第4話 一世一代の大勝負


 次の日、ラオンとソモルはタイタンの街中で遊星ミシャへ行く手立てを模索していた。

 ミシャが現れる条件は知る事ができた。後は、頭の切れるラオンが恒星、惑星、衛星の位置や運行を調べ、おおよその位置を割り出せば良い。

  問題は、そこへどうやって行くかだ。今までのように密航というわけにはいかない。

  都合良くそんな処へ行く宇宙船があるわけがないし、第一、二人はお尋ね者の身なのだ。まだ捜査網はそれ程広がっていないようだが、それも時間の問題だ。もたもたしていては、何処に追っ手が現れるか判ったものではない。

 手配書が宇宙全域に行き渡ってからでは終わりだ。

  どうしたものか。


  タイタンの街中は、マーズの繁華街となまた違った活気に溢れていた。

  二人が訪れたこの街はカジノが盛んなようで、まだ昼間だというのにどの店も客でいっぱいで、皆思い思いに賭け事に熱を上げていた。


「おいおい、この人たち、仕事はどうしたんだよ」


  その熱狂振りを眺めながら、ソモルが呆れて呟く。

 きっと、ギャンブルが仕事なのだろう。

 ラオンは立ち並ぶカジノ場を興味深そうに見物している。城育ちのラオンには、動物園よりも珍しい光景なのだろう。

  ソモルの少し先をてくてくと歩いていたラオンは、一軒のカジノ場の前で立ち止まった。


「ソモル、あれ!」


  ラオンが嬉しそうに声を上げた。

 ラオンの指が指し示す先にあったのは、ショーケースの内側に飾られた、二人乗りの白くて丸い小型宇宙船だった。

  宇宙散策のニーズが高まり続けるこの時代、まさに画期的な新商品だった。発展途上の星で育ったソモルは、感嘆の声を上げた。


「これ……カジノの景品だ」


  なんて太っ腹で大胆な景品だろう。しかも今の二人にとっては、願ってもない代物だった。


「ソモル!」


  ラオンが満面の笑みで振り返った。何か、嫌な予感がした。

  ラオンはためらう事を知らない。

  案の定、ラオンはポケットの有り金をごそごそと探っている。


「まさか、お前」


  コイン数枚と、カードゲームで儲けた紙幣が九枚程だった。昨夜酒場で使ってしまったので、所持金はだいぶ減っていた。


「やる気かよ」


  いくらなんでも、無理だとソモルは思った。

 確かにラオンのカードゲームの強さは認める。けれどこの軍資金では、到底あの宇宙船に手が届くわけがない。

  この賭けは、あまりに無謀過ぎる。


「これじゃ足りないな」


  そう呟いたラオンの視線は、真っ直ぐにソモルのベルトに垂れ下がった巾着に向けられていた。この中には、ソモルのなけなしの所持金が入っている。


「だっ、駄目だぜっ、これは!」


  ソモルが慌てて手のひらで巾着を覆い隠す。


「倍に、いや、倍どころか十倍にして返すから! ねっ、ソモル」


  ピクッ

 ソモルの眉が僅かに動く。甘い誘惑に、ソモルの心が揺れた。

  ラオンならば、やれるかもしれない。欲望を乗せた天秤が、大きく傾いた。

 ラオンを利用して金儲けをする。そもそもそれが、ラオンに近づいた理由だったような。


  考え迷った末、ソモルは巾着袋をラオンに手渡していた。悲しいさがだった。


「ありがとうソモル! 必ず勝つからね!」


  ラオンは上機嫌で、カジノ場へ入っていった。

 こんな筈じゃなかったと多少後悔しながらも、ソモルは仕方なくラオンの後に続いた。

  店の入り口を一歩入った途端、二人の周囲を客たちの熱と喚声が取り巻いた。発狂したように笑う者、たった今地獄でも見てきたように青ざめる者、膝をついて天井を向いたまま泣いているのか笑っているのか区別のつかない者。

  ここは、人間の人生がジェットコースターのように一瞬で天に昇りもすれば、地の底にも落ちていく場所。それでも人は、まるで取りつかれたようにその行為をやめる事ができない。


  ラオンは有り金全てをさっさとカジノコインに交換すると、きょろきょろと店内を見回し始めた。やたらと手際が良い。カジノの知識も本で覚えたのだろうか。

 店内を物色しながら歩き回るラオン。ソモルも離れないように後に続く。

 少人数のカードゲーム、ルーレットだけでも何種類もある。勝ちに行く為には、ラオンに有利なものを慎重に見極めなければならない。

  眼が良いジュピター人の中でも、ラオンはずば抜けて動体視力に優れている。

  ルーレット。それも、掛け金の高いもの。


  ラオンは、店の中心に位置したルーレット台に眼を止めた。取り囲んでいる客層も、道楽者の富裕層ばかりのようだ。

  ラオンはこの台に決めると、大人たちに交ってコインを一気に全部賭けた。

  初めは子供の一人勝ちに興味の視線を向けていた客たちだったが、例のごとくラオンの活躍ぶりに次第に度肝を抜かれていく。

 玉の落ちる位置を動体視力で見破ってしまうのもさる事ながら、なんといっても強運であるというのがラオンの最大の武器なのだ。

  見る見るラオンの両サイドには、カジノコインが山積みになっていく。


「いいぞ、ラオン! その勢いだっ!」


  勝ちが進むにつれ、乗り気ではなかった筈のソモルも興奮気味になる。ラオンの圧倒的な強さに、富裕層の客たちが次々に破産していく。


  だが、その様子を芳しくない眼で見ている者もいた。二階のガラスドアの向こう側、店内カメラに映し出されたラオンの勝ちっぷりに眉間にしわを寄せる。

 このカジノの経営者だった。

  たくわえた口ヒゲを指先でせわしなくいじりながら、内心穏やかではない様子だ。

  このままいけば、ラオンのせいで赤字は確実だ。まだ一度も取られた事のない店の目玉景品である小型宇宙船だが、このままではそれすら危うい。


  だが、大丈夫。

  こんな事態の時の為に、ある手段を用意してある。そのおかげで、いつも店は大儲け。だからかえってツイてる客は最高のカモなのだ。

 イカサマカジノのオーナーは、にやりとほくそ笑みながら、ラオンの活躍ぶりをしかと見物していた。




「今度は、黒の21だ」


  ラオンは余裕で全額を投じた。

 回転するルーレット台の端を、全てを託された白い玉が滑るように走っていく。 徐々に速度を落としながら、自分の行くべき、場所を見極めている。

  間違いない。ラオンは確信していた。その行き先は、黒の21。

  その時、ラオンは妙な違和感を覚えた。きっとその場に居合わせた他の人間は、誰一人それに気づく事はできなかっただろう。

 そして玉は、ラオンの賭けたすぐ隣の赤の22に落ちた。


「ざーんねん!  お客様の負けです!」


  なんだか弾んだカジノ店員の声が響く。

  ラオンの勝ちっぷりを面白がって見物していた客たちも、興ざめした声を洩らしながらざわざわと散っていく。


「……ラッ、ラオン~!!」


  野次馬たちの声に続いて、ソモルの絶叫がラオンの耳をつんざいた。

  まさかの奈落へ急降下。

  全財産をすってしまったのだ。無理もない。

  それも後何度かの勝ちで、小型宇宙船に手が届くところまできていたのだ。

  嘆くソモルの隣で、ラオンはいぶかしく眉をひそめたままルーレット台を睨んでいる。


「何が十倍だよぉっ! 全部すっちまったじゃねえかあ!!」


  歳上らしくもなく、少し涙目でラオンを責めまくる。


「……変じゃなかったか」


  ラオンがぽつりと洩らす。


「何がだよぉ」


  すっかり気力の失せたソモルが、力なく答える。


「ルーレットの動き、不自然じゃなかったか」

「えっ?」


  ラオンの言葉に、うなだれていたソモルがふいっと顔を上げる。


「イカサマって事さ」

「なっ、なんだとぉ!」


  怒り爆発なソモルが声を荒げる。抗議の為にオーナーの元へ向かおうとするソモルを、ラオンが制する。


「ソモル、今さら何云ったって無駄さ」


  所詮子供の文句だと、取り合ってももらえないだろう。


「じゃあ、このまま引き下がれってのかよっ!」


  それではカジノ側の思うつぼ、泣き寝入りだ。

  ソモルはもちろん納得いく筈もなく、怒りまかせにラオンにまで当たり散らす。


「……汚いやり方をされたなら、こっちも同じような手でやり返すまでさ」


 呟いてラオンは、キラリと鋭い眼差しでガラスケースに覆われた小型宇宙船を見た。



        ☆



  夜も深く、昼間の活気も忘れて街はすっかり静けさと闇に包まれていた。切れ切れに広がる薄い雲の合間から、星明かりがまばらに覗く深夜。人影も見当たらない。

  そんな真夜中の街に、ラオンとソモルは居た。

  街灯の光を避け、目立たないように夜に潜む。今のところ、誰にも見られてはいない筈。


「おいラオン、本当に開くのか?」


  ソモルが、がちゃがちゃと扉の鍵穴をいじっているラオンに小声で尋ねた。細い二本の針金を、慎重にあやつる。

  ラオンが夢中でこじ開けようとしているそれは、イカサマカジノの裏扉だった。鍵開けの方法は本で読んだ事があるからと、自信満々でラオンが始めたのだ。


「もう少し……」


  手応えを感じたラオンは、なお必死になって鍵穴をいじる。

  何故こんな事が、姫であるラオンにできるのだろう。多少の疑問は頭の隅に置いて、固唾を呑んで見守るソモル。

  本ばかり読んで様々な知識を得たらしいのだが、この枠にはまりきらないラオンの多才ぶりには、ソモルもただただぽっかり口を開けるばかりだ。


 カチッ


「よしっ!」


  鍵が開くのと、ラオンの声はほぼ同時だった。感心しながら、ソモルがはぁっと息を洩らす。


「知恵の輪と同じような原理だよ。僕、得意なんだ」


  さらりとラオンが云う。そうなのか。ソモルには全く判らない。


「大丈夫かよ。こういうのって扉開けたとたん、たいがいブザーが鳴るんだぜ」


  さすがソモル。そういう事にはなかなか詳しい。

  心配するソモルに、ラオンはOKサインを見せる。


「鍵を開けた時、怪しい機能もストップさせておいた」


  その用意周到ぶりに、ソモルは思わず唖然としてしまった。一体、城ではどういう教育を受けていたのだろう。

  何はともあれ、辺りに人が居ない事を確かめると、二人はそーっと扉の中に足を踏み入れた。

  暗闇の店内、ラオンは文字通り眼を光らせ、お目当ての代物を探した。だが小型宇宙船は、昼間見た店入り口のショーケースからは姿を消していた。きっと何処かに移動されたのだろう。


「こういう時は、地下室が怪しいんだぜ」


  ソモルの勘を頼りに、店内隅の避難階段から地下へと降りる。地下通路のあちこちには、この手の場所にはよくあるお決まりの赤外線レーザーが張り巡らされていた。うかつに触れれば、途端とたんにブザーが鳴る。


「ひゃ~、桑原桑原」


  小柄で身動き自在なラオンに比べ、ソモルはレーザーをくぐり抜けるのに苦戦している。


「待ってて、ソモル」


  ラオンはひょいひょいとレーザーを避けて進むと、通り抜けた先の壁にあった機械をちょんちょんと操作した。不自然な体勢のまま固まっていたソモルの目の前から、一瞬にして赤い筋が消え失せていく。ソモルは、気が抜けて尻もちをついた。


「ふーっ、助かった~」


  安堵のため息を洩らす。


「気を抜くのは早いよ。まだ終わってないんだから」


 地下通路は更に先に続いている。目的のものはまだ遠い。


  角を曲がり、二人は見た。通路の隅々に、カメラが仕掛けてある。

 こればかりは、どうにもならない。どう通っても姿が映ってしまう。機能を停止してみても、侵入者が居る事はばれてしまう。


「どうする、ソモル」

「仕方ない、駆け抜けるぞ」


  それしか思いつく方法はない。けれどラオンは城育ちの為、とんでもない鈍足だ。それでも警備員がやってくるまで時間の猶予はあるだろう。

  ソモルは手のひらで合図すると、全速力で駆け出した。ラオンも、出せる限りの全力で走る。

  続くラオンを気にしながら、ソモルがやや速度を落とす。走る事に慣れたせいか、ラオンは出会った日よりも多少速かった。


  ビイィィィ


  通路の隅々に、警報ブザーが反響した。


「チクショウ!」


  走りながらソモルが舌打ちする。


「あれだ、ソモル!」


  通路の先の開けた広い一室に、二人の求める宇宙船はあった。


「よし!」


  警報音を背に、一気に駆け抜け中に滑り込む。


「スリル満点だ」


  ラオンがこの場に似つかわしくないような笑みを見せる。ずいぶん能天気だと思うが、ソモルはあえて口にしない。

  丸い形をした、二人乗りの白い小型宇宙船。ラオンは、機体の戸に手をかけた。

  もちろん、ロックされていて戸が開くわけがない。と思いきや、開いた。

  ちょっと拍子抜けしながらも、これは恵まれた展開だった。それに、もたもたしてはいられない。二人は、さっさと宇宙船に乗り込んだ。

  中は前後に座席がふたつ、操縦桿には細かいレバーやボタンがびっしりだった。

  ラオンは機体の窓から顔を出し、天井を見上げた。ちょうど真上には、開閉型の外への扉がある。という事は、このまま上空へ飛び立つ事ができる、筈。

  開ける方法は判らないが、物体を感知して自動開閉するタイプである事を願うしかない。


「何処を押せば、飛ぶのかなあ」


  ラオンはどれにしようかなと指先を彷徨わせる。


「どれだっていいよ、ラオンに任せる」


  今までのラオンの強運ぶりを目の当たりにしてきたソモルは、戸惑う事なくそう云った。


「よーし、いちかばちか!」


  直感の導くままに。

 ラオンは、これだと思った赤いボタンを押した。


  機体に、光が満ちる。

  宇宙船が起動した。緩い振動、機体の後部が熱を帯びていく。


  ようやく駆けつけた警備員たちは、今にも飛び立とうと構えている宇宙船を目撃した。


「ああ!  宇宙船がっ!」


  声は、音に掻き消された。


  ドドドドドドドォォォォォ


  機体が浮上する。

  後は、天井の扉が開けば。


  開けっ!

 ラオンが祈る。


  宇宙船を感知した天井が、灰色の重い鉄の扉を動かしていく。開いたその先には夜空が見えた。


「やった!」


  完璧な作戦成功に、ラオンとソモルははしゃぎ笑い合った。

  眩しい閃光の余韻を残し、なすすべもない警備員たちに見送られながら、小型宇宙船はタイタンの夜空高く飛び立った。



「やった!  やったよ、ソモル!」

「ひゃっほーっ!」


  狭い船内に、二人の歓声が響く。

  機体が軽いせいか最先端の宇宙船は驚く程速く、一瞬で大気圏をすり抜けそこはすでに星の海だった。真下には、たったさっきまで二人が居たタイタンの丸い形が見えた。その後ろには、輪を描いた大きな土星が鎮座している。

  喜び勇むラオンの視界の片隅に、土星の遥か後方に位置する惑星の王、木星の堂々たる光がひっそりと映り込んだ。










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