そう私に水を向けられる。半信半疑のバレー部メンバーの顔。追撃を緩めてくれない一部の女の子の視線。あくまでもにこやかな佐井くんに、私は励まされた。

 口を開いてもひゅーひゅーという音しかでないから、首を縦に、こくこくと振った。

「な?」

 佐井くんがだめ押しをしてくれたけど、まだバレー部のメンバーは半信半疑だ。

「じゃあどんなのがオススメか、教えてよ」

 私はそう言ってきた人を見つめ返した。私はそれを受け止める。

 本のことなら、私はこの人に負けない。

「『カラフル』、『ダイオキシンが降った町』、エミリー・ロッダの『ローワン』、『バッテリー』、『地雷ではなく花をください』、『西の魔女が死んだ』、『モモ』、『アルジャーノンに花束を』、『ニルスの不思議な旅』」

 とめどなく思い浮かんだ児童書を次々とあげた。まだまだあるけどひとまずこのくらいで。淀みなく言ったからなのか、聞いてきたバレー部員は唖然としていた。

「どんな感じのものがいいか教えてくれたら、もう少し絞り込めると思う」

 その付け足しに、我に返ったようだった。

「な?すげー詳しいの」

 さりげなく誉められて、私はうつむいた。

 お礼や謙遜のさじ加減がいまだにわからないから、安全策として、黙る。すでにこの場の主導権は佐井くんのものだ。

「みんな、黙っててごめんな?まだ全員分は絞りこんでなかったから、誰にも言ってなかったんだけど」

「いや、俺たちこそ……」

 佐井くん達は、仲直りをはじめたようだ。

 そしてこちらは。

「ねえ羽瀬川さん、私たちにもおすすめ本教えてもらっていいかな?」

 先程まで私を睨み付けてきたグループがそう言ってきた。

本の情報を持って佐井くんと話したいのかもしれない。

 まあいいか、と思いながら、私は慣れない会話をした。


「――――さっきはごめんね?」

 当たり障りのない声と口調で、佐井くんは、堂々と私に話しかけてきた。私も当たり障りなく、ううんと答えた。会話はそこで終わった。

 その日から、学校で話すことはほとんどなくなった。

 誰も来ない放課後の図書室で、私は一人本を読んだ。たまに扉が開くたびに期待した。全部顧問の先生だった。がっかりしなかったといえば嘘になる。だけど戻っただけだ。

 それでいいと思う。味方でいてくれただけで十分。少し、寂しかったけど。私たちはお互いに立ち位置というものがある。 

 私と話していると、佐井くんに迷惑がかかる。佐井くんが私に話しかけてきても、私は女子グループに睨まれる。それを佐井くんは、わかってくれたのだと思う。ただ、移動図書館で会える日は変わらずに、意気投合して、話をした。

 半年以上、そんな感じだっただろうか。

 連絡先も知らない。メールなんてもちろんしない。それでも移動図書館で会える日を、なによりも楽しみにしていた。

 それだけでよかった。

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