第6話 ミシャ

「な、なんだっ!」


  突然の事態に、ゲームのフィナーレに熱狂していたマフィアたちがどよめき立った。


「ボス! 前方から得体の知れない宇宙船が一機攻めてきます!」


  レーダーが感知した宇宙船の距離と位置が、立体画面に現れる。

 ダークレッドの宇宙船が一機。しかも大きさは、マフィアの宇宙船の半分にも満たない。


「ふふ、バカめ。どうやら先方は死に急ぎたいらしい」


  マフィアのボスは嘲るように含み笑いをすると、体温の感じられない眼で部下に指示を出した。

 わけもない。一撃で始末する。

  部下のマフィアたちが持ち場へと散る。

  固まったまま視線を宙に彷徨わせていたソモルは、ようやく現状を呑み込んだ。ゲームから、解放されたのだ。



「へっへへ……これで、ゲームはお流れだ……」


  ソモルは両腕をだらりと垂れ下げると、椅子の背もたれにがくりと倒れかかった。

 マフィアたちは、すでに別のゲームに熱を移していた。リアルなシューティングゲーム。獲物は、前方宇宙空間。誰がそれを撃ち落とすかで揉めている。

 命を奪うのが、楽しくて仕方ないのだ。そんな連中ばかりが集まっている。


  ラオンはマフィアたちの様子を慎重にうかがっていた。連中は皆、たった一機の無謀な敵に気を取られている。誰一人、ラオンとソモルに眼を向けている者は居ない。

 今を逃したら、もう機会はない。


「ソモル、今のうちに脱出するんだ!」


  ラオンが、すっかり気の抜けたソモルの手を引く。


「あ……ああ、そうだ」


  ソモルは気を持ち直すと、ラオンにならって身を屈めた。広間を抜け出し通路まで来ると、そのまま猛ダッシュで駆け出す。

 極限の緊張に身を置いていたせいか、ソモルは多少足をもたつかせながら、それでもラオンの少し先を走る。

 通路を曲がり、二人が閉じ込められていた牢獄のような小部屋の前を通りかかる。

  そうだ、この奥の部屋にはさらわれてきた女の人たちが居る。けれど、あの小型宇宙船は二人乗りだ。それをオーバーして発射しても、宇宙空間で身動きがとれなくなる。

 ソモルは、立ち止まろうとしたラオンの手を引き、走り続けた。


「とりあえず、俺たちだけでも逃げるんだ。その後、宇宙ポリスに知らせればいい」


  ラオンは何も応えず、ソモルの後ろを走っていた。息づかいだけがソモルの耳に届く。

 

  カンカンカンカン


  鉄の通路に足音が響く。マフィアたちが追ってくる気配はない。

  一瞬、船体が大きく揺らぎ、二人は足を取られてよろめいた。爆音のようなものが聞こえる。さっきのダークレッドの宇宙船が撃ち落とされたのだろうか。それにしても、その爆撃程度でこの巨大な宇宙船が衝撃を受ける筈がない。

  とにかく、今は脱出しなければ。二人の丸い小型宇宙船は、もう数メートル先に見えている。

  小型宇宙船の機体に手をかけ乗り込んだ瞬間、二人はようやく本当に逃げられるんだという安堵感に満たされた。

  緩やかな熱と共に、機体が起動していく。ラオンはレバーを引き、加速モード全開にした。障害物を感知し、マフィアの宇宙船の黒い天井が開いていく。


  発射。

  小型宇宙船は、太陽系銀河へと飛び出した。


「やったっ! 助かったんだ、俺たち!」


  ソモルが嬉しさに大声を上げた。

  青い海王星が闇に揺らいでいる。ここは、太陽系の果て。


  突然、衝撃波に二人の宇宙船が激しく揺れた。


「な、なんだ!」


  マフィア船に攻撃されたのかと思い、ラオンはレーダーを確認した。機体には損傷の形跡はない。再び、機体が揺れる。


「ラオン、あれ!」


  ソモルが指差す方向に、光の帯が走った。

  黒く巨大なマフィアの宇宙船が、隕石の衝突を受けた星のように放射線状の光を放っていた。攻撃しているのは、あのダークレッドの宇宙船だった。

 一瞬で片がつく。そう高をくくっていたたった一機の宇宙船に、マフィアたちの方が押されている。


「すっげえ……」


  その勇姿に、ソモルが感嘆の声を洩らす。

  ダークレッドの宇宙船は俊敏にマフィアの船の弾道を交わしながら、正確に相手の船体に攻撃していく。その飛行技術の優雅さは、息を呑む程だった。

 僅かな攻撃で、敵の急所を撃つ。短時間で、確実に相手を落とす。どれ程巨大な相手でも、絶対に仕留める。マフィア船は、すでに逃げ腰だった。

  乗っているのはただ者ではない。

  ダークレッドの宇宙船が、マフィア船から距離を取る。赤い船体が、弧を描いてラオンとソモルの宇宙船に近づいてくる。

 

  二人は身構えた。まだ見方であると確信したわけではない。

  二人の小型宇宙船に外部からの通信が入った。ラオンが青く点滅する画面を操作し、回線を開く。


『ラオン、聞こえますか』


  落ち着いた、女の声。間違いない。


「ホワイティア!」


  猛禽類のように気高く美しい眼差しのその人の姿が、ラオンの脳裏によみがえる。


「助けに来てくれたんですね、ホワイティア!」


  女盗賊ホワイティア。ダークレッドの宇宙船の操縦者。この人ならば、あの神業攻撃も納得できた。


『あなたたちに伝えたい事があって来たら、悪い虫がたかっていたのでね』


 僅かに和らいだホワイティアの声が、空間に響く。ラオンは、はっと思い出して身を乗り出した。


「ホワイティアさん、お願いがあります。あのマフィア船に囚われている女の人たちを助けて下さい」


  自分たちは危機を脱したが、あの中にはまだ恐怖におののいている人たちが残されている。


『判ったわ。いいでしょう』


  ホワイティアは、ラオンの頼みを聞き入れた。ラオンの口元に笑みが浮かぶ。

人工衛星の光が通り過ぎた。


『ラオン、あなたたちに、遊星ミシャについて伝えたい事があるの』

「遊星ミシャの……」


  ラオンの肩が、ぴくりと反応する。


『この太陽系を呑み込む天の川銀河には、巨大なブラックホールが存在する。それと比例するホワイトホールも。その双方の磁場のバランスが保たれた位置に、燃え盛る若い恒星がある。その直線上に、もうすぐふたつの星が重なり、並ぼうとしているの』

「星が、重なる」


  ホワイティアから送られてきた、大まかな位置を示した宇宙地図が画面に現れた。

  操縦桿に置かれたラオンの手に力が入る。

 タイタンでホワイティアが語った話。空間の歪み。遊星ミシャの現れる条件を、満たそうとしている。

  宇宙の秩序が、今再び破られる。

  ラオンの眼に、強い光が満ちた。とうとう、その星へ行ける。



「ありがとう、ホワイティアさん」


  ラオンは、あのタイタンの夜伝えられなかった言葉を口にした。そして、力を込めて加速レバーを引いた。

  目標、天の川銀河。この太陽系を包む、無数の星の集まり。



「私が手に入れられなかったものを、あなたが手にするのよ、ラオン……」


  ダークレッドの宇宙船の中で、光の筋を描き彼方へ消えていく丸い宇宙船を見送りながら、ホワイティアは囁いた。



         ☆

       



 太陽系の最果て、冥王星とカロンを光のような速度で通り過ぎる。

  この宇宙に渦巻く銀河の中心には、ほとんどの確率でブラックホールが存在していると云われる。その巨大な重力とエネルギーに導かれ、星や塵が集まり円を描いているのだ。

  天の川銀河。

  ラオンとソモルの生きる太陽系を包み込み、広がる銀河。冒険の始まりの日の夜に見上げた、白い星の河。散っていった、星の輝き。

 その星々の欠片が眠る場所へ、ラオンたちは向かっていた。

  遠くの銀河の光と揺らぎ、幾つもの星が集まり、煙るように宇宙にたゆたう。

  深紅に咲き誇る、大輪の華のように。深海を漂う、透明な海月のように。

  若い星の放つ光。老いた星の見せる儚い輝き。静かな星の流れに乗って、機体は進む。

  そこはもう、天の川銀河の中だった。


 

  ドックン


  ラオンの心臓が、大きく鼓動した。

  この先に、遊星ミシャが現れる。


  荘厳な輪を描く星雲。中心に潜む強大な力に惹かれ、ゆらり戯れる。

  ここは、死んだ星の欠片が棲む処。

  ソモルは、出会った日の夜、ラオンが語った言葉を思い出していた。

 まだ輝き続ける星の光にいざなわれ、死んだ星たちの欠片が寄り添う処。星を象(かたど)っていた塵やガスがここへ導かれ、仄白い霧ような光をまとう。もう自ら光を放つ事はできないけれど、まだここに居たいと願う。

 何もなくなって宇宙を漂う物質へと還っていく前に、もう一度だけ光溢れてみたい。

 再び光を宿した欠片たちは、やがてそれに満ち足りると、ひっそりと宇宙へ還っていく。

 そしてとこしえの時の彼方に、もう一度星へと生まれ変わる。幾らかの星の欠片は、形を失いゆらり宇宙を渡りながら、命の息吹をもたらした。


  無限の宇宙の可能性と、そこに起きた出来事。


  レーダーに押し寄せる重力波。

  磁気の波。もう、間近だ。


  酷い静寂。

  けれど、銀河は光に満ち溢れていた。


「ソモル……」


  黙ったまま、思い耽るように画面を見詰めていたラオンが、静かに口を開いた。


「僕、本で読んだんだ。星は死ぬ時、爆発を起こして散っていくか、形を保つガスや塵を留めておく事ができなくなって、全てを失って星の核だけになって消えていくか。喩えどちらだとしても、たった一人で真っ暗な広い宇宙で死んでいくのは、きっと寂しいだろうなって思ってた。けれど、そうじゃないんだね。ここへ辿り着いて、こんなにたくさんの星が包み込んでくれているんだもの、全然、寂しくなんてなかったんだね」


  そして、ラオンは気づいていた。

  この場所に、あの日死んでしまったラオンの小鳥は、もう居ないのだと。

 後部座席のソモルには、ラオンの表情をうかがい知る事はできない。嬉しそうに笑っているのか、それとも泣いているのか。その声からでは判らなかった。

  けれど、そう語るラオンの眼差しは想い描く事はできる。真っ直ぐに目的の場所を定め、決して揺らぐ事のない双眸。

  幾度となく、ラオンの強さを見詰めてきたソモルには判った。ラオンの眼差しはすでに、その先に現れる筈の遊星ミシャを捉えている。



 突然、二人の網膜に何かが触れた。放射線状に、眩い光が射す。

  恒星の光。


「あれだっ!」


  その横にはほんの小さな衛星、そして惑星がゆらり構えている。

  間もなく、始まる。

  影を映し、星が動いていく。閃き、舞うように。並ぶみっつの星が、真っ直ぐに一直線に重なった。



  ひらり


  直線の中心に、羽根のように光がはためく。

 その中心が、緩やかな球体を象っていく。


  二人は見た。青い光を放ち、揺らめきながら漂う、幻の星。

  遊星ミシャ。

  透き通る星の影。南海を泳ぐ、美しい熱帯魚のように。まるで現実に起きているとは思えない、幻想的な光景。

 一瞬だけの、宇宙の秩序の崩壊。もしくは、宇宙の全ての可能性を秘めた、希望のカタチ。

 ラオンとソモルを乗せた宇宙船は、まるで吸い寄せられるように幻の遊星ミシャへと近づいていく。求める心と、それを待ちわびる力が引かれ合う。

  遊星ミシャが、ラオンの意思を欲している。

  宇宙船が、ミシャの大気圏へと入っていく。仄青い大気に、機体が包まれる。


  これが、遊星ミシャ。

 ラオンは酷く落ち着いた眼差しで、ただそこにある全てを見詰めていた。

  柔らかな光。包み込んでいた霧状の大気を、風がさらっていく。

  雲間から、地表が現れてくる。キラキラと、反射する砂丘。宇宙船が、ミシャの穏やかな重力圏に呑まれていく。

  波に揺られるように、ゆっくりと下降する。地表に宇宙船の丸い影が落ちる。次第にそれが、大きな円になっていく。

  砂埃が舞い上がった。二人を乗せた宇宙船は、ミシャの地表へ漂着した。熱を吐き出し、機体が停止していく。


 ラオンは、ふーっと長く息を吐いた。

 とうとう、辿り着いたのだ。この星に、探し求める宝石クピトはある。


  静かだった。生き物の気配はない。一面、白い砂しか見えない。

  けれどここには、宝石クピトの番人が棲むという。ホワイティアが語った、不気味な姿をした幻獣。


「僕、降りてみる。ソモルはどうする」


  ソモルはここまで、ラオンの目的に付き合ってくれただけだ。ここから先は、ソモルの意思に委ねる事にした。


「行くさ、もちろん」


  ラオンの冒険の結末を見届けたい。それが、ソモルの意思だった。

  機体の扉を開くと、二人は自らの足で地表へと降り立った。

  視界の限り、形あるものは何もない。ただ、真っ白い砂漠が続いているだけ。その延長線上に覆う空は、夜が訪れる時刻のように濃度の深い青に染まっている。


  ふとラオンは、違和感を覚えて振り返った。



「ソモル……?」


  隣に居た筈のソモルの姿が消えていた。気配すら、跡形もなく。

  ソモルだけではない。二人が乗ってきた宇宙船も、すっかり溶けるように消え失せていた。

 ラオン以外、何も存在しなくなっていた。

 俄( にわか)には信じられないような心地で、ラオンは一人佇んだ。



  ふと、ラオンの耳に何かが聞こえた。いや、耳にではない。けれど、確かに音がする。

  鼓膜ではない何処かで、ラオンはそのコエを聞いた。

  コエ……? それとも、地響きか。

  正面の空気が動いた。空間が、鈍く歪んでいく。そこに、裂け目が生じる。

  粒子が、渦を巻く。



  ……来る。


  ラオンは、まるで小惑星に匹敵する程とてつもない質量が近づいてくるのを感じた。

  宇宙の秩序の保たれた処では、決して存在の許されぬ者が、そこに現れ出でようとしていた。

  ラオンの心に、恐れはなかった。ただそれが現れるのを、じっと待ち構えていた。

  空間の裂け目から、光が溢れ出した。膨大な光の束が、とぐろを巻くようにするすると折り重なっていく。寄り集まり、光が一点に集中していく。

  網膜が焼かれる程の強い光であるのに、何故か眩しさを感じさせない。むしろ片時も眼を逸らしたくないような、美しい閃き。

 ラオンはしかと、目の前の光を見詰めた。




―汝は、愛の宝石クピトを求めし者


  突然、コエがした。魂に直に聞こえるような、荘厳な響き。そして、余韻。



―クピトを求めし者よ。汝に私の姿は、どう視える



 再びコエが、ラオンに問いかけた。コエの主は、この光。

 光が、ラオンに問いかけている。


「僕には、あなたのカタチが見えない」


  ラオンの前にあるのは、一点に集まった眩い光。姿など持たない、おびただしい光。



「僕に見えるあなたの存在は、眩い光の集合体」


  その光を受けて、ラオンの深い翡翠の瞳がキラキラと輝きを宿す。



―ほほう


  光の集まりは、ラオンの言葉に面白そうに粒子を散らした。



―汝は、クピトを求めてこの星へ辿り着きし者。私は、クピトを求める者の前にしか存在する事はない。クピトは愛を司る宝石。お前はそれを知っていて、クピトを求めるのか


  光が、ラオンの意思を確かめるように訊いた。


「はい」


  ラオンが、短く答える。


―ではお前は、愛の意味を知っているのか


  光は、更に質問を続けた。粒子の粒が、宙を舞う。


「僕には、愛の意味なんて答えられない」


―では何故、クピトを求める


  光とラオンの一問一答が続く。


「父上と母上に差し上げる為に。お二人なら、きっと愛の意味を知っているから」


  光は、ラオンの心の内を見定るように幾度か瞬いた。




―確かに、お前はまだこの問いには答えられぬだろう


  光の中に、一瞬だけ青い糸のような筋が現れて、輪を描きながら溶けた。



―では、今一度汝に問う。生きるとは、命の意味とはなんだ


 

  コエが、轟くような余韻を残し、ラオンの魂という球体に響いた。

  ラオンは視線を落とし、黙り込んだ。


  生きる事、命。

  ラオンは眼を閉じた。

 瞼の先に、星が見えた。

  城を抜け出して乗り込んだ貨物船から見た、太陽系の星々。そして、白い天の川が見えた。生まれて初めての友達、ソモルと見上げた数え切れない星の散る夜空。そして、遊星ミシャへ向かう宇宙船から見詰めた、幾つもの果てない銀河。

  生まれては消えていく、悠久の宇宙の営み。

  無数の命のカタチ。


  ラオンには、その理屈など判らない。

  けれど確かに、この旅で受け取る事はできた。それが、光の主が望む答えなのかは判らない。間違っているかもしれない。けれど……。


  ラオンは、眼を開いた。

  眩しい、光。

  ラオンは躊躇ためらわなかった。

  今自分が与えられた、感じる事のできた全てを、言葉に乗せた。



「僕のこのカタチと命。それは、大切な僕の父上と母上にいただいたもの。この広い宇宙の果てまで探しても、他にはない唯一のもの」


  ラオンの脳裏に、父アルスオンと母ミアムの姿がよぎった。お二人共、きっと僕の事を心配している。大好きな父上、母上の為に、絶対クピトを手に入れるんだ。


「そして、僕が食べるという事で、他の命から僕の命へと繋いだもの。犠牲を孕んで受け継いだもの。その分だけ、重みがかさんだもの。それは、食物連鎖の全てに生じる重み。他の生き物から受け取った、ひとつひとつの命への責任」


  ラオンの小さな小さな細胞のひとつひとつに、数知れない命が繋がれている。それは、鳥であり、植物であり。

  ありがとう。ラオンが強く、心に刻む。


「そして水。水がなければ、そこに命は宿らない。巡りゆく水が、絶え間なく命を癒し続ける」


  干からびた処に、命は生まれない。全ての生き物は、水のある場所で生まれる。

ラオンの眼差しが、強さを帯びていく。


「そして星。最初の命はきっと、星の欠片から生まれた」


  ラオンは、天の川銀河の星々を思い出していた。もう居なくなった星の欠片たち。


「星も生まれ変わる。散っていった星の欠片が宇宙を流れ、永い永い間揺られ漂って、そして僕の中に辿り着いた。生きとし生ける者は、皆ほんの少しずつ星の欠片を受け継いでいる。この宇宙の記憶、星の記憶。だからきっと、皆それを覚えてる。忘れるわけがない。だって、かけがえのない繋がりだから」


  命の記憶は、連鎖していく。

  有限であるから、決して失われる事のないように繋がっていく。死んでいった記憶の漂うこの広い宇宙の中で、そうやって結ばれていく。絶え間なく。

  銀河を辿りながら、いつしかラオンはそれに気づいた。

  僕の中にも、星は生きているんだ。

  そう、だから……。



「僕の命……。それは、僕が生きたいと望む限り、この宇宙にずっと続いていくもの」



  あ、そうか。

  言葉を紡ぎ終えた瞬間、ラオンは悟った。


  愛ってきっと、命そのものなんだ。


  何故だか判らない。けれど、漠然とそう気づいた。

  命と命が繋がり、互いに貴いと想う時、きっと愛は生まれるのだと。



  粒子が光に導かれるように躍りながら、一点に集まっていく。

  キラキラ キラキラ


  ラオンは光のコエを待った。

  何もない白い砂漠の上に、光の束とラオン。ただ、それだけ。他には、何も存在しない。

  ラオンは、何も恐くはなかった。

  クピトを手に入れて、ジュピターへ帰るんだ。

  光が、柔らかく揺らいだ。



―汝の、名は


  光のコエがした。


「ラオン」


―ラオン……汝に愛の結晶、宝石クピトを授けよう


「本当!」


  光の主は、ラオンが導き出した答えを受け入れた。一問一答の知恵試しに、勝ったのだ。

  けれど、ホワイティアが語っていた話とは少し違う。宝石の番人であるという幻獣は、最後まで姿を現さなかった。

 現れ、ラオンに問いかけてきたのは、光の主。


「ひとつだけ教えて下さい」


  光の輪が、ゆらゆらと揺れる。コエはない。


「ある人は、ここに宝石の番人が棲むと云っていました。番人は獣の姿をしていると。あなたは、その番人なのですか?」


  ラオンの声が、粒子と交ざり合う。



―そうだ。私にはカタチなどない。私は、宝石クピトの心


  光がくるくると回りながら、輪を描いてゆく。


―私は、視る者が想い描いた姿となって象られる。お前は、私が光の集まりに見えると云った。お前は最初から、私の真の姿を視ていたのだ


「あなたの、真の姿を……」


  クピトの心である光の集まり。それが、コエの主の正体だった。



―ラオン、お前は真を見極める眼をしている。私も、お前の真のカタチを視せてもらった


「僕の、真のカタチ…………?」


  光は、もう何も答えなかった。

 ただ、輪を描きながら光がその中心に集まり、収縮していく。中心の光が、瞬きながら更に白い一点の光となる。

  やがてそこには、一粒の光の塊が生まれた。美しい光を宿し、何処までも澄んだ純粋な結晶。

  これが、愛を司る宝石クピト。

  たった今産み落とされたように、空気の裂け目から白い砂の上に落ちて転がった。

  宝石クピトに眼を奪われていたラオンは、はっとして視線を上げた。

  空間の裂け目も、光も、もうそこにはなかった。ただ果てない白い砂漠と、深い空が続いているだけ。

  風に砂埃が舞い上がる。



「ラオン」


 声がして、ラオンは振り向いた。惚けたように立ち尽くす少年。いつの間にか、ソモルも宇宙船もそこに戻っていた。


「ラオン、それ」


  ソモルが、砂の上に転がる宝石を指差し呟いた。ラオンはすっとしゃがむと、砂に落ちたクピトを手のひらに掬い上げた。雲間から射す恒星の光を反射しながら、クピトはラオンの手の中にキラリ収まる。


「愛を司る宝石クピトだよ。僕が手に入れたんだ」


  ラオンは振り返ると、大きな翡翠の瞳を真っ直ぐに向けてソモルに云った。ラオンの微笑みを、恒星の光が眩しく照らしていた。



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