第16話
今回、ウィル叔父上——ウィルヘルム陛下に相談しようと思った理由。
それは、テンサイらしきものの存在がかかっているからである。
とにかくこの世界は砂糖が高い。大体1kgで金貨二枚はするのだ。
ちなみに通貨については、硬貨が使われている。
種類は銅貨、銅板、銀貨、銀板、金貨、白金貨、聖金貨の順で価値が上がり、大体銅貨が百円位である。
材質が変わると百倍の金額になるので、銀貨は一万円、金貨は百万円となる。
なお、距離や重さの単位は地球と同じなのだ。
助かるが、重さの基準が違うのでは? と思ったこともある。
……結局ほぼ変わらないと思ったが。
それはまあいい。
とにかく、砂糖というのは非常に大切だ。
今のところ日本食を食べたいという渇望はないが、それでも甘いものは好きだし、現段階で砂糖は利益が大きいのだ。
それで、さあ陛下に相談しよう! と思っていたのだが。
陛下が少しとは言え失神してしまわれたので、セバスティアンから止められてしまった。
また今度話に来いとの事らしい。
とにかく今は、陛下が気絶したこともあって、少し休んでもらってから話さなければいけない。
そうだ。先に皆の意見を聞いておこう。もちろん今回の話は別として、砂糖についてご意見アンケートだ。
そう決まれば善は急げ。まず、叔母上たちや母上から味方にしていこう。
そうと決まれば移動だ。
昨日ついに完成した魔術を使って、移動してみよう。
「『
そう唱えて、まず魔導師団本部に転移する。
これは自分の今いる場所と、これまで行ったと認識している場所を繋ぐ魔法である。
いわゆる「紙に書かれたA点とB点を一番近い距離にするには?」という問題である。
解答としては「折り曲げて近づける」なのだが、ちょっと魔力燃費が悪かったのでイメージを調整して、簡単にできるようになった。
本部までは遠いわけではないが、本宮殿から少し離れているので、魔法門で移動した方が早い。
ほら、もう着いた。
* * *
宮廷魔導師団本部。
宮殿内、本宮殿の東側に存在する建物である。
ここには、騎士団ほどの人数ではないが、常時百名以上の魔法使いや魔女が働いている。
幹部クラスで独身の魔法使いたちは、この本部内の寮で生活している者もいる。
この本部の中で、魔導師団長である母上は働いているのだ。
本音、ここにいる人たちは働くというか、研究しているというか……
そんな職場である。
だが、有事には騎士団と連携して行動する、実働部隊の主力でもあるのだが。
そんなことはいい。
とにかく母上に砂糖の件を話してみよう。
団長室のドアを叩く。
「母上、おられますか?」
「は〜い、入りなさいな〜」
許可が出たので部屋に入る。そこでは母上とその補佐をする魔女たちの姿が。
「おや、珍しい。戦いばかりの訓練をする坊やが来たのか。少しは魔法を学んで研究して、いずれ魔術に手を伸ばして大魔術師になってくれないのかね、本当に」
魔女たちの中で、最も風格があり、それこそ母上ですら及ばないのではと感じる中年の女性から声をかけられる。
「とんでもない。それこそ貴方様に相応しい名の筈ですよ、クレア様。いえ……クレアラーラ王太后殿下」
そう、この方は先代王妃であり……大叔母様でもある。
そして、先代魔導師団長で母上の師匠なのだ。
なぜそんな人がここにいるかというと。
「なあに。あたしゃすでに引退した身だよ。何か面白そうな予感がしたから来たまでさね」
「そうですか……では少し面白そうなお話でも……」
この方がおられるのは好都合だ。
上手くいけば、陛下に話を繋いでもらえるだろう。
「お前たちは出ていきな。面白い話はあたしの専門だ」
流石である。人払いを済ませ、母上と二人残られる。
早速僕は口を開いた。
「……クレア様は砂糖はお好きですか?」
まずは好みかどうか次第だろう。
好みでなければ、協力は得られないからな。
「そりゃ好きに決まっているだろう? それこそ砂糖や甘い物が好きじゃない女がいたら、そりゃ女じゃないさ。それがどうしたんだい?」
それは暴論すぎる。
「では、もしこの国でも砂糖が採れる可能性を知る者がいれば、手を貸されますか?」
さあ、どうされるか。
当然クレア様には何を言いたいかばれているだろう。
「ふむ。坊やは心当たりがあるのかい? ……それこそ自分がそうだとでも言うのかねぇ? ん?」
「さて、どうでしょうか……しかし、国としては見過ごすわけにはいかないのでは? いくら可能性とは言え、情報があるというのは」
流石目ざとい。
もちろん自分で陛下に伝えてもいいのだが、ミリィが教えてくれた物だ。
それを考慮すると、同じ女性であるクレア様や母上に話しておくのがいいだろう。
「確かに情報だけでも価値はあるさね。しかし、どうやって証明するつもりだい? あんたはまだ子供だ。それこそ陛下にでも話した方がいいんじゃないかい?」
そう言われるとは思っていた。
「確かにそうでしょう。しかし、その情報が私のものではないとしたら? 陛下に伝えたところで――まず無いとは思いますが――私の功績と言われてもおかしくはないのです」
問題はそこである。
情報ソースが自分ではない以上、本来自分の功績と言えないのだが、ここは地球ではない。
例え男性であっても、仕える貴族に功績を取られる可能性のある世界。
女性の、しかも公爵家に仕えるとはいえ一人の少女の話では信用されなかったり、功績を奪われる可能性が高いのだ。
「ふん、小賢しい坊やだね。あたし達を巻き込む気かい? しかもその話は他の人から――それも女から聞いたって様子だね……二号さんでもつくったかい、にひひひひ!」
「いやいや、子供に何を仰るのです」
「理解できてる坊やは大概さね」
全く、この人とエリーナには血のつながりがあるのだろうか。流石にこんな風にはなって貰っては困る。
「何か失礼なこと考えなかったかい、坊や?」
「まさか」
「まあいい。とにかくその娘を連れてきな。色々手伝ってあげようじゃないか。ただ、エリーナを泣かせるんじゃないよ…………しかし坊やはもう少し欲を持ちな。こんなことしてたらいずれ宮殿の屑共に喰われるよ」
「心得ます、クレア様。ご忠告ありがとうございます」
さて、それじゃミリィを迎えに行きますか。
「『
* * *
ミリィはどこにいるかな?
さっきは図書館で会ったので図書館に移動してみる。
「『
……ここにはいないか。
別のところに行くか、周辺を探すか……
離宮に移動する。
ここにもいない。
どこだ。
「『
探査範囲を拡げる……いた。
これは、本宮殿の中の……騎士の部屋の辺りか?
部屋の中か……?
近くに転移すると、そばの部屋の中からミリィの声がした。
「やめていただけますか!? ワタシには仕える主人がいます。貴族間の問題になりますよ!?」
「うるさいな小娘。所詮下級貴族の所有物だろ? 平民は黙って言うことを聞け! 俺はゴリオン子爵だぞ!」
これはこれは。
テンプレみたいな奴が現れたぞ。
気配を消してドアの隙間から中を伺う。
大きな身体と筋肉の塊。
スキンヘッドとだみ声。
一緒にいる細身の男は手下のようだ。
大概テンプレが無視されてる僕の人生だが、ここに来て遂にテンプレデビューか。
……いや、これは冒険者ギルドでのイベントでは?
ゴリオン子爵の言葉は続く。
「お前は俺が目を付けたんだ、俺に従え! いいか、主人に言うんじゃねーぞ。主人がどうなっても知らねぇからなぁ……!」
「いい加減にしてください!」
そう言ってミリィに迫っている。
いかんな。このままではミリィの危機だ。
そう思い、介入する。
「何をなさっておいでですか、子爵? そのものは私の家の者です。貴族間の従者の扱い方については法で定められているはずですが?」
努めて冷静な雰囲気で話しかける。
「あぁん!? ……なんだ、ガキか。怪我したくないなら引っ込んでろ!」
ゴリオン子爵はその丸太のような腕を僕に向けて振るった。
それを手下がニヤニヤして見ている。
……が、当たるような僕ではない。すり抜けてミリィの前に立つ。
「レオン様!?」
「大丈夫かいミリィ、迎えにきたよ。……やれやれ。子爵とあろう貴族が相手を確かめもせずに……嘆かわしいな」
ミリィの驚いた声がする。
それに応えながら、背後のゴリオン子爵に呆れの目を向ける。
「このガキ……! 舐めやがって、痛い目に遭わせてやる!」
向き合った形になった途端、スピードの上がった拳が飛んでくる。
紙一重で躱しながら、話しかける。
「全く……子供にも遠慮無しとはね。しかし、せめて相手が誰なのかくらいは聞いた方が宜しいのでは?」
「うるせえ! このっ、ちょこまかとっ! くそっ!」
苛立ってきているようだ。
「ゴリオン様、部屋の中です。このガキやっちゃいましょう」
手下がそう言うと、ゴリオン子爵はニヤリと笑い、僕から離れた。
「そうだな、調子に乗ったガキにはお灸を据えてやる。覚悟しな!」
そう言って剣に手をかけた。
ほう……部屋の中とはいえ、本宮殿で理由もなしに剣に手をかけるとは。
馬鹿な奴らだ。
「本宮殿で剣を抜く気か 覚悟は出来ているのかな」
――――ズアアアアッッッッ
僕は二人に向け、魔圧を放った。
「なっ……なんだ…………この、気配…………」
「うっ………うぅあっ…………!」
意識的に放った魔圧。
それは相手の戦意を潰すには効果的で、二人はすぐに床に膝をついた。手下の方は意識すら危なくなっている。
「相手を理解したかな? 子供ではあるが、私はこう見えて上級騎士だ。言っている意味は解るかい?」
あまり言いたくはないが、この馬鹿共は権力と実力でねじ伏せさせてもらう。
「上級騎士……だと! それは………ウソだろ………!」
「ひいっ………! ご、ゴリオン様……助けて……」
さて。然るべき対応をさせていただくか。
外に向けて声をあげる。
「衛兵!」
すぐに数人の衛兵が入ってきた。
「何があった! ………レオンハルト様!?」
「どうした? ………一体どうされたのです!?」
衛兵が口々に状況を聞いてくる。
「平民とはいえ、公爵家の従者に対し暴行を働こうとした奴らだ。そしてばれたら口封じの為、本宮殿で剣を抜こうとした愚か者……しかも僕に対してな」
今回の罪状はまず、ミリィに対する暴行未遂だ。
付け加えて、本宮殿での抜剣未遂と上級騎士に対する殺人未遂だな。
「上級騎士レオンハルト・フォン・ライプニッツの名において命ずる! 衛兵よ、ゴリオン子爵とその手下を捕らえよ! 洗いざらい吐かせるんだ、これまでも同じ事をしている可能性がある、余罪も追及せよ! 陛下には私から報告するが、一名は共に来るんだ、いいな!」
『はっ!』
「ライプニッツだと……準王族の、公爵家か……」
観念したのか、ゴリオン子爵は項垂れていた。
ゴリオン子爵と手下は衛兵に連れて行かれ、僕は陛下に報告に行くことになった。
報告の結果はいうまでもなく。
またもや陛下が頭を抱えたのは当然だが、これには父上にも伝えられ、二人から「お前は何をしているんだ!」という理不尽なお説教を食らったのである。
* * *
「ミリィ、無事か?」
衛兵に連れて行かれるゴリオン子爵たちを見送り、僕の部屋に戻ってからミリィに声をかける。
「ええ、大丈夫、です……大丈夫……うぅ……ふぐっ、ひっく、ふえええんっ!」
やはり怖かっただろうと思う。
こちらに慮って泣かないようにしていたのだろうが、二人になったことで緊張が解けたのだろう。
僕の事を抱きしめて泣き出した。
「……ごめんよミリィ。直ぐに見つけれなくて。でも、無事で良かった……」
「ぐすっ……怖かったですよぅ……えぅ……ひくっ……」
しばらくこのままでいいか。
手を出してミリィの髪を撫でる。
クレア様には申し訳ないが、しばらくお待ちいただこう。
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