第26話 作戦はパイと共に
明けて翌日。
「お世話になりました」
「どうぞ、またいらしてください」
僕らを見送る村長の顔には、腹が立つくらいの安堵が浮かんでた。もう少し自重しろ。お客様に失礼だとは思わないのか。
でもここで言ったらすべて台無しだから、何も言わないでおくことにする。
「イサ、そのパイ、今日のお弁当にしとくれ」
「ありがとうヨルダ、あとでいただくわ」
おばさんたちの別れの会話。あまりにもありきたりで、陰謀なんて微塵も感じさせない。やっぱりおばさん族は、みんなして詐欺師だと思う。
「じゃぁね、また来る時があったらお願いね」
「あぁ、その時はまたパイ焼いてやるさ」
そんなことを言いながらイサさんが馬に乗って、僕らもそれぞれ乗って、村を後にする。
坂を下って、大岩を道なりに回り込んで……。
「ここで待ってろ、って言ってたのよね?」
「ええ、下の村に子供たちを逃がすとき、ここを通るそうですから」
まさか馬で、村へ戻るわけにいかない。だからここで待っていて、下の村まで馬だけ連れて行ってもらう手筈だ。
村の方は今頃、大量の料理の仕込みが大詰めだろう。なにしろ寄り合いのぶんと、来るだろう敵のぶんと、子供たちに持たせるぶんとか居るんだから。
――男衆の側に行かなくてよかった。
完全に成り行きで、村長はじめ男性陣とはほとんど接触しないうちに話が転がったけど、もし接触してたらイヤな形で巻き込まれたはずだ。
これはどう考えても、お祈りの効果だろう。せめて僕だけは毎日平穏でありますように、って祈ってただけのことはある。
とりあえず僕らは馬から降りて、子供たちを待つことにした。
「パイ食べる?」
「もう食べちゃうんですか? お昼まだですよ」
「それもそうか」
そう言いながらもイサさん、包みをちゃっかり開けてる。そしてパイを一つ取り出すと半分に割って――いちばん具が詰まってる真ん中を、ちょこっと齧った。
「やっぱりおいしいわー。あ、あげる」
齧られたパイが左右に差し出される。
「相変わらず食べませんね」
「うるさいな。だったらラウロに両方渡す」
「すみませんすみませんごめんなさい」
慌てて謝った。食料を手に入れるのは何より優先だ。何回下げてもタダの頭で手に入るなら、下げるに越したことはない。なぜか哀しくなるけど。
ともかく僕は、半分のパイを無事手に入れた。
「そいえば援軍って、三日で来るの?」
「昨日スタニフ殿が知らせてくれましたから、狼煙か太鼓でつないで麓まで半日弱。今朝には知らせがついてますから、そこから山を登り始めて、天候がどんなに良くても二日。やっぱり三日は見た方がいいです」
「そっかぁ」
天候が悪かったら敵も動けないけど、援軍も遅くなる。片方だけ早くできないのが痛いところだ。
「大がかりになるかもしれませんから、知らせと共に城をはじめ、どこも動いてるでしょうけど……」
「でもお城、遠いもんねぇ」
「ええ」
自分たちが来た道を思えば、どのくらいかかるか見当はつく。そう考えると、麓の守備隊以外、頼りになりそうなものはなかった。
「まぁ、第一波しのげば、あとは何とかなりそうでよかったけど」
「スタニフ殿のおかげですな」
二人の視線がこっちを向いた。
ふふん、やっと僕のすごさを理解したか。魔導師っていうのは、こういうことができるんだ。僕を崇め奉れ。
「で、村の子供たちはいつ来るのかな」
「そんなにかからないのでは? すぐ出発させると、ヨルダ殿も言っていましたし」
「そうねー」
僕への尊敬と羨望のまなざしは、結局来なかった。なぜなんだ。
「ラウロ、もいっこ食べる?」
「よろしいのですか?」
なんで二人で、仲良くピクニック気分なんだ。僕はあんなに働いて、村を守ったっていうのに。
だから言ってみる。
「これで、何かあったらどうするんです?」
「どうもしないわよ」
平然とイサさんが言う。
「どう見たってサイアクは、敵がいきなり来て村を襲うこと。でもそれ、阻止できるんでしょう? まさか、できないの?」
「できますよ」
ここは断言できる。あんな簡単な陣を間違えるようじゃ、魔法学院を最初からやり直した方がいい。
「じゃぁ、問題ないじゃない」
「でも……」
なんか納得がいかない。どうして僕をたたえる方向へ、話が行かないんだ。
その時、話し声が聞こえた。
カン高い子供の声が混ざってる。村の避難組みらしい。
「あ、イヴェラー」
立ち上がって元来た方を見てたイサさんが、手を振った。どうやら先導は、あのお嬢さんらしい。
「イサさん、騎士さん、お疲れ様です。あ、魔導師さんも」
なぜか僕が後付けだ。こんな可愛い子に覚えてもらえないなんて、悲しすぎる。やっぱり魔導師は騎士にかなわないんだろうか? だとしたら理不尽だ。
「イヴェラも避難するの?」
「いいえ。でもイサさんたち、私以外はわからないだろうと思って。だからここでみんなとは別れて、私はイサさんたちと帰ります」
どうやらお嬢さん、僕らと村の子たちを仲介するためだけに、来てくれたらしい。なんて気遣いなんだ。やっぱり若いお嬢さんは、おばさん族とは違う。素晴らしい。
来た人たちは、総勢で二十人ほど。半分以上は子どもだけど、若い娘さんや、身重の人もいた。
イヴェラさんが僕らの馬に寄って、首筋を軽く叩く。
「ホント、いい馬ですよね」
「でも大人しいの。あたしとそこのボクが慣れてないから、大人しいのを選んでくれたんだって」
「なら、引いてくの楽ですね」
そう言いながらお嬢さんが、少年と別の若いお嬢さんを紹介する。
「ムイジとガラエです。二人とも、馬の扱いは村でも一、二を争うんですよ」
少年はすばしっこそうで、いかにも乗馬が上手そうだ。女性の方は濃い茶の髪に黒の瞳。ハッキリした感じで、確かに馬をうまく扱いそうに見える。
生贄騎士が頷いて、二人に手綱を渡した。
「よろしくお願いします。大事な相棒たちなので」
『はいっ!』
二人の声が揃った。
「そしたら、みんな寄り道しないで、下の村まで行ってね」
「わかってるー」
子どもたちの元気な声と共に、一行は坂を下りだした。
「さ、あたしたちもいこっか」
これからちょっと買い物に、そんな調子でイサさんが言う。この人、これから何が起こるのか、わかってないに違いない。
「村の表からだとバレちゃうので、裏へ案内しますね」
「助かるわー」
僕らは歩き出した。
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