龍宮寺 姫の見た世界

 ……ほ、本当に帰りやがりましたよー! あの先輩っ!

 目が合った時、流石に残ってくれるはず、と期待したが、ここでも置いていかれるとは思わなかった。

 ……で、でもこれ、まずい状況ですっ!

 先輩に話をだいぶ勝手に進められてしまったが、結局のところ赤川先輩の協力を得られなければ、次の『決戦』を戦い抜くことは出来ないように思える。

 ……な、何とか赤川先輩のききき協力を取り付けないと!

「あ、あのあの! あ、赤川先輩っ!」

「ええで」

「え、縁も所縁もないあ、あたしですが、けけけ『決戦』のお手伝いを――」

「だから、ええ言うとるやん」

「ほ、ほぇ?」

 先輩に対しての刺々しさが嘘のように消え失せた赤川先輩は、自分への協力を快諾してくれた。

 何が起きているのか自分が理解する前に、赤川先輩は両手で顔を覆い、足をジタバタと動かし始める。

「ウチのアホアホ! 何でもっと素直に協力する言われへんのよ! せっかく狼谷が来てくれたっちゅうのに! ああ、でもでも、ウチの情報知っててくれはったっちゅうのはヤバかったなぁ。上野さんの実家速攻立て直して、一つでも功績残して、早う狼谷の役に立てへんかなぁ」

「あ、あの、あああ赤川先輩?」

「なぁ、龍宮寺さん! 他にウチの事、何か言うてへんかった? なぁ!」

「ひ、ひぅっ!」

 突然肩を掴まれ、思わず変な声が漏れてしまう。しかし、この赤川先輩のこの反応。もしや――

「あ、赤川先輩、もしかして先輩の事――」

「だだだ誰があんな朴念仁の事! 好きなわけあるかっ! ドアホっ!」

「ま、まだ何も言ってないですぅ!」

 ……で、でもコレ、絶対好きな奴ですよーっ!

 恋バナの気配に一瞬自分の心が浮足立つが、直ぐにその浮ついた気持ちが沈んでいく。自分のその心境の変化に戸惑うも、直ぐに先輩たちの関係が原因なんだと思い至った。

 ……そ、そうです! 気分が沈んだのは、このせいに決まってます!

 自分に言い聞かせるようにそう思うと、自分は思い至った事を、素直に赤川先輩へぶつけることにした。

「あ、赤川先輩は、その、ゆゆゆ『勇者』だったんです、よね?」

「……ああ、そうや。ウチは二年前、『勇者』としてアイツに『決戦』を挑み、負けた。あの、『魔王中の魔王』にな」

「……せ、先輩はそう言われるの、嫌がってたみたいでしたけど」

「ええやんか。負けた『勇者』の特権や。後にも先にも、ウチがあんなボロ負けしたのは狼谷だけや」

「ど、どんな勝負だったんですか?」

 これから自分も経験するであろう『決戦』。それをかつての先輩は、どんな内容の物を勝ち抜き、無敗を保ったのか気になったのだ。

 赤川先輩は、何処か遠くを見つめるように、目を細めた。

「そう、あれはどっちが利益を上げれるか? っちゅう勝負やった」

「り、利益、ですか?」

「そうや。株や。一日で投資して、どれだけ株で儲けられるか。正直、負ける気せぇへんかったわ。それまで散々稼ぎまくって、会社も買ぉてきてたからなぁ。ウチは、その会社をもっと大きくしたかった。もっと稼ぎたかったし、稼げる思うてた。せやからウチ、調子に乗って言うてしもたんや」

「な、何て言ったんですか?」

「真面目に汗水たらして働くお前の義父母は、アホやなぁ、って」

「そ、それは……」

「せや。家族思いのアイツにそんな事言うたらどうなるか? ほんまに、ほんまに怖かった……」

 当時の事を思い出しているのか、赤川先輩は両手を抱くようにして震え始める。

「あれは、アイツはほんまに、ほんまもんの『魔王』や。元手百万から互いに始めて、何をどうしたらウチの会社根こそぎ買収できんねん! ありえへんやろっ!」

 声は次第に大きくなり、心なしか赤川先輩の鼻息も荒くなる。それでも彼女は、喘ぐように言葉を零していく。

「あんなん、ウチ、初めてやった。『決戦』中もウチの手際を一つ一つなじられ、貶され、徐々に、しかし確実にウチの行動を制限し、縛り付け、身動きを出来なくされるあの感覚。そして辛辣な言葉、ウチを見下す冷淡な瞳と氷点下の微笑み。思い出しただけでも、ウチ、ウチ――」

「あ、赤川先輩?」

 ……ど、どうしよう? 赤川先輩、はぁはぁ言い始めたんですけどーっ!

 顔を紅色させ、内股になりながらも身を震わせる赤川先輩から、自分は一歩距離を取った。

「図書館の鍵も、狼谷の命令で朝はよ来て開けてるんやけど、もっと素直になった方がウチの事もっと虐めてくれるんかなぁ。なぁ、どう思う? 龍宮寺さん」

「し、知らないですぅ!」

 というか、今赤川先輩虐めてもらえるって言ったような? そもそも、自分が命令して図書館の鍵を開けてもらっていると、先輩は思ってもいないような気もする。

「で、でも、あ、あたしと上野さんとの『決戦』も、その、あああ赤川先輩の時みたいに、強引に勝とうとしているのでしょうか? そもそも、本当に勝てると思ってるんですかね? 先輩は」

「ん? それは負けるわけあらへんやろ」

 話題を強引にでも早く変えたくて、自分の『決戦』の話をしたのだが、思いの外赤川先輩はしっかりとした口調でそう断言した。

「アイツが勝てるいうんなら、勝てる。それは絶対や」

「ぜ、絶対、ですか? かかか必ず?」

「せや。一つの例外もあらへん。アイツはそういう存在で、『魔王』はそういう存在なんや。見てみぃ。龍宮寺さんなら、ひょっとしたらわかるかもしれへん」

 赤川先輩が、自分にタブレットを差し出した。そのタブレットのデータをざっと斜め読みすると、その中に違和感を感じ取る。

「と、土地の値段と、ネットの評判とか、ががが外的要因でお店の評判が下がる動きに、そ、相関がありますね。じじじ地上げ?」

「……そうか。そんな雑に見ただけでも、わかってしまうもんなんやなぁ『魔王』は。ウチが現役の『勇者』だった時にそれに気づける力があれば、アイツとは、もっと対等に話せる関係になってたんかなぁ」

 在りし日に、あり得なかったその日に思いを巡らせ、赤川先輩は目を細めた。

 しかし、逆に自分はこう思う。この人も、不知火先輩と同じだ。先輩と、そう思える時間を共有している。その事実に――

「……あ、あたし、嫉妬しますっ!」

「ん? どないしたん? 龍宮寺さん」

「な、ななななんでもないですぅ!」

 あたふたする自分を見て、赤川先輩は苦笑いを浮かべる。

「しかし、ウチが協力するっちゅうんは、いや、しなかったとしてもどうにかなるよう、アイツは事前にみこしとったのかもしれへんなぁ」

 首を傾げる自分に、赤川先輩はタブレットをこれ見よがしに見せつけた。

「このタブレット、パスワードがかかってへん。ウチが断っても、ロックがかかってないなら、今みたいに龍宮寺さんがこのデータを見て違和感に気づける。わかれば、対処法も考え付くはずや」

「つ、つまり、既に先輩は、既にあ、あたしに『勇者』の対し方を教えてくれていた、って事ですか?」

「しかもアイツ、置いていったのはほんまにデータだけやで。直接勝てる方法は残してない。自分は間接的にしか『決戦』に関わらへん言うたんは、ほんまやったんやねぇ」

 もしかしたら、龍宮寺さんが『魔王』として成長するために、わざとそういう方法取っとるんかもね。

 そう言って、赤川先輩は嬉しそうに笑った。

「龍宮寺さんも、もうどうやって狼谷がこの『決戦』を乗り越えようとしとるのか、見当ついとるやろ?」

「は、はい」

 頷く自分を見て、赤川先輩は更に笑みを深めた。

「アイツはな、ほんまもんの『魔王』やねん。アイツは関わった者、その全てを破壊尽すんや」

 故に、彼はこう呼ばれている。

「アイツは、人の不幸も、悪意も全部破壊し尽くす、『魔王中の魔王』やねん」

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