第二章 立魔王が居勇者を使う(共に引退済み)

狼谷 龍の見た景色

「お前の『決戦』の日取りだが、第二、第三、第四金曜日で行う事が決まった。つまり、今週以降の金曜日は、今月全て『決戦』が行われる」

 俺が手にしたタブレットを操作しながらそう告げると、ピカチュウを模したフードを目深にかぶりながら、龍宮寺が驚きの表情を浮かべる。

 入学式があった翌日、今後の『決戦』をどう乗り切るのか打ち合わせをするために、俺はある場所へ龍宮寺を呼び出していた。

 俺の隣に座った龍宮寺が、びくびくしながら、口を開く。

「き、決まった!」

「そうだ。『勇者』が『魔王』に挑む『決戦』だが、一日に一人の『勇者』としか『魔王』は戦えない。そして『決戦』へのエントリー権は、『勇者』には一度しか与えられていない。一度でも『決戦』が無効になった『勇者』は『魔王』に挑むのに失敗した、つまり討伐された扱いになる。これは、連戦で疲弊した『魔王』が不当に『勇者』へ推薦枠を与えないための処置だな」

「そ、そうなんですか……」

「ちなみに、『決戦』のエントリー期間は、四月から十二月末までの九カ月間。年末に近づくにつれて『決戦』は連戦になる傾向が強いが、その間お前は『勇者』と戦い続けなければならない。だが、この四月、つまり俺がサポートに入る期間だけは、俺が例の三人以外と『決戦』が起きないよう、根回しを済ませてある」

「す、凄いですね」

 タブレットから視線を龍宮寺に向ける。龍宮寺は自分のこれからの事についての説明を受けているにも関わらず、何で自分はこんなところにいるんだろうか? というような、場違いな所に迷い込んでしまったかのような、まるで恋人同士の憩いの場に間違って迷い込んでしまい居辛くてたまらないといような、気まずげな表情を浮かべている。

 ……まぁ、昨日の今日だから、まだ『魔王』としての自覚がないのかもな。

 苦笑いを浮かべながら、俺は話を続けていく。

「一応、俺も不知火先輩程ではないが、摩天楼学園には中学、高校と合わせて五年間通っている。今回はそのコネを使ったんだ」

「こ、コネ、ですか?」

「そうだ。『勇者』としても、自分の夢を叶えるために摩天楼高等学校への推薦枠は欲しいはず。だからまず、自分が戦う事になる『魔王』の実力を、『決戦』で『魔王』がどういう戦いをするのか様子を見るのが得策だ。と、いう情報を中三のお前らの間で一斉に配信した」

「ど、どうやってですか?」

「やっぱり、一番学生の中で発言権が強くて、俺を巻き込んだ本人である摩天楼高等学校の生徒会長である不知火先輩の力を借りれたのが大きい。というか、それぐらいの協力はあの先輩からしてもらわないと、割に合わない。そこから中学校の生徒会まで話を通して、後は中学校の委員会、部活動は文化系、体育系についても高校から話を中学校へ落としてもらった。幸い俺の同級生が発言力を持っていたので、そいつらに頼んだんだ。委員会は赤川、文化系は大野、体育系は岩崎ってやつだが――」

 俺が『赤川』と言った瞬間、龍宮寺が一瞬跳ねて、俺の向かいに座っている人物へと、何故だか気遣わしげに視線を送る。龍宮寺の反応に一瞬俺は首を傾げるが、今はそれよりも、『決戦』の話をする方が先だ。

「それで、今後の『決戦』だが、さっき話したように、毎週一人ずつ、龍宮寺は『勇者』を討伐してもらう事になる。昨日入学式で説明があったと思うが、『勇者』が推薦枠を勝ち取るための、つまり『魔王』との『決戦』に臨むための資格はなんだ? 言ってみろ、龍宮寺」

「は、はいっ!」

 龍宮寺はあたふたとピカチュウのフードを被り直しながら、俺の質問に答えた。

「す、推薦枠を獲得するには、高等学校へ進学するに足る理由と、そそそその推薦枠を勝ち取るのに相応しい能力が求められる、という事ですか?」

「正解だ。一応、仰々しい名前になっているが、『魔王』は『勇者』が推薦するに値するか否かを見極める判断者となるわけだ。能力を見極める、という点に『決戦』は目が行きがちで、『勇者』を実力で打ち負かすのが『魔王』の仕事ととらえられている節もあるが、なんてことはない。『魔王』は高校進学の志望動機と、実技による能力審査を行う試験管って思っておけ。どの実技を競うのかという種目、分野と言い換えてもいいが、こいつが決まっていなければ『決戦』にエントリー出来ない。志望動機と試験科目が決まって、その審査を俺らがすると考えれば、だいぶ気が楽になるだろ?」

「そ、そうですね……」

 昨日不知火先輩にだいぶ脅されていたので、気持ちを少しでも軽くしようと思い言ってみたのだが、龍宮寺の反応はいまいちだ。むしろ心ここにあらずというか、全く別の事に意識を割いているような態度に、俺は思わず刺々しい言葉を紡いでしまう。

「おい、龍宮寺。人の話を聞いているのか? 全部お前に関係する事なんだぞ? 説明はちゃんと聞けよ」

「せやったら、この状況、ウチにもちゃんと説明せぇ!」

 俺の言葉に、目の前に座っていた赤川が青筋を立てながら反応した。俺はタブレットから手を放し、大げさに首をすくめる。

「おいおい赤川。図書館では静かにしろよ。お前、仮にも図書委員だろ?」

「やかましいわ!」

 お前の方がうるせぇぞ、と言う暇もなく、赤川が言葉をまくしたてる。

「そもそも、これは一体どういう状況なんや? 何でウチにそないな話を聞かせるん? この後輩は一体誰やねん! 狼谷とは一体どういう関係なん? ちゃんと説明せぇっ!」

「だから、昨日経緯は説明しただろ。今年の『ご隠居』がいないから、急きょ今月だけ俺がサポートに入るんだよ。で、そのための作戦会議を図書館で、つまりここでしているわけだ」

「せやから、そういうのはせめてウチの了承得てから話進めぇドアホっ!」

 あまりの剣幕に、流石の俺も一瞬たじろぐ。

「何だ? 赤川が本当に龍宮寺に協力するのが嫌なら、別の場所に移動するぞ? 美術室か、武道場にでも――」

「別に出ていけなんて一言も言ってへんやろっ!」

 何なんだ、こいつ。

「何はともあれ、さっさと『決戦』の作戦会議を続けるぞ。話だけでもとりあえず聞け、赤川」

 そう言うと赤川は全身をわなわなと震えさせたまま俯き、龍宮寺はこいつ正気か? というような目を俺に向けてくる。おかしい。この場で俺が一番『決戦』について真面目に考えているはずなのに、何故そんな態度を取られなくてはならないのか?

 だが、その疑問を深く考えている時間的猶予が、あまりない。何せ、来週以降毎週別々の『勇者』との『決戦』が待っているのだ。

「一応、赤川には説明しているが、今回お前に手伝ってもらいたい討伐対象の『勇者』は、こいつだ」

 タブレットを操作し、龍宮寺と赤川にも見える位置に置く。

 表示させたのは、俺は不知火先輩から共有してもらった『決戦』のエントリー情報だ。映し出された画像は、あのお団子ヘアーの少女だった。

「この、上野 めぐみ(うえの めぐみ)って子が、最初の『決戦』で討伐する『勇者』なん?」

「そうだ。テニス部に所属しているらしい。そういえば、テニスコートからは昼食を取るのにちょうどいい斜面が見えたな」

「ああ、あのグラウンドが一望出来る、あそこ?」

「そうだ」

「ほんで? この子を選んだ理由はなんなん?」

 赤川の矢継ぎ早な質問に、俺は苦笑いした。切り替えと話が早いのは、こいつの長所だ。

「『決戦』で競う内容を決めたのが一番遅かったのが、この上野だったからだよ」

「ああ、なるほどなぁ」

「ど、どういうことですか?」

 納得の表情を浮かべる赤川とは反対に、龍宮寺は困惑の表情を浮かべる。俺が口を開くよりも先に、赤川が答えを口にした。

「それはな、龍宮寺さん。この、上野さんが、討伐しやすい、典型的な負けパターンの『勇者』やからや」

「て、典型的な、負けパターン、ですか?」

「せや。『決戦』で『勇者』が『魔王』と競う内容は、『勇者』が決めることが出来る。『決戦』は本来、『勇者』が圧倒的に有利なんや」

 赤川の言葉に、俺は頷いた。

 そう。『勇者』は全力を尽くして『魔王』に挑み、『魔王』は座して、ただその挑戦を受け入れる。

 ならば、『勇者』は自分が『魔王』とどの分野で戦えば勝率が一番高いのか、予め見極めてから『決戦』にエントリーしようと考えるはずだ。

 しかし、上野はその内容を決めていなかった。

 つまり――

「この、上野さんっていう子は、ただ気が逸っとるだけやな。『決戦』をする事が目的になっとる。本来、自分の夢を叶えるための手段としての『決戦』があるはずやのに。あるいは――」

「す、すぐにでも『決戦』で、かかか勝つ必要がある問題が起こった、とかですか?」

 龍宮寺の言葉に、俺は首肯で応える。

「上野の『決戦』における志望動機だが、実家の立て直しとあった。実家を救えるように、卸売業者と資金繰りをするための銀行に顔が効く、財閥に入り込みたいらしい。調べてみると、実家の焼き肉屋の経営が最近上手くいっていないようだ」

「つ、つまり、上野さんは、ご両親のために『決戦』にエントリーした、ってことですか?」

「なんや、随分家族思いのええ子やないの」

 意味ありげな視線が二つ向けられたが、俺はそれを黙殺した。今そこを深堀して会話をするつもりは、俺にはない。

「ほんで? 狼谷はウチに何をさせたいん?」

 黙り込んだ俺を気にする様子もなく、赤川は俺にそう問うた。だから俺は答える。

「上野の実家の、経営コンサルタントをしろ。赤川」

「はぁ?」

 赤川は小さな口を大きく開けて、疑問を呈した。

「ちょっと待ち! 何でウチが上野さんの実家の経営コンサルタントにならんとあかんの?」

「何でも何も、お前今年度の実績は、実地に足が付いた経営手法について進めるつもりだっただろ? サンプルも丁度探していたはずだ」

「ちょ、ちょい待ち! 何でウチの事、狼谷がそんなに知ってるん?」

「俺は俺が討伐した『勇者』の情報は全て追っている」

 俺はタブレットを操作し、これまでに調べた上野の実家に関する情報を表示させた。そしてそれを赤川に押し付ける。

「上野の店が出来た時からの売上、仕入れ値、その地域の競合となり得る店舗の情報、土地の値段に時価総額にネット上の評判等、必要だと思われるデータは集めれるだけ全て用意した。赤川なら、これで勝てる」

 そう断言すると、赤川は顔を朱に染めて反論した。

「なっ! こ、これだけあれば、ウチやなくて狼谷がやればええやないの!」

「生憎、不知火先輩との約束でね。俺は直接『決戦』に手は出せないのさ」

 龍宮寺が、それは先輩が勝手に言い始めたことなのでは? という訴えを視線でしてきたが、それは今は黙っておきなさい! また頭ぐりぐりしますよ! と目で訴えたところ、フードを抑えたポケモンははうわう呻くだけで、結局何も口にしなかった。よし。

 龍宮寺と視線で会話をしている間に、赤川はすらすらとタブレットに指を走らせ、情報を精査している。

「なぁ、狼谷。ここ、おかしなデータの相関があるんやけど、ひょっとして……」

 その言葉に、俺は思わずほくそ笑む。やはり、赤川は気付いたか。

「ああ、お前の予想通りだ。そしてそれは俺が解決する。だからそれはないものとして扱ってくれて構わない」

「……直接手出しはせんのとちゃうの?」

「『決戦』には、直接関係はしていないだろ? あくまで間接的に、本来発生していなかったノイズを除去するだけだ」

「ウチには、詭弁にしか聞こえへんで?」

「そう言ってくれるな。それにどうも、俺もその件は無関係ではなさそうだからな」

 そう言って立ち上がると、龍宮寺は信じられないものを見る目で俺を見上げ、赤川はその両目を吊り上げた。

「ど、どこに行くんですか? せせせ先輩っ!」

「どこって、さっき言った対応だよ。俺が解決するって言っただろ?」

「待ち! ウチは出てかんでもええ言うたけど、手伝うとは一言も言うてんよっ!」

「……そうか」

 そう言って、俺は龍宮寺の方に視線を送る。何かを期待するような涙目で俺を見上げる後輩に向かって、俺は力いっぱい頷いた。

「だ、そうだぞ。頑張れ、龍宮寺」

 そう言って俺は、図書館を後にした。

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