第28話 世にも稀な戦い

「でも、もう他にいませんよ?」

「そうなんだけど……」

 その時、窓の外をたまたま見てた誰かが声を上げた。

「ヨルダ、また誰か来たよ!」

「え?!」

 みんなが窓に駆け寄って、押し合いへしあいしながら覗く。

「剣持ってる!」

「やはり第二陣か」

「えぇっ!」

 浮き足立つ村のおばさんたちと、冷静な生贄騎士。それになぜかイサさん。

「来たけど、けっこうフラフラ?」

「そうですね」

 ふふん、思い知ったか。僕の陣は健在だ。

 あの陣は、踏み込んだ相手を完全な無力化はできないけど、走れない程度には動けなくする。姑息さと目立たなさで知る人が少ないけど、嫌がらせにはうってつけだ。

 相手の様子を確認してた生贄騎士が、イサさんに言った。

「私が行きます。かなり弱ってるので、何とかなるかと」

 彼はそう言うと、躊躇いもなく剣を抜いて外へ出る。

 ちきしょう、見せ場取るな。だから肉弾派はキライなんだ。

 外では叫び声が上がってる。剣持ったヤツが居ることに、敵が気づいたらしい。

「彼、大丈夫なのかい?」

「自分で大丈夫って言ってるんだから、勝ち目はあると思うわよ」

「あたし、弓取ってくる!」

 割と若い誰かが、厨房から駈け出した。

「私も!」

 もう一人、やっぱり厨房を出てった。

「エマとカルナ、弓は上手いからねぇ」

「射程長いと、武器は有利なのよね」

 イサさんの言葉に、誰かが返した。

「長いとって、じゃぁ鋤とかは?」

「すごく強いと思う」

 おばさんたちが顔を見合わせた。

 窓の外、村の入り口のほうでは、生贄騎士が大立ち回りだ。ただ自分で言ってただけあって、ふらふらしてる連中相手に、そうそう負けそうにはなかった。

 てかあいつ、地味に強い。不公平だ。神様はどうして、エコひいきするんだろう。僕なんて毎日ちゃんと、お祈りしてるのに。

 さらにそこへ弓が加わって、射られた兵士が倒れる。

「あんな奴ら相手に、村盗られたくない。あたしも鋤、持ってくる!」

「私も行く!」

 また二人ほど駆け出した。

「よし、こうなったらみんなで行こう! 相手は酔っ払いみたいなもんだ、大したことないよ」

「ああ、ダンナとのこと思えば、あの程度」

 なんて人たちなんだ。一応武装した人を相手するのに、ダンナさんとのケンカと同じレベルに考えるなんて。

「ねぇヨルダ、赤ちゃんのオムツとかない? 使い終わったやつ」

「オムツ? 何するんだい」

「投げるの。べったり張り付いて、なかなかイヤよ」

 イサさんの言葉に、おかみさんがあっという顔になる。

「なるほどね。でもそれなら、もっといいものがある」

 そう言うとおかみさん、満面の笑みで厨房を見回した。

「みんな、馬小屋行くよ! アレを投げてやる!」

「アレか、そりゃいいね!」

 おばさんたちが沸き立って、おかみさんを先頭に先を争うように駆け出してく。

「何思いついたんだろー」

 イサさんがいちばん後ろから、とことこと歩いてった。

 なんてのんきなんだ。僕なんてさっきから、止まりそうなくらい心臓がばくばくしてるのに。きっとおばさん族は、心臓が動いてないに違いない。だから平気なんだ。

 おばさんたちは次々と馬小屋に駆け込んで――出てきたときに手にしてたのは、黒くて丸い物。

「これでもくらえっ!」

 ひゅんと音がして、黒いモノが勢いよく宙を飛ぶ。そしてとても運の悪い兵士の、顔に当たって砕けた。

「ぐへぇぇぇっ! げへっ、げへっ!」

 命中したヤツが、変な声をあげて咳き込む。

「ふふん、馬糞の威力を思い知ったか」

「あれ、ぶつかると舞い散って、クサいの吸い込んで咳き込むんだよねぇ」

「さぁ、どんどん行くよー!」

 次々と投げられる黒い塊。そして敵の何人かが、焦った顔で盾を掲げて後ろへ下がる。きっと馬糞の威力を知ってるんだろう。

「お前ら、敵前逃亡はゆるさんぞっ!」

 そう言って叱りつけてる偉そうなヤツに、馬糞が命中した。

「うげぇ、げぇぇっ!」

 目に入ったんだろう、必死にこすりながらげへげへ言ってる。

 その間にも馬糞は飛んで――おばさんたち、なんで平気で素手で持てるんだ――合間に本気の矢まで飛ぶから、もうメチャクチャだ。

「クサイってなら、こっちはどうだ!」

 いつの間にか、別のおばさんがバケツを下げてた。

「そぉりゃぁっ!」

 気合いの入った掛け声とともに、バケツが飛んでいく。

 高く上がったバケツは放物線を描いて、避けようとして足をもつれさせた兵士に当たって――。

「うげぇ、くっせぇ!」

 ダメージは、身体より鼻に行ったらしい。

「あれ、中味なに?」

「鳥とかヤギとか、いろんなもんの糞さ。うちのはクサくてねー」

 どうやら肥料にするために集めてあったのを、持ってきたみたいだ。なんてクサそうなんだ。

「こっちも喰らえ!」

 別のおばさんが、バケツの中から何かを投げた。それが飛んで、兵士に当たる。

「きたねぇっ!」

 当たったのは、腐って崩れかけたイモ。何と言うかぐちゃぐちゃでベタベタでおまけにクサくて、僕なら絶対に当たりたくない。

 しかもベタベタだから、足元に転がるとそれはそれで滑って困る。

「こっちも喰らえっ!」

 次に投げられたのは――何だろう? とりあえず、丸い黒っぽい何か。ただ腐れ野菜じゃなさそうだ。

「誰だ、胡桃持ってきたの」

「いいじゃないか、渋皮取る前だと、ちょうどクサいし」

 どうやらおばさんたち、クサさを基準に選んでるらしい。胡桃も食べるのは種の中身で、外の渋皮というかクサイ実の部分は腐らせて捨てるだけだから、持ってきたんだろうけど。

「何やってんだい、後で拾うの大変だろ」

「いいじゃない、踏んだら滑るし、ついでに剥けるよ!」

「なるほど!」

 胡桃、どうやらこの村はあり余ってるらしい。次から次へと誰かが運んで来て、尽きそうにない。

 気の毒なのは敵だった。ただでさえふらふらしてるのに、次々クサい物は飛んでくるわ、クサい粉は吸わされるわ、顔も手もクサい液でベタベタになるわ、足元はやたら滑るわ、胡桃踏んで転ぶわ、うかうかしてると矢も飛んでくるわ、ヘタに群れから離れると騎士に狩られるわ……。

「女だからって、なめんじゃないよっ!」

 次々と腐れ野菜を投げながら、おばさんが叫ぶ。

「そうだそうだ、男と来たら昼間っから、飲んでるかケンカするか!」

 また馬糞が飛んだ。

「あたしの方が腕いいのに、威張りやがって!」

 弓が放たれて、これは見事に命中する。

「おまえらも胡桃くらいむきやがれっ!」

 なんと言うか、もう村を守るとか通り越して、日ごろの怨みを叩きつけてないだろか?

「クサいってんなら、これだろ!」

 誰かがケージを持って走ってきた。中にはなんだか、黒っぽくて細長い四足の動物が入ってる。

「いっけぇ!」

 ケージが宙を飛ぶ。

「もったいない、何てことするんだ」

「大丈夫、いちばん年とってるヤツだから!」

 バケツと同じように、放物線を描いたケージが落ちて行って――。

 ガンっ!という音と、ばふっという何かが炸裂する音。

「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!」

「目が、目がぁっ!」

 文字どおり兵士たちがのたうちまわって、戦いは終わった。

「なに投げたの?」

「飼ってるイタチだよ。毛皮がきれいな種類で、増やして大きくして売るのさ。貴族様の襟巻きの元だよ」

「あー、イタチの最後っ屁……」

 それはクサい。クサいなんてもんじゃない。あんまりにもクサすぎて、もし至近距離で喰らったら鼻だけじゃなく、しばらく涙で見えなくなる。

 でもあの綺麗な毛皮のヌシが、あのクサイ生き物と同種だったなんて。

「あれ? ラウロ、だいじょぶー?」

「は、鼻が……」

 よく見たら生贄騎士、端っことはいえガス攻撃の範囲に、入ってたらしい。鼻を押さえながら咳き込んでる。

「いやぁ、相変わらずクサいねぇ」

「あたしらみたいに世話で慣れてなきゃ、たまったもんじゃないだろうね」

「しかも直撃だしねぇ」

 おばさんたちがからからと笑う。

 このとき僕は悟った。おばさんたちには、どんなガス攻撃も効かないのだと。この人たちに逆らうのは、死を意味するのだと。

 すみませんごめんなさい、神様の前に、おばさん族にお祈りを捧げます。

「大丈夫かーっ!」

 遠くから声が聞こえた。

「無事かーっ!」

「き、きしだ……げほっ、だんちょ……げほっ」

 咳き込みながら、生贄騎士が言う。

「騎士団長? あ、ホントだ。てかお城からもう来たの?! 早いわねー」

 見れば向こうの方から、お城で会った渋騎士が、馬に乗って来るところだった。

 その一行が、村の門の手前で馬を止める。

「これは、どういうことだ? この臭いはなんだ?!」

 それ以上近づかずに、大音声で話しかけてくる。

「あー騎士団長、それ以上来るとクサいですよー、イタチですからー!」

「なんと!」

 イサさんの言葉に、団長以下騎士団一行は離れたままスカーフで鼻と口元を覆って、気の毒そうに倒れてる敵を見やった。

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