第18話 辺境の同盟

「今日はどこまで行くのー。疲れた」

「あと一息です、イサ殿」

「その一息がいつも長い!」

 前の方から、イサさんの不機嫌な声が聞こえる。

 僕らはお城を出て、東へ延々旅をしてた。住んでた村なんてとうに通り過ぎて、もう国境近くのの山岳地帯の、山道だ。

 最初は馬車だったけど、麓の村でそれは置いて、今は馬だけになってる。

 前の馬に乗ってるのは、あの容姿端麗な生贄騎士と、イサさん。後ろが僕だ。

 驚いたことにイサさん、馬に乗れなかった。あんなヘンな乗り物は、平気で乗り回すのに。なので頑丈な軍馬を選んで、生贄騎士と二人乗りだ。

 ぽくぽくと音を立てて、馬が坂道を登ってく。地図を見る限り、そろそろ最奥の村に着くはずだ。

 国境付近は当たり前だけど、他国からの侵入が怖い。だからもちろん、魔法でそれなりの防備をしてる。

 幸いこの国は国境が険しい山脈で、通れるところが限られてるから、防備は逆に万全だ。でも国境の村でこんなヘンなことが起こってるとなると、その防備も怪しかった。

 だから、見に行く最中だ。

 途中で師匠のところへ寄って、いろいろ心当たりを聞いて道具も持って、それから出発して半月ちょっとは過ぎてる。ホントこの国、東西にばっかり長い。

「あぁ、あれですね」

 前の方から、生贄騎士の声がした。どうやら目的の村が見えたらしい。

「すごいとこにあるわねー」

「確かに。僻地とは聞いてましたが……」

 細い道が開けた先に見えたのは、ほんの少しの山間の平地と、山肌に張り付くように建ってる家、それに僅かな段々畑だ。

 家の数は見える範囲だと、全部でせいぜい三十件だろう。でもこんな山奥なことを考えると、ずいぶん人がいる方だ。

「あの大きい家が、村長の家?」

「たぶんそうです」

 言いながら彼は馬をいったん止めて、自分だけ降りた。

「行きましょう」

 馬に乗ったまま村へ入るのは、失礼に当たる。ただ女性と子供、それに騎士と貴族、あと魔導師は除外だ。だからいま降りなきゃいけないのは、雇われ護衛に扮した彼だけだった。

 いい気味だ。

 イサさんは手綱を生贄騎士に任せて、鞍に捕まってた。案外上手だ。これで馬が暴れたら速攻で落ちるんだろうけど、訓練されてる馬なだけあって、そういうそぶりは全くない。

 通りすがりの家の窓から、こっちを見てる人がいる。なんか見世物の気分だ。パレードならいいのに。

 あと不思議なことに、誰も出てこない。たいていの村だと、人が駆け出してくる。けどここは、家の中から見てるだけだ。

 首を傾げながらも進んでくと、目星をつけた家から人が出てきた。来てるものがちょっとだけ立派だから、村長だろう。

「これはこれは、魔導師様方、よくぞおいでくださいました」

 村長がそう言ってくる。僕とイサさんが、黒のマントを羽織った魔導師スタイルだから、何者なのかは一目瞭然だ。というか、それ以外に間違えられたら困る。

「こんな辺鄙なところへ、どんなご用で」

「研究のためにこの近くに幾つかあるはずの、祠を見に来ました」

 僕が予定通りの台詞を言う。

 村長が一瞬びっくりした表情を見せたけど、すぐ笑顔になってうなずいた。

「かしこまりました、お部屋を用意させていただきます」

 魔導師がどこかの村を訪ねて、滞在を断られることはほぼ無い。魔導師がいる間に村の結界や魔法の道具を直してもらえるし、薬ももらえるからだ。だから辺境になるほど、来るのは大歓迎だ。

 逆にヘタに断ると、魔導師の間に「あの村は泊めてくれない」という噂が広がって、誰も寄り付かなくなる。そうなったら村は立ち行かない。

 だからまず喜んでいいのに、村長は何を驚いたんだろう? 祠を見られるのが嫌だったんだろうか?

 いろいろとおかしな村だ。

「ささ、どうぞこちらへ」

「ありがとうございます」

 馬から降りて、案内されるままに離れへ入る。

「ここをご自由にお使いください。食事はお持ちしますので」

「わかりました」

 この辺はごく普通の対応だ。でもなんだか、値踏みされてる気がする。僕がザヴィーレイの弟子だって知らないせいかもしれない。

「ヘンな村ね」

「そうですね」

 今までにも幾つか違う村に寄ってるから、イサさんでも雰囲気の違いが分かったんだろう。というかいくらおばさんでも、この違いがわからないようじゃ困る。

「来られたら困ることでもあったのかな?」

「まぁ、あると思いますよ」

 麦の件でここへ来たの、もう忘れたんだろうか? おばさんというのが忘れっぽいのは知られてるけど、こんな大事なことを忘れるようじゃ問題だ。

 でも、言わないでおく。言ったらあることないこと責めたてられて、言い負かされるのがオチだ。「女性の勘違いは指摘しない方がいい」って、父さんも言ってた。だから賢明な僕は、父さんの言いつけを守ることにする。

「馬を置いてきました」

 そう言いながら、生贄騎士が入ってきた。

「妙に警戒心の強い村ですね」

「ラウロもそう思う?」

「はい」

 生贄騎士――そういえばラウロって名前だったっけ――もうなずいた。

「他の村がもっと歓迎してたことを思うと、ずいぶん異様だなと」

「そうよねー」

 ここまで来る間に、生贄騎士はすっかりおとなしくなってた。おばさんの怖さを思い知ったからだろう。

 おばさん族に逆らうなんて無謀、やるもんじゃない。父さんだってそう言ってた。きっとこいつの親父さんは、そういうことを教えてくれなかったに違いない。

 ただ「異様」はわかっても、理由はわからなかった。

「様子見るしかないかなぁ」

「それ以外、やりようないと思いますけど」

 と、ドアがノックされる。

「はーい」

 僕が何か言うより早く、イサさんが答えた。同時に生贄騎士が、警戒しながらドアの脇に寄る。この辺はさすがだ。文明的な僕と違って、荒事三昧なだけある。

「すみません魔導師様、洗い水とお茶を……」

「はいはーい」

 イサさんがドアをそっと開けた。

 ――またおばさんだ。

 見た目は師匠の家の隣の、縦横大きいあのおばさん似だ。それが水の入った桶を二つ、平然と手に提げてる。

「ありがとう、重いでしょ? さすがねー」

「いえ、そんなことは」

 言いながらおばさんが、桶を置いた。

「お疲れでしょう、手足をこれで洗ってくださいな」

「ありがとう、助かるわー」

 言いながらイサさんがまず手と顔を洗い、それから靴を脱いで、ぽちゃりと桶に足を浸す。

「あー、楽。ほんと楽。――あら?」

 もう一つの桶で手と顔を洗う僕の横で、イサさんが不思議そうな声を上げた。

「えぇと……あらごめんなさい、お名前聞いてない。ところで、あなたの後ろにいらっしゃるのは?」

 言ってる内容が支離滅裂だ。なのにここのおばさんには、意味が通じたらしい。ホントにおばさん族というのはよくわからない生物だ。

「娘ですよ。ほらお前、お茶をお出しして」

 おずおず、という感じで、後ろから娘さんが出てきた。横に幅を取るおばさんの影に完全に隠れてて、今まで見えなかった。

 この山沿いに住んでる人たち特有の、青い瞳に黒くて長い髪。ただその髪は邪魔にならないように、後ろで三つ編みにされてる。

 姫様とはまた違った感じの、朴訥な感じのかわいい子だ。こういう子がイサさんみたいにならないように、世の中は何か手を打つべきだ。

 あとこの子、僕の見立てが間違いじゃなきゃ……。

 僕の思いを知ってか知らずか、彼女は盆に乗ったポットとカップ、それにお茶請けを差し出した。

「ここに、置きますから」

「ありがとう、おいしそうねー」

 おばさんという存在、食べ物にはホントに目がない。今ももう、お菓子に視線が釘付けだ。

「これ、パイ? あ、もしかして、この村の名物の?」

「名物?」

 イサさんの脈絡のない言葉に、さしものおばさんが目を丸くする。こんなおばさんを驚かすなんて、やっぱりイサさんはクイーン・オブ・おばさんだ。

「えぇとね……」

 当のイサさんはお構いなしで説明してる。

「あーそうそう、ウッラ知ってる? お城の厨房の、ウッラ・ペーデル。たしかここの出身で、たまに手紙出すって言ってたんだけど」

「え、あ、じゃぁ、魔導師様はウッラの知り合いで?」

「そそ」

 何もまともに説明してないのに、話が通じるとはどういうことなのか。僕にはさっぱりだ。あり得ない。おばさんの会話は父さんの言ってた通り、深く考えたら負けらしい。

 イサさんたちは、見事に意気投合してた。

「ウッラの作る故郷のパイっていうのが、もうホントにおいしくてね。でも彼女が言うには、何とかっていう香草が足りないからイマイチだって」

「あぁ、ヨイデの葉。この辺じゃ肉の臭み抜きに、それを使うんでねぇ」

「そうそれ! このパイには入ってるの?」

「もちろん」

 大喜びでイサさんがパイに手をつけた。小さめのを取って半分にして、歓声を上げる。

「すごーい、この香り! 真似できないわー。やっぱりこういうの、地元に限るわねー」

「そうですか?」

 そんなこと言いながらもおばさん、まんざらでもなさそうだ。

「ねぇねぇ、この葉、お土産にもらっちゃダメ? お城でウッラにあげたら、きっと作ってくれるわよね」

「そりゃそうでしょうよ、この村の料理ったらヨイデの葉、ってなもんですから」

 ――僕ら、何しに来たんだろう?

 間違っても料理談義じゃなくて、陰謀を確かめに来たはずだ。なのに今目の前で繰り広げられてるのは、ただの井戸端会議だ。どうしてこうなるんだ。

「はい、半分あげる。あたしもともと量食べないし」

「あ、すみません」

 押しつけられたパイ包みを、ひとくち齧る。

「おいしいな、これ……」

「でしょでしょ」

 なぜかイサさんが自慢げだ。自分で作ったわけじゃないのに。

「ほら、ラウロも食べなさいよ、冷めちゃったらもったいないから」

 イサさん、両手にパイを持って差し出す。

 この勢いにに誰も逆らえるわけがなくて、生贄騎士もこっちへ来て、差し出されたパイ包みを二つとも手にした。

「あなた、お腹空いてるでしょ?」

「……はい」

 イサさんひどいです。僕だってお腹空いてます。なのになんで、コイツには二つも渡すんですか。僕はまだ半分食べただけなのに。

 そう勇気を振り絞って抗議しようとしたとき、イサさんが先に口を開いた。

「そうそう、聞きたいんだけど」

「なんでしょ」

 おばさんたちのテンポのいいやり取り。僕の入る隙間がない。

 そしてもちろん二人とも、僕のやるせない思いには気づかない。

「この村って、最近誰か来たの?」

 こんな質問予想してなかったんだろう、おかみさんの目が丸くなった。

「例えばさ、魔導師とか、来た?」

 一呼吸おいて、おかみさんが答える。

「えぇ、来ましたよ。で、なんだか山の方にあるお堂を、案内してほしいとか言って」

「そなんだ。有名だからかな、あの祠」

「あれ、そうなんですか?」

「うん、そうなの。魔導師の間じゃ知られてるのよ」

 イサさん、口から出まかせにも程がある。

 あの祠が有名なワケがない。祠って言うのは名目で、あれは国境を守るためのものだ。だから場所はたいてい、付近の村の者しか知らない。

 でも、それを訪ねて来た人間がいるとなると……。

「あたしたちも明日から、周ってみたいんだけど。案内頼めるのかな?」

「ええ、わかりましたとも。誰か用意しますよ」

「あ、じゃぁえっと」

 僕は思わず口を挟んだ。

「そこの彼女を、お願いしたいんですが」

『え?』

 僕以外の四人の声が揃った。

「うちの娘をですか?」

「なによスタニフ、この娘気に入っちゃったの?」

「女性に山歩きの案内は……」

 でも今回だけは、僕は譲れなかった。

 まっすぐおかみさん見ながら言う。

「お嬢さん、魔力ありますよね?」

「そりゃ、確かにこの子にゃあるけど……」

 やっぱりだ。

 だから畳みかける。他の誰より、案内してもらうなら魔力持ちがいい。

「魔法の祠なので、魔力がある人の方が助かるんです。お願いします。護衛なら、居ますし」

 そのための騎士だ。仕事してもらわなきゃ困る。

「――私からもお願いするわ。この娘、貸してくれない? ちゃんと返すから」

 意外にもイサさんが僕に加勢する。明日は槍が降るかもしれない。

 おかみさんが頷いた。

「よござんす、お貸ししましょ。ただ日暮前には返していただかないと」

「そりゃもちろん。あたしたちだって、暗い山歩くのはヤよ。死にたくないもの」

 あっさりと話がまとまった。これで明日の動きは決まりだ。

「そうしたら明日は、お弁当いりますかね?」

「ありがとう、お願いするわ。すっごく助かる」

 おばさん同盟強し。あっという間にお昼まで調達される。

 やっぱり朝のお祈りは神様だけじゃなくて、おばさんにも捧げることを、真剣に検討しないと。

「そしたら晩御飯作るついでに、仕込んどきますよ。このパイなんてどうです?」

「わ、嬉しい!」

 こうして僕らの三食は、無事に確保された。

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