第30話 いつか誰もが
「イサ、この国に潜む悪を暴きだした此度のそなたの働き、素晴らしいものだった。神に代わって礼を言おう」
いままで入ったことのない大広間に、僕らはいた。正面には領主様と姫さま、周囲にはずらりと人が並んでる。
ただ、見知った人が多い。お茶会のご婦人がたとか、騎士の面々とか、縦長おばさんとか、厨房おばさんとか……。
姫さまが口を開く。
「イサさん、国にお帰りになるのですって?」
謳鳥みたいな声が響く。その声の美しさで、僕は倒れそうだ。
「ええ。思いがけずずいぶん長居しちゃったし、あたしの国の人たちも心配してるだろうし」
またイサさんが嘘八百を並べてる。帰った先は、ぜんぜん時間過ぎてないのに。
もっとも異世界とを繋ぐ魔法のことは言ってもよく分からないだろうし、分かったら分かったで問題が多そうだ。だから僕も、訂正する気はなかった。
何より異世界のことがうっかり知れて実験しまくった結果、イサさんみたいなおばさんが大挙して押し寄せてきたらと思うと、恐ろしくて言えない。
ちなみにイサさんが提案したお茶会はまだ続いてたとかで、しかもいろんなとこに這い出してて、おばさん族があちこちで結託してるとかしてないとか。この領地に水も漏らさぬ、おばさん結社による監視網が出来るのも、時間の問題だろう。
それだけでも十分怖いのに、これ以上おばさんが増えたら、この国が終わりそうだ。
「寂しくなりますわ。もうお会いできませんの?」
「分かんない、としか言いようがないわ。もしかしたら会うこともあるかもしれないけど、なにしろ遠いから、ちょっと難しいかも」
「そうですの……」
姫さまが涙ぐむ。イサさんもさすがに寂しそうだ。
「そうしたらイサさん、これをお持ちくださいな」
姫さまが自分の首飾りを外して差しだした。
「これを見れば離れていても、私たちのことを思い出してくださいますでしょう?」
「いいの? でも、ありがたく頂くわ。あたしもみんなのこと、忘れたくないし」
イサさんが受け取って、姫さまに代わって首にかける。深紅の宝石に手の込んだ飾りは、意外にもイサさんによく似合った。
姫さまが立ちあがって、イサさんの手を取る。
「この国と私たちを変えてくださって、ありがとうございました。イサさんが来るまで私たち、みなお城や館や厨房に籠って、自分は何もできないと思っていました。でも、やればできるのですものね。あの助祭長や敵国を退けたように」
堂々として威厳に満ちた、笑顔の姫さま。けどなんだか怖い。それに切ない。あの楚々としてたおやかな姫さまは、どこに消えちゃったんだろう?
僕のそんな思いは知らず、姫さまは続ける。
「イサさん、私、お誓いいたしますわ」
「何を?」
姫さまの決意に満ちた顔に、さすがのイサさんも戸惑った顔だ。この魔王級おばさんを困らせるなんて、さすがは姫さまだ。
「私、今度のことでずいぶんいろいろ考えて、ぜひイサさんのような――」
そこで姫さまが言いよどむ。上手く言葉が見つからないらしい。
イサさんがいたずらっぽい笑顔になった。
「あたしみたいなの、そこの魔導師坊やに言わせると、『おばさん』っていうらしいわよ」
「まぁ、そうでしたの」
得心いった、そんな姫さまの晴れやかな顔。
「では誓いますわ。私、イサさんのような立派な『おばさん』になりますわ!」
――姫さま、なんてことを。
僕を始め列席していた男性陣がどんな顔をしたかは、言うまでもない。
少し離れたところで、渋騎士がつぶやいた。
「女はいつか皆、おばさんになるのさ……」
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