第8話
「――初めまして、我が甥、レオンハルトよ」
国王陛下から直接声をかけられる。
いくら貴族の子供であろうと、普通あり得ないことだ。
しかも、名前を呼ばれるのだ。
そして「我が甥」、つまりは親族と認められる。
いくら前世で大人だったとしても、この緊張感は経験したことがなかった。
どうにか言葉を絞り出す。
「レオンハルト・フォン・ライプニッツ、陛下の御前に参上いたしました」
色々挨拶を考えていたはずだが、すべてすっ飛んだ。
とにかく、礼を失することがないようにだけ注意するしかない――。
そう思っていたが。
「あっはっはっはっは! いやいやビックリだ! 本当にジークの子かい? 礼儀正しく素晴らしいじゃないか! あ、でもヒルデの子なのは確かだな! はっはっはっは!」
「うるさいぞウィル。だが素晴らしい息子だろう! はっはっはっは!」
大爆笑された。
それはもう、豪快に。
父上まで笑っている。
「あなた、笑いすぎよ。ねぇ、そう思わないフィオラ?」
「本当に。流石にその態度はいただけませんわ、陛下?」
「まったくだわ」
陛下の隣に立っていたダークブロンドとプラチナブロンドの美女が、母上と共に呆れたような目を陛下に向けている。
「うーん、面白そうな弟だな、ハリー」
「そうだろうヘルベルト。でもあげないよ、俺の弟だからね」
ハリー兄と同じくらいの歳の、アッシュブロンドの髪の少年は兄と話している。
「あらら、しっかりしてんじゃないの。世話が焼けなくて寂しいんじゃないの、セルティ?」
「う、うるさいわよルナ! 色々手伝ったわよ、これでも……ダンスとか……」
セルティ姉も同い年くらいの少女と話している。
うーん、どうしようか。
すでに皆立っているので、僕も立つ。
……話し相手がいない。皆それぞれが話し始めていた。
そうだ。僕も同い年くらいの子二人と話すか。
「改めて初めまして。レオンハルトです。失礼ですがお名前を伺ってもよろしいでしょうか、殿下?」
間違いなくこの二人も王族だろうから、敬称をつけて話す。
……本当は直接話しかけるのもどうかとは思うんだが。
「あ、ぼ、ボクはアレクサンド。アレクサンド・オリヴァ・フォン・イシュタリアだよ。第二王子で、もうすぐ洗礼なんだ」
「わたくしはエリーナリウス・サフィラ・フォン・イシュタリアですわ。第二王女ですが、エリーナと呼んでくださいまし? わたくしも間もなく洗礼ですわ」
おおう、やっぱり。
ダークブロンドの幼児は第二王子で、よく見ると少し紅色の部分があるブロンドの美幼女が第二王女か。
じゃあ、ハリー兄やセルティ姉と話しているのが王太子と第一王女かな?
そしてこの二人は同い年か……
そう考えながらエリーナ王女と目を合わせる。
————瞬間。
胸が熱くなるような、懐かしい気分を味わう。
確かにこの幼女は綺麗で可愛らしい。しかし、大人の精神を持った自分が、流石に幼女に一目惚れするとは思えない。
そして、懐かしい気分というのは……?
でも、なんとなく。
この愛しい女性を守る、守らなければいけない。
自分の手で。二度と後悔しないように。
そんな決意を、
少し動揺したが、顔には出さずに言葉を返す。
「よろしくお願いいたします、アレクサンド王子殿下、エリーナ王女殿下」
そう挨拶をしたが。
なんか、納得いかない顔をされた。というか、エリーナ王女はご丁寧に頬を膨らませて、「納得いきませんわ!」と言わんばかりの顔をされた。
「納得いきませんわ!」
実際に言われてしまった。
「せっかくの同い年なんですのよ? しかもいとこではありませんか! もっと普通に楽しくお話ししたいですの!」
力説された。
横でアレクサンド王子が「うんうん」と頷いている。
「わかりま……いや、わかったよ、エリーナ王女。アレクサンド王子」
「王子や王女はいりませんのっ」
「ボクもアレクでお願い。家族はそう呼ぶんだ」
いいのかねぇ、そんな呼び方。
チラと陛下と父を見る。
……陛下に頷かれた。
そして父よ、サムズアップなどするな。
「わかったよ、アレク。そしてエリーナ。これから宜しくな」
そう言ってアレクと握手し、エリーナには触れるか触れないか程度に、手の甲に口付けをした。
……頬を少し染めるエリーナはなんとも可愛らしかった。
* * *
少し立ち話が過ぎたので、皆でソファーに座り、改めて自己紹介をする。
「分かっているかとは思うが、念の為もう一度自己紹介だ。
私はウィルヘルム・アダマス・カッセル・イシュタリア。イシュタリア王国国王であり、いいか。何よりお前の叔父だぞ、レオン。ウィル叔父様と呼びなさい」
やたら親族を強調された気がする。しかも愛称呼びを命令された。
僕宛の最初の王命はこれか……
「私はマリア・アメティシア・フォン・イシュタリア。イシュタリア王国第一王妃よ。あなたの父であるジークの妹で、あなたの……お、お、おn「叔母にあたりますわ」ちょっとフィオラ!」
ダークブロンドの髪の女性が第一王妃様か。
何て呼ばせようとしたのだろうかな……なんとなく想像できるが。
しかもカットされてるし。
父にそういうところは似てるかもしれん。
「さて……私はフィオラ・ルビーナ・フォン・イシュタリア。第二王妃で、エリーナの母ですわ。義理ですが、叔母……になるのでしょうね。フィオラ叔母様と呼びなさいな」
何だろう。
プラチナブロンドの髪と美貌といい、喋り方といい、凄く優しげなのだが……言い逆らえない凄味を感じる。
「はい、マリア様、フィオラ叔母様。よろしくお願いいたします」
なんか「ちょっと! 私も叔母様って呼んでよ! なんか疎外感!」ってマリア叔母様が叫んでる。了解ですよ。
次は子供たちの番だ。
「俺はヘルベルト・エスメラルド・フォン・イシュタリア。お前の兄であるハリーとは同い年のいとこで親友だ! 会えるの待ってたんだぞレオン。今度から一緒に遊ぼうな!」
「は、はい。ヘルベルト殿下」
いかにも「アニキ」という言葉が合いそうな少年である。
「アタシはルナ
何だ二号って。妾か。
というか、セルティ姉の性格をよく知っているんだな。
「よろしくお願いします、ルナ
「かったいなー。もっと砕けていいんだから、いとこなんだし。遠縁ならまだしも、めちゃくちゃ近縁だからね? いい!?」
「りょ、了解。ルナねぇ」
「俺もだ!」
「お、おう。ヘルベルト兄者」
つい「兄者」と呼んでしまった。その方が似合いそうなんだよ、この少年。
「ずるいなー。なんで俺は兄様なんだい?」
「ハリー兄様に『兄者』は似合いません」
「うっ」
ハリー兄は優しいイケメンなので。
兄様だろう、常識的に考えて……
「それじゃ改めて。アレクサンド・オリヴァ・フォン・イシュタリアだよ。よろしくね」
「エリーナリウス・サフィラ・フォン・イシュタリアですわ。末永くよろしくお願いしますの、レオン」
「ああ、よろしく。色々遊ぼうね」
この二人は学院とかでも一緒だろうな。同い年だし。楽しみだ。
……ちょっとエリーナの最後の言葉が不安だが。
いずれにせよこんな感じで、親族である王家の皆との顔合わせが——終わらず。
* * *
「いやー、久々じゃないか、ジーク! 中々一緒に呑めないからつまらなかったぞ!」
「仕方ないだろ、ウィル! 子供はかわいいんだ! お前だってヘルベルトが生まれた頃そうだったじゃないか!」
「お前もかわらんだろーが!」
何だこのおっさん共。がっつり酔っ払って、がっつり肩組んで大声で喋ってやがる。
二時間ほど前に顔を合わせた後、そのまま食事をするということになったので、先ほどの応接室ではなく、さらに上の階にある王家の私室に移動して食事をしたのだ。
その時マシューやミリィも呼ばれて一緒に食べていたのだが。
……ウィル叔父様と父が酒を持ち込んだのが拙かったな。
絶対示し合わせていただろ!とツッコミを入れたくなるほど同じタイミングで出してきたからな。
そして普段ストッパーになるはずの母上たちはというと……
「うふふふふ、ねぇ、レオン〜? この三人の中で誰が一番綺麗かしら〜?」
「ねぇアレクちゃん? 私に決まってるよね〜」
「エリーナ? もちろんワタクシを選びますわよね、ね?」
がっつりこっちも酔っ払っていた。そして子供に絡んでいる。
なんとなくギリシア神話に出てくる、トロイの王子パリスの気分である。
というか子供に迫ってどうするんだか。
仕方ない。
この場でどうにかできるのは、(精神が)大人の僕だけだろう。
「母上。もちろん母上はお美しいです。そしてマリア様もフィオラ様も皆お美しいです。
……母上の瞳は、エメラルドのように美しく、理知的な光を湛えております。それは広大な森のように深く、優しく包み込み、母上の流れる青みがかった髪は、清廉です。
マリア様の瞳は瑠璃色の母なる海のように美しい。その髪はまるで磨かれた銅のように輝き、マリア様の高貴さに華を添えております。
フィオラ様の瞳は情熱の赤と理性の青を併せ持つ紫。まさしくフィオラ様を体現しています。その白銀とも見えるプラチナブロンドは、フィオラ様の美しさを際立てる最高の装飾です」
……何でこんな歯が浮きそうなことを言わなければならないんだろう?
これは夫である父や叔父上の役目だろう。
そう思いながら少し遠い目をしていると、三方向から抱きしめられた。
特にマリア様からは超高速頬ずりをされており、そろそろ僕の頬が焦げる。
……この頬ずりは、ライプニッツ家の十八番なのだろうか。
「なんていい子なのかしら! ちょっとヒルデ! この子ちょうだい!」
「あらあら〜ダメよ〜。あなたにはウィル君がいるじゃない、浮気しちゃダ・メ・よ?」
「うふふふふ、素晴らしいですわ。満点を差し上げましてよ? ……いずれはエリーナにも言ってあげてくださいね?」
そう言いながらフィオラ様から頬にキスされる。
「あああーーっ!? ずるいですわ、ずるいですわ!? レオン? わたくしにも言ってくださいな!」
エリーナが悲鳴に似た声を上げている。
流石にエリーナにそんな声を出されると困る。
……スーッ、ハーッ。
「エリーナ。エリーナの瞳はサファイアのように美しく、輝いている。君の知性と、凪いだ海のような優しさを表している。君のブロンドの髪は清浄な輝きを放つ。それは不変の輝き、何にも揺るがされぬ金の輝きだ。そして情熱を表す紅の髪、それは君の情熱の心が、不変の美しさを持っていることを表しているんだね」
どうだ!?
というか、言葉が難しかっただろうか……
そう思いながら、エリーナを見る。
紅なのは、髪の一部ではなくて顔全体でした。
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし!? ちょっと待ってくださいまし!? いきなりそんな……はっ!? これが『あいのこくはく』ってものですの!?」
あ、パニクってる。頭から湯気出てる。
しまったな。怒られなければいいんだが……
「おい見ろ! うちの息子がお前の娘を口説いてるぞ!?」
「なにぃ!? いつの間にそんなことになってるんだ! だが、その言や良し! 今度からレオンはうちの義息子だ!」
……やばい。
このままだと親が酔っ払った勢いで婚約者が決まってしまうのではないか?
困ったときのマシューはどこだ!?
「うっ……うっ……素晴らしいですぞ。教育係としても本当に嬉しゅうございます。誠にご立派ですぞ」
「なんて素敵なの……いいなぁ、あんな言葉かけられたいなぁ……」
あ、これは役に立たん。
マシューは泣き、ミリィは妄想中なのかちょっと目が危ない。
そんなことを考えていたら、後ろに四つの気配が。
「ちょっとレオン、どういうことかしら? アタシに了承なくエリーナに粉かけてるわけ?」
「アンタ……まさか婚約するんじゃないでしょうね!?」
「どう思うかい、ハリー君。君の弟は結構なスケコマシではないのかい?」
「そうだね、ヘルベルト君。彼は子供の見た目だけど精神は大人だから分かってわざと言っているんだろうね。ギルティ」
よかった!
ルナねぇとセルティ姉、兄者とハリー兄は無事だ!
「頼むみんな! どうにかあの人たちを止めてくれ!」
「「「「そこに直れ!!!!」」」」
すみません。正座します。
しばらく懇々とお説教をされたあげく、女性陣に「アタシたちにも言いなさいよ!」と言われてしまい、無い頭をひねって褒め、及第点をいただくことができた。
二人とも顔を真っ赤にしていたが。そして兄者とハリー兄はニヤニヤしていたが。
……遊んでやがるな。
そんな感じで、ドタバタした王家(親族)との夕食会という名目の飲み会は終わった。
————
「ねぇレオン。なんでボクにはいってくれないの?」
「アレクお前、男だろうが」
僕はショタに興味は無い!
* * *
飲み会がお開きになった後の夜中。
王の執務室に集う五人の影。
「いや、話に聞いてはいたが驚いたな。彼は一体どういう頭をしているんだか……」
「うむ。四歳の頃から一気に成長した感じだった。学習能力も異常に高いしな」
「そうね〜。すでに正文字だけじゃなくて、古文字も読み書きできるのよ〜」
「それ、本当に子供なの?」
「中々普通では考えられませんわね……」
そう。
彼らはウィルヘルム王と王妃たち、そしてレオンハルトの両親であるライプニッツ公爵と公爵夫人だ。
彼らは飲み会で酔ってはいたが、記憶もしっかりしていた。
しかも、皆魔法が使えるので、アルコールを抜くことなど朝飯前である。
レオンハルトの成長の過程、学習に対する態度、ステータスなど、これまでのことを話し合っている。
ライプニッツ公爵にとっては、レオンハルトは自分たちの子供であり、国王夫妻にとっては甥である。
しかし、明らかに子供と呼ぶには「異常」な成長についてお互いに意見を交換していた。
彼が王国のためになるならば良し。
しかし、仮に仇となるならば。
親としては考えたくはないが、自分たちは「貴族」であり、王家の「準一族」と呼ばれる存在なのだ。
王国への不穏因子はすぐに除かなければならない。
「まあ、レオンには四歳の時に知識と力の使い方について教え、誓約させたからな。滅多なことは無いと思うが」
「四歳の子に何をしているんだ、ジーク公爵。大体何でそうなったんだ?」
「それがな……あいつ自身が古文字を習いたいって言い出したんでな。元々、正文字を一日、いや半日程度で習得したんだよ。図書室で本を読むためにな。だが、それだけで満足しなかったんだ、あいつは。
『どうしても教えてほしい』っていう思いがありありと伝わってきやがって……それで俺とヒルデ、マシューでこの一年間色々叩き込んだんだよ……剣、魔法理論、マナー、ダンス……そりゃもう、色々な」
流石に彼が教え込まれた物を聞いて国王は絶句したようだ。
いくら何でも子供にそれは……と思ったのだろう。
しかし、それが嘘ではないだろうということは分かっていた。これでも国王と公爵は幼馴染み。一緒に冒険者をした仲でもある。そしてそれは、ここにいる全員に言えることだった。
どうすればいいだろう。
これは本気で「叔父」としてではなく、「国王」としての立場で考えなければならない。
そう考えていた時に、公爵夫人であり、従妹であるヒルデからさらにとんでもない言葉が出てきた。
「ちょっと関係はないのだけれど、レオンのステータスに『魔術』と『式術』というものがあったのよ。どうにかして調べられないかしらん?」
「「「魔術!?」」」
「まさか……あの、つまり……『旧世界』の、魔法……のことか?」
「そんな……アレが属性魔法の礎になっていることは知られているけれど……なにも解明されていないのよ!?」
「……このこと、私たち以外で知っている者は?」
レオンハルトのスキル「魔術」。
それは、今では失伝した旧世界の魔法である。
ありとあらゆる属性の魔法を使え、オリジナルのものも数多存在する。
すべての事象に、世界に干渉する究極の術。
それが、魔法ではない「魔術」であった。
「と、とにかく。『魔術』の話をしたと言うことはあれだな? 確認のために用いると言われているアーティファクトを使いたいと……そういうことだな? ヒルデよ」
「ええ、そういうことよ〜。よろしくお願いするわね、ウィル君」
「ああ。どのみちしばらくここにいるのだろう、ジーク?」
「うーん、どうするか……しばらくレオンを預かってくれんか? お前のことだから『首輪』を付けようとと考えているんじゃないか?」
「……隠し事はできんな、我らは」
国王と公爵がお互いに苦笑いをする。
共にパーティを組み、時には死線を越えてきたかけがえのない仲間。
だからこそ、考えていることもお互い筒抜けで。
「まぁ、レオンを変なことに『使おう』なんて思わないようにね? よろしく頼むわ、マリア。フィオラ」
「うん、もちろんだよ」
「当然ですわ。彼は私たちの『息子』なんですから」
ヒルデは釘を刺し、王妃であるマリアとフィオラに、もしもの時に国王を諫める役をお願いする。
——こうして。
子供たちの知らないところで、様々な策が巡らされていくのであった。
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