トゥルース・リバース。
意外な言葉をリーバ君の口から聞いたのは、朝ご飯を食べてる時だった。
「リーバ君、ソレ……ホントに?」
「勿論、リリさえ良ければだけどね。肩の腫れもひいたようだし、体力も回復しただろうから、ずっと部屋に籠もってるのはそろそろ飽きてきたんじゃないかと思って」
一緒に街へ行こうか、って誘いに、あたしは昨夜見た夢のせいもあって、変に胸がドキドキしてる。
飽きたってわけではなかったけど、そろそろ外へ行きたくなっていたのは図星だった。
「うん、いく」
こくこく、と頷いたら、リーバ君は嬉しそうに笑う。
「うん、良かった。私は酒場に顔出しする用事があるから、その後で、リリにも旅用の服を買ってあげるよ」
「……旅?」
話が見えなくて、あたしはオウムみたいに聞き返す。
改めて考えると、あたしはリーバ君についてほとんど何も知っていなかった。思い返せば彼は一番初め、自分のことを旅人と紹介していた気がする。
「うん、私は元々旅人だよ。ここは友人の厚意で貸してもらっているだけで、本来私が泊まれるような所じゃないから……いつまでもいる訳にいかないし」
肩を竦めて笑う彼の言葉に、あたしはなんだかほっとした。ただここにいて、出掛けるリーバ君の帰りを待つより、一緒に旅してる方が楽な気分でいられるかもしれない。
それが、リーバ君にとって負担にならなければ……だけど。
「ついてっても、邪魔じゃない?」
不安を言葉にのせて尋ねたら、リーバ君は首を振ってから、あたしをじっと見る。
「はぐれたりしないよう、私の傍を絶対に離れない事。疲れたり身体が痛んだりした時には、遠慮なく私にそれを伝える事。この二つをちゃんと守ってくれる?」
「うん、守る」
迷惑を掛けたくないから、即答する。リーバ君は頷いて、それから立ち上がった。
「外はまだ風が冷たいし、上着も着た方がいいね。急がなくていいから、支度終わったら出掛けようか」
+++
面倒くさそうな外出の手続きを終えて、あたしたちが建物を出た頃には、太陽がだいぶ高くなっていた。
馬車を二度ほど乗り継いでリーバ君が向かった先に、ちょっと古ぼけた酒場が見える。
中に入って奥のテーブル席を取ると、リーバ君はあたしをそこに座らせて壁を指さした。
「飲み物メニューはここに貼ってあるから、飲みたい物決めておいてね。私は先に用を済ませてしまうよ」
「うん」
そう言ってリーバ君がカウンターの方に行ってしまったから、あたしは椅子に座ったまま、ぼんやり店の中を眺めてみる。
壁には、太い墨文字でお酒や飲み物の名前が書かれた木札がたくさん下がっていた。ほとんどの人が朝ご飯を食べ終わってる時間だけに、店内にお客さんの姿は少ない。
ふと、不自然に人だかりができてる壁際に気がついた。
オバサンたちが集まって談笑しながら、壁に貼られたポスターを見ているらしい。
聞き耳を立てるつもりはなかったけど、楽しげで賑やかな声は自然とあたしの耳まで届いてくる。
なんとなく解ったのは、ポスターがいわゆる手配書で、ターゲットがゼルスで有名なドロボーだってことくらい。時々混じる聞き慣れない単語が名前なのか地名なのかは、よく解らなかった。
美人なジェマの怪盗さんらしい。元ヤミリュウのギンヤミで、クロヒョウだけにジェマになってもネコ……って、なんか話がよく解らない。
それでも少し興味を惹かれて意識を向けたあたしの耳に、その時、聞き捨てならない台詞が飛び込んできた。
「やっぱり、結婚してるって噂は本当だろうねぇ」
「そりゃそうよ。彼が
「そうなのよねー。ヴァンパイアの
……今、種族が変わったって、言った?
「あ、あのっ」
思わず、あたしは椅子から腰を浮かせて声を上げてた。
話をしていたオバサンたちが、あたしの方を振り返る。緊張に声が震えたけど、聞かずにはいられなかった。
「種族って、変われるんですか……?」
明るくて優しそうなフェルバのオバサンたちが、互いに顔を見合わせカラカラと笑う。
「あらやだ、お嬢ちゃん知らないのかい?」
「まだ若いものねぇ、結婚なんてまだ興味ないかしら?」
よく解らないけど結婚が関係あるらしい。どう答えるべきか判らないでいるあたしに、オバサンたちは笑顔で話を続ける。
「結婚すると、相手と同じ種族になるチャンスがもらえるのよ。ま、一生に一度っきりだけどね」
「そうそう、種族の王サマ直々に、祝福と変化を授けてくださるのよー」
――つまり、無理じゃない、てこと?
衝撃の事実であたしが茫然と固まってる間に、オバサンたちは、お昼の準備しなきゃねとか言いながら行ってしまった。
あたしはぎくしゃくと椅子に座り直して、たった今教えてもらったことを頭の中で思い返す。
方法が、あるだなんて。そんなこと、リーバ君は何も教えてくれなかった。
そうじゃなく、無理だって……普通は無理なことだって言ってたのに。
音を立てて、全身の血が逆流する気がした。
――ウソ、つかれてたんだ。
綺麗な顔と、優しく笑う夜空みたいな瞳。
叶えてあげるよって、なんでもないみたいに言って、……他に方法はないだなんて。
頭の奥と目の奥が、熱くて痛い。視界がぐにゃりとぼやけたから、溢れた涙に気がついた。
痛くて、苦しくて、でもどこが痛いのか解らなくって。
ねぇ、リーバ君。あたし、本当に信じてたんだよ?
こんなに頭が痛むのに、どうやってモノを考えればいいんだろう。
こんな時にどうしたらいいのかなんて、誰も教えてくれなかったのに。
涙が落ちて、ぱたぱたとテーブルを濡らしてく。
息が上手く吸えなくて、あたしは歯を食いしばったままテーブルに爪を立てた。
――そこへ。
「どうしたの? リリ」
心配そうな声が、耳に突き刺さる。
あたしの大好きな、優しい声。リーバ君の。
「う、……っく、うぅ、……ぅぅぅ」
振り返った視界に、リーバ君が見えた。戸惑うような夜空色の瞳、優しげな顔は人を騙すようには全然見えないのに。
立ったら弾みでがたんと椅子が倒れた。
喉にこみ上げる涙声は、自分で聞いてて獣の唸り声みたい。
「うそつき!」
自分でもびっくりするような声を上げて、あたしはリーバ君に掴みかかってた。
彼の細い身体ではあたしの勢いを受け止めきれるはずもなく、後ろの椅子を巻き込みながら二人で床に倒れ込む。
身体の内側で、何かが激しく暴れているみたい。
胸の辺りが痛くって、喉が押しつぶされそうに苦しくて、頭が熱くて耳鳴りがする。
喉に絡む息を吐き出そうと、激しく咳き込みながら爪を立てた。あたしの下で、リーバ君が小さく呻いて身じろぎする。
……あたしの爪が、彼の肩に食い込んでる。
でも、両手が自分のものじゃないみたいに動かせない。
「リーバ、くんっ……、ムリって、言ったよね……? 種族、……っ」
普通は無理だ、って。
でも、自分はどんな願いも叶える魔法を使えるから、叶えてあげるって。
……十年待ってって。
「……うん、言った」
苦しそうな顔で、彼が答える。爪を立ててる指の先に、ぬめるような熱を感じた。
ほんのわずかだけど強烈に鼻をつくのは、鉄の……血のニオイ。
あたしの爪が、リーバ君を傷つけてるんだ。
自覚した途端、体中の毛が逆立つみたいな恐怖に襲われて、あたしは必死で自分の手をリーバ君から引きはがすと、彼の上から飛び退き、床に座り込んだまま後退る。
赤く汚れた自分の指先と、苦しげなリーバ君の表情が、無性に怖くて怖くて。
探るように腕を動かし上体を起こしてあたしを見た彼の瞳が、ひどく悲しげで。
「方法があるのは知ってた。だから、私はリリに嘘をついてたよ」
そんな顔で、肯定しないで。
「リーバくんのっ、……バカぁッ!」
「ごめん」
謝らないで。だって、だってあたしはどうしたらいいの。
自分でもどうしようもないまま、想いだけがこんなに大きくなってしまって、……あたしにはその約束だけが頼りだったのに。
「バカ、バカバカバカっ、……あ、あたし、だって、だってあたしリーバ君がこんなに好きになっちゃったのにっ!」
衝動のままに叫んでしまってから、あたしは自分がとんでもないことを口走ったんだと気がついた。
一瞬、泣くのも忘れてリーバ君を見れば、彼も茫然とした顔であたしの顔を凝視している。
言っちゃった。
絶対、言わないって決めてたのに――言っちゃった。
「ぅ、……ぁ」
思わず手で、自分の口を押さえる。リーバ君の夜空色の瞳が瞬いて、顔が見る間に紅くなった。
あたしはふらふら立ち上がり、彼から離れようと後退る。
今のあたしじゃ絶対に、彼と釣り合うワケがないのに、……なんてバカなんだろう。
「リリ、待って!」
彼が叫んだけど、あたしには無理だった。
どうしていいか解らなくなったあたしは、無我夢中でその場から逃げ出していた。
+++
言っちゃった、……言っちゃった。
驚いたように目を瞠って、それから耳まで真っ赤になったリーバ君の顔が、目に焼きついて消えてくれない。
全然考えてもいなかった、って表情だった。
あんな状況じゃなきゃ、もしかしたら違う反応だったんだろうか。いつもみたいに優しく笑って、やんわりと拒否されたかもしれない。
顔が熱くて、息が苦しくて、でも立ち止まれなくて、あたしは逃げるように走り続けてた。
怒ってなじって傷つけて告白するなんて、めちゃくちゃだ、あたし。
あれだけ優しくしてもらって、服も靴もみんな揃えてもらって、大切にしてもらったのに――ありがとうすら、まだちゃんと言えていないのに。
ふいに血のニオイを思い出して、身体が震え出す。
あたしは、なんて恩知らずなんだろう。
膝がかくんと崩れ、走っていた勢いのまま転んでしまったあたしは、すぐには立ち上がれなかった。
擦りむいたかもしれない膝より、喉の裏側がずっと苦しくて痛い。
嫌われちゃったかな。
恩知らずで礼儀知らずな野良ダヌキなんて、拾うんじゃなかったって、今頃せいせいしちゃってるかもしれない。
「うっ……ふぅっく、……うぅぅ……」
身体を引きずるように起こしたら、一気に涙が押し寄せてきた。
あたしはそこに座り込んで、上着の袖で両目を押さえて声を押し殺す。
涙と一緒に溢れ出したのは、激しい、後悔だった。
それに身体中を呑み尽くされそうで苦しくて、こみ上げてくる涙も嗚咽も堪えられず、あたしはただただその場所で泣きじゃくった。
ひどいこと言っちゃった、傷つけちゃった、あたし。
こんなに大好きで、大事なひとなのに。
……ごめんなさい。
ごめんなさい、……ありがとう。
誰も受け止めてくれなかったあたしの子供じみた願いごとを、ちゃんと聞いてくれたのは、リーバ君が初めてだったの。
……嬉しかったの。
だからホントは、叶うかどうかなんて関係なかった。
リーバ君とお似合いの女の子に、なりたいだけだったの。
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