第2話

 公爵家であり、王家と親族であるというとんでもない一家。

 その日常の光景がこれである。


 公爵家現当主である父が、執事であるマシューから怒られている光景。


 ……完全に皆スルーである。


 さて、父がマシューからありがたい説教を受けている間に、これからどう過ごすか考えてみる。


 前世の知識があるとはいえ、この身体は子供。

 しかもこの世界の常識や、知識があまりにも少ない。せっかくなので今のうちに訓練して強くなってもおきたい。


 長男ではないので家督はこちらに来ないだろうしな。

 はっきり言って、早いところ家を出て、自由な冒険者になりたい。


 お、そろそろマシューの説教も終わりそうだ。


「ーーそういうわけで、ジークフリード様! これ以上私の手を煩わしてくださいますな! 本来こういうのはお子様達にするべきものなのです! わかりましたか!?」


「……はぃ……」


 父上が萎びておられる。

 ここで声をかけておくか。


「あ、そういえば。父上、そしてマシュー。お願いがあるのですが」


 我ながら白々しい話の変え方である。


「どうした?」

「どうなさいましたかな、レオンハルト様」


 二人から返事が返ってくる。


「実は歴史とか剣とか、いろいろ学びたいことがあるのです。教えていただけませんか」


 途端に二人の目が輝くのがハッキリとわかる。


「レオンハルト様! 私が歴史を教えましょうぞ! どこぞの脳筋とは比べものにならないほどしっかりと、そしてどの学院よりも詳しく、公爵家に相応しく教えて差し上げますぞ!」

「やっぱり男なら剣だろ! 学問はいつでもできる。剣は最初が肝心だ! 徹底的に鍛えて、立派な騎士にしてやるぞ!」

「「むっ……」」


 二人が同時に喋って、お互いを睨む。

 いや、どっちもするんだけど……


「どちらもバランスよくお願いしますね」

 そう言って、会心の笑みを浮かべておく。


「「グハッ」」


 ……この二人は駄目かもしれん。

 そう思っていたら頭の後ろに柔らかい感触が。


「レオン~……魔法は選んでくれないのかしらぁ~……」


 二十代前半に見える美女がが涙目で抱きついてきていた。


 青みがかったアッシュブロンド。

 濃緑色の瞳を持つ目は、少し目尻が高く、凛々しさを醸し出している。


 ルージュすら必要ない美しい唇は、常に優しく声をかけてくれる。

 

 女性にしては長身で、170cm弱ある。

 スタイルも良く、女性らしさと上品さが最高にミックスされた人だ。


 それが、ヒルデ・フォン・ライプニッツ。

 僕の母上である。


「母上? いかがされましたか?」


 流石に状況が読めないので、母に尋ねる。


「ジークやマシューには教えて欲しいって言うのに、ママには相談してくれないのぉ~?」


 一人称が「ママ」になっている。これはまずい。

 僕は母上に泣かれるとどうもいたたまれないのだ。

 どうしたものか。


 しかし先ほどの言葉からすると、どうも母上は魔法を教えてくれるそうだ。そこに乗ってみよう。


「母上が魔法を教えてくださるのですか?」

「そうよ~。ママは魔法が得意なの。レオンもきっと上手にできるようになるはずよ?」

 

 そう言いながらこちらを見つめ、和やかな笑顔を向けてくる。

 まだ一人称が直っていないが、窮地は脱したか。


 得意ということであれば、教えてもらえるのはありがたい。だが気になることもある。


「母上、僕のように子供でも魔法を使って大丈夫なのですか?」

 

 本当は今の今まで魔法があること自体、知らなかったのだが。

 こうも断言されるならば、魔法の存在を疑う必要はないだろう。

 あとは危険性が気になる。


「大丈夫よ~、ママは魔法に関して最強なんです! ……それともママからは習いたくないのかしらぁ~……」

 

 また目がウルウルしてきている。しまった、慢心した。


 最強というのは危なくないんだろうか……

 しかし母上に泣かれるのは困るのである。父の場合は平気なのだが。


「いえいえ! 母上から教えていただけるだけでも嬉しいのです! それが魔法のことであればなおのこと!」


 必死に母上を宥めるしかない。


「ほんとぉ? ならよかったわぁ~」


 ほにゃっとした笑顔を向けてくる。なぜ幼児退行をしているのか。何なのだ、このイベントは。そういう笑顔は父に見せてさしあげるべきだ。


「では、私が予定を立てておきますので……」

「うむ。頼むぞ」


 マシューが予定を立ててくれるらしい。

 父上もそれで了承した。


 とにかく、早めのうちに実力をつけて、成人までには十分独り立ち出来るようにしておこう。先立つものも必要だな。


 おっと、父上が仕事に行かれるそうだ。

 皆で見送りにでる。


「いってらっしゃい、あなた」

「「「いってらっしゃいませ、父上!」」」

「お気をつけて、旦那様」

「いってらっしゃいませー!」


 母上、子どもたち、マシュー、ミリィの順で挨拶をして父上を送り出す。


 さて。

 先に少しは自分でも勉強しておこうとも思ったので、本がないかミリィに聞いておこう。


「この家に図書室はある?」

「二階の奥にありますよ?」


 ミリィから答えが返ってきた。

 よかった。これで色々自分でも勉強できるぞ。

 あとは自分のスケジュールを立てねば。


「明日から教えていただけますか」

「明日!?」


 マシューから驚かれてしまった…


「んんっ、失礼しました。しかしすぐには難しいですぞ。せめて私たちに準備をさせてくださいませ。

 ……せっかちな男は嫌われますぞ?」


 そう笑いながら言われてしまった。

 仕方ない。


「では、父上や母上、マシューの都合が良くなったら教えてください」

「かしこまりました」


 さあ、出鼻を挫かれた感じではあるが、自主学習や自主トレもいいものだ。


 ……そんなことを出来ていたのはいつまでだったろうか。

 社会人になってからは自主学習というより、必要に迫られたから勉強するっていう感じだったからな。


 柄にもなく前世の感傷に浸りながら、図書室を目指す。


 * * *


 マシューとミリアリアは朝食で使った食器を片付けながら、ふと気付いたことを口にする。


「レオン様って、正文字とか古文字は読めましたっけ?」

「図書室の本は、古いか難しい本ですからな……」


 このことを二人が気付いたのは、レオンが出て行った1時間後のことである。

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