第15話 ここは最前線
「なんで俺がこんなことを……」
「ミセス・ペーデルに言いますよ」
「そ、それだけはやめてくれ。肉が無くなる」
僕らの手にはナイフ。テーブルの上には大量の、例のコロコロしたお菓子。なのにここがおばさん族の最前線だなんて、絶対に誰も信じないだろう。断言してもいい。
僕が今いるのは厨房だ。他にイサさん、厨房おばさん、縦長おばさん、渋騎士、あと僕の隣に例の生贄騎士。その全員が、お菓子にクリームを詰める作業の真っ最中だった。
「なら、その御用商人もシロね」
「そうですね」
あのお茶会の後、イサさんはじめおばさん族は、せっせと噂を集めてくれた。そしてその結果を、持ち寄っては検討してる。その噂の持ち寄り場所に選ばれたのが何を隠そう、この厨房だ。他にお茶会の席や、僕たちの部屋ってこともあるけど、厨房が一番多い。
「噂自体は、広まってるのよね?」
「そのようですな」
答えたのは、例の渋騎士だ。
「若いのを出して聞き込みさせたところ、貴族向けの盛り場で、魔導師殿の噂が出ているそうです。女たちが教えてくれたとか」
貴族向けの盛り場ってどこだろう、そう思ったけど、誰も教えてくれなかった。でも問題は、そういうことじゃなくて……。
「それだと僕、どうなるんでしょう」
「まぁまだ大丈夫でしょ。広まってるの、貴族だけらしいから。姫さまも領主に、言ってくれてるって言うし」
姫さまありがとうございます! やっぱり姫さまは、おばさん族なんかとは違う。人としての思いやりと優しさをお持ちだ!
「他には特になかった?」
イサさんの問いに、厨房おばさんが言う。
「んー、関係ないかもだけど、麦がヘンに上がりだしたことかねぇ」
「え?」
一瞬の間。
「待ってよ。麦、今年は豊作で値が下がって困る、って話してなかった?」
「あたしもそう聞いたんだけどねぇ。どうも商人どもが買い占めてて、それで値上がりしてるんだとさ」
ずいぶんおかしな話だ。麦が余ってるのに買い占めるなんて、何がしたいんだろう?
「買い占めねぇ……兵法じゃ戦争の前哨戦ってなってたけど、まさかねぇ」
イサさんの言葉に、はっと渋騎士が顔を上げる。
「たしかに、兵法書にはそうありますな。敵を攻める前に、国内を混乱させよと」
「うん、基本よね。間者を使って噂を流して、人心を煽って離反させて、それから攻める」
「そのとおりです。よくご存じですな」
イサさん、何者なんだろう? おばさんなのに兵法収めてるとか、おばさんらしくない。元のところで、スパイでもやってたんだろうか?
「やっぱりどっか、ここを攻め落としたい国があるのかな……他にはなんか聞いた?」
イサさんの問いに、縦長おばさんが考えながら口を開いた。
「それとは関係ないかもしれませんが、神殿が寄進を募っているそうです」
あれ、と思う。だから僕は訊いてみた。
「なんて言って募ってます?」
「何でも、寄進をすれば天変地異や戦争があっても、神が守ってくださると」
「それ、禁止ですよ」
みんなの手が止まった。
「そなの?」
子供みたいに無邪気に、イサさんが訊いてくる。この人には聖典さえ、撃退の効果はないらしい。
「神殿って、寄進募るもんじゃないんだ?」
「いいえ、ダメです。聖典で禁じられてるんです」
不思議そうなイサさんに、もう少しだけ説明することにする。異国出身だから、こういう常識を知らないんだろう。
「正確に言うと、一般信徒が寄進することそのものは、禁じられてません。むしろ推奨されてます。ただ『神殿側から募ること』は、禁止事項として書かれてるんですよ」
「――それは知らなかったな」
渋騎士がうなった。まぁ仕方ない。これは僕が魔導師で、そのために聖典を勉強したから知っていることで、一般が読む簡単なほうの聖典には書いてないんだから。
「だとすると、どこだかわかんないけどその神殿は、禁止事項を堂々とやってるのね?」
「そうなりますね」
まったく、聖典に背くなんて、聖職者の風上にも置けない。おばさん以下だ。
「ってことは、その神殿、怪しいわよね?」
「戦争を暗示させるような麦の値上がりと、戦争を暗示して寄進を募る神殿、の組み合わせですからな。十分怪しいかと」
「そうでなくても、聖典に違反しているというのなら重罪では? 調べても損はないかと」
イサさんと渋騎士、それに縦長おばさんの意見が一致する。
「だが、どうやって調べますかな? 神殿は我ら騎士の権限さえも、及ばぬ場所ですぞ」
「それでしたら、私めが」
縦長おばさんが薄く笑う。
「あたしにもやらせとくれ。人手は多いほうがいいだろうからね」
厨房おばさんも、にやりと笑った。
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