狼谷 龍の見た景色

 摩天楼学園は、摩天楼高等学校、そして摩天楼中学校の二つを経営している。高校中学は併設されており、部活動や学園のカリキュラムを柔軟に構成する目的から、武道場は大きい順に五つ存在し、それぞれ用途、そして使用者の実力によって、ある程度学生デモ自由に借りることが出来るようになっている。

 第一から第三武道場は、大会やイベント等で使える広さを誇っている。第四武道場でも、普通の高校の剣道部、柔道部等、武道場を使う部活の全部員が同時に練習をしても余裕がある程の設備が整っていた。

 特に全国大会や世界大会での実績もない俺の様な学生は、第五武道場が誰からも予約されていない時に使うのが精一杯だったのだが。

 ……まぁ、それでも施設としては十分まともだし、放課後に貸し出してくれると言うだけでも、十分すぎるんだけどな。

 ちなみに、学生一個人で使用できる武道場の最大の大きさは、第四武道場である。

 そう思いながら、俺はこの第五武道場に龍宮寺を連れてきていた。

「そう言えば、最近堀田とも上手くやっているのか?」

 そう言って、俺は龍宮寺に問いかけた。

「は、はいっ。とととトニーちゃんとは、仲良くさせて頂いてますっ!」

 学校指定のジャージの上に相変わらずピカチュウのフードを被り、龍宮寺はあたふたしながらそう答えた。

「トニーってあだ名は、堀田が確かアントニアだったから、トニーになったんだっけか?」

「は、はい、そうですっ!」

 龍宮寺は、はうあう言いながらも、垂を自分の腰に巻いていく。結び目が上手く作れないのか、うぅうぅ言いながら、後輩は防具を付けていた。

「と、トニーちゃん、くくく癖は、あるんですよ? でも、ほら、中二病的な、その、眼帯とか。クオーターですし、すっごい、似合うじゃないですか? 可愛くて、で、でもでも、マンガとか、さささサブカルとかも、いける感じで」

「へぇ。最近堀田は、どんなマンガを読んでるんだ?」

「す、スポ根です! 男同士のライバルが、ははは激しくぶつかり合うような。ざ、残念な、感じですけど。ふぎゅぅ」

 ピカチュウのフードが邪魔なのか、龍宮寺は上手く胴の紐が結べないようだ。しかし、俺はそれを手伝わず、他の準備を進めていく。

「いいじゃねぇか、スポ根。血沸き肉躍る、熱いバトルは、いつの世の男子諸君を熱くさせるよな!」

「そ、そういう読み方だったら、いいのですが」

 歯切れが悪くなりながらも、何とか龍宮寺はフードの上から面を付けた後、籠手を装着した。

 ……ピカチュウのフードを被ったまま面を付けると、あんな感じになるんだな。

 まるで新種のポケモンが眼前にいるかのようだった。

「じゃ、後は竹刀を握るだけだな。よし、毎度の事なので想像出来ているだろうが、今日は四月最後の『決戦』の対策を行う」

「り、了解です、先輩!」

 身に着けた防具の重さにフラフラしながら、龍宮寺は何とかそう答えた。後輩が壁に立てかけてある竹刀を手に取るのを見て、俺は手にしたタブレットを操作する。画面には、サイドテールの少女が表示された。

「今月最後の討伐対象の『勇者』は、岩崎 良美(いわさき よしみ)。全国大会の常連で、国際大会の経験もある猛者だ。俺の同級生である岩崎 宏美(いわさき ひろみ)の妹で、って、岩崎は、既に龍宮寺には説明していたよな?」

「お、大野先輩の時と同じ流れだと思うんですけど、ししし不知火先輩、赤川先輩、大野先輩と同じく、し、四月の『決戦』へエントリーがこれ以上増えないように、工作を手伝っていただいた方ですよね?」

「その通りだ」

 龍宮寺の言葉に、俺は満足気に頷いた。その時には、俺は既に武道場中に、理不尽に地面へ叩き付けられた時用の、弾力性の高いマットを敷き終えた所だった。

「岩崎妹が希望している『決戦』の内容は、剣道。無制限一本勝負だ。志望動機は、正々堂々『魔王』を打ち破り、姉の呪縛を解き放って、剣の道で食べていける事、だそうだ。姉のうんたらと、薙刀が剣道に変わった事以外、俺が岩崎姉から受けた『決戦』の内容と、全く変わりがないな。流石、姉妹といった所か」

 タブレットから顔を上げると、龍宮寺はしきりに辺りを気にして、きょろきょろと見回している。

「どうした? 何か気になる事でもあるのか?」

「は、はい。いつもせせせ先輩に無理やり連れてこられると、大体先輩が討伐された『勇者』の先輩がいらっしゃるので、そ、その、今日はいらっしゃらないのかなぁ、と」

「なんだよ、『勇者』の先輩って」

 龍宮寺にとって、『魔王』である龍宮寺の先輩は確かに『勇者』になり得るのであっているのだが、字面にするととんでもなく違和感がある。

「き、今日は、協力者の方は、いいいいらっしゃらない、のでしょうか?」

「ああ、今日はそういう相手はいない」

 そう言うと、龍宮寺は露骨に安堵の表情を浮かべた。しかし、刹那のタイミングで、真顔になって俺に問いかける。

「そ、それじゃあ、今回の『決戦』は、一体どうやって乗り切るんですか?」

 その問いに、俺は真正面から答えた。

 

「お前の、実力だ」

 

「……」

「お前の、実力だ」

 リアクションがなかったので、全く同じ言葉を俺は口にする。

 すると、震えた声で、龍宮寺が抗議の声を上げた。

「む、無理ですよぉ! あ、相手は全国レベルなんですよ? それどころか、国際レベルなんですよ? あ、あたしが勝てるわけがないですーぅ!」

「だが、お前は『魔王』だ。摩天楼中学校で、ありとあらゆる分野を総合的に評価された主席。それが、龍宮寺。お前なんだ」

「だ、だから、あ、あたしには『魔王』だなんて、分不相応すぎますよーぅ!」

 じたばたと龍宮寺が抗議する。しかし、それを聞き受けるわけにはいかなかった。

「正直、俺は『魔王』としての才能は、不知火先輩に劣っていると思っている」

「で、でも、先輩は『勇者』の討伐率はひひひ百パーセントだって聞いてますけど」

「それは、不知火先輩が怠惰だったからに過ぎねぇよ。あの人が怠けなけりゃ、『魔王中の魔王』なんて恥ずかしい二つ名は、あの人の物だったんだ」

「せ、先輩。本気で恥ずかしがってたんですね、その名前」

「うるせぇよ! で、その『魔王中の魔王』が、自分よりも上だと認めた『怠惰な魔王』。その不知火先輩が、自分よりお前の方が素質はあると思う、って言ってるんだよ、龍宮寺」

「は、はうあおうぁ! あ、あたしが、先輩より上! 不知火先輩より上って評価なんですかっ! 嫌すぎますーぅ!」

「嫌とか言うな! 嫌とかっ!」

 あうあう言っているが、実際ここまで二人の『勇者』を、龍宮寺は討伐してきたのだ。助言やヒントはふんだんに俺が出したし、更なる補佐として俺が討伐した『勇者』も付けた。だが、こいつは一度たりとも逃げなかった。何の説明もされず、中学三年生になったばかりの少女が、事前説明もなしに『魔王』として責められ、その後学園から正式に任命され、それでも龍宮寺はこの場に、『魔王』という役職に留まっている。

 ……根性は、確実に喜李心よりも上だな。

 そう思うと、俺はただにやけるしかない。

「一週間。お前が本気で臨めば、俺との特訓で、岩崎妹を倒せる実力が身に付くはずだ」

 言った後、俺は自分の言葉を否定する。

「いや、龍宮寺。お前はこの一週間で岩崎妹を倒せる実力を身に付けなければならない。そうしなければ、この先お前は、『魔王』として、龍宮寺姫として、生きていけなくなるだろう」

 確かに龍宮寺は、上野、堀田と、二人の『勇者』を討伐してきた。しかし、他の『勇者』からは『決戦』に必要な条件を満たしていないまま『決戦』が行われなかった『勇者』側の準備不足。つまり、『魔王』の不戦勝として見えているに違いない。

 故に、他の『勇者』からは今年の『魔王』は、運良く連勝しているだけだ、と捉えられてしまう。

 一度『勇者』に舐められた『魔王』の末路は、決まっている。

 ボーナスステージだ。

 RPCでも、プイレイヤーは経験値が貯まりやすいモンスターを、レアアイテムを落とすモンスターを、集中的に狙うだろう。それと同じことが、現実で起こるのだ。

 何せ、『魔王』を倒したドロップアイテムは、『勇者』の希望、夢の実現のためのファストパス。それが簡単に手に入ると思われれば、発生するのは、『魔王』に対しての一か八かの特攻戦術(ゾンビアタック)だ。

 四月は俺が毎週一人の『勇者』との『決戦』に絞り込んだが、五月は三十一日存在する。いくら『決戦』が一日一回しか行われないといっても、三十一日続くような事態になれば、『魔王』は疲弊し、その分討伐率も低くなる。

 だから、龍宮寺にとって、ここが正念場なのだ。

 不戦勝は、運ではなく、龍宮寺が『魔王』であるからこそ起こった事象なのだと。

『魔王』は不戦勝を引き寄せる実力があるのだと、そして、真正面から戦ったとしても『勇者』を討伐出来る実力があるのだと、ここで示す必要があるのだ。

「龍宮寺。全てをぶつけられても、相手の全てを一欠けらも残さない程の業火であり猛火であり烈火な強さが、お前には必要なんだよっ!」

「で、でも、先輩! せせせ先輩は、間接的にしか『決戦』に関わらないって、し、不知火先輩と契約したじゃないですか! そそそそれを、破るんですか?」

「いや、破らないよ?」

「で、でもでも、あ、あたしを直接指導するのは、アウトな気がするんですけどーぉ!」

 なるほど。確かに、龍宮寺の疑問は最もだ。俺は首肯した。

「それは確かに、その通りだな」

「な、ならっ!」

「だが、直接指導しないし、していなければ、全く問題はない。故に俺は、何もしない。ただ、自分に降りかかる火の粉を払うだけだ」

 そう言って、俺は第五武道場の入り口で手を広げた。無論、一切の防具は付けていない。何もしないが、龍宮寺が外に出るには、俺を退けるしかない。俺を退けるには、俺を攻撃するしかないのだ。

 そして俺は、何故か龍宮寺に攻撃される立場になる。

「さぁ、俺に一太刀入れるまで、帰れないぞ龍宮寺!」

「も、もやは手法がゆゆゆ誘拐犯のそれじゃないですかーっ!」

「何を言うか。完全防具で竹刀を装備したお前が挑みかかるのは、無手の俺なんだぞ? 誰の目から見ても、被害者は俺だろうが」

 俺が話している間に、龍宮寺は既に踏み込んできていた。初撃はこちらの体勢をただ崩す事のみに主眼を置いた、斬撃だ。恐れるに足らない。余裕を持って回避する。

 しかし、龍宮寺の目的は、俺に一太刀入れる事でも、俺の体勢を崩す事でもなかった。

 ただひたすら、武道場から逃げ出したかっただけなのだ。

 ……防具を着たまま強行突破とは、結構思い切った事をするなぁ。

 その状態で、本気で家に帰るつもりだろうか? 着替えもまだこの武道場に置いてあるだろうに。

 関心半分呆れ半分。しかし、その動きは既に読んでいる。足払いを仕掛けるが、それは龍宮寺の想定の範囲内だったようだ。

 竹刀を杖の様に支点とし、俺の足払いを龍宮寺は躱す。

 が、竹刀を支点にした時点で、空中に浮かんだ龍宮寺は左右上下にも、方向転換すら自在にすることは出来ない。

 宙に浮いた龍宮寺の首根っこ、もとい、ピカチュウのフードを掴んで、龍宮寺を放り投げた。

 後輩は、絶叫アトラクションのCMでオファーが来るのでは? と思えるほどの綺麗な悲鳴を発しながら、更に美しい放物円を描いて、俺の敷いたマットに、『ふぎゅ』と顔面から着地した。

「ほら、好きに攻めてきてもいいんだぞ? 一応二刀流も認められているしな」

 そう言って、俺は武道場の入り口に座り込んだ。

 マットから顔を上げた龍宮寺は、絶望的な表情を浮かべている。

「せ、世界の半分を先輩に分け与えるので、そそそそこをどいて頂けませんでしょうか?」

「いつから世界はお前のものになったんだよ」

 呆れながらも、俺は意地の悪い笑みを浮かべた。

「ほら、早く来い。お前がどれほど非力で、不完全な者なのかを、嫌という程思い知らせてやる」

「た、ただの虐めじゃないですか、それーっ!」

「だが、お前はこれから、そういう暴挙を受けることになるし、受け止めないといけないし、受けきらないといけない。何せ、お前の同級生全てが『勇者』としてお前に挑んでくるんだからな。だからお前は、その暴挙(勇者)を一切合切討伐しないといけないんだよ。俺がしてきたように、不知火先輩がしてきたように、今までの先代『魔王』が、そうしてきたようにな」

 だから――

「いいから、来いよ。俺がまず、その理不尽さを教えてやる」

「も、もう既に、けけけ結構理不尽な目にはあってますーぅ!」

 龍宮寺の抗議の声を聞きながら、俺は思案する。

 今までの龍宮寺の思考パターンと閃き、それに先ほどの運動量を鑑みて、あの後輩が俺に一太刀入れればいいという前提に対して、龍宮寺がどれぐらいでクリアできるのかを見積もった。

「まぁ、晩飯までには帰りたいな」

 そして、龍宮寺が起き上がる。

 

 ――この後、めちゃくちゃ剣道した。

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