狼谷 龍の見た景色
俺は、文字通り扉を蹴破った。同時に蹴った、扉の前に立っていた見張りが、木っ端となった扉と同じ様に二転三転と転がっていく。中からロシア語と中国語による罵声が聞こえてきた。
俺は今、中華系ロシア人のマフィアのアジトに乗り込んでいる。不知火先輩はというと――
『こーはい、もうちょい右。十五センチぐらいね』
インカムから聞こえてきた気だるげな声の通りに動くと、今まさに俺に向けて銃を抜こうとしていた男が後方へと吹き飛んだ。
「相変わらず、よく狙えますね」
『だって動きたくないんだもーん。えいやっ!』
そう言って、不知火先輩は狙撃を続けていく。外の仲間はどうなっているんだ! と二階で叫んでいた男が、撃たれて一階へと落ちてきた。
「そういえば、外のやつ。あれは、正常に稼働しているんですか?」
『ああ、挟撃用の戦闘ドローンだね? 大丈夫大丈夫。建物を全方位する形で、外にいる奴らはその対応で大忙しさ。だから、やりたい事済ませなよ、こーはい』
「ありがとうございます」
いいながら、俺は男を一人背負投た。振り向きざま銃を引き抜いて、立て続けに発砲。対象が崩れ落ちるのを待たず、俺は口を開いた。
「元身内の恥を注ぐ意味合いで、一身上の都合により、一方的に言わせてもらう」
俺はテーブルを蹴り上げ視界を奪い、その間に接敵して一人締め落とす。マフィアの中で、果たして日本語を理解している奴は一体何人いるだろうか? いや、誰も理解できなかったとしても、この口上は俺にとって言うことそのものに意味がある。
「上野の実家に地上げを行っていた事務所の背後にあったロシア企業。堀田にチケットを渡した中華料理屋の経営元。そして、岩崎妹に変な入れ知恵をしたニバスクリオープって奴の接続元IP。全部全部辿っていくと、辿り着いたのがお前らだった。岩崎妹とは、摩天楼学園内でやり取りしていてくれて助かったよ。おかげでIPを調べやすくなった。おかげでお前らに辿り着いた。だから、お前らは終わりだ」
俺が遮蔽物に身を隠す手間を省くように、不知火先輩は尽く俺を狙うマフィアを撃ち抜いていく。俺は安心して、銃弾を補充することが出来た。
「『高楼事件』。確かにお前らに与えた影響は大きいだろう。史上最高の人間を作り上げる。金の匂いもしただろう。だが、そんな人間を、お前たち如きがどうこう出来ると思ったのか? ましてや、摩天楼学園の『魔王』に、『勇者』に手を出して、ただで済むと本当に思っていたのか?」
俺は駆け出していた。罵声と怒号が響く中、俺の銃が咆哮を上げる。銃口から閃光が迸る度、無事に立ち上がっている人間の数が減っていった。
「なまじ、知恵があったばっかりに、お前らが目指した頂きの本当の恐ろしさを見ることになるとはな。そこだけは、同情してやろう」
殴り倒した相手が、俺の足に縋り付く。お前は一体何者なんだと問われ、俺は思わず口角を釣り上げた。
「なぁに。ただの通りすがりの『魔王』だよ」
銃声とマズルフラッシュ。
「元、だけどな」
軽くなった足を動かし、俺は両手を翼の様に広げる。それはまるで、これから飛び立つ、『魔王』の姿のようだった。
「俺はどうにも、お前らの求める頂きに辿り着く途中で壊れてしまったらしい」
銃声。俺が撃ち抜きまた一人、地面に伏した。
「俺は愛を一つしか知らない。家族愛だ」
絶叫。階段から突き落とした男が、無様に転がり落ちていく。
「だが、その家族愛だけで十分だ。十分過ぎるほどに、それだけあれば、俺は誰かを、人を愛することが出来るからだ」
反動。男のみぞおちを殴りつけ、その手応えが左手に返ってくる。
「俺は不知火先輩を、喜李心を、赤川を、大野を、岩崎姉を、上野を、堀田を、岩崎妹を、そして龍宮寺を愛している」
断絶。男が上に逃げようとして使っていた縄梯子を、ナイフを投擲して切断した。
「たとえこの愛し方が間違っていようとも構わない。何故なら俺は『魔王』だったからだ!」
自ら作り出した阿鼻叫喚の坩堝の中で、俺は禍々しく笑いながら、尚も独白を続ける。
「だから俺は『魔王』だったやつも、今の『魔王』も、そしてかつて討伐した『勇者』も、これから生まれるであろう『魔王』も『勇者』も、全て全て守ってみせる! 愛してみせる!」
だから、俺はこの地獄を広げるのを躊躇わない。
「これ以上、俺の愛した家族に指一本触れさせはしないっ!」
故に、既に俺の家族に触れた奴らへと言い放つ。
「さぁ、我が腕の中で 息絶えるがよい!」
そして言葉だけではなく、俺は奴らを両の腕で包み込んだ。
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