第23話 陰謀と若い娘と

 陰謀の見当がついた翌日は、厨房だった。

「何で僕がイモ……」

「ごちゃごちゃ言ってないで剥くの」

 僕が愚痴ろうとした瞬間、イサさんのお叱りが飛んでくる。なんて地獄耳なんだ。

「寄り合いの準備なんだから、ちゃっちゃと手伝う」

「そうですけど……」

 これで僕が食べるなら、まだわかるけど。いや、お客なのにその料理作るのはわかりたくないけど。

 山に行かないで厨房にいるのは、霧が深い上に雨模様だったからだ。さすがにこの天気での山歩きは無謀だ。だからおとなしく、離れにいる気だった。

 いる気だったのにこうなったのは、当然イサさんだ。

 いつもの料理を持ってきてくれるおばさんに、今日は行かない旨を告げると、まずほっとした顔になった。

「こういう日の山は、危ないからねぇ。でも助かったよ。今日は男どもが寄り合いの日だから、料理作るのが大変でね。イヴェラが居なかったらどうしようと思ってたんだ」

「あら、それじゃ大変。あたしも手伝うわよ」

 なんでイサさん、そこで名乗りを上げるんだろう。それともおばさん族だから、おばさん族の巣の厨房に、少しでも入り浸りたかったんだろうか?

「あれ、いいのかい?」

「部屋にずっとなんて、ヒマすぎだもの。話し相手もいないし」

「そりゃそうだ」

 おばさんたちが、からからと笑う。

 こうして僕が何も口を挟めないうちに、イサさんの厨房行きは決まってしまった。

「この朝食いただいたら、すぐ行くわね」

「すまないねぇ、ホント寄り合いの日は、手がどんだけあっても足りなくてね。恩に着るよ」

 そうして、なぜか僕らまで連れてこられて、この有様だ。

 実を言うと、最初はおかみさんも驚いてた。

「この二人に、何かできるのかい?」

「出来るわよ。お城じゃね、けっこう厨房で手伝ってくれてたんだから」

「へぇ、そうなのかい。じゃぁ手伝ってもらおうかね」

 イサさんにあっさり丸め込まれて、おかみさんはそれ以上疑いを持ってくれなかった。そしてイモとナイフが出されて、今に至ってる。

 厨房は、かなり広い。というか、母屋の隣に建てられた別棟で、中で十人は働けそうだ。さすが村長の家だけある。

 ただ、今いるのはここのヌシのおばさんとお嬢さん、それにおばあちゃんだけだった。

「終わりそうかい?」

 ここのヌシが訊いてきた。

「ごめんなさい、まだ半分」

「いやぁ、半分終わったなら十分だよ。これをいつも、あたしとイヴェラでやるんだから」

 それは大変だな、と聞いてて思った。ここのお嬢さんがどのくらい早いか知らないけど、僕ら三人がかりでやってるこの作業を、他のこともこなしながらやるんじゃ、それこそてんてこ舞いに違いない。

 ついでに不思議に思って聞いたら、ふだんは村の女性陣が総出でやるそうだ。けど今回は寄り合いの中でも年長者だけが集まる特別なもので、これは村長の家の人間だけが用意することになってるんだっていう。

 それを部外者が手伝ってるのはどうなんだ、って気もするけど……。

「これ村長さんに見つかったら、大目玉じゃないですか?」

「そんなの平気よ」「そんなことありゃしないよ」

 おばさん二人の声が揃って、互いに顔を見合せて、にまりと笑う。

 怖いです。すごく怖いです。地獄の蓋が開いたみたいに怖いです。

「男たちが台所覗くなんて、ここじゃあり得ないからね。わかりゃしないよ。それでも他の家の誰かだとそのダンナが見ててバレちまうけど、あんたたちは誰も見張ってないし」」

「そうよねー」

 ここは村の中でも治外法権、女性しか入れない秘密の場所みたいだ。ここで何か陰謀を企んでても、絶対わからないだろう。

「それにしても、今年は麦が足りてるから助かるよ」

「剛毅よねー、麦くれるなんて。なんかちょっと心配になっちゃう」

「それはそうなんだけどね、背に腹は代えられないしねぇ」

 まぁそうだろう。秋に採れた麦で、一年生き延びなきゃいけないわけで。それが足りなかったら、こんな山奥じゃ最悪、木の皮まで食べることになりかねない。

「なにか見返り、要求されてたらヤよねぇ……」

「それはあたしも心配でねぇ」

 おかみさんが眉根を寄せた。

「あの魔導師一行が来てからってもの、どうも男どもの寄り合いが増えててね。でも何話してるのか、さっぱり教えてくれないのさ」

「えー、それなんかヤよねぇ」

「そうなんだよ」

 ――ここの男性陣、ダメじゃないか。

 女性陣に内緒で集会だなんて、「何か企んでます」って触れ回ってるようなもんだ。こういうときはせめて、何かそれっぽい違う話をでっちあげて、流しておくくらいしないと。

 ただそれをやっても、たいていバレるけど……。「女性陣に隠し事はムリと思え」って、父さんよく言ってたけど、あれは絶対に正しい。

 ただ今回に限っては、バレてくれてありがたかった。ヘタをすれば国が盗られるかもしれない話なのに、最後まで秘密裏に進んだら、たまったもんじゃない。

「ホントに何も、見返り要求されてないのかしら?」

「いや、あるんじゃないかねぇ。ホントこのとこ、寄り合い増えてるからね。――そういや」

 何かおばさん、思い出したみたいだ。

「大きい寄り合いが、追加されたっけ。男どもが全部集まるやつ」

「やだ、そうなの?」

 イサさんが身を乗り出す。

「それじゃ大変じゃない、料理たくさん要るんでしょ?」

「そうなんだよ」

 イサさん、大変なの絶対そこじゃない。

 だから僕は肝心なことを聞こうとして……先に口を開いたのは、騎士の方だった。

「その寄り合いは、いつなんですか?」

「四日後だよ。いつもは月に一回で、ちょうど前の魔導師さんが来たときにあってね。そういやあのときは、魔導師さんも呼ばれてたっけねぇ……」

 今度は僕らが顔を見合す。

 村の寄り合いっていうのは基本、部外者は入れない。なのにただの旅の魔導師が呼ばれるなんて、そこで陰謀企みました、って言ってるも同然だ。

 加えてただでさえ寄り合いが増えて何かをナイショで話してる上、定例じゃない大きいのをやるだなんて、その日に大がかりな作戦立てます、って触れまわってるとしか思えない。

「なんか気持ち悪いわねぇ……できたら今日の時点で、寄り合いの中身がわかるといいんだけど。待ってたら大騒ぎになりそ」

「ホントだよ。男どもなんて子供と一緒で、おとなしい時はロクなことしやしない」

 言っておかみさんが、ちょっと考え込んだ。

「――決めた。イヴェラ、今日はお前が料理を持ってお行き」

「えー、やめてよ!」

 お嬢さんが声を上げる。

「あの人たち、すぐお尻触るんだもの!」

「そりゃ分ってるけどさ、あたしが行ったって追い出されちまうだろ」

「それはそうだけど……」

 心底嫌そうだ。

「村のためだと思って頼むよ。あんたなら若いから、あいつら居ても喜ぶばっかで、気にしないで喋るはずだし」

「でも……」

 渋るお嬢さんに向かって、動いたのは生贄な騎士だった。優雅に――なんでコイツこんな風にできるんだ――立ち上がって一礼して、跪く。

 そしてお嬢さんの手を取りながら言った。

「イヴェラ殿がお嫌な気持はよくわかります。ですがここはこの国のため、どうかお力をお貸しくださいませんか?」

「え、そんな……」

 ちきしょう、悔しい。こんなふうにされて嫌がる女の人がいないことくらい、僕にだって分かる。現にこのお嬢さん、顔真っ赤にして、視線もコイツに釘付けだ。

 容姿端麗抹殺すべし。ひそかにそう誓う。

 口上はまだ続いてた。

「ダメでしょうか?」

「いえ、でも、そんな……それに、国って……」

 イサさんが横から口を挟んだ。

「あ、彼ね、それでも一応騎士団だから」

「ええっ?」

 おかみさんとお嬢さん、両方の目が丸くなる。

「騎士団って……あんたたちの護衛じゃなかったのかい?」

「うん」

 言っちゃいけないことを言って、平然としてるイサさん。

「でもナイショよ。広まったら困っちゃう。絶対言わないでね。男連中には特に」

「分かった、言わないよ」

 おばさんが請け負った。

 ――僕としては微妙だけど。

 いくら魔導師がどっちの性別にも入れないとはいえ、思いっきり「男連中に言うな」という現場に居合わせると、なんだか立つ瀬がない。

 おかみさんが、確認するような調子で訊いてきた。

「そうするとなんだい、あんたらは実はただの旅の魔導師じゃなくて、国から依頼を受けた御一行、ってことかい?」

「御一行ってほどたいしたもんじゃないけど、依頼はされてるの。ちょっとね、お城でゴタゴタがあって」

 言い置いて、イサさんが話し始めた。

 神殿の助祭長が異国の誰かにそそのかされて、領主を操ろうとしてたこと。その助祭長と会計係が結託していたこと。会計係が管理していた麦が、一部消えていたこと。ミセス・ペーデルの手紙から、なぜかこの村にふんだんに麦があるとわかったこと。それで確かめに来たら、国境を守る陣が書き換えられていたこと……。

「ちょ、ちょっと待っとくれ、それ大事じゃないか」

「そなのよ」

 まるで、野菜にちょっとダメなのが混ざってた程度の軽さで、イサさんが頷く。

 おかみさんが腕組みをして考え込んだ。

「アンタの言った通りなら、ほっぽっといたら戦争になりかねないってことだろ?」

「うん」

 重大な話なのに、どうしてイサさんこうも軽いんだろう? 怖いとか困ったとかないんだろうか? もしかしたらおばさんになるときに、どこかに捨てたのかもしれないけど。

 ただおかみさんの方は、もう少しだけまともだった。

「冗談じゃないよ、そんなことになったら、村が焼けるか人死にだ」

「だから止めたいわけ」

 きぱりとイサさんが言う。

 やり取りを聞いてたお嬢さんが、まっすぐおかみさんを見て言った。

「母さん、私、今日の料理持ってく」

 おかみさんも頷く。

「頼むよイヴェラ。何としても、話の内容を聞かなきゃだからね。男どもの悪だくみ、きっちり晒してとっちめないとだ」

 話がまとまったらしい。でも、怖気が走るのはなんでだろう? なんかこう、見ちゃいけないものを見てる気がするんだけど……。

「さぁて、そうと決まったら料理料理」

「そうだね。まずそれが出来ないことには、始まりゃしない」

「腕にヨリかけないとねー」

 楽しそうに言う女性陣に更なる怖気を覚えながら、僕は次のイモを手にした。

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