第3話
第3話
僕はミリィに教えてもらった図書室に来ていた。
「すごいな……」
最初にでた言葉はそれだった。
図書室として使われている部屋の面積は、ほかの部屋に比べ広くはないが、上の階と吹き抜けになっている。そして三階の床に代わり、壁に沿って人ひとり歩けるくらいの、欄干のついた通路がある。この通路には梯子で登るようだ。
そしてその部屋の三方の壁は全て本棚になっており、大小様々な本がぎっしりと並んでいる。
もちろん棚の上にある本を取るための梯子もあり、本がお飾りになっている状況ではないことは確かだ。
部屋の中央には、閲覧のためにテーブルや椅子、ソファーが置かれており、実用性と快適さを求めた結果を見せている……と言えば聞こえはいいが、正直狭く感じるというのが事実だろう。
しかし、恐らく何百、もしくは何千とある書籍の中から選ぶのは面倒くさいな。
なにかいい方法はないだろうか……
マシューやミリィは片づけ中だろうし、他の使用人も忙しいだろう。兄上か姉上に聞いてみるか?
そう考えながら辺りを見回す。
……ふと、近くの本棚を見てみると、本の背表紙が目に入った。
その背表紙の下の方に、赤いリボンが付いている。隣の本も同じだ。しかし別の棚には緑や黄、白など別の色のリボンがついている。
ふと図書室の本についていた管理シールを思い出す。
管理シールほどではないが、このリボンもなにか分類するために付けているのではなかろうか。
試しに先ほどの赤リボンのついた本を二冊とも取ってみる。合わせて下の棚の青のリボンがついた本も取っておく。
赤リボンの本のうち一冊は新しいようで綺麗だ。
もう一冊は表紙が少し古いが、重厚感がある。
青リボンの本はさらに古いのか、紙が少し変色しているようだが、状態がいい。
身長の関係でテーブルでは見辛いのでソファーに座って本を開いてみる。
なんだこれは。
書いてあることが読めない。
いや、新しい方の赤リボンの本は読めた。
「わかる! イシュタリアおうこく ようじへん」
……どこぞのハウツー本か。
まったく、誰が読むんだか。ああ、幼児か。せめて初級編と書けよと言いたい。
問題は。
残り二冊が読めないのだ。
いや、古い赤リボンの本は、なんとなく読める文字がある。
「イシュタリアの○○と○○ 1092○○」
文字を見ると普段見ている文字に似ているような気がする。
王国の何について書かれているのだろうか。
数字は……バージョン? それとも年だろうか。
そして、最後の一冊。
青リボンの本に至ってはなにも読めなかった。
「○○○○○○○○○○○○○ ○○○○」
何についての本なのかすら検討がつかなかった。
一応中も開いてみたが、別種の文字らしき複雑な記号もあったので、すぐあきらめることにした。
この図書室に来て解ったこと。
それは幼児向けの本しか読めないということと、早急に文字を勉強する必要があることだった。
仕方がない。今日のところは幼児向けの本が他にないか探すだけにするか。
それから二時間ばかり、本を探すという名目の体力トレーニングに励むことになった。
二時間後。
僕を捜しにきたミリィが図書室に来たので相談してみる。
「本の背表紙に色々なリボンがついているけどなんで? あと、読めない本が多かったんだけど」
「あ、やっぱり。レオン様でも読めませんでしたか……
でも、リボンのこと気付いたのはすごいです! マシューが喜びますよ。なんでもーー」
いきなり話がズレ始めたので両手を上げて止める。
「まってまって。マシューの話は今はいいから。まず文字について教えて」
「あ、すみません。
文字についてですね。まず、この世界には文字が三種類あるんです」
ほう。
そんなことは知らなかった。
「普通、王立学院に行ってから学ぶんですが、レオン様も読める『略文字』と呼ばれるもの、公式文書や論文、学術書に使われる『正文字』、そして魔法書や古代に用いられたものが『古文字』の三種類あるんです」
それは重畳。文字を学ぶのが最優先だな。
……さっきそれ以外の文字があった気がするが。まぁいい。
「ミリィは正文字と古文字は読める?」
「いいえ。流石にメイドですから正文字が限界ですよ。大体、正文字を読めるメイドは基本的に少ないんですよ? それを『必要だから』って当主様は教えてくださったんですから!」
なるほど。しかし学んで損はないだろうに。
まあいい。正文字だけでもまず教えてもらおう。見たところ略文字は正文字の簡略化だろうし、すぐに覚えられるだろう。
「ミリィ、今日の仕事はまだあるの? できればすぐに正文字を教えてほしいんだけど」
「すぐにですか? 流石に難しいと思いますし、まだ仕事が……」
「そっか、残念だな。……じゃあ、ミリィが使ってた教科書とかある?」
自分でどうにか勉強しておきたい。
「ありますよ? すぐ持ってきますから。ここに持ってきましょうか?」
「ありがとう、ミリィ。
あ、それと本のリボンについて教えて?」
危ない。これは聞いておかなければ。忘れるところだった。
「そうでしたそうでした。
このリボンはマシューが考えたんですよ。本の種類で分類するために必要なんですって」
やはり種類分けのためか。
「どの色が何の種類の本なの?」
「確か……赤は王国についてで、緑が植物、食べ物は黄で……
あ、魔法は青でしたっけ。詳しくはマシューに聞いた方が喜びますよ」
「わかった。じゃあ、教科書待ってるね」
「はーい」
さあ、とにかくこれからは文字の勉強だ。
できれば早めに魔法の本が読めるようにしたいな。
しばらくして、ミリィが教科書を持ってきてくれた。
「持ってきましたよ、レオン様?」
「ありがとう」
「あまり無理しないでくださいね。あれならワタシに頼ってくれていいんですからね!」
「難しかったらお願いするよ」
早速受け取った教科書を開く。
題名は正文字の上に小さく略文字で「せいもじきょうほん」と書かれていた。
早速一章から勉強だ。
ーー約二時間後。
もうすぐ正午らしく、マシューが呼びに来た。
「レオンハルト様。そろそろお昼でございますぞ」
「もうそんな時間? そっか……下に降りようかな」
教科書を閉じてマシューに答える。
「む? それは『正文字教本』ですかな?」
流石マシュー。目ざとい。
「そうだよ。おかげで正文字も覚えることができたし。後は綺麗に書けるようになれば終わりかな」
そう。既に文字は覚えた。
後はしっかりとした文章が書けるように、綺麗に書けるようになることが目標だ。
そういえば、さっきの赤リボンの本の題名も分かった。
「イシュタリアの国土と歴史 1092年版」だそうだ。
朗読練習をかねて借りておこう。
さて、既に略文字は覚えていたので、その本来の形である文字は簡単に覚えられたし、書けるようになった。また、略文字にない文字もあったが、そこまでの数ではないのでそこまで難しいものではなかったのだ。
しかしマシューにとってはそうではなかったらしく。
「流石でございますレオンハルト様! 流石はヒルデ様の御子ですな! ヒルデ様も文字を覚えられるのは早かったですが、旦那様やミリィの遅さといったら……あれだけ教えてもなかなか覚えませんでしたし……宿題はしないわ……ブツブツ……」
聞いてはいけないことを聞いた気がする……
しかし母上に似ていると言われるのは少し照れ臭いな。
しかし文字が読めるようになると世界が広がる。
どんどん知識を吸収して、独り立ちの準備を着々と進めるのだ。
まあ、今はまず食事に行こう。
食堂に降りると、父上以外揃っていた。
「お待たせいたしました」
そう言ってから席に着く。今日のお昼は香草を使ったオイルパスタのようだ。
マシューやミリィたちが配膳をしていると、父上が帰ってきたようだ。
「やあ、ただいま」
「お帰りなさい、あなた」
「「「お帰りなさい、父上」」」
「既に昼食の準備は済んでおりますぞ」
思い思いに挨拶をする。
ーー
食事をしながら父上の話を聞かせてもらう。
王宮での出来事、面白かったこと、面倒だったこと。
王宮に出入りしている政商の土産話や、他の国の話。
とても興味深い内容だった。
その途中で、父上が子供たちに話しかけてきた。
「午前中、おまえたちはどうだった? 何をしていたんだ?」
そう聞く父上の顔は優しい。
長男であるハリーが答えた。
「今日はムザート伯爵夫人にダンスを教えていただきました……」
明らかにテンションが低い。
このハリー兄上は体を動かすことが好きで、いつも槍を振っている、いわば脳筋タイプ。
見た目はダークブロンドに緑の瞳、父に似た顔立ちなので、弟から見ても格好いいと思う。
しかも次期公爵当主。
当然教養だけでなく、ダンスも踊れなければいけない。
そう、義務なのに。
……運動神経は良いのにダンスは下手なんだよな。
リズム感が無いのだろうか、よく脚をもつれさせているようで、こける音が聞こえる。
しかもムザート伯爵夫人は、芸術、特にダンスには非常に厳しく、教え子が泣くまで教えることで有名でもあった。
無論、それだけしても引き続きダンス講師をしていることから分かるように、教え子はダンスを確実にものにできるので、引く手数多である。
テンションの低さに少し驚きながらも「ま、まぁ人には得手不得手あるからな」と言いながら、「セルティはどうだ?」と話を振る父上。何故か冷や汗が流れている。
「今日はレイン殿にメイスの使い方を教えていただきました!」
そう嬉しそうに答えたのは、ブルネットの髪をポニーテールにし、気の強そうな青緑の瞳を輝かせた姉セルティックであった。
セルティ姉上はツンデレの鏡みたいなタイプで、「別にレオンだけの為じゃないんだからねっ!」というのが口癖である。
まぁ、ハリー兄上は「うん、俺はレオン以外にセルティがそんなことしてるのみたことないよ」と言っていたが。
それを聞いたときには「いや、この前まで三歳児だった子に言うことじゃないだろ……」とツッコミを入れるしかなかった。但し心の中で。
セルティ姉は魔法が好きらしい。
よく氷が庭に出来ている。しかも色々なサイズで。
……なのに何で「メイス」なんだよ!
近接戦でもする気なのだろうか。
しかしどうも褒められたらしいので、結構優秀なのかもしれない……
そんなことを考えていたら、父上の質問が僕に来たようだ。
「レオンは何をしていたんだい?」
このときの僕は考え事で頭がいっぱいだったんだろう。
なにも考えずに、正直に答えてしまった。
「正文字を習得していました。もう少しで完璧に書けると思います」
考えてほしい。そのときの大人たちが思ったことを。
前世の日本で考えれば、四歳児が「大学までで使う常用漢字が全部読めます。もうすぐ硬筆で完璧に書けるようになります」と言っているようなものだ。
「「「「「「ええええええええぇぇぇっ!!!」」」」」」
その時、部屋を突き破らんばかりの声があがったのも当然である。
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