第14話
宮廷魔導師団・団長、ヒルデ・フォン・ライプニッツ。
「黒の魔女」という異名を持つ、イシュタリア王国最強の魔女。
四属性を自在に操り、誰よりも魔法を極めたとされる存在。
その名は周辺諸国にもとどろき、数多の魔法使いと魔女たちの憧れである。
そして、彼女は元王族であり、現公爵夫人である。
公爵自身が武人である事もさることながら、彼女自身も武人であった。
その立場も相まって、彼女と勝負をしようという愚者は存在しないとまで言われる。
そのような存在なのだ、僕の母上は。
これから、その母上と魔法で勝負する。
しかもこちらは減衰の術式を組み込まれた杖を使用しなければいけない。
普通であればしないであろう手合わせを、今から行うのだ。
それは愚者の行いだ、と言われても仕方ないだろう。
魔導師団の訓練場に入る。
いつも使っていたが、今の雰囲気はまるで違う。
張り詰めた空気が支配しているのだ。
エリーナと僕は、訓練場の中心で母上を待つ。
一応魔法での勝負であるため、僕は焦げ茶色のローブを着ている。
ローブが魔法使いの正装なのだ。
しばらくして、母上がやってきた。
普段見る、貴族としての服装ではなく、宮廷魔導師団長としての姿である。
金糸の装飾が施された黒いローブ。
つばが広いが、形の整った三角帽。
紫色の大きな魔石が取り付けられ、金や銀の装飾を施された黒檀のような木で出来ている、圧倒的存在感の長杖。
明らかに本気モードである。
僕らと一緒に、訓練場の中心にもう一人魔法使いが立っている。
僕らとも仲の良い、魔導師副団長であるロナルドが審判をしてくれるらしい。
「あらあら。エリーナちゃんもいるのね〜」
そう言いながら母上が訓練場の中心にやってくる。
予想していたはずだが、いかにも知らなかったと言わんばかりだ。
「それじゃ、準備は良いかしらん?」
「ええ、母上。いつでも結構です」
お互い杖を構える。
「エリーナ、僕の戦いを見て、母上の動きを注視しろ。いずれ勝負するときに備えておくんだ」
「分かりましたわ。無事でいてくださいね?」
「ああ」
心配そうに袖を掴んでいた手を、名残惜しそうに離しながらエリーナが離れていく。
逆側ではロナルドと母上が話している。
「団長、訓練場を破壊しないでくださいね? というかレオンハルト卿を殺さないようにお願いしますよ? 僕の責任なんてごめんですからね!?」
「あら、うちの子を馬鹿にしているのかしらん?」
「め、滅相もない!」
なんか、ロナルドが可哀想である。
二人だけで中央に立つ。
既に母上は魔力を練っている。こちらは自然体のまま、杖のみ構える。
「では————試合開始!」
ロナルド副団長が合図した。
「『火よ——【ファイアボール】!』」
すぐに母上は魔法を放ってきた。しかもほぼ無詠唱の短縮だ。
火属性初級魔法【ファイアボール】
発動の早さと扱いやすさから、最もポピュラーな攻撃魔法だ。
制御力や魔力量によっては、中級クラスの攻撃力を持たせることが出来る事でも有名である。
流石は宮廷魔導師団長に座する母上だ。
スピード、火力、タイミングどれをとっても一番対処しにくい状態で撃ってきている。
これでは防御か相殺をするしかなく、回避が取れない。
「くっ————『
防御魔術で火球を散らす。
だが、それで待ってくれる母上ではない。
「まだまだよん。『岩よ 槍の形を取り 敵を貫け——【ロック・ジャベリン】!』」
今度は土属性中級【ロック・ジャベリン】か。
初級である【ストーン・バレット】の方が初動は早いのだが威力に欠けるから選んだのだろう。
しかも、この魔法は簡単な防御を破ってしまう。
「『
そう唱え、周囲に風を出現させて岩の槍を粉々にすると同時に、こちらの攻撃として炎の魔弾を放つ。
「早いわね! 『魔力よ 我が防壁となれ——【魔法障壁】!』」
うーん、流石である。
間髪入れずに炎系魔術を放ったんだが、防がれてしまった。
しばらくお互いに属性を、威力を変え魔法を放ったが、膠着状態になった。
千日手のような勝負になっているので、途中で母上に話しかける。
「一つ、よろしいですか母上」
「あら、なにかしら?」
そういえば母上とのルールを決めていなかった。なんとなく魔法らしい戦い方をしていたが、それ以外にも色々ある魔術を使っても良いだろうか。そして、何を持って勝負を決めるか。
まったく、こんなことを忘れているとは。
「どの程度までの魔術を使用しますか? 魔法らしいものですか、できる限りすべてを使いますか?」
「そうねぇ……」
そう。いわゆる遠距離攻撃のみにするか、それ以外も良しとするか。
それによっても、戦闘スタイルは変わるのだ。
「ふふっ、好きにして良いわよん。出来れば、私に全部見せてみなさいなっ!」
許可が出た。では遠慮なく行かせてもらおう。
「ありがとうございます。では——『
そう唱え、母上の至近距離に移動し、次の魔術を発動させようとする、が……
「むっ、速いわね! 『水よ 纏わり付け――【ウォーター・バインド】!』」
流水の縄が幾筋も僕の周りを囲む。しかも詠唱途中のはずであるにもかかわらず、である。
水属性拘束魔法か。
しかも魔法名より先に発動しているだと?
実は、さっきから感じている事がある。
それは母上の詠唱が減っているということだ。
そして魔法によっては、詠唱中に発動している。
——まさか。
母上は元々イメージを優先させていた人だ。
ここに来て、イメージをより強くするようになっているのだろうか。
そんなことを考えている間にも僕は加速して母上の魔法を避ける。
だが追いつかれそうだ。
「『
さらに速度を上げ、母上の隙を狙う。
だが今度は、点から線、そして面で攻撃が飛んでくるようになる。
「【フレイムウォール】! まだまだ負けないわよん!」
火属性上級魔法「フレイムウォール」。攻守兼用の設置型魔法であり、広範囲にわたって発動するため、「剣士潰し」とも言われる対近距離魔法である。
そしてもう一つ厄介なのが。
「【ウィンド・エンハンス】!」
これだ。
ご存じの通り、火は風によりさらに強くなる。
無論強すぎる風は問題なのだが、元々火属性強化用の魔法である「ウィンド・エンハンス」は、爆属性に適性がある術者が使うと、設置型の火属性魔法を異常に強化してくる。倍率として1.5倍は堅い。
当然母上は爆属性に適性があり、風属性も適性を持っている。この程度、問題にならないのだ。
……本気で殺されそうなのだが。息子に対して何をしているんだか。
仕方ない。こうなっては決めるしかないだろう。
大人げないと言われても、するしかないのだ。
…………まあ、大人ではないが。
「『
発散術式を「フレイムウォール」に放ち、魔法を消す。
「『
現段階で、最も速く移動できる高速移動魔術を使い、母上の背面に移動する。
母上は流石に驚いたようだ。
だがすぐに態勢を整え、魔法を放とうとする。
それに合わせて、こちらもとっておきの魔術を放つ。
「風よ——【ハリケーン】!」
「『——————!』」
二つの魔力がぶつかり、お互い吹き飛ばされた。
それを感じながら、何かに背中を強かに打ち付けたことを理解した僕は、意識を手放した。
* * *
……
……——
—————。
呼び声がする。
あれから、どのくらいの時間が経ったのだろう。
ゆっくりそんなことを考えている。
「——オン」
誰だ?
「——レオン!」
僕を呼んでいる。
「レオン! レオン! 起きてくださいまし! 起きてくださいまし!」
「————はっ!?」
身体がひたすら揺すられているのを感じ、飛び起きる。
「レオン! 大丈夫ですの!? 生きてますのよね!?」
エリーナが両目に涙を浮かべながら、悲壮な声で尋ねている。
「ああ……ってて。背中を打ったのか……訓練場かな?」
確か中央の方で闘っていたはずだが、ここは訓練場の端。ここまで飛ばされてしまったのか。
おっと、それよりも。
「エリーナ、心配かけたね。ごめんよ。そして……ありがとう、心配してくれて」
「もうっ、当然ですわ! ………本当に大丈夫なんですのね?」
「ああ、問題ないが念のため……『
痛みが取れ、傷も癒えたようだ。
おや、母上はどこだ?
「エリーナ、母上はどちらに?」
エリーナに聞いてみる。
「あ、ヒルデおばさまは……」
向こうにエリーナが目を向ける。
魔導師団員たち、特に治療師たちが向こうにいる。
まさか……相当な怪我を!?
急いで母上の元にエリーナと行く。
治療師たちをかき分け、その中心にいるであろう母上に声をかける。
「母上!!」
周りの魔導師団員がざわつくが、急いで駆け寄る。
母上の容体はどうなっている?
「あら、レオン。無事だったのね〜」
元気そうな母上の姿だった。
「母上……無事でよかった……」
本気でほっとした。もしもという事があればどうしようかと思っていたのだ。
少し怪我をしているのが見えるが、元気そうである。
「おばさまっ。あまりにも無茶しすぎですわ! レオンだって運が良かったとしか思えませんわよ!? 少なくとも他の人とはこんな勝負しないでくださいね!」
エリーナがお冠である。
「あらあらエリーナちゃん、可愛い顔が台無しよん? それこそこんなことはレオンとしか出来ないわよ〜。それよりも何で体調を心配してくれないのかしらん? 伯母としては寂しいわ〜……」
「おばさまには良い薬ですわ!」
うーん。エリーナは相当怒っているのか、母上にツン状態である。
やれやれ、落ち着かせるためにも……
ぎゅーっ。
そんな擬音が鳴りそうな感じでエリーナを抱きしめる。
「ありがとうエリーナ。そんなに心配してくれて。でも、僕は大丈夫だったからね? 母上を許してあげてくれないかな?」
「むぅ…………レオンはズルいですわ。…………おばさま、少し言い過ぎましたわ。ごめんなさい。今後は注意してくださいませ?」
「も〜っ、エリーナちゃん可愛い〜!」
あーあ。母上は全くもう……
「エリーナを放してあげてください母上。そしてエリーナ、皆と先に戻っていてくれるかい? すぐに追いかけるから」
「はぁい」
「——ぷはっ。仕方ありませんわね……皆さん、私の護衛をお願いいたしますわね?」
「「「はい、王女殿下」」」
「それでは団長、レオンハルト卿。お先に戻ります。エリーナ様は確実にお送りいたしますから」
「よろしくお願いしますね、ロナルド殿」
エリーナはロナルドたちと本宮殿に戻っていった。
さて。後はこちらだ。
「母上、もう大丈夫ですよ。すぐに治療しますから」
「ふぅ〜、気付いていたのね。流石は我が息子だわ……痛たた……」
母上は怪我をしていた。
しかもかなりの打撲、もしくは骨折だろう。
表面的に見える擦過傷は少ないが、衝撃がかなりあったようだ。
「【
このスキルは本当に便利だ。どこに問題があるのか、身体の状態をいわゆるスキャンすることが出来る。
「うーん……肋骨、上腕骨は骨折ですね。大腿骨はヒビ入ってますし、打撲はあちらこちらです。内臓が問題ないだけ良かったですよ……本当に」
はっきり言って、かなりの重傷だった。
「まず、骨の位置を直しますね……『
整復のための術をかける。名前は適当だが、イメージなので問題はない。
「さあ、本格的な治療術をかけますね——『
これで治ったはずだ。
「どうですか? 母上。何か変なところはありませんか?」
「……うん、問題ないわね。ありがとう、レオン。そして……ごめんねあんな無茶させて」
治療を終えると、母上が頭を下げてきた。一体どういうわけだろう。
「いえ、おかげで強くなれましたし、色々学ばせてもらいました。母上のおかげですよ」
「——ううん、それは違うわ。貴方が学び取ろうとしたから出来たのよ。そして、私も学ばされたし、強くなれたわ」
母上の目は真剣だ。それは魔導師団長として生きている、貴族の女性の瞳だ。
「そして何より、貴方は本気を出さなかった。恐らく使おうと思えば一瞬で勝敗が決まる魔術や、それこそ命を奪えるようなものも使えたはずだわ。でもそれを使わず、唯一使っていた攻撃術の炎弾ですら、牽制用にのみ使っていた。自分の力を理解した上で使っている。大人ですら簡単ではない事よ……」
そう言いながら、母上は僕の頬を撫で、優しげな目を向けてくれる。
それは普段見る、少しいたずら好きなものではなく、そして魔導師団長としてのものでもなく。
純粋に母としての、慈愛に満ちた瞳だった。
「貴方は私の……いえ、ライプニッツ公爵家とイシュタリアの誇りよ、レオンハルト」
母上から名前全体を呼ばれる事。
これほど嬉しいとは思わなかった。
普段愛称で呼ばれる子供が家族から、特に親から名前全体を呼ばれるという事は、認められたという事である。
能力だけでなく人柄も含め、多少は認められたのだ。
本当の意味で「レオンハルト・フォン・ライプニッツ卿」として少しは認めていただけたのだ。
「ありがとうございます、母上!」
* * *
本宮殿への帰り道。
母上と話をしながら帰る。
「最後、唱えていた魔法は何なのかしらん?」
母上が聞いてきたのは、母上の「暴風」に合わせて唱えた術の事だった。
母上が使った魔法は風属性上級魔法の中で最も攻撃力が高く、効果範囲も広いものだ。
それとぶつかり合って、お互いが弾き飛ばされるほどの魔力を生み出したのだ。母上が気になるのも分かる。
「あの魔術は、『
「あ〜、なるほどね〜」
いや、この説明で分かるのだろうか。
「道理で杖が弾き飛ばされてしまったのね〜。意識が戻ったら杖がないんだもの、探したわよ〜」
それは申し訳なかった。
「それはすみませんでした。見つかりましたか?」
「ええ、もちろんよ〜。でもせっかくだからレオンに作ってもらおうかしらん?」
「ハハハ……お手柔らかに……」
母上から杖の注文をもらってしまった。一体何の要望をされることやら。
「でも、あの訓練用の杖であれだけ戦えるなら、普通の杖ならどうなるのかしらね〜」
あ。
そうだった。
この一週間ずっとあの杖を使っていたものだから忘れていたが、本当は訓練用の杖で、減衰をかなりかけている関係で扱うことが大変な杖なのだ。それをあれだけ使っていた訳で。
「この国にいる限り、魔術を本気で使ったらダメよ? 良いわね?」
「アイアイマム!」
僕はおとなしく頷くしかなかった。
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