第5話 ヒエラルキー・フリー
ヒエラルキー、っていうのは部活でもわかると思う。佐井くんはバレー部で、私は百人一首かるた部だ。雰囲気もメンバーも、活動量だって違う。週一で集まるかどうかのかるた部に比べ、バレー部は毎日練習している。だから移動図書館に佐井くんが来れないことが多かった。運動部なんて滅多なことでは休めない。移動図書館で顔を合わせるのは、バレー部の活動がないか早く終わる日に限られる。せいぜいテスト期間とか、夏休みや冬休み、そのくらいだ。中一の春に移動図書館でばったり会って、一緒に本を借りた回数が増えたと思ったら、あっというまに二年生になっていた。
佐井くんは人当たりもよく、信頼されている。いろんな人から期待されているようで、会うたびに忙しそうに見える。そんな素振りは見せないけれど、本を借りる冊数は減っていた。それでも本を読むことは好きみたいで、読みたいという気持ちは常にあったらしい。あまりにも間隔が空くからなのか、佐井くんは暇を見つけて学校の図書室に顔を出すようになった。
かるた部は図書室で活動している。週一で集まり、みんなで百人一首をするのが主な活動内容だ。部員は練習のために放課後の図書室を使えるけれど、私以外ほとんどこない。文化部のなかでもゆるい部類で、自主練なんてする人は稀なのだ。必然的に、放課後の図書室は私が独占していることになる。そんなわけで、実質私が一人で本を読むか自主練習をしているところに、佐井くんはひょっこりとやってくるのだ。
「お邪魔しまーす」
六月くらいだったと思う。
掃除が終わってすぐくらいの時間。体操服姿で佐井くんは現れた。すらりとしている体つきが制服と比べて強調されていた。昨年に引き続きまた同じクラスになって、見慣れてはいる。それでもやっぱり、やっぱり佐井くんは、客観的にみてさわやかで、かっこいい。数々の女の子が恋をするのもわかる気がする。
「あ、いらっしゃい」
抵抗なくぺたぺたと入ってくる姿に、もはや違和感はなくなった。本当にこの人は、スポーツと勉強ができて本が好きで。なにを持ってないのかなあというくらい。嫉妬する気にもならないのがまたすごい。それは私だけではなく、同級生や、先輩後輩も同じはずだ。
「なんかオススメのやつある?」
図書室はオレンジを基調とした室内で、他の特別教室とは一線を画している。明るく、暖かさを感じられるようにとの意図があるらしい。
そんな部屋に明るい人が入ってきたのだから、場は華やかになる。問いかけを受け、最近読んだ本の中から、候補をいくつか絞り込んだ。
「青春モノなら『ビートキッズ』。バンドの話で、物語が関西弁で進むのが特徴かな。冒険ものなら『ブレイブストーリー』が読み応えあった。こっちはハードカバーの上下だから重いけど」
「ありがと、今度借りてくよ」
「うん、部活、頑張って」
「もちろん!」
佐井くんは笑いかけて、体育館へと走っていった。二人だった部屋は一人ぼっちになった。心なしか室内の明るさが一段階落ちた気がした。
私に対して、学校でも他の人にするのと同じような雰囲気で話しかけてくれる。仲がいい人とそうでない人で露骨に態度を変えるなんて絶対にしない。そこは人から好かれる大きなポイントかもしれない。
図書室に来てくれるたびに話す内容は、大体は本のこと。今この瞬間にも本は増えるし、私たちだって読み終えた本は多くなっていく。話すネタは尽きない。慣れもあったからか、この頃には佐井くんと普通に話せるようになっていた。
それにしても。なんとなく、部活が始まる前のわずかな時間で来てくれているのかな、と思う。滞在時間はいつもこんなところだ。
私と話すことにいくら抵抗がなくても、言葉は悪いけど、こう、ちょこちょこ来てくれていると、佐井くんにとってよくないことが起きるのではないだろうか、とか。そんなことを恐れては怖くなる。個人的には。来てくれて、とても嬉しいのだけれど。
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