第15話
母上との勝負から一週間。
こちらに来てから子供らしい生活をしていない。
全く、幼児と幼女がいちゃつきながら、強さを目指すとか。
需要あるのか?
そんなどうでもいいことを考えながら、一日が始まる。
普段、朝から訓練、昼にも訓練、夜まで訓練をしている僕だが、今日は完全なオフである。
子供なのにオフを考えなければいかんのか。
とにかく今日はのんびりと過ごすことにしよう。
瞑想と簡単なストレッチを、合わせて一時間ほどしてから朝食……の前にエリーナを呼びにいく。
「エリーナ、起きてるかい? そろそろ朝食だよ?」
――――ドタン!
――ドタンバタン!
――――ゴン!
――――…………
「エリーナ!? 入るぞ!」
あまりにも酷い音がしたので慌てて部屋につながるドアを開ける。
「いたた…………」
そこには、色々な物をひっくり返したかのような部屋の惨状と、頭をさすりながら涙目のエリーナ姿があった。
どうもここに置いてある大きな本が当たったようだ。
「エリーナ無事か!? これは何本だ? 見えてるか!? 『
とにかく治療術を最大限かける。
「ふぇ? ……ふぇぇえええええええっ!? な、なんでレオンがいますの!? はっ! これは夢、夢ですわね! 夢の中にまで来てくださるなんて……あら、感触が……げ、現実ですの!? ……はふぅ」
「いやいやいや、現実だから。……エリーナ!? 失神するな! 『
「はわっ!?」
僕が部屋に飛び込んだら、何か夢と思われて、現実と教えたら気絶された。
頼むよエリーナ。しっかりしてくれ。そんなんじゃこれからどうするんだい?
「ご、ごめんなさいですの……つい色々魔法で物を浮かべたりしてたから……少しは上手くなったと思ったのですが……」
どうも魔法の制御にミスしたらしい。
道理で大きな音がしたわけだ。
「無事なら良いんだよエリーナ。さあ、そろそろ朝食だから、食堂に行こうか?」
「ええ! 行きましょう、レオン!」
エリーナは僕の手を握ると、早歩きで移動し始めた。
王家の私室。その食堂の間。
今日の朝食は、グリーンリーフのサラダ、オムレツや野菜スープをメインとして、ブリオッシュやスコーンなど、甘めのパンが出てくる。
あくまで「甘め」なのは、やはり甘味が高いからである。
どうにかして食生活も変えていきたいものだ。
「流石は王家の料理人ですね。とても美味しいです」
「そうだろうそうだろう! レオンにそう言われると嬉しいものだな!」
相変わらずのウィル叔父上である。
今日は少しゆっくり行動できるので嬉しいらしい。
「しかし、五歳になったと思ったらもう半年経つ。しばらくすれば王立学院に入り、気付けば成人し、果てはエリーナも……いやいや! まだだ、まだ分からんよ!」
「あなた、落ち着いてくださいな。そんな狭量な事言っては失望されますわ?」
「むむっ。そうはいってもやはり結婚というのはだな、よく相手を知った上でするものだからそれこそ——」
話が長くなっているな。フィオラ叔母様が窘めておられるが……
エリーナは聞き慣れているのか、我関せずでこちらをみて微笑んでいる。
聞いてあげなさいよ、あなたのお父さんでしょうが。
「しかし……今日は何をしようかな。エリーナは何がしたい?」
「そうですわね……そろそろ王都を見て回りたいのですけれど……」
そう言いながら叔父上を見る。
こちらの視線を感じたのか、叔父上が言葉を切ってこちらに顔を向けた。
「いや、まだ許可できん。確かにお前たちは同年代と比べて強いだろうが、それでも子供だ。もう二年待つことだな」
どうも母上との勝負の件は知られていないらしい。
「そうですよね……では叔父上、何か宮殿で出来る面白いことはありますか?」
「うっ……そこでこちらに振るとは。う〜む、何があるだろうか……」
叔父上は腕を組んで唸っている。
そんなに面白くないのか、この宮殿は。
「それこそ叔父上は父上と何をなさっていたのですか?」
「え゛っ」
おや、何故言葉に詰まっておいでなのでしょうか、陛下?
「マリア叔母上はご存じでは? 幼馴染みとの事でしたが…………」
「そうね……それこそ五歳の頃は「いやいや! それは宮殿でジークと一緒に勉強して……」嘘おっしゃい! 何度、お義母様から相談を受けたと思っているの! 『またうちの子はどこかに消えちゃって……』って何度聞かされたことか!」
これ、聞いたらまずかったかな……
とにかく、色々楽しんでいたらしいな、うん。
さてと。
何が良いだろうか。
そういえば、前は休みにお菓子を作っていたな。
お菓子作りか……それとも娯楽になりそうなものを作るか?
どちらが良いだろう。
前世では、男性にしては珍しく甘い物が大好きだった。
いつも会社帰りにクレープやらドーナッツやら食べてたな……
学生の頃にはスイーツビュッフェで制覇したり、お昼ご飯という名目でケーキを食べたりしていた。
こんなことを考えていると、食べたくなるな。
おもちゃとかボードゲームはそれこそ商売にしたいので、今はお菓子だろうか。
午前中は図書館で、この世界の砂糖とか甘味について調べてみるか。
* * *
宮殿の図書館はやはり広い。
王国最大の図書館だ。蔵書量は比べるまでもなく、状態も非常に良いことで有名であり、普通ここに入る事は出来ない。それこそ、王国から認められた人や、許可を得た人のみである。
……まあ、僕はいつでも出入り出来るのだが。権力の使いすぎではなかろうか。
さて、この広大な図書館で書物を探すのも一苦労である。
そんなわけで魔術を使えばいいわけだ。
「『
調べたいものを思い浮かべながら発動させる。
さて、砂糖についての記述は————あった。
探査魔術の示した本をこちらに移動させる。
「『
かなりのスピードでこちらに飛んでくる本をキャッチする。
術者側に負担はないが、他の人がいると危ないな。
まあいい。とにかく砂糖についてだ。
一体どこで製造されているのか。材料は何か。それによって色々改善できるかもしれない。
————結果。
まず、「サトウキビ」のような植物によって砂糖がとられていること。
やはり南の方でしか栽培されていないこと。
白砂糖ではなく、黒砂糖が一般的であること。
非常に金額が高いものであるため、庶民には中々手に入らないこと。
このようなことを知ることが出来た。
基本的にイシュタリア王国は北にあるので、あまり砂糖をとることが出来ない。
まだ、テンサイのような植物が確認されていないようなのだ。
それを探してみるか? それとも別の方法を考えようか…………
「レオン様? 何を読んでおられるのですか?」
誰だ?
考え事をしながら顔を上げてみると、そこには栗色の柔らかそうな髪に、メイドカチューシャの少女が立っていた。
「ミリィ、久しぶりだね。元気かい?」
「ええ、元気ですよ……っていうかレオン様! 全然離宮に来てくださらないじゃないですか! 寂しかったですよぉ〜」
そう言いながら抱きしめられる。
「まあまあ、お互い仕事だからね。でも寂しくさせたのは悪かったかな。ごめんよ」
「も〜っも〜っ。………ところで、その本なんです? またお勉強ですか?」
ふむ。
ミリィは料理も作るからな。少しは砂糖について知っているかもしれない。
「これかい? ちょうど砂糖について調べていたんだ。色々甘いものとか作ってみたいしね。砂糖の原料とか、甘い植物とか、何か知らないかい?」
「そうですねぇ〜、あまり詳しくありませんけど……砂糖!? 砂糖ですか!? あれ、高いですからね……」
やはり女性に甘い物は喜ばれるかな?
「あ、そういえば植物でしたね、甘い…………えーっとぉ、地元でとれる根菜の一つに、そのままだと不味いんですけど、煮ると甘くなるのがありますよ?」
なんだと!?
「本当かミリィ!? 確か地元って……」
「ええ、ライプニッツ公爵領から北西の方角にある、『ヴィンテル町』ですよ〜。でも砂糖と関係があるんですか?」
ヴィンテル町か。
気候的には亜寒帯に近いが、あまり天気が崩れない。
牧歌的な雰囲気であり、自給自足で成り立つ町だ。
酪農によるチーズが有名で、これは王宮でも食されるものだ。
「ちょっとしてみたいことがあるんだ。その根菜を作っている人、紹介してくれない?」
「え? うーん……ワタシ、あまり詳しくないんです、ずっとこっちだから。でも、うちの親に聞いたら分かるかと……」
そうか。確かにミリィは八歳の頃から家に仕えているからな。
「良かったら、紹介の手紙とか書いてくれるかな?」
「いやいや、うちの親なんて普通の平民ですよ!? そんな貴族じゃあるまいし……」
確かに紹介の手紙とかは貴族のみ使っている。
だが、この件は今後権利が絡んでくるはずだ。そのためにもしっかり顔つなぎとかしておきたい。
「いわゆる顔見知りだから心配しないでっていう手紙でいいから。折角だし家族にも手紙書いたら?」
「え……あ、ありがとう、ござましゅ……」
嚙んだ。
頬を染めながら盛大に嚙んだ。
可愛いなあ。
さて、調べ物は終わったので、報告を兼ねて権利と外出許可をもぎ取りに行こう。
* * *
国王執務室。
今ここでは、ウィルヘルム国王陛下とロナルド魔導師副団長が話し合っている。
「……それでロナルド卿。君の客観的な意見を聞きたい」
「はい……」
今彼らは、先日行われた魔導師団長と上級騎士レオンハルト卿の戦いの件について話し合っている。
「はっきり申し上げますが、レオンハルト卿の力は異常……いえ、もはや人間の域を超えているでしょう。魔導師団長をあれほど追い詰め、相討ちとはいえ戦闘を中断させたのですから……」
叔父としてだけでなく、国王としてもレオンハルトの力は理解している必要がある。
しかしその力は、想像を遥かに超えていた。
自分の従姉妹でもある魔導師団長。
共に冒険者も経験し、異名すら持つ彼女の強さはよく理解しているつもりだ。
その彼女が。
「ヒルデが……相討ちだと……? スキルが特殊とはいえ、五歳の子供にか……?」
あまりの事に言葉を失う。
だが、続けられた言葉はさらに驚いた。
「それが……見ている限り、団長の方も徐々に強くなっておりまして。あんな団長は見たことありませんでしたよ」
最強と呼ばれた魔女が、さらに強くなった。
そして……その強くなった魔女と対等に渡り合ったのか、彼は。
ウィルヘルムは頭を抱えるしかなかった。
そして、ふと気づく。
――――エリーナも、アイツと一緒に訓練していたな……
もしかしてエリーナの強さも…………
一瞬浮かんだ嫌な予感を慌てて振り払う、が現実は非情である。
「私は途中から速すぎて見えなかったのですが、エリーナ王女殿下に解説をしていただくことでどうにか理解できましたからね…………」
頭痛がする。
このままでは娘まで人外認定だ。
とにかく国王としては、戦力が増えることは望ましい。
しかし、それが身内で、戦力が増えるどころか誰も勝てないような戦力になったのでは、制御できる自信がない。
とにかく、少し休んでから公爵家と相談しよう…………
「あっ! 陛下!? 誰か侍医を呼べ! 陛下が倒れたぞ!」
どうも気を失うようだ…………
そんなことを考えながら、ウィルヘルム陛下の意識が飛んだ。
* * *
ふう、ここに来るのは緊張するな……
もうすぐ国王執務室だ。
ん? 何かドタバタ音が聞こえるな。
——陛下、陛下! お気を確かに!
——だれか、侍医を連れてこい!
陛下に何があった?
「陛下! ご無事ですか!? ————卿ら、何をしていた!?」
執務室に飛び込み、そこにいた官僚たちに詰問する。
名誉爵位とはいえ上級騎士爵だ。
伯爵以上に扱われる地位である以上、誰にも咎められるものではない。
横から名前を呼ばれる。
「レ、レオンハルト卿……」
「ロナルド卿!? 何があった、言え!」
「い、いや……それが、その…………」
煮え切らない奴め!
腰に下げていた杖を抜き放つと、ロナルドが驚いてビクッと肩を竦める。
「そこをどくんだ! 『
すぐに活性化魔術で気付けする。
「むっ…………レオン、か?」
ウィル叔父上の意識が戻ったようだ。
「陛下! ご無事ですか!? どこか問題はありませんか!?」
「ああ。 …………それよりレオン、魔圧を抑えろ。周りが保たないぞ」
どうも驚きと苛つきが圧力になっていたようだ。周囲にいた官僚たちが、青い顔で床に座り込んでしまっている。
ロナルドは立ってはいるがきつそうだ。
魔力が高い存在は、意識的に威圧する場合や、感情が高まった場合に魔力を周辺に撒き散らす事がある。
それは周辺のマナ濃度を上げるため、圧力のような形で周辺に影響を与えるのだ。
魔力が強ければ強いほどそれは強くなり、相対的に弱いものは動けなくなったり、失神する場合すらある。
ちなみに意識的にする場合は、方向性などを決められるので、指定の人だけ魔圧で抑えつけたり、威圧することが出来るし、実力が高い存在には抵抗される。
ある意味強さの指標になるのだ。
陛下は冒険者をしていたこともあり、実力者なので他の人ほど効かないのだが。
「あ、申し訳ございません。皆様も失礼しました」
頭を下げ謝る。皆、頷きながら「大丈夫だ」と言って退出していった。
しかし陛下は一体どうされたのだろう。
「陛下、もう大丈夫ですか? 具合が悪いのでしたら、私室にお連れいたしますが…………」
「いや、心配するな。……まあ、失神の原因はお前なんだが……」
何か最後の方が小声だったため聞き取れなかったな。
まあ、大丈夫なら良いか。一応治療魔術もかけておこう。
(『
さあ、それでは本題を話そう。これは陛下に助けてもらわねば。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます