第19話 異変の祠

 翌日、日が昇っていくらもたたないうちから、僕らは山道を歩いてた。

 行先はとりあえず、いちばん近い祠。あと周れたら、もう一つか二つ周りたいところだ。

「あ、あれです」

 お嬢さんが指さすほうを見ると、木々の間に確かに、小さな建物が見えた。

 ただ生贄騎士は、きょろきょろするだけだ。

「何も見えないが……」

「ふつうは見えませんよ」

 こういう祠は、当たり前だけど隠されてる。だから地元の村の人間に極秘で割符を渡してあって、それを持ってないと見えない仕組みだ。

 ただ僕みたいに魔力が高すぎると、隠されてるところが揺らいで見えて、わかってしまうけど。でもそれはごく少数派だから、気にするほどのことじゃない。そもそもそんなに僕と同じくらいの人がいるなら、魔導師なんてありふれてる。

 ただ見えてもまっすぐには行けなくて、案内してもらいながら回り道して、裏手の方から近づくことになった。

「驚いたな……」

 祠にかなり近寄ったところで、騎士が声を上げた。魔力のない彼には、突然祠が湧いて出たように見えたんだろう。

 逆に謎なのはイサさんだ。驚かないとこみると、この人もしかして見えてたんだろうか?

「今、扉を開けますね」

「手伝います」

 閂が開けられて、ひやりとした空気が……流れてこなかった。長い年月、石の中で閉め切られてた独特の空気じゃなく、ふつうの山の中の感じだ。

「まぁ、ここに来たんでしょうね。僕らの前に来た魔導師も」

 言いながら松明を灯して中へ入って、床の魔法陣を検める。

「……やっぱり」

 僕の予想通りだった。

「なにがやっぱりなの?」

 イサさんが不思議そうに訊いてくる。

 まぁ分からないのは仕方ない。知らないのだから。だから寛大な僕は、分かり易く説明することにした。

「この祠、国境警備の大きい魔方陣の要なのは、分かりますよね?」

「うん」

 魔導師なら、知らないわけがない知識。あとイサさんは魔導師じゃないけど、旅の途中で何度も説明したから、ちゃんと覚えてたみたいだ。

 ただ、ここからがこの祠は違う。

「じつはここ、僕の師匠が昔、手を入れてるんですよ。だから陣が普通と違うんです」

「そうなんだ」

 どうも隠遁して給金をもらうときの、条件だったらしい。

 各国境はどこも、こうやって侵入を防いでる。でも年月が経つと効力が弱まるから、定期的にお抱え魔導師が巡回して、補修する仕組みだ。

 でも師匠、その巡回がとことんイヤだったらしい。研究して作った新しいタイプの、長持ちする魔法陣を、あっちこっちの祠に作ったんだそうだ。

「でも今ここにあるの、師匠のじゃないです。もっとごく普通のやつですね」

「じゃぁ、誰かが書き換えた? もしかして、あたしたちの前に来た魔導師?」

「断定できませんけど、たぶん」

 答えながら僕はリュックを降ろして、道具を引っ張り出した。

「どういう陣か、解析してみますね」

 その間にも、魔方陣に視線を走らせる。

 オーソドックスな、お世辞にも上手とは言い難い陣。ただ読んでくと、ふつうは国境側からは入れなくて、こちらからは出られるようになっているはずが、逆の配置になってた。

「それじゃ、意味がないぞ」

 説明を聞いた生贄騎士が、松明の明かりの下でも分かるくらい、真っ青になる。

 まぁ防衛の要が、外から引き入れて内に害をなすようになってたら、慌てて当たり前だ。というか曲がりなりにも軍事のプロがそれが分らないようじゃ、騎士を廃業した方がいい。

「直せそう?」

「あ、大丈夫です。師匠の陣なので直さなくても」

 僕は断言した。

 師匠、本当にこういうところはすごくて、この手の陣には修復機能を持たせてる。どれだけ中の文様を書き換えても、四隅に配置された小さな石が壊されない限り、漂ってる精気を集めて元に戻る仕組みだ。

 ついでに言うと師匠の陣の場合、書かれてる文様は実は関係ない。これはダミーで、実際には目に見えない精気を上手に練って、文様代わりにしてる。

「そしたらこの陣、消しちゃう? 消さないほうがいいとは思うけど」

「私も消さないほうがいいと思う」

 そう答えたのは生贄騎士だった。

「そういうことなら、書き換えた輩が見に来るかもしれない。そうなったら、我らが来たのが気付かれてしまう」

「そうよねー」

 僕は答えた。

「消したほうが、確かに効果が戻るのは早いんですけど。でも消さなくても師匠の陣は少し時間が余分にかかるだけで、勝手に描かれたものを破壊して元に戻ります。だから、このままでいいかと」

 結局、文様はそのままにしておくことになった。

 それにしても師匠、どれだけ楽をしたかったんだろう? この話を聞いた時は、さしもの僕もくらくらした。僕だってサボるのは好きだけど、そのためにここまでしない。作る労力の方が、作り変える手間より大きいなんて、絶対に願い下げだ。

「じゃぁ、もうここは終わり? 次に行く?」

「いえ、待ってください。この陣、相手に分らないように書き換えます。その方が面白そうなので」

 放置しててもいいわけだけど、万が一陣が元に戻る前に誰かが国境を越えて入ろうとしたら、目的を達してしまう。それはなんだか面白くない。それにこんな稚拙な陣を書いた魔導師に、本物の陣を見せつけてやらなきゃいけない。

「どうするの?」

「いくつか入れ替えて、入ったところで呪いがかかるように。動けますけど、鈍くなるヤツです」

「あ、それは面白そう」

 イサさんが喜んだ。喜ばすつもりはなかったのに。

 逆にちっとも喜ばなかったのが、騎士の方だ。真剣な顔で腕組みしてる。

 ――やめとけばいいのに。

 考えるのは、神職や魔導師の仕事だ。慣れてない人がやったら熱を出す。そうなったら僕の護衛がいなくなって、何かあったときにすごく困る。

「スタニフ殿」

 僕の思いが通じたみたいで、騎士が考えるのをやめて口を開く。

「この件、城に知らせた方がいいと思うんだが……」

「そうですね。村に戻ったら知らせましょうか」

 もともと、何かありそうだから調べに来たわけで。実際に何かあって、知らせないわけにはいかない。

「だが、伝書鳥はいないから……」

「だいじょぶです、魔導師には別の手段がありますから。でも今は先にここの陣を」

 僕らの通信手段とかを知らないのは、仕方ない。

 こういう魔法を使った小道具は、あんまり外の人には教えないことになってる。ヘンな形で広まったら、軍事的なバランスを崩しかねないからだ。

 そんな話をしながらも、僕はけな気に手を動かし続けて魔法陣を書き換えた。

「これでよし、っと」

 これであとは、師匠の陣が復活するのを待つだけだ。僕のに引っ掛かるか、師匠の復活した陣に阻まれるか、どっちにしても書き換えた連中が困る。

 それにしても師匠、ホントにこういうところは懲りすぎだ。

 ただこの研究成果は、もう盗めたから万々歳だ。この程度なら一度読んで使えば、何とか覚えられる。その意味じゃ、こんな辺境まで来た甲斐があった。

「そしたら、他も見に行きましょうか」

 僕は荷物をまとめて立ち上がった。

 こういう国境付近には、この手の祠がいくつもある。下手をしたらそのすべてが、書き換えられてるかもしれない。

 イサさんがため息をつく。

「休みたいけど、しょうがないわね」

 今まで休んでたじゃないか、と喉まで出かかったけど、僕は言葉を飲み込んだ。そういうことは言っても無駄だと、いつも父さんに言われてたのを思い出したからだ。

 だから黙って荷物を背負う。

「イヴェラさん、でしたっけ? 案内をお願いします」

 村のお嬢さんにそう言って、僕たちは最初の祠を後にした。

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