第29話 カノジョをください

 騎士団が援軍より早く着いたのは、師匠のせいだった。

 実は僕らが村に着くより前に、祠に侵入者があって魔法陣が書き換えられたのが、感知されてたって言う。

 で、それをお城へすぐ知らせて、騎士団が派遣された。

 ――僕には何も言ってなかったのに。

 そうしたら、こんなに僕はひどい目に遭わずに済んだはずだ。そう師匠に言ったら、

「お前に知らせたら、どこで誰に喋るかわからん」

 って返された。ひどい。いくら僕だって、むやみやたらと喋ったりしない。お城が買えるくらいお金積まれなきゃ、言うわけがない。

 ともかくそういうわけで、先手を打つ格好で騎士団が派遣されてた。それがギリギリ間に合ったって形だ。

「第一陣と第二陣を食い止めてくださるとは、さすがイサ殿」

「あーあたし今回何もしてない。止めたのはここの女性陣よー」

 けらけらとイサさんが笑った。

 でも実際、そうだと思う。どこの誰が、あんなクサい戦いをすると思うだろうか。あれはそういうものに慣れてる、こういうところの人ならではだ。僕には絶対にムリだ。

 実は第三陣もあったんだけど、それは未然に阻止された。ノびてる第二陣を縛り上げた後、国境の祠近くへ騎士団が速攻で移動して、ヘロヘロの第三陣を迎え撃ってくれたからだ。

 ついでに陣ももう壊したから、当分は安泰だろう。

 村の男衆は、女性陣からもっのすごく怒られた。加えて騎士団からも、もう一滴も絞れないんじゃないかってくらい、こっぴどく絞られてた。

 で、全く頭が上がらなくなってる。

 まぁ仕方ない。おばさん族にたてついて、外から敵を引き入れようとしたりするからだ。僕の父さんみたいに賢明じゃなきゃ、こういう末路が待ってて当たり前だ。逆らうのが悪い。

 とりあえず厨房の地下室に放り込まれてた男たちと、ノびた第二陣第三陣は、捕虜としてひとまとめにして、騎士団たちが連れていくことになった。

「胡桃、これで全部かね?」

「もうないと思うんだけど」

 イサさんたちはまだそこはかとなく臭う中、胡桃拾いに精を出してる。

「いやぁ、今年は剥く手間がだいぶ省けたよ」

「ほんとほんと」

 そんなことを言いながらおばさんたちが、籠に入れた胡桃を、洗い場へ持っていった。あれを綺麗に洗って乾燥させて、麓の市場で売りに出すんだそうだ。

 ――食べた人、可哀想に。

 何にまみれて誰に踏まれたか、知ったらどんな顔をするだろう? あ、でも買ったのがおばさんだったら、「そんなの平気だよ」って、食べてしまう気はする。

「そいえば、あの綺麗なイタチは?」

「あぁ、あいつ元気だったからさ、大人しくなったころ見計らって、イタチ小屋に戻しといた」

「あら良かった。今回のいちばんの功労者だもんね」

「ホントだよ、勲章でもやらなきゃだ」

 またおばさんたちが、からからと笑う。でもイタチの叙勲って……首に勲章下げようとして、大惨事になりそうで怖い。

 勲章と言えば、不正に持ち出されたのをもらった麦は、おばさんたちへの褒美扱いになった。「これで堂々と食べられるよ」とは、おかみさんの言葉だ。

「ねぇねぇ、あの香りのいい葉っぱちょうだい。お城に持って帰って、ウッラにパイ焼いてもらうの」

「なら、乾燥させたやつ、いっぱい持ってお行き。それなら日持ちするよ」

 イサさん、お土産に葉っぱをもらうことになってご機嫌だ。なんて安上がりな人なんだ。あの綺麗なイタチの毛皮にすれば、ものすごい額になるのに。

 あと、帰るに当たって、僕の欲しいものがもうひとつ。

「ヨルダさん」

 おかみさんに話しかける。

「なんだい、魔導師さん」

「お嬢さんをいただけませんか?」

 周囲が静まり返った。

 みんなが驚いた顔で僕を見てる。

「な、なんだい藪から棒に。そんなにうちの娘が気に入ったのかい? そりゃ確かにこの娘は料理も上手だけど、そんないきなり嫁にって言われても――」

「嫁?!」

 なんでそっちへ話が飛ぶんだ。

「え、いただきたいって、嫁にだろ?」

「違います!」

 全力で否定する。僕には姫様という心に決めた人が……。

 おかみさんのほうは、一気に興味を失くしたみたいだった。

「なんだ、だったらやれないよ。下働きに出す気はないんだ」

「それも違います!」

 なかなか話が通じない。けど何とか通じさせなきゃいけない。

「お嬢さん、かなり高い魔力があるんです。だから大きい街で、魔法の修行をさせてください」

「魔法って……そんなこと言われても困るよ。この子はしっかり躾けて、嫁に行ってもらわないと」

「魔導師は人手不足なんです! お嬢さんレベルだと、千人に一人も生まれないんです!」

「え……」

 おばさんたち、本気で知らなかったらしい。

「初等科のとき、言われませんでしたか?」

「いやぁ、そりゃ魔力はあるとは言われたけど……別にそれ以上言われなかったし」

 まるで、伝え聞いた一世代前の世界だ。まだこういう世界があったんだ。

「だいいち、イヴェラはもういい歳だ。今からガッコ行ったってしょうがないし、嫁に行くのがいちばんだよ。行き遅れちまう」

 まぁ確かに、おばさんみたいになってからじゃ、嫁に行くのは難しいだろうけど……でも問題はそこじゃないわけで。

「ヨルダ殿」

 生贄騎士が、おかみさんの手を取りながら前で跪いた。

 ――膝が地面から、微妙に浮いてるけど。

 まだ大量のクサい物が落ちてる地面には、膝をつきたくないんだろう。

「お嬢さんは、類まれな才能をお持ちです。それは国が、血眼になって探すほどのものです」

「そ、そうなのかい……?」

 生贄騎士に言われて、おかみさんの心が揺らぐ。

「そういうことなら、私からもお願いしよう」

 後ろから声がして振り向くと、団長の渋騎士がいつの間にか立ってた。

「魔導師は、本当に貴重でな。お嬢さんがその力をお持ちなら、学ばせない道理はない。むしろ学ばせないと、国から罰せられますぞ」

「えぇっ!」

 おばさんたちが青くなる。

「そ、そんな、あたしゃそんなつもりじゃ……」

 うろたえるおかみさんに、渋騎士が言った。

「知らなかったものは仕方ない話。だがことここに至っては、お嬢さんを学院に入れるのには、賛成いただかないと」

「わかりました」

 おかみさんが折れる。

「そういう話なら、嫁にやる代わりに学院にやります。そこの魔導師が、面倒見てくれそうですし」

「へっ?!」

 だからなんで話が、そっちへ飛ぶんだ。

 でもおかみさんは、当たり前って顔つきだった。

「だってそうだろう、あんたが言いだしっぺで、くださいって言ったんだし。若い娘を連れてくんだから、面倒くらい見てくれなきゃ困るよ。じゃなきゃやれるもんか」

「えぇ……」

 渋騎士が僕の肩に手を置く。

「スタニフ殿、諦めろ」

 死の宣告が聞こえた。

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