閑話②:裏1話
——暗い。
——ただ、暗い。
——ここは、純粋に暗い。
闇の世界で、一人の少年が動いている。
——自分は何だろう。
——そろそろ、腹が空いてきた。
人のものとは思えないうなり声を発しながら、周りを「見渡す」
——奪われるものか。
——これは、俺のものだ。お前らに渡さない。
先ほど手に入れた「何か」を口に入れながら、少年はそう考える。
——生きるしかない。
——だから、邪魔するな。消えろ。
——俺が力任せに爪を振るえば、他のは動かなくなる。
すでに少年の手は血に塗れていた。幾度も、幾度も。
* * *
——————ゴゴッ。
何の音だ。
——————ゴゴゴゴ。
揺れている。
目の前が白くなってきた。これは何だ。痛い。
次の瞬間、白い何かが目の前をすべて覆う。
意識は光に溶け、消え去った。
* * *
南の王国。
ここは、大陸最南端の国で、極端な全体主義を掲げる国である。
誰もが生まれたときから職業が決まっており、大半の国民は軍人となる。
国を動かすための部品のように国民は見られ、上層部は自分の楽しみと快楽を求めて国民を使う。
他の国とは交流がないが、定期的に他国を侵略する。
理由は「増加した軍人の処理」だそうだ。
他国からは「死の定期便」と揶揄される侵略、というか処理のための戦い。
周りも分かっており、遠距離兵器や罠で対抗する。
そうやって人口を調整しながら国を回している、存在が異常な国。
だが、もしその中で「不適格」という烙印を押されたものはどうなるのか。
すべて「ガーベッジ」と呼ばれ、スラムとも呼べないような場所に送られる。
光もなく、出口もない。
唯一、闘技場に連れて行かれ、上層部のための娯楽になる程度の存在。
いや、それすら幸運だろう。普通は死んだかどうかすら気にされないのだ。
そんな世界に少年は生きていた。
だが、先ほどの白い何かによって、その場所は消し飛んでいた。
唯一少年は生きていたが、突然の光は少年に苦しみとなっていた。
目を灼く光。
ずっと闇で生きてきた少年にとって、それは悲惨なものだった。
* * *
あれからどれほど経ったのだろうか。
自分が生きている事は認識できている。
だが、あまりの痛みにしばらく動けなかった。
おそるおそる目を開けてみる。
痛みがなくなったようだ。
見渡すばかり瓦礫の山、山。
自分はここにいたのか。
初めて見る光と、周囲の世界。空気の匂い。
少し物足りなさすら感じる。
これらはあまりに膨大な量の情報だ。
普通の人間であれば廃人になってもおかしくないかもしれない。
だが、少年は違う。
少年には、燦めく鱗があった。
少年には、鉤爪があった。
少年には、爬虫類を思わせる黄金の瞳があった。
少年には、星の輝きをもつ逆鱗があった。
少年は————竜人だった。
* * *
謎の白い光は、南の王国が開発した「竜砲」と呼ばれる兵器だった。
その試し撃ちと、威力の測定のために闇の世界へ発射したのだ。
そこに何が住んでいようと、上層部には関係がない。彼らにとっては、少し土地が広くなったという程度の認識でしかなかった。
だが、これは他国には見過ごせなかった。
その破壊力や行為自体が許せないものとなった。
周囲の国は同盟を結び、南の王国へ侵攻を開始した。
その国民を解放し、上層部を処刑するために。
結局、攻めたことはあっても攻められたことがなかった南の王国は一日で滅びた。
その国民は解放され、人間らしい生活をするようになった。
……そこに至るまでは、侵攻した同盟国の凄まじいほどの努力があったわけだが。
しかし、少年はそのことを知らなかった。
というか、大勢の人間が来て、次の日には帰ったようにしか見えなかったのだ。
だれ一人、竜砲で消された闇の世界に生き残りがいたとは思わなかったからである。
だが、それは一人の女性によって覆される。
彼女は研究者だった。
既に中年にさしかかっているが、凜とした雰囲気を持って颯爽と歩いている。
彼女は、南の王国が開発した竜砲の威力と結果を調査するために、かつて闇の世界があった場所に足を踏み入れたのだ。
そこでその女性と少年は出会った。
少年にとって、初めて近くで見る人間である。
だがそれよりも、少年には問題があった。
「う、うがあああああ!!」
空腹なのである。思わず女性に飛びかかっていた。
「な、なんだ!?」
女性に爪が届こうかという瞬間、女性が魔法を放った。
「ぐがっ!?」
少年はその場から吹き飛ばされ、動けなくなった。
「あ、ああっ!? す、済まない、人がいるとは思わなかったんだ。驚かせてしまったな。大丈夫か?」
そう女性はまくし立てるが、少年は理解できない。
言葉が分からないのだ。
突然吹き飛ばされた少年にとっては、女性は未知の存在であった。
明らかに自分より弱そうなのに、負けた。
それが少年にとっては青天の霹靂だった。
——どうしよう。自分では勝てない。でも、腹が減っている。
少年の頭にはそれしか浮かんでいなかった。
そんなことを考えていたからだろう。
——グ、ググ〜ッ。
盛大に少年の腹が鳴った。
「なんだ、お腹がすいていたのか。ほら、これを食べろ。レーションだが栄養はバッチリだ」
そう女性は言って、レーションを少年に渡す。
だが、少年は食べられない。先ほど女性の魔法によって、身体が動かせなくなっているのだ。
「む、済まない。手だけ拘束を解こう。ほら」
女性がそう言うと、少年の手は動くようになった。
だが、少年はまだ食べようとしない。
やむを得ず、女性はレーションを少年の口に入れようとするが……
「グルルル…………」
どうも少年は警戒してしまっている。
女性は自分がまず食べて、食べられるものであることを示した。
すると少年は、これが食べられることを理解したのだろう。手でレーションを掴み、口に入れた。
「ッ!?」
少年にとって初めての味だったらしい。驚いたような顔をした後、匂いを嗅ぎながら、今度は少しずつ食べ始めた。
しばらくしてレーションを食べ終わると、少年はもっと欲しそうな顔をする。
「やれやれ、食いしん坊だな。ほら、もう一個やるからそう言う目で見るな」
もう一つレーションを女性が渡すと、少年は嬉しそうに食べる。女性はついでに足の拘束も解いておいた。
しばらくして人心地ついたのか、少年は横になった。
完全に警戒は解いていないようだが、前より近くに来ている。
「さあ、私は調査をしなければ。君、名前を何と……って喋れないんだな。どうするか……」
女性は腕を組み考え始めた。
少年は、横になったままだが目を女性に向けている。
「そうだ!」
何か思いついたのか、女性は立ち上がり声を上げた。
あまりに声が大きかったため、少年がびっくりして素早く立ち上がって距離をとってしまった。
「あ、ああ、驚かせたな。悪かった。……今日は謝ってばっかりだな……君に名前を付けてあげようと思ったんだ。今日から君を『ヴァイス』と呼ぶことにするよ」
女性は微笑みながら、少年——ヴァイスに語りかける。
その優しげな微笑みに警戒が少し解けたのか、ヴァイスが近づいてくる。
「さあ、君はこれから『ヴァイス』だ。私はそう呼ぶことにするよ、ヴァイス!」
「……ヴァ……イス……?」
「すごいな君は! そうだ! 君はヴァイスだよ!」
女性はヴァイスを指で指しながらそう言う。
ヴァイスも自分の事を言われているのが分かったらしく、小声で繰り返している。
「ああ、よろしく頼むよヴァイス。ちなみに私はレジーナだ。ジーナと呼ばれているよ」
「レ……ジーナ……ジーナ……」
「ああ! さあ、私は調査に行くよ。また会おう」
女性——ジーナが手を振る。
それに対し、ヴァイスも手を振り返していた。
これが、竜人「ヴァイス」と、研究者「レジーナ」の出会いだった。
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