狼谷 龍の見た景色
『決戦』が成立するには、前提条件が存在する。エントリー出来なければ、『決戦』は行えない。
逆に言うのであれば、そのエントリーするための条件を崩せば、『決戦』は無効となり、その『勇者』は『魔王』への挑戦権を失う。つまり、『勇者』の討伐が完了するのだ。
さて、それを踏まえた上で、エントリーするための条件をおさらいしよう。俺は、龍宮寺にこう例えて説明した。
一つは、試験科目。
そしてもう一つが、志望動機。
今回、上野めぐみの志望動機は、単純明快。自分の実家の経営回復だ。
ここで注目すべきは、俺が集めた情報からは、上野の実家は劇的な利益が見込めるような経営はしていないものの、経営が悪化するような要素が見当たらなかった、という事。
赤川も、今頃龍宮寺も気付いているかもしれないが、明らかに誰かの悪意が、しかも不当な悪意が入り混じっている。
だからそれを取り除き、まともな経営方針が定まっているのであれば、上野の実家の経営は改善する。
つまり、わざわざ『決戦』を行う必要はなくなる。
同級生の龍宮寺と上野が無理に戦う必要は、なくなるのだ。
「それで、私どもの運営に、一体何が落ち度があるというのでしょうか?」
俺の目の前に座ったのは、やけに仕立ての良いスーツを着た男だった。男は『太華屋(たいかや)』という不動産業者の代表だ。
代表室に通された俺は、机を挟んで、代表と向かい合わせになり座っている。男は嘘くさい笑みを顔に張り付けたまま、俺に向かって話しかけてきた。
「私どもは不動産業者として、あくまで一般の業務内で仲介手数料を頂いて上野様のお宅に立ち退き交渉を行った事はございますが、それ以上の事はしておりません。あくまで、法律に則った健全な運営を行っております」
「本当にそう思っているのなら、たかが一介の高校生に会社の代表が時間作って対面するわけねないだろう? 送った情報、ちゃんと読んでくれたみたいで嬉しいよ」
……まぁ、元『魔王』としての特権を使えばこれぐらい朝飯前なんだけどな。
俺が苦笑いを浮かべている側で、代表の男の額に、青筋と脂汗が流れ落ちた。
「き、君! 口の利き方に――」
「それはそっちも気を付けた方がいいぜ? 言っただろ? この会話は別の所にも送られている。下手なこと言って恐喝罪で一発逮捕みたいな状況にはなりたくないだろ?」
男の歯軋りが聞こえてくるが、俺は無視して足を組んだ。
「事前に送らせてもらった通りだ。上野夫婦が経営している焼き肉屋、あのあたり、最近土地の値段が上がってきているんだってな? そこを抑えると、そんなに儲かるのか?」
「だ、だからその立ち退き交渉は法律の範囲内で――」
「ある特定の店舗に対して、ネットの口コミで異常な低評価を付けたり、風評被害を別会社の奴を雇ってばら撒くのが、法律の範囲内ねぇ。これって立派な名誉毀損なんじゃないの? それとも営業妨害?」
「……」
「否定しないんだ。まぁ、否定しようがないだけの証拠は集めて送っておいたからねぇ」
「くっ! あんな情報、一体どうやって集めたんだ!」
血管が浮き出る程両手を握りしめ、男は血走った目で俺を睨み付ける。しかしそんなもので、幾人もの『勇者』を討伐してきた俺の心を僅かばかりも動かすことは出来ない。
あいつらは、叶えたい夢をかけて俺に立ち向かってきたのだ。人生を賭けて、俺に挑んできたのだ。そして俺は、そのこと如くを討伐してきた。それに比べれば、目の前の利益にただ飛びついたチンピラもどきの威圧など、屁でもない。
俺は眼前の虫を追い払う様に、手を振るう。
「なぁに。めんどくさがり屋の先輩がいてね。極力外に出たくないから、ネットの情報を自動収集してくるプログラムを組んでたりするんだ。それで、あんたたちの通信を全て紐づけた。プロキシサーバかませてIP誤魔化そうとしても、何処で誰がいつどんな人とやり取りをしていて、何処の通信経路を通ってその通信を誤魔化そうとしたのか、ぜーんぶ丸裸だ。お前らがネットの書き込みに雇ったバイトや書き込みに使用するために作成したアカウント名も、全て出してある」
「し、しかし、ネットにある情報だけでこれらの情報を繋ぎ合わせるのは不可能だ! 実際に雇った相手に話を聞いたり、別の事務所が保管している情報がないと、これだけ精緻な証拠が集められるわけがないっ!」
「今、あんたが答えを言ったぞ?」
「……え?」
呆けた男に向かって、俺は口角を吊り上げながら言い放つ。
「雇ったアルバイトは、その人のことをよく調べました。それはもう徹底的に。だから、快く協力してもらえるような過去が出てきた人全員に、片っ端から電話をかけました。後は、別の事務所に対しても同じようなことをしましたよ。帳簿の内容を精査した結果や、何故だかないはずの帳簿があった痕跡がある可能性がある事をお伝えすると、皆さん積極的に協力してくれて助かりましたよ。体育系的なノリで協力的ではない相手には、俺が直接乗り込んで交渉した。もちろん、彼らのやり方に則って、ね」
自分が八方ふさがりである事に男はようやく気付いたのだろう。男は気の抜けた様に、自分の体を椅子に沈めた。
「それじゃあ、代表さん。上野さんの件、くれぐれも、よろしく頼みますよ」
「ま、待てっ!」
男が、立ち去ろうとした俺を呼び止めた。立ち止まる義理もないのでそのまま歩き、部屋を出ようとドアノブに手をかける。だが、それを捻って立ち去る前に、男の疑問が俺の耳に届いた。
「お前は、一体何者だ?」
その疑問に、思わず俺の顔が笑みを刻む。
「なぁに。ただの通りすがりの『魔王』だよ」
「ま、魔王……?」
「元、だけどな」
男は、俺が何を言っているのか理解できなかったろう。理解させるつもりもなかったので、俺はそのまま部屋を後にした。
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