龍宮寺 姫の見た世界

「え?」

 岩崎さんは、ぽかんとした表情を浮かべている。それは知り合いだと思って声をかけた相手が、実は全くの他人だった時のような、そんな表情だ。思い浮かべていた事とは、全く違う事象に出会い、戸惑っている。

「め、面! ですぅ」

 そう言って自分は、岩崎さんの背後から決まり手である面打ちを放ち、竹刀と面がぶつかる。竹が弾けた様な音が武道場に響き渡り、審判の手が上がった。一本、見事に決まったのだ。

 歓声が、爆発する。

「え? なんで?」

 岩崎さんは、自分の身に起きたことが理解できていない様子だった。でも、そんなに自分は変なことをしてしまったのだろうか?

 ……で、でも、審判の人、手、上げてますし。

 自分は、今まで先輩と取り組んできた特訓の内容を振り返る。

 自分が先輩の体制を崩そうとして足払いを受け、投げられる。ただそれだけだ。

 ……や、闇雲にあれこれするよりも、ひひひ一つに絞った方が、効率いいですから。

 第四金曜日という期限が決められており、その期限内で自分の弱点を全て克服するのは不可能だ。だから一つに絞った。トニーちゃんの言っていた通り、自分の弱い所をひたすら攻め抜いたのだ。

 ……た、短時間じゃそれぐらいしか出来ませんし、そそそそれに、防ぐだけなら、なんとかなると思いましたからっ。

 岩崎さんからの攻撃は、確かに激しかったし、自分は防戦一方に追い込まれていた。だが、逆に言えばそれだけだ。防ぐ事は出来ていた。それこそ、中学生の決まり手ではない突きを、岩崎さんが使ってくるぐらいには。

 それに――

 ……し、正面からぶつかるのが、いいい岩崎先輩からの、お願いでしたし。

 そして何より、それを先輩が求めている事だと思ったのだ。何故なら先輩は、特訓では自分からは手を出さなかった。自分の攻撃を、全て受ける。そういう形の特訓にしていたから。

 ……だ、だから、あ、あたしにも、同じことをしろって、ままま『魔王』って、こーあるべきだって、教えてくれていたのかな? って、そー思ったんです。

 だから受けた。受け続け、そして、先輩と特訓をし続けた攻撃を岩崎さんが放ったタイミングで、自分は攻撃に転じたのだ。

 必殺の、一撃を。

 先輩との特訓をし続けてから、自分が家に帰れなかった日はない。つまり、あの先輩にすら一太刀入れれるように、自分はなったのだ。

 第五十代目『魔王』。『勇者』討伐率百パーセントを誇る『魔王中の魔王』へ一太刀入れれるのであれば、それはもはや必殺の一撃と呼んでいいと、自分ではそう思っている。

 ……で、でも、ななな何で岩崎さん、そんなに驚いてるんですかーっ!

 自分はただ、普通に岩崎さんの繰り出した下段の竹刀に自分の切っ先を合わせただけだ。

 ……だ、だって、こここ攻撃を躱しながら同時に攻撃すれば、外れませんよね?

 先輩に対して最初に自分が行ったのは、姿勢をずらし、カウンターを更に避ける攻撃だった。しかし、最後の回避は竹刀を地面に付いていたため、先輩と自分の攻撃が非同期になり、自分が攻撃している最中に先輩がこちらに投げを放つ時間的ゆとりが生まれてしまう。

 だから、相手がカウンターで攻撃を放つ動作と、自分が避ける動作を一つにまとめたのだ。つまり、岩崎さんの繰り出した竹刀に、自分が竹刀を杖代わりにして乗る形で。

 後はそこを支点として跳躍しながら回転。面打ちを放てば、先程の自分の攻撃の出来上がりだ。この攻撃パターンであれば、百回やっても百回失敗しない自信がある。

 やがて、岩崎さんが静かに立ち上がり、面を脱いだ。その下からは、憑き物が落ちたかのような、清々しい顔が現れる。自分も面を脱いだ。

「い、岩崎さん」

「何?」

「あ、あの、ああああ、あたしとは、その、あれかもしれないですけどっ!」

「……何よ?」

「あ、あたしの事は、そそそその、ひ、姫ちゃんって呼んでくださいっ!」

「……バカね、あなた」

「え、えへへへっ」

「なんで笑うのよ、もう」

 そう言って、自分は岩崎さんと二人笑い合う。握手をしようとしたところで、互いに篭手を付けたままだった事に気が付き、更に笑った。

 岩崎先輩が拍手をしてくれて、それを期に武道場に拍手の輪が広がる。あまりの音の大きさに、おっかなびっくりしていると、今度は武道場の扉が開いた。

 現れたのは、不知火先輩の姿と――

「おや、どうやら終わってしまったみたいだよ? こーはい」

「結果はもうわかってるからな。怪我だけしてなきゃ、それでいい」

 いつも通りの、先輩の姿があった。

 何で最初から見に来てくれなかったんだとか、それなら前もって連絡をくれても良かったのにだとか、いろいろ言いたいことはある。

「せ、先輩っ!」

 しかし、自分の手はピースを作り、口は勝手に、こう動いていた。

「か、勝ちましたっ!」

 篭手を脱ぎ忘れていたので、変な顔をされた。

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