龍宮寺 姫の見た世界

 ……で、デジャヴですよーっ!

 赤川先輩の時と同じだ。なんだか連れまわされて、放置されるのが最近のパターンになりつつあって怖い。

 だが、途方に暮れているわけにもいかなかった。大野先輩から堀田さんの情報を引き出さなくては、次の『決戦』を戦い抜くことが出来ないように思える。

 ……な、何とか大野先輩とななな仲良くならないと!

「あ、あのあの! あ、大野先輩っ!」

「――それで、狼谷とはどういう関係なのかしら? 龍宮寺さん」

 何故だかやたらと親指で鼻を触りながら、大野先輩が先にそう切り出した。驚きながらも、自分は何とか言葉を作っていく。

「え、ええとですね。あ、あたし、実は『魔王』という大役を仰せつかったんですけど、さささサポートに回ってもらう『ご隠居』役の方が――」

「――知ってるわ」

「ご、ご存じだったんですかっ!」

「――狼谷から聞いたし、赤川からも、聞いたもの」

 だったら何故自分に再度聞いたんだ、という問いは喉元まで出かかったのだが、鼻をかくスピードが尋常じゃなくなった大野先輩の気迫に、自分は何も言えなくなってしまう。

「――大体、日当たりが良いからって、最近図書館に入り浸り過ぎなのよ、アイツは。私を美術で負かしたんだから、もっと美術室に来て絵描いていきなさいよ。顔を見せる回数減ってるじゃない。おかげで赤川は調子に乗ってるし、第二金曜日まで、こっちは地獄よ。でもアイツ、私の交友関係把握してたわよね? ちゃんと見てくれているって事なのかしら?」

「あ、あの、おおお大野先輩?」

「――ねぇ、龍宮寺さん。狼谷、何か私の事言ってなかった? どんな些細な事でもいいの」

 ……で、デジャヴですよーっ!

 流石に赤川先輩の時の様に、肩までは掴まれなかった。しかし、この大野先輩のこの反応。もしや――

「お、大野先輩、もしかして先輩の事――」

「――だだだ誰があんな朴念仁の事! 好きなわけあるわけないでしょっ!」

「ま、まだ何も言ってないですぅ!」

 ……で、でもコレ、絶対好きな奴ですよーっ!

 恋バナの気配に一瞬自分の心が浮足立つが、直ぐにその浮ついた気持ちが沈んでいく。自分のその心境の変化に戸惑うも、直ぐに先輩たちの関係が原因なんだと思い至った。

 ……そ、そうです! 気分が沈んだのは、このせいに決まってます! 赤川先輩の時と、同じですよーっ!

 自分に言い聞かせるようにそう思うと、自分は思い至った事を、素直に大野先輩へぶつけることにした。

「お、大野先輩は、その、ゆゆゆ『勇者』だったんです、よね?」

「――そうね。私は二年前、『勇者』としてアイツに『決戦』を挑み、負けたわ。あの、『魔王中の魔王』にね」

「……せ、先輩はそう言われるの、嫌がってたみたいでしたけど」

「――いいじゃない、別に。アイツに負けた『勇者』の特権よ。後にも先にも、私にあれだけの恥辱を与えたのは、狼谷だけね」

「ち、恥辱、ですか……」

 そう言えばさっき、大野先輩は美術で負けたと言っていた。そんな彼女がどんな絵を今描いているのだろうと気になり、大野先輩のキャンパスを覗いてみる。

 するとそこには、精巧なデッサンがあった。

 先輩の、絵だった。

 写真よりも精密で、しかし暖かさがにじみ出ている。描き手の大野先輩は、一体どれほどの慈しみの心を込めて、この絵を描いたのだろう?

 しかし、構図が何故こうなっているのか全く理解できない。

 

 描かれた先輩は何故か学ランを開けた半裸姿で、ブレザー姿で同じように半裸状態の、華奢だがやたらと美少年と絡み合っているのだ。

 

「こ、この人、誰?」

「――喜李心くんよ」

「だ、誰? ほ、本当に、誰なんですかっ!」

「――聞いてない? 第五十一代目『魔王』。御狐神 喜李心(みけつかみ きりこ)くんよ」

「あ、あたしが先輩に振り回される原因、この人なんですかーっ!」

「――そうよ。残念ながら、彼は渡米してしまったけれど」

 自分がそう言っている間に、どんどん大野先輩はデッサンへペン入れを進めていた。

 まさか、自分の『ご隠居』になるはずだった人の顔を、こんなところで拝むことになるとは思わなかった。大野先輩がこれだけ先輩の姿を正確に描いているのなら、この色白で美少年に描かれた御狐神先輩も、実際にこのような容姿をしているのだろう。

「で、でも、先輩、男性のお知り合いもいたんですね」

「――むしろ、男と絡んでもらわないと困るわ。ネームが進まないもの」

「ね、ネーム?」

 ふと見上げれば、大野先輩が手にしている物がおかしい事に気が付く。彼女が手にしているのは筆ではなく、デジタルタッチペン。キャンパスには、そのタッチペンが接続されたタブレットが立てかけられていた。

「な、何してるんですかーっ!」

「――しっ! 静かにして頂戴。これから色塗りなの」

「だ、だから何してるんですかっ!」

「――次回のコミケの原稿よ。今年はついに、オリジナルで、しかもカラー本に挑戦するの」

 タブレットを覗き込むと、思った以上に画像が保存されている。僅かに見えた範囲では、先輩と御狐神先輩の濃厚なラブロマンスが描かれていた。

「ほ、本当に、何してるんですか! おおお大野先輩っ!」

「――仕方がないのよ。これは、私が『勇者』として討伐された時から、決まっていた事なの」

 そう言うと、大野先輩はどこか遠くを見つめるような目になる。

「――『決戦』に敗れて以来、私は純粋に『魔王』を、狼谷を恨んだわ。何故美術以外にも手を出しておきながら、アイツは私よりも上に行くんだろう、って。中学校を卒業するまで、殺してやろうと思ったぐらいよ」

「そ、そんなに悪く言わなくても、せせせ先輩は、いい所も、沢山あります、よ?」

 大野先輩の言葉に思わずフォローを入れようと思ったのだが、言っている最中に自分がまさにそのフォローしようとしている先輩に放置されている事実に気づいてしまい、最後の台詞が疑問符になってしまう。

 しかし、大野先輩は、わかっているわ、と言って小さく笑った。

「――今では、わかるのよ。トニーの件だって、あ、堀田さんのあだ名なのだけれど、彼女の件だって、あなた達の話を聞いていればわかるじゃない。正面からトニーを討伐する方法を考える前に、アイツは先にトニーの悩みを解決する方法を、スランプを脱出させる方法を考えていたでしょう? まぁ、昔の私は、アイツのそういう所が鼻について、死ぬほど嫌いだったのだけれど――」

 そこまで言って、大野先輩は、ふひっ! と陰のある笑みを浮かべた。

「――でも、私気づいてしまったの。『ご隠居』となった狼谷と、喜李心くんがじゃれ合う姿を見て、これだ! ってっ!」

「な、何がでしょう?」

 聞きたくないが、聞かないといけない雰囲気に飲まれ、思わずそう聞いてしまう。大野先輩は待ってましたと言わんばかりに、拳を振り上げて力説した。

「――私もアイツに反発していたわ。でも、狼谷と喜李心くんは、反発し合いながらも互いの手と手を取り合って『決戦』を勝ち抜いていった。掛け合わせだったの。掛け合わせだったのよ、私が求めていたのは、これだったのよっ!」

「う、うちの学園の美術部は、だだだ大丈夫なんですかっ!」

「――聖なるものと、邪なるもの! 『魔王』として完成された『ご隠居』の狼谷と、まだ未熟な『魔王』だった喜李心くん! 矛盾し、相反するはずの二つの掛け合わせ! それこそがまさに、私が求めていた美だったのよっ!」

「あ、あたしには、ぜぜぜ全然わかんないですぅーっ!」

「――言い間違えたわ。性なるものに、邪を交えたいの」

「な、何であ、あたしをこんなところに、ひひひ一人残していったんですか先輩ーっ!」

 もはや邪(よこしま)な思考を全力で垂れ流す大野先輩に、自分はただただ恐怖による涙を流すことしか出来ない。

「――でもね、龍宮寺さん。あなたには理解できないかもしれないけれど、私はそう考える事でアイツを、アイツに負けたことを受け入れれたの。私と狼谷の関係は、かつて『勇者』と『魔王』だったけれど、どちらが聖で、どちらが邪なのか私には今もわかっていないけれど、でも、アイツの存在を受け入れることが出来たのは、良かったと確信しているわ」

 そう言って大野先輩は、淡く笑った。

 だから、自分は問いかけた。

「そ、それで、大野先輩」

「――何かしら?」

「お、教えて、頂けませんでしょうか?」

「――何を?」

「ほ、堀田さんの事、です」

 大野先輩は、先輩に向かて、確かに言った。


『――あなたには、教える事はないわ』


「ぎ、逆に言うなら、せせせ先輩以外なら、教えて下さると、そう、思ったんです。それに、ししし失礼しますっ!」

 そう言って、自分は大野先輩が使っていたタブレットを操作した。タブレットには大野先輩が描いたネームだけでなく、美術部の部員と一緒に撮ったと思われる写真も保存されている。

 写真には、二人仲良く並んで映る、大野先輩と堀田さんの姿があった。

「あ、後、脇に置いてあるキャンパスノート。あ、あれは堀田さんが持っている物と同じメーカーのノートです。ここここれだけで、大野先輩と堀田さんが、な、仲がいい事は明白、です。お、大野先輩が、堀田さんのスランプの事を、ききき気にしていないわけ、ないと思うんですよね、あ、あたし。だ、だから、堀田さんの事、教えてくれるのかな、って。あ、あとあとっ、堀田さんの事、あだ名で呼ばれてましたしっ!」

 頭にかぶったフードを、二回、三回とかぶり直しながら、自分は何とか言いたい事を全て言い終えた。

 そんな自分を見て、大野先輩は苦い笑みを浮かべる。

「――そう。ここに来て、見ただけで、わかってしまうのね『魔王』は。私が現役の『勇者』だった時にその洞察力があれば、私はもっと、素直にアイツを受け入れられてたのかしら」

 在りし日に、あり得なかったその日に思いを巡らせ、大野先輩は目を細めた。

 しかし、逆に自分はこう思う。この人も、不知火先輩や、赤川先輩と同じだ。先輩と、そう思える時間を共有している。その事実に――

「……あ、あたし、嫉妬しますっ!」

「――どうしたの? 龍宮寺さん」

「な、ななななんでもないですぅ!」

 あたふたする自分を見て、大野先輩は苦笑いを浮かべて立ち上がる。

「――いいわ。付いてきなさい」

「ど、何処に行くんですか?」

 久々に放置されない移動に自分が戸惑っていると、大野先輩は窓際までゆっくりと歩く。

「――トニーが悩んでいたのには気づいていたけれど、そこまで深刻だったとは、私も思わなかったから。だから、トニーに会いに行きましょう。彼女の悩みを、私の可愛い後輩の悩みを、解きほぐしに」

「ば、場所、わかるんですか?」

「――ええ。必ずいるわ」

 そう言って大野先輩は、窓の外に視線を送る。

「――だってこれから、体育の授業が始まるのだから」

 視線の先には、摩天楼高等学校で使用する、グラウンドの姿があった。

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