龍宮寺 姫の見た世界

 第三武道場の静寂を引き裂く声が、岩崎さんから放たれる。声が聞こえた次の瞬間、眼前には岩崎さんの切っ先が迫っていた。このままでは、喉に突きが決まる。

 しかし、それは囮だ。中学生の剣道では、突きは決まり手にはならない。でも眼の前に迫る突きに、生存本能による条件反射で、突きを防ごうと、自分の竹刀が誘導される。右胴に、僅かな隙間ができた。

 そこに、疾風の如き竹刀が迫りくる。斬撃。その単語に相応しい攻撃が、隙間を縫って右胴に炸裂、する前に、竹刀を下げて防御する。

 が、手応えがない。

 右胴を狙った岩崎さんの竹刀はもはやそこにはなく、また再度自分の眼前に現れていた。しかし、先ほどとは違うことがある。自分の面を狙っているのだ。

 ……し、竹刀は間に合いませんっ!

 岩崎さんの強靭で柔らかい手首が可能とする三連撃に、自分は手も足も出ない。

 絶体絶命のピンチに、自分は竹刀を、体を動かすのではなく、顔を右にずらして対応した。

 岩崎さんの竹刀が、自分の肩を強かに打ち付ける。だが、剣道の決まり手に肩は存在しない。痛みを我慢すれば、面への攻撃はなんとか回避することが出来る。

 一旦距離を取ったことで、自分の耳は周りの声を拾う余裕が出来た。

 周りから巻き起こるのは、盛大な歓声。自分が『魔王』として初めてまともに『決戦』を行うという事で、この第三武道場は超満員となっている。注目されるのは苦手だが、ここまで来てしまえばそんなことは言ってはいられない。審判が試合の邪魔にならないように位置取りを変えるが、それを待たずに岩崎さんがこちらへと飛び込んできた。

「どうしたの? さっきから防戦一方じゃない!」

 岩崎さんの言葉に、自分は口を開くも、言葉を紡ぐ事が出来なかった。岩崎さんから再度の面打ちを、鍔迫り合いで防ぐので精一杯だったのだ。

「これが『魔王』の実力なの? 私とお姉ちゃんをおかしくさせた原因が、こんな弱いやつだったなんてっ!」

 ……だ、だからそれはごごご誤解なんですよーっ!

 ネットを通して、岩崎さんは洗脳されている状態だ。岩崎さんにとって、彼女と彼女の姉に異変が起こったのは、全て『魔王』が原因という事になっている。故に、自分の手で『魔王』に勝たねばならないと、『決戦』をしなければならないと思いこんでいるのだ。

 だが、そんな事は全くの検討外れな見解だし、そもそも岩崎さんが先輩を気にするようになるまで、岩崎先輩の部屋に入り込み、先輩の写真を見ていた事自体おかしな事なのだ。

 しかし、そうした違和感に、岩崎さんは気づいていない。そして伝えても、その違和感を認めてはくれなかった。

 ならば、解決策は、自分が岩崎さんに勝つしかない。『勇者』は一度『魔王』に討伐されれば、もう『決戦』は行えなくなる。『決戦』にエントリー出来るのは、一度っきりだ。二度行うことは出来ない。

 ……だ、だから岩崎さんは入学式の前、あ、あたしからあっさり引いたんですね。ももももし『決戦』にエントリーできなくなったら、目的が果たせなくなるから。

 そんな事を考えていた自分に、岩崎さんからの攻撃と、口撃が放たれた。

「こんなに弱い『魔王』だから、狼谷先輩からも見捨てられたのよっ!」

 一瞬体が止まり、危うく一本取られそうになる。慌てて後ろに下がるが、そんな自分を岩崎さんは追撃してきた。

「私が、勝つんだ! 勝って、お姉ちゃんは私と狼谷先輩で元に戻ってでも狼谷先輩は『魔王』でそれは変えられなくてでもだとしたら私は『魔王』に勝たないと行けないのに勝てない勝つんだお前が『魔王』で『魔王』がお前なら何も問題ないんだっ!」

 猛攻に次ぐ猛攻に、手も足も出なくなる。自分の足が止まった瞬間、岩崎さんの姿が眼前から消えた。しかし、この動きは――

 ……せ、先輩にあ、あたしが投げられた時とおおお同じパターンっ!

 決まり手を無視した岩崎さんの攻撃が、自分の足元に放たれた。

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