第21話 見果てぬ夢

 昨日に引き続き、今日も僕らは山を歩いてた。

 ただメンバーが一人減って、僕、騎士、お嬢さんの三人だ。

 イサさんはお留守番。っていうのもイサさん、案の定山歩きでバテた。だから村に残って、情報収集してもらうことになってる。

 ――集まるんだろうか?

 僕らが欲しい情報より、お菓子や料理の作り方が集まりそうな気がするんだけど……。

 ただイサさんを今日歩かせるのは無理だし、ひょんなことから何かわかるかもしれないから、村で好きにしてもらうことにした。

 ひんやりした山道を、お嬢さんを先頭に歩く。そのうち、木々の間にまた、石造りの小さな建物が見えてきた。

「昨日の三つ以外だと、ここが一番近いです。開けますね」

 そう言いながら閂に手をかけたお嬢さんを、生贄騎士が止めた。

「私がやりましょう」

「え? あ、すみません……」

 お嬢さんが手を引っ込める。

 まぁ当然だ。荒事専門で来てもらってるのに、一緒に歩くだけじゃ意味がない。このくらいはやってもらわないと、帰るまで彼だけ仕事ゼロだ。

 ――その意味じゃ、イサさんもだけど。

 けどおばさんというものに、正当性を言うだけ無駄だ。あの人たち、絶対に行き当たりばったりで生きてる……と思う。

 なのにどうしていろいろ片付いて行くのかは、すごく謎だけど。

 そんなこと考えてる間に、扉が開けられた。

 中から流れてくる、ひんやりとした空気。

「あれ、ここ、誰も入ってないかな?」

 言いながら僕は、奥へと足を進めた。残りの二人も付いてくる。

「スタニフ殿、どうです?」

「やっぱりここ、何もされてませんね。陣が師匠のヤツのままですから」

 実際にはダミーで意味がないんだけど、それでも師匠、手を抜くことなく陣は描いてる。

 けどそれに、手が加えられた形跡はなかった。

「ということは、ここには誰も来ていない?」

「たぶん。仮に来たとしても、何もしないで帰ってます」

 だったらここに、これ以上の用は無い。

「イヴェラさん、次を案内してもらえますか?」

「あ、はい」

 天井を眺めてた彼女に声を掛けると、我に返ったような返事がきた。

「何か、ありました?」

「いえ、あの上の隅に……」

「え?」

 指さす方を見上げる。

「あぁ、なんだ」

 一瞬何かまずい仕掛けかと思ったけど、見てみたらなんでもない、師匠の置き土産だ。

「どこかに〝誰かが入ったら分かる仕掛け〟を付けてみたって師匠言ってたけど、ここだったんだ」

 どうも師匠が言うには、最初はそうやって反応があったら見に行く、ということを考えてたっぽい。ただ結局はそれも面倒だってことで、自己修復機能を持つように改良したんだとか。

 ホントその研究心、ちょっとでいいから人付き合いに振り向けてほしい。そうすれば僕は、あんなにこき使われて理不尽な思いをしなくていいのに。

「それにしても、よくわかりましたね」

「なんか、床と違う方向から魔力を感じたので……」

 やっぱりもったいない、と思った。

 生まれ持つ魔力は人それぞれだけど、これが分かる人間はホントに少ない。魔法学院の生徒だって、説明なしで分かるのはせいぜい一割だ。

 それをあっさり見破るんだから、彼女の魔力はかなり高い。なんでこんな田舎にいるのか、さっぱりだ。初等教育終わるとき、もしかしたら終わる前に、強制的に魔法学院に入れられる類なのに。

 それを言うと、彼女がうつむいた。

「私、女なので……」

「女なのが、なんか関係あるんです?」

 魔導師は、性別関係なく扱う。それはこの世界の不文律だ。そもそも男女言ってられるほど、適性のある人は多くない。根こそぎ集めて魔導師にするくらいじゃないと、需要を満たせない。

 ホント言うと僕だって、仕事せずに研究したいったら、学院と協会から散々怒られた。人手不足なのに何言ってるんだ、だったら学費を返してもらう、と。

 ただ偶然師匠が助手を探してて、そこに行くならって条件で許された。

 ――本気で小間使い代わりとは思わなかったけど。

 でもそれでも、あれだけの研究成果を盗めるんだから、良しとする。

 お嬢さんはまだ下を向いたままだった。

「私、女だから、学院に行かずに村へ戻って、嫁に行けって親が……」

「はぁ?」

 さらにワケが分からない。こんな貴重な人材を、こんな山奥に押し込めようっていう親の方が論外だ。ついでに言うと、貧乏だからっていうのも言い訳にならない。魔法学院はどこも、学費はゼロなんだから。

 ともかく腹が立つ。魔導師ギルドに言って、村に魔導師が二度と誰も立ち寄らないようにしてやろうか。魔導師の人手不足と激務を、なんだと思ってるんだ。

「ほんとは、上級の学校へ行きたかったんです……」

 そう言うお嬢さんの瞳から、涙がこぼれた。

 そりゃそうだろう。僕だって上の学校へ行くなと言われたらって思うと、ぞっとする。幸いうちは、そんなことはなかったけど。

「なんなら、僕が学院宛てに推薦状書きますよ。師匠に頼んでもいいですし」

「え……」

 お嬢さんが顔を上げた。うるんだ青い目が、すごく綺麗だ。姫様ほどじゃないけど。

「魔力を持つ人間は、ものすごく貴重なんです。なんであなたのご両親がやれたのか知りませんけど、そういう人を学院に入れなかったら、ふつうは罰せられますよ」

「そうだったんですか……」

 可哀そうに。こんな僻地だから、誰もそのことを知らなかったんだろう。

「あとで僕が、出身学院にでも掛け合います。教授たち、大喜びでしょうね」

 昔はこういうふうに、地方へ行った魔導師が見落とされてた人材を見つけるケースがけっこうあった、っては聞いてた。

 でもまさか、今の時代に僕が出くわすだなんて。

「ともかくそういうことですから、心配しないでください。で、調査続けたいんですけど」

「あ、はい」

 お嬢さんが慌てて涙を拭いて、顔を上げた。仕草がなかなか可愛い。イサさんもこのくらい、可愛らしかったらいいのに。

「なるべく多く回りたいので、よろしくお願いしますね」

「はい!」

 だいぶ元気になったお嬢さんと一緒に、僕らは歩きだした。

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