第25話 守るはイモから
厨房での話があってから、三日。
僕と生贄騎士とお嬢さんの三人は、連日山を歩いてた。少しでも多く祠を周って、陣を書き換えて、罠を仕掛けるためだ。
イサさんは相変わらずお留守番。と言いつつ昨日今日は、「みんなにお城の話をする」という名目で、お茶会開いてるらしい。
――お茶会。なんて恐ろしい響きだろう。
優雅なのは見た目だけ、情報が錯綜して陰謀が走り出す、あれは史上最悪の作戦室だ。その次に危険なのが、厨房だろう。
この二つは父さんも言ってなかった。だからぼくはこの分だけは、父さんより賢くなったかもしれない。
「ここは、これで終わりですね」
扉を出て閂をかけて、地図を開く。
「えぇと、次に行くなら……あれ?」
それぞれの祠は、当たり前だけどそれなりの魔力を放ってる。だから地図にある方角から、魔力が来てなければおかしい。
なのに、違う方向から魔力を感じだ。
「すみません、こっちの方、地図にない祠とかあります?」
僕が指さすと、お嬢さんもそっちへ視線を向けた。
「魔力が来てるの、わかりますよね?」
「はい。でも、あんな方に祠は……。前にはこんなふうに、あっちから魔力来ませんでしたし」
生贄騎士と顔を見合わせる。
「見に行きますか」
「ですね。イヴェラさん、道わかりますか?」
「わかります」
短く答えて、彼女が歩き出す。
――これ、地元民じゃないとムリだろうなぁ。
どこが道なのかよく分からない、藪の中を進んでいく。よく見るとうっすら道はあるけど、知らなかったらまず見落とすだろう。
そうやって進んだ先で、彼女が立ち止まった。
(あれ、何でしょうか……)
小声で訊いて来て、僕に場所を譲ってくれる。
そっと覗くと、ここから先は下りの斜面になってて、下のほうに小さな空き地があった。下草がご丁寧に抜かれてて、地面がむき出しになってる。
そしてその地面にはよく見ると、魔力を込めた石まで配置した、かなり大がかりな魔方陣。
「――帰りましょう」
僕は即座に言った。あれはまずい。
騎士が不思議そうに訊いてくる。
「書き換えないのか?」
「あれは書き換えられません。書き換えたらすぐバレます」
一目見て分かった。事もあろうに、描かれてるのは「移動門」だ。
使うのはかなり難しいし、魔力も要るし、そもそも魔導師が何人も要る。加えて通った時に、けっこうふらふらになる(たまに死ぬ)。
だから一般には使われないけど……奇襲の時には使われるって、聞いたことがあった。
でもこれで、攻めようとしているどこかが何を考えてたかはわかる。峠越えなんかじゃない。直接領地へ飛び込むつもりだったんだ。
「この場所、地図だとどこになりますか?」
「この辺です」
迷わず彼女が指をさす。
案の定、僕らがいるのは祠を繋いだ線のギリギリ内側だった(だいいち越したら分かる)。
そして斜面の下の空き地は、その線のほんの少し向こう側。つまり国境を挟んだ格好で、予想通りだ。
大がかりな陣は、他国の領内には築けない。作った瞬間に魔力の動きでバレる。だから祠の防衛ラインのギリギリ向こう側に、描いたんだろう。
あとは祠を無効化しておけば、入り放題って寸法だ。
陣は、ほぼ魔力が満ちてた。もう使えるはずだ。
「そういうことか……」
やっと僕の中で、全部がつながった。
「スタニフ殿?」
「帰ったら話します。ここじゃ危険なので」
僕の言葉に、他の二人も何かを察したんだろう、それ以上何もいわずに歩きだした。
そのまま無言で村まで帰りついて、離れへ寄るふりをして厨房に潜り込む。
「あらお帰り、早かったじゃない」
――厨房の中は、おばさんがたくさんだった。
真ん中の作業用の大テーブルの上に、たくさんお茶と軽食が並んでるとこみると、〝お茶会〟の最中だったらしい。
「何かあったの?」
「はい」
答えて、僕は話し出した。お茶会をしてたなら、ここでみんなに知らせるのがいちばん早い。イサさんのことだから、もうだいたいの事情は話してあるはずだ。
だからその続きを話し出す。
山の祠を巡って、妨害工作は終えたこと。前にはなかった陣を国境のすぐ向こうに見つけたこと。それが〝移動門〟と呼ばれる特殊なもので、一気に大人数を移動させられること。もう一日も経てば使えるようになること……。
「だとすると、侵攻の日は明日か?」
「可能性は高いと思います」
峠は歩いて越えるんだろうと思ってた。ただこれだと、天候に左右されすぎて、いつ超えられるか分からない。そしてモタモタしてる間に、せっかく細工した祠の陣が見つかって、元に戻されてしまうかもしれない。
けど移動門があるなら話は別だ。これなら天候に左右されないから、つながってる先――たぶんどこかの大きい町だろう――から準備が出来次第、一気に飛んでこられる。
そして陣の準備は出来てたから、臨時の寄り合いを開く明日が、いちばん怪しかった。
「思ってたより、かなり早いな」
生贄騎士が、深刻な表情で考え込んだ。
「援軍を呼ぼうにも、いちばん近くでも三日はかかるぞ……」
よくわからないけど、マズいらしい。
「とりあえず、ここ、戦場確定?」
イサさんの言葉に、みんなが浮足立った。
「ど、どうすりゃいいんだい」
「村を焼かれちゃ困るよ」
「じゃぁいっそ言うこと聞けば――」
口々に言う中、生贄騎士とイサさんだけが冷静だった。もっともイサさんの場合、わかってないだけの可能性も高いと思うけど……。
「ねぇラウロ、聞くのもアレなんだけど、敵に協力するのはナシよね?」
「事が済んだ時点で殺されるか、よくて奴隷です」
「そうよねぇ」
夕食の献立を悩む程度の気軽さで、イサさんがため息をつく。
「でもそうなると、素人だけで防衛?」
「今回は案外、できなくもないですよ」
さらりと生贄騎士が言ってのけて、みんなが騒ぐのをやめる。
「た、助かるのかい?」
「ええ」
ハッタリかと思ったけど、そうじゃないらしい。生贄騎士、自信ありげだ。
彼が立ち上がって――ホントにこういうとこサマになって悔しい――話し始めた。
「明日、何かあるのは確実です。いえ、もしかしたら何もないかも知れませんが、それならそれで良いことです。だから、何か起こる前提で話を進めましょう」
おばさんたちが頷いた。
彼が続ける。
「この一回を凌げれば、麓から援軍が来ます。ですから、今回だけ踏ん張れればなんとかなります。で、まず子供たちですが……」
彼が言うのはこうだ。
まず念のために、子供たちと若い女性をどこかへまとめて逃がす。それと同時に、自分たち旅の魔導師一行もいったん村を出る。じゃないと疑われて、男たちから敵へ話が行って、村へ入ってこないかもしれない。ただ僕たちは頃合いを見て、すぐにこっそり村に戻る。
一方で男たちは動かないだろうし、言ってもこの状況だと信じないだろうから、そのまま寄り合いをさせる。
敵は来るだろうけど、幸いいろんな細工がしてあるから、かなり弱った状態でしか来ない。運が良ければ村まで来られないかもしれない。
だから村に残る女性陣が取れる方法は、ふたつ。ひとつは寄り合いの準備だけして逃げる。もうひとつは――。
「村の男たちに聞いたと言って、移動門から敵を村まで誘導して、食料と強い酒を出すんです。ただこれは危険なので、効果はありますがお勧めできません」
「ちょっと待っとくれよ」
割って入ったのはおかみさんだった。
「お勧めできないって、ずいぶんじゃないか。この村のことだよ、あたしらがやらなきゃ、子供らの帰る家がなくなっちまう」
「ヨルダの言う通りだよ! 家がなくなるなんざゴメンだ」
「若い娘をオオカミの前にやれないのは道理だけど、あたしらそんなモン恐くないしね」
「その程度が恐かったら、亭主相手にのし棒で戦えるもんか」
えぇと……すみませんごめんなさい、僕二度と女の人に逆らいません。特におばさんには、忠誠を誓うことにします。
おかみさんが騎士に向きなおった。
「というわけだ。あたしらやるよ」
「わかりました。そうしたらまず、寄り合いの準備にかかってください」
「あ、待って待って」
イサさんがいきなり割り込む。
「なんだい、これから忙しいのに」
「わかってるわかってる。ただね、ちょっと思ったの。――ねぇスタニフ」
「は、はいっ!」
怖い怖い怖い。イサさんが僕の名前を呼ぶなんて、こんな怖いことない。
「ななな、なんでしょう!」
「何きょどってるのよ。えぇとね、スタニフ、あなた眠り薬とか持ってない?」
「え? あ、それなら薬草あれば……」
薬草は、その性格からアカデミー出身者が詳しい。そして僕はちゃんとアカデミーを出てるから、もちろん知ってる。
でもそれを、こんなところで使うことになるなんて、思ってもみなかった。
「その薬草、手に入るの?」
「もともと高山で取れるもので、この辺に自生してるはずです。薬草というか、ふつうに食べるとぐっすり眠れるっていう、有用植物です」
これを抽出して濃くすると眠り薬になるんだけど、そのまま食べるとただの快眠だ。でも、物は使いようで。
「その植物、強い酒と一緒に食べると、すぐ眠くなるんですよね」
「いい感じ。じゃぁそれ、急いで採って来て」
「急いでって……」
そりゃ時間がないのはわかるけど、これから日が暮れてくっていうのに、なんてことを言うんだろう。僕が遭難してもいいんだろうか。
「それ、どんな草なんだい? もしかしてエドネアかい? ここらじゃ赤ん坊の夜泣きに使うんだ」
口を挟んできたおかみさんに、僕は答えた。
「この辺での呼び名が分かんないですけど……細い葉で、長い茎の先にきれいな青い花が、房になって咲きます」
「あーやっぱエドネアだね。なら、村の裏手に山ほどある」
どうやら、材料が揃いそうだ。
「そしたら、それたくさん採って明日の料理に混ぜましょ。で、強いお酒も出す」
「縄用意しといて、寝たらまとめてふん縛っちまおう」
「その前に、酒と料理を用意しないとだよ」
「それもそうだけど、子供と娘どもをどこにやるか、考えなきゃだ」
「それなら、下の村はどうだい? あそこなら、あたしゃ親戚がいるよ」
「なら余ってる麦少し持たせて、そこに頼むかね」
やいのやいのと雑談しているようなのに、話がどんどん決まってく。
「肉出そうかね。じゃないと、酒が進まないだろ」
「じゃぁ塩出そう。塩っ辛いもんが、つまみにゃいいよ」
「いつもの倍は要るんだろ? 今から仕込んじまわないと」
「子供らと娘っこに持たす弁当も、作んなきゃだよ」
おばさんたちが腕まくりを始めた。
「あたしも手伝う手伝うー」
「頼むよイサ。お客さんに悪いけど、こうなると猫の手でもほしいくらいだ」
「任せて、イモならこの二人が剥くし」
「助かるよ」
そして僕らの前にイモの籠が、ドン、と置かれた。
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