狼谷 龍の見た景色
「それで、大野の実家に地上げを仕掛けていた太華屋は、結局海外資本の会社だった、って事で間違いないんだよな? 不知火先輩」
今は体育の授業前。更衣室で、俺は学校指定のジャージに着替えている。
スマホからの音声をBluetoothのイヤホンマイクから、不知火先輩の返答が聞こえて来た。
『ああ、間違いないよ。金の流れを追うのに若干手間取ったが、ロシア系の企業がバックにいたのは確認できた。分散出資されていて、まだどこが、は特定し切れていないがね』
「ロシアねぇ」
『どう思う? こーはいの過去に、何かしら関係しそうな匂いを感じるかい?』
「感じるも何も、先輩はそう感じたから龍宮寺に俺を付けたんじゃないのか?」
『さて、何のことやら』
「惚けるなよ、先輩。喜李心が渡米したアクシデントはあったが、今年の『決戦』はいくら何でも早すぎる。入学式直後のエントリーは聞いたことはあるが、その前に『魔王』へ直訴するだなんて、聞いたこともない」
『そうだねぇ。何処かの誰かが、俺たちが摩天楼中学校の成長を促しているんだぜ! と間違ったベクトルに頑張っちゃっているのかもしれないねぇ』
誰が、とは、不知火先輩は言わなかった。言わなくてもわかるからだ。『高楼事件』の残党か、影響を受けた馬鹿どもの仕業だろう。
……はっきり言って、反吐しかでねぇ。
俺はイラつきを撒き散らす様に、ロッカーへ脱いだ制服を突っ込んだ。
「あいつら、隠れるのうめぇからなぁ」
『集めた情報の点と点を結ぶには、もう少し情報が必要だね』
「点と点を、ねぇ」
ジャージを着替え終えたタイミングで、俺はある事を思い出した。
「そう言えば、堀田が美術館のチケットを貰っていたな」
『チケットは、使用済みだったのかい?』
「使用済みだった。なぁ、不知火先輩。堀田が今の状況になった時期と、美術館に行った時期が重なっていないか、調べれたりしないか?」
『……なるほど。スランプに陥った時期との相関は調べれるが、更に今の状態に陥った原因は、私は別にあると思うがね』
自分では結構いい線をいっていると思ったのだが、不知火先輩はその全てを肯定してくれるわけではなかった。先輩には見えていて、俺には見えていないものが、きっとあるのだろう。
『しかし、後輩。その推理は、まるでプロバビリティーの犯罪のようだね。何かしらの種を仕込んでおけば、何かが起こるのかもしれないし、何も起こらないかもしれない。種が芽吹くかどうかは、誰にも分らない』
「地上げをすれば上野が『決戦』を早めるかもしれないし、堀田がスランプになって『決戦』を早めるかもしれない。だが、結果として、実際に種は芽吹いた」
『だとすると、もう一人の『勇者』、岩崎クンの妹ちゃんも、何かの種が芽吹いたのかもしれないねぇ』
「……何処から影響を受けているか、探れそうか?」
『堀田クンは今後輩から情報を貰ったからたどれそうだが、正直岩崎クンの妹ちゃんは手掛かりがないから、今のところ難しいねぇ。先の長い話になるかもしれないけど、学園に繋がったWi-FiのIPから、妹ちゃんがどこと通信しているのかをまずは探ってみる事になりそうだよ』
「学園のWi-Fiを利用するには学生番号が必要だから、そこから紐づけて辿るのか。まぁ、顔を突き合わせて話せないような事も、ネット上でなら気軽に言えたり、言われたりするからな。影響を受ける広い入口という意味では、そこをまず洗うのが得策か」
俺は頷いて、ロッカーの鍵を閉める。
『で、堀田クンの方は、順調かい?』
……中々痛いところを付いてくるなぁ、不知火先輩は。
「不知火先輩のアドバイス通り、堀田と感性が合いそうな大野を引き合わせるのは良いと思うし、それは俺も考えていた。だが――」
『このまま龍宮寺クンにだけ任せるのは心配だって? 過保護だなぁ、こーはいは』
快活に不知火先輩は笑うが、正直俺はあの小動物みたいな後輩に全てを任せるのは不安だった。
……一応、保険は打ってあるが。
『なぁに。そんなに心配する必要はないよ。仮にも龍宮寺クンは、『魔王』なんだぜ?』
「それはそうだが……」
『それに、私が後輩の『ご隠居』だった時、間違ったアドバイスを一度でもしたかい? してないだろ? してないよねぇ? してないはずだよねぇ?』
「……そうだよ、その通りだよ! でも、だったら教えてくれないか? 先輩には堀田が何で悩んでいるのかわかっているんだろ?」
『そうとも。でも、今の後輩に言っても、中々受け入れがたいと思うよ?』
「……何で、そう思うんだよ」
『それは仕方がない事なんだよ。過去が過去だけに、後輩の人間関係は、身内かそれ以外か、ゼロかイチかしかない。前にも私が言っただろ? 敬愛と親愛と友愛を込めて、私の事は扇ちゃんと呼ぶといい、と』
「言ってねーよ!」
『しかし、そういう事だよ。こーはいには、言ってしまえば愛の種類は家族愛しか知らない。今はそれでもいいが、それ以外の愛もある事を知らないと。特に、大野クンは複雑だよ? だから後輩には、同じく堀田クンが人物画の、それも偏った内容しか描けなくなってしまったのか、その原因もわからない』
想像は出来ていて、手も打っているみたいだけどね、と、不知火先輩は笑った。
『まぁ、わからないならわからないなりに、どうにか出来てしまうのが、私たち『魔王』でもあるからねぇ』
「それだとわからないまま切り抜けちまうから、それじゃあ結局俺が他の愛って奴を知る機会がねぇじゃねぇかよ!」
『まぁまぁ、気長にいこーぜ、こーはい』
そう言って、不知火先輩は電話を切った。俺は釈然としないまま、それでも授業を受けるため、更衣室を後にする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます