第27話 そこは戦場
そこは、戦場だった。
「アナ、その鍋かき回しとくれ!」
「塩どこだい、こっちの壷はもうないよ!」
「どいてどいて、粉こねないと間に合わない!」
すごい勢いで、厨房の中を人が動いてる。
「うわぁ、あたしの出る幕あるかなぁ?」
にこにこしながらイサさんが言った。
「なーに言ってんだいイサ、ほら、これでそこの肉、叩いとくれ」
「えー、それならラウロの方が力あるから」
はい、と言いながらイサさんが肉叩きを、生贄騎士に渡した。
「こ、これをどうすれば……」
「テキトーに万遍なく叩いといて」
よくわからない、そんな顔で生贄騎士が、肉を叩きはじめた。
「あ、彼は肉が叩けたのかい。じゃぁイサ、あっちの鍋かき回すの頼むよ」
「スタニフ、行ってらっしゃい」
なぜか僕が言いつかる。
「イサさん行かないんですか?」
「あたし、こっちやる」
見るといつの間にかイサさん、ナイフを手に持って、山菜の皮を剥いてた。
「これ、よくやるのよねー。大好き」
「あれ、上手いじゃないかい」
どうやらイサさん、自分にとって楽な仕事を取ったらしい。こういうずる賢さは、やっぱりおばさんが群を抜いてる。
そうやってバタバタ走りまわるうち、料理が出来始めた。
「はい、パイの第一弾焼けたよ!」
「塩漬け肉の煮込み、出来たから!」
おいしそうだ。おいしそう過ぎる。
「ほらスタニフ、なにやってんの。鍋!」
「あ、はい!」
すごくすごくつまみ食いしたい。でも、これだけは出来ない。
っていうのもこの料理、どれも例の薬草が入れられてる。煮込んだり和えたり添えたりいろいろだけど、使ってないものはない。だからこんなの食べたら、明日までは天国行きだ。
「ヨルダ、ご一行来たよー」
「よし、料理出しとくれ!」
つまみとお酒だけ出してあった宴会場に、料理の大皿が運ばれてく。
「そうしたら、私そろそろいいでしょうか……」
ものすごく自信なさげに、生贄騎士がイサさんに訊いた。
「どしたの? トイレ?」
「違います! 万一に備えて手を空けて、剣が使えるようにしておきたいんです」
騎士の言葉に、イサさんがなるほどと頷いた。
「今ここで剣使えるの、そういえば貴方だけだもんねぇ」
イサさん、そんな大事なこと忘れないでください。あと僕が魔導師なのも忘れないでください。
「ヤーラ、ご一行様はどんな様子だったんだい?」
ヤーラと呼ばれたこの人は、ここのおばさんの中じゃいちばん色っぽい。なんでも昔は、大きい街の酒場で働いてたんだとか。だから今回の話を聞いて、案内に名乗りを上げた。
「昔取った杵柄だ、そいつらまとめて、かっちり案内しようじゃぁないか」
ふふんと笑ったあの時の酒場おばさんは、イサさんやおかみさんに負けず劣らず怖かった。
「ヤーラなら安心だ、あんた村中の男を手玉に取ったしね」
「昔の話さ」
そんなこんなで案内に出たこの人、見事に仕事をやり終えたらしい。
「あいつらと来たら、へろっへろだったよ。でさ、祠の辺り通ったら、さらにヘロヘロになっちまって。腰ぬけたヤツまで出る始末さ」
「なんだいそりゃ、兵士のクセになっさけないねぇ」
いやそれは違います。魔法のせいだから、兵士とかは関係ないです。でも僕が小さい声で言ったそれは、誰も聞いてくれなかった。
「まぁそんなだからさ、なんかわからないけど、男衆に言われて村の集会所に酒の席設けてあるから、お休みくださいなってね。あとはもう、一も二もなかったよ」
そんなに簡単に引っ掛かって、どうするんだ兵士たち。
でもとりあえず、全員宴会場に転がり込んだらしい。いい具合だ。
「料理、出る?!」
「はいよ、じゃぁこの肉も持ってっとくれ!」
宴会場へ、追加の料理が運ばれていく。山のように作ったのに、間に合わないかもしれない。なんて食べるんだ。
「ヨルダ、こんどは何作るんだい?」
「そっちの煮物がもう出来るんだ、盛っとくれ」
「はいよ!」
次々料理が盛られ、空いたかまどで次が作られてく。
「いつ終わるんでしょうね?」
「知らない!」
イサさんに訊いてみたけど、つっけんどんに返されただけだった。で、その手は何かをかき回してる。
「なんですか、それ」
「例の草入れた卵。早いしおいしいし、間もたせにはなるから」
「だからって、何個割ってるんですか……」
卵の殻が、傍には山積みだ。
「ヨルダ、フライパン空いてる?」
「大丈夫、空いてるよ!」
あつあつのフライパンに油がひかれて、卵が一気に流し込まれた。それをあっという間に寄せて、弾みをつけて一気にひっくり返す。
「スタニフ、お皿! 平たいの!」
「は、はい!」
慌てて大きめの平たいお皿を差し出すと、そこへイサさんがフライパンをひっくり返して、火の通った卵を置く。
「ふるふるしてますね」
「おいしいわよー」
イサさんひどい。なんで食べられないものを目の前にしてるのに、おいしさを強調するんですか。僕がお腹空いてるの、わかってないんだろうか?
「はーい、これも持ってっていいわよー」
「あいよー」
威勢のいい声と共に、おいしそうな卵は攫われていった。
「さてっと、次はこれ切ろうかな」
そう言うと根菜を出して、皮をむいて細切りを始める。
「何作るんだい?」
「これとね、こないだ見せてくれた卵で作ったソースとね、辛い葉っぱ混ぜるとおいしいかなって」
「へーえ、じゃぁ手伝おうかね」
おばさんにおばさんが加わって、刻むスピードが倍加した。
「イサ、このソースかい?」
「そそ。あと辛い葉っぱと塩」
「ほいよ、これだね」
出された葉っぱが、あっという間にほぼ同じ長さに切り揃えられて、ソースと一緒に根菜に混ぜられた。
「ん、思った通りー」
「どれどれ? お、こりゃぁ美味しいね」
「故郷にいたころは、よく作ってたのよー。さて、じゃぁこれに例の葉っぱを混ぜてっと」
イサさん嘘つかないでください。こんな野菜故郷じゃなかったって、言ってたくせに。
でも今は言わない。今いちばん大事なのは作戦を成功させることで、おばさんの秘密を暴くことじゃない。僕は賢いから、そのくらいの判断はちゃんとつく。
「よし、っと。じゃぁこれもお願い」
「はいよ!」
またおいしそうな料理が、攫われていった。僕の口には、いつになったら来るんだろう?
「ヨルダさーん、お酒追加追加」
おばさんの中じゃ割と若い人が、走りこんできた。
「もーあいつら、飲むったら。うちの男どもも飲むけど、負けちゃいないんだよ」
「わかった、そこの蔵から持ってっとくれ」
「はーい」
そう言って駆け出す若おばさんに、生贄騎士が声をかけた。
「一緒に持っていきます。重いですし」
「ほんと? 助かるわ」
騎士と一緒に、お酒を取りにきた若おばさんが蔵へ向かう。
「ほらっ、ぼさっと突っ立ってないで、アンタも行きな」
「え……」
おかみさんの鉾先が、なぜかこっちへが向いた。
「早くっ!」
「は、はいっ!」
おばさんの怒声に、僕は慌てて駆け出した。女の人が本気で怒り出す前に従えって言ってた、父さんの言いつけどおりに。
「そこのそれと、あとそっちの樽も」
酒蔵へたどり着くと、若おばさんが指示を出す。
「転がしてもいいですか?」
「もちろん。持ったら潰れちゃう」
「わかりました」
「じゃぁ持ってくのこっちね。あ、魔導師さんこっち手伝ってよ」
若おばさんと一緒に、後ろに生贄騎士を従えて、二つの樽を転がしていく。
入った宴会場は、怒声だらけだった。酔っ払って盛り上がりすぎて、ケンカしてるらしい。これだから男は、おばさん族に勝てないんだ。
「おう、酒来たか。こっちよこせ!」
「いや、こっちが先だ!」
あっちこっちから呼ばれて、ジョッキが差し出される。
と、村人――服装から見てたぶんそう――の一人が、生贄騎士に目を留めた。
「お前、村のモンじゃねぇな。誰だ? って、何で剣持ってやがる!」
その大声に、兵士たちが一斉に振り返る。
「敵か?!」
「やっちまえ!」
一斉に兵士たちが立ち上がろうとして、「うわっ」とかの声が上がった。そして別の怒声。
「仕込んだなっ!」
次の瞬間響いたのは、金属同士がぶつかる音だった。
「筋が甘いっ!」
何とか立ち上がった兵の剣を、生贄騎士が鮮やかに跳ね飛ばす。同時に手首と身体の位置とを入れ替えて、後頭部に柄の一撃を食らわせた。
「このぉっ!」
次のヤツが、必死に立ち上がって向ってくる。けどこれも彼は、難なく昏倒させた。
「き、貴様……」
次の三人目は、かなりフラフラだ。陣か薬のどっちかが、効いてるんだろう。そして騎士のとこへたどり着く前に、ぱたりと倒れこんだ。
少し待って、もう誰も立ち上がれないと見てから、生贄騎士が宴会場の中を一通り確認した。
「他は……よし、寝てるな。そこのご婦人、みなさんに伝えて縄をお願いします」
「わかった!」
若おばさんが駈け出して、ほどなく大量の縄が、おばさんたちと一緒に届けられたた。そして彼とおばさんたちが手際よく、倒れてる連中を縛り上げていく。
「数珠つなぎにでもしとくかい?」
「出来れば、地下室にでも移したいですが」
「じゃぁ、こっちだ。見とくれ」
おかみさんの後についていくと、厨房へ戻って床の跳ね上げ式の戸を指さした。開けて覗くと、中は食糧庫で、かなりの広さがある。
「使わせていただきます」
薬のせいで何をしても起きない連中を、数人がかりで運んでは放り込む。
「これで最後? 重かったー。で、こいつらいつ起きるの?」
イサさんが寝ている男をつま先で突きながら言う。
僕は答えた。
「そうですね……明日の昼にはさすがに、目が覚めると思うんですけど」
「なら今のうち、上に棚でも置いちまおうか。みんな、手伝っとくれ」
「はいよ!」
おばさんたちが、食器棚に取りつく。そしてせーの、と声が上がって、重たい棚が動かされた。
「これでよし、っと」
「いやぁ、どうなることかと思ったけど、うまくいったねぇ」
厨房で、大喜びのおばさんたち。ただイサさんと生贄騎士は、ちょっと浮かない顔だ。
「どうしたんです?」
「んー、ホントにこれで終わりかな、って」
「それは自分も心配です」
どうやらこの二人、まだ警戒してるらしい。
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