第13話 生贄の騎士

「そこの魔導師、ちょっと来てもらおうか」

 姫さまの部屋へ行く途中、僕たちの前に立ちはだかったのは、どう見ても友好的とは言い難い言動の男性陣だった。

 たぶん、ここの騎士だと思う。この間のむさ苦しい晩餐会で見た顔が、幾つかあるし。なのにみんな、こうして見るとどういうわけか、ご婦人がたが顔を赤らめそうな容姿だから余計に腹が立つ。神様はえこひいきだ。

 そこの魔導師、って言うからには、たぶん僕のことだろう。困った。父さんはずいぶんいろいろ含蓄のある言葉を残してくれたけど、こんな時の対処法は教えてくれなかった。

 なにより僕は今、姫さまのところへ行こうとしているわけで。ここであのお茶会へ行かなかったら、ご婦人がたの不興を買って、二度と呼んでもらえなくなるかもしれない。

「聞こえないのか、そこの魔導師!」

 どう答えようかと、僕が頭を高速回転させているその時。

「ちょっと、何の用よあんたたち!」

 言い返したのはイサさんだった。

「人の邪魔して、ずいぶん失礼な言い草ね。それともここの男どもってのは、挨拶の仕方も知らない野蛮人なの?」

 一気にまくしたてる。

 怒ったのは騎士たちだ。一瞬動きが止まった後、全員がものすごい形相になる。中には、剣の束に手をかけてるのまでいる。

「お前に用はない。あるのはそこの魔導師だ」

 それでも自制してるんだろう、全員動かず、いちばん前のけっこう若い騎士――これがまた輪をかけて容姿端麗で、不幸を願いたくなる――が口を開いた。

「そこをどいて、その魔導師を引き渡せ」

「何言ってんの、彼はそれこそスカートの陰に、勝手に隠れてるだけよ。でもね、はいそうですか、って従う云われもないんだけど」

「たかが女が何を――」

「うるさい」

 いったいどこから、そう思うほどの、イサさんの低い声。まずい、かなり怒ってる。

 いや、よく考えたらまずくない。対象は僕じゃないんだから、ここは喜ぶべきだ。容姿端麗よ、おばさんの怖さを思い知れ。

「あんたみたいなガキが、何を偉そうに。どっから産まれたか分かってんの?」

 容姿端麗の面々が、怪訝そうな顔になる。そのままずっと、阿呆面を晒してればいい。

「あんたたちなんてね――」

 そして言葉と共に僕の目の前で、翻る布地。

「ここから産まれてぴーぴー泣きながら、チ●●●まで拭いてもらってたんでしょうが! それが少々図体でかくなったからって、何威張ってんの!」

 ――あぁなんて羨ましい。

 翻ったのは、イサさんのスカートだ。たぶんきっと、かなり豪快に前をめくってる。だから正面の騎士ども、中身がきっとよく見えてる。神様はなんて不公平なんだ。

 騎士連中は凍りついてた。でも視線が釘付けなあたり、やっぱり悔しい。

 こんなことなら僕も、さっさと前へ出るんだった。イサさん、おばさんの割に細いから、きっといい感じに違いない。

 僕の深い後悔を後悔をよそに、おばさんたちと騎士どもは、一歩も引かず睨み合ってる。どうしよう。

 その時、大喝が響き渡った。

「お前たち、何をしている!」

 後ろのほうから年かさの人が、騎士どもをかき分けて前へ出てくる。

 今度はなんとも渋い。刻まれた皺と蓄えた鬚が、ご婦人がたが頼もしく思いそうな貫録になってる。やっぱり神様はエコヒイキだ。

「そろって部屋に居ないから、何をしているかと思えば――そちらの御婦人、非礼は詫びる。が、その前にその、なんだ、その足をだな」

「あら失礼」

 曲ったリボンを直すような調子で、イサさんがスカートから手を放した。恥じらいなんてどこにも無い。海に捨てたに違いない。

 渋い人が咳払いをして、改めて訊ねた。

「で、何がどうなってる。説明しろ」

「あたしも訊きたいわ」

「実は……」

 左右から睨まれて、若い騎士が縮こまりながら口を開いた。ざまぁみろ。

「実は、そこの魔導師がスパイで、姫さまに取り入ろうとしているという話が……」

「それは裏を取ってからだと言ったろう!」

 腹の立つことに、僕に疑惑がかけられてたらしい。ザヴィーレイの弟子で魔導師の僕を、何だと思ってるんだろう。だいいち姫さまに取り入るなんて、出来たらとっくにやってる。

「このボウヤが? 無理無理」

 イサさんがけらけらと笑った。

「そんな度胸ないわよこの子。姫さまとあわよくば――って考えてはいるだろうけど、実行できないタイプだし」

 イサさんひどい。

 おばさん族にデリカシーが無いのは知られてるけど、無いにしたって程がある。いくらおばさん族特有の読心術が使えるからって、僕の考えをバラさなくてもいいじゃないか。

「だから心配するだけムダよ」

「我らが心配しているのは、それだけではないぞ。万が一スパイだったらどうする」

「この子が? ムリでしょー。そんなことするには、度胸なさ過ぎだもの」

 イサさんが一笑に付したけど、僕としては複雑だ。というかここでそんな容疑をかけられたら、お城に居られなくなる。それは困る。

 だから僕は仕方なく、指摘してやった。

「先日の晩餐の席でも言いましたけど、僕、セルベル学院の出身です」

 いちど言ったんだから覚えとけと思うけど、聞こえなかった可能性もある。だから今回は、それ以上指摘しないことにする。

「セルベルがどういうところかは、お分かりですよね?」

「知らない」

「イサさんは黙っててください……」

 まぁ異国のおばさんじゃ、知らないのも無理はないけど。だから僕は説明した。

 セルベルは魔法学院で、国立で、才能さえあればタダで行ける学校だ。代わりに卒業したあと、もしも国に何か被害を与えたら、牢に入れられるだけじゃ済まない。なんとタダだった学費まで、全額支払う羽目になる。

 そんなの死んでもお断りだ。だから僕が、スパイなんてするわけがない。そう力説すると、みんながうんうんと頷いた。

「この者が、裏切り者のわけがないな」

「だから言ったじゃないー」

 みんな僕の潔白を納得してくれたみたいだ。ただ視線が、気の毒な人を見る雰囲気なのはなぜだろう? けど気にしてもしょうがない。真の僕を理解してくれただけで良しとしよう。

 イサさんが考え込みながら言った。

「こんなに急いで捕まえようとしたってことは、あなたたち、何か掴んでるわよね?」

「それは言えん」

 間髪入れずに若い騎士。それに対して、イサさんがにまぁ、と笑った。魔女の笑みだ。

「言えん、ってことは、知ってるってことよね。さぁ言ってもらいましょうか?」

「女などに言えるか!」

 この騎士、本当におばさんの扱いを知らない。僕みたいにいつも気を遣ってないとひどい目に遭うのに、それが分かってない。

「女、ねぇ」

 イサさんの、心底楽しそうな顔。

 でもそれより早く、厨房おばさんが動いた。

「さっきから聞いてりゃ、女、女って。女をどこまで馬鹿にしてるんだろうね。どうしてやろうか」

「女は女だろう、我らは騎士だぞ!」

「ほーお、料理長のあたしにそう言うかい」

 厨房おばさんの目が細くなった。まずい、こっちもかなり怒ってる。僕は関係ないはずだけど、これはとばっちりがきそうで怖い。

 厨房おばさんが頷いた。

「分かったよ。今日からあんたたちの食事、肉抜きにするさ。会計役も喜ぶだろうしね」

「――っ!」

 居合わせた騎士全員が、文字通り硬直する。

「そっ、それだけは勘弁を……」

「馬鹿っ、早く謝れ!」 

「すみません、こいつ好きにしていいんで、肉だけは!」

 おばさん族にたてつくという無謀をした容姿端麗な騎士が、夕食のおかずのために、あっさり生贄として差し出された。いい気味だ。清廉潔白な僕を疑ったりするからだ。

「じゃぁ、この人ちょっと借りてもいい?」

 イサさんが差し出された騎士を指さす。

「ゆ、夕食の肉を勘弁していただけるなら」

「肉なしじゃ、さすがに力が出ません」

 面々が口々に言い、それを聞いた渋騎士が頷いて、生贄の騎士の肩に手を置いた。

「お前の働きに、夕食の肉がかかっている。必ず汚名を返上しろ。失敗は許さん。いいな」

「は、はい……」

 生贄騎士がうなだれる。

 渋騎士がため息をつきながら言った。

「まったく、厨房には逆らうなと常日頃から言ってたのを忘れおって――というわけでミセス・ペーデル、肉の件はよろしくお願いします」

「分かった、今回は大目に見てやるよ。でも次は承知しないからね」

『はいっ!』

 厨房おばさんの寛大な処置に、騎士たちの敬礼が揃った。

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