第10話 陰謀はお茶会で

 魔導師だと知れて、城の人の僕を見る目はだいぶ変わった。

 ――微妙な気分だけど。

 というのも態度が変わったのは、出世欲満々って感じの人ばっかりだったからだ。特にひどいのが例の会計役で、翌日にはなんだか分からない貢物――たぶん――を持って、僕にあいさつに来た。自分のお抱え魔導師にならないか、若いから優遇するとか、そんな話までオマケにくっつけて。

 他にもいろいろ、領主に仕官できるよう取り計らうから自分を引き立ててくれとか、魔導師ギルドに自分を紹介してくれとか、ともかく利益を狙うヤツばっかりだ。

 師匠があんな片田舎に引っ込んだ理由が、ちょっとだけ分かる気がする。もっとも師匠の場合、人づきあいと性格が悪すぎて、首都にいられなくなっただけの気もするけど。

「たいへんねぇ」

 例のお茶会へ向かう道すがら、話を聞いたイサさんがけらけらと笑う。

「ちっとも大変だと思ってないようにしか、見えないんですけど」

「大変なの、あたしじゃないもの」

 嫌になるくらい、魔導師ってものを理解しようとしない。でもおばさんっていうのは、こういうものなんだろう。なら考えるだけ無駄だ。

「そういえば貢物持って、例の会計役も来てたわよね?」

「ええ」

 あんまり楽しい人じゃなかったけど。

 おばさんがさらに訊いてくる。

「なんの話をしたの?」

「大した話じゃないですよ。お抱え魔導師にならないか、って。断りましたけど」

「お抱え? なんで?」

「なんでって言われても……」

 僕に会計役の頭の中なんて、分かるわけがない。けどおばさんはなにか引っかかったらしく、首をかしげてる。

「お抱え魔導師って、宮廷とかで雇うんじゃない?」

「そうですね。たいていはどこかの国王が雇います。領主が雇うこともあるけど、今は少ないかな」

「なら会計役の言う話、変じゃない? それとも、個人で雇うの?」

 言われて考える。

 たしかに個人で雇う、っていうことはある。雇い主が何か研究してほしいものがあるとか、そんな場合だ。でも、そう多くはない。研究するには素材やら施設やらでやたらお金がかかるから、お金がありあまってしょうがない人か、全財産はたいても研究してほしいことがあるお金持ち、くらいだ。

 僕は単純に後者かなと思ってたけど、イサさんは首を振った。

「あの人、そういう人に見えないわよ。全財産はたくどころか、あの世まで抱えてくタイプじゃない?」

「そうですねぇ……」

 小者なのに出世欲抜群な人が、たしかに何か研究してもらうようには思えなかった。

 病気を抱えてて、それを治したくてってことも、考えられなくはない。でも見た目、すっごく元気そうだし。

 何よりそれなら僕みたいな見習いじゃなく、師匠レベルを雇うだろう。じゃなきゃ完璧にお金の無駄になることくらい、誰だって知ってる。悔しいけど。

「魔導師って宝石みたいに、持ってると何かいいことあるわけ?」

「人を石扱いしないでください」

 ほんとにおばさんっていうのは、他人を人として扱うのが苦手らしい。父さんが言ってたように、犬に吠えられたくらいに思ってないと、こっちの心が折れそうだ。

 でも黙ってると何言われるかわかんないから、きちんと説明する。

「魔導師が配下にいれば、たしかに箔というか……ハッタリは効きますよ。奥の手がある、って、相手に思わせられますから」

 実は、別に大したことはできないけど。

 魔法はまずは下準備。だからとっさに何かっていうのは、けっこう苦手だ。それが分かってるから僕だってああやって、イザってときに備えて魔力込めた玉を持ってたんだし。

 でも知らない人が見たら、いきなり使ったように見えるから、効果は抜群だ。人前ではともかく意表をつけ、そのためにしっかり準備しろ、そうすれば女の人にやられっぱなしにならずにすむ、父さんの言ってたとおりだ。

 とはいえ、出会い頭に何かできるわけじゃないのは、まったく変わらないわけで。

「じゃぁ、それ知ってる相手なら意味ないわね」

「ないですね」

「会計役は知ってるの?」

「さぁ……」

 その辺はさすがに、当の会計役に訊いてみないとわからない。訊いても教えてくれないだろうけど。

 ただたしかなのは、たとえいま知らなくても魔導師と関わってたら、必ず「魔法は即応は苦手」を知るっていうことだ。

「それって、やっぱり意味ないと思うわよ。ハッタリ効かそうにも、効かせられないってことだもの。まぁ知らないから魔法に夢見てるチュウニな病が治らない、可哀想な人なのかもしれないけど」

「なんですかその病」

「んー、ヒーローになる夢ばっかり見えてて、現実は見えない病気かな」

 話を聞いて、そういう人ならよくいる、と思ってしまった。ここの領主様だって、ある意味そのチュウニな病気? と思うし。

 そんな話をしてたら、例の案内人が迎えに来た。姫さまのお茶会に行く時間らしい。

 今回は僕らは、黙ったまま廊下を歩いた。口を開いたら会計役の話になりそうだし、それを誰かに聞かれたら大変なことになる。なら、黙ってるのがいちばんだ。

 沈黙は金、それは父さんの口癖のひとつだった。うっかり口を開いておかしな誤解をされるくらいなら、黙ってるほうが数倍いい。それに黙ってると相手が勝手に想像して、適当に都合のいい解釈をしてくれるもんだ、と。

 本当に父さんの言葉はどれも、深いものが多い。

「ようこそおいでくださいました」

 案内された部屋には姫さまはじめ、貴婦人がたがもう勢ぞろいしてた。

「これからあのパンが来るそうですわよ」

「楽しみですわね」

 お茶を口に運びながら、ご婦人がたが言葉を交わす。

 師匠の屋敷の居間を占拠してた「おばさん」っていう、がさつな種族とは大違いだ。言葉づかいも仕草も、すべてが優雅だ。

 出されたお茶を飲みながらそんなことを考えてたら、黒髪のご婦人が口を開いた。

「そういえば、先日の夜会で姫さまがおっしゃったことですけれど」

 何だろう、と思う。僕はあの日はほとんど姫さまのそばにいなかったから、内容が見当つかない。

 ご婦人がたがうなずいた。

「興味深いお話でしたものね」

「ですけど私、どうやったらいいか分からなくて……」

「私もですわ」

 なんのことだか分からないけど、姫さまがおっしゃったことって言うのは、けっこう難しいことだったみたいだ。

 と、一人のご婦人が切り出した。

「私、姫さまのおっしゃるとおりにやってみましてよ」

 まぁ、とみんながいっせいに声をあげた。

「どうでして?」

「思ったより簡単でしたわ」

 やってみたという、金髪に青い目のご婦人が言う。

 彼女が言うには、夕食のあと旦那さんの好きなお酒を用意して、晩酌に誘ったんだとか。

「そうしたら、すぐに困りごとを話してくださいましたの。今年の麦の作柄が良くて、という話でしたわ」

「作柄が良くて? 悪くて、ではないんですの?」

「良くて困っているそうですわ。それで私、不思議に思って、あとでうちの家令に訊いてみましたの」

 これは何の会合だろう? ふわふわのパンを食べる、お茶会じゃなかったんだろうか?

 金髪碧眼のご婦人の話は、まだ続いてた。

「家令が言うには、豊作だと売れ残りが増えると。そうなると値が下がって、収入が減るとのことでしたわ」

「不作の年なら分かりますけど……不思議なことですわね」

 ご婦人がたが、顔を見合わせる。

「いずれにせよ、収入が減るのは困りますわ。そちらが豊作なら、うちの畑も豊作でしょうし」

「でも私、どうしたらいいか思いつきませんの」

 お茶会のはずだ。姫さまのお茶会に誘われて、お菓子とお茶をいただくはずだ。なのにどうして、麦の作柄の話になってるんだろう?

 別のご婦人が喋りだした。

「私のところはまったく違う話で。冬になったら掛ける、橋のことだと」

「まぁ、橋? 掛ければいいんではなくて?」

「それが、人足に支払うお金のことだとかで。それこそ麦が値下がりして収入が減ったら、払うお金がないんだそうですわ」

「それもこまりますわね……」

 そのとき、イサさんが口を開いた。

「麦は、余るのよね?」

「ええ。そう主人が申してましたから」

「で、支払うお金が足りなくなりそうなのよね?」

「そうですわ」

「なら、麦で払えばいいじゃない」

 部屋が静まり返った。

「ごめんなさい、イサさん。私よく分かりませんわ。説明してくださいません?」

 姫さまに言われて、イサさんが説明を始めた。

「要するに、賃金ってのは支払えばいいんでしょ? 極端な話、宝石でもいいわよね。逆に、毎日おなかいっぱい食べさせて、寝る部屋と着るもの用意する、って手もあるし」

「見合うかどうかは別として、たしかにそういう方法は、たまにありますわね」

 ひとりのご婦人がぽんと手を叩いた。

「つまりそれを、余っている麦でやる、と」

「そういうこと」

 ――僕はどこにいるんでしょうか?

 お茶会のはずだ。あのふわふわのパンを食べる予定だったはずだ。なのになんで、支払いの話に……。

 というか、怖い。にこにこ優雅に談笑してるだけなのに、なぜか妙に怖い。師匠の屋敷の居間を占拠してたおばさんたちのほうが、ずーっと可愛かった。

「うちの主人に余った麦の使い先を、それとなく言ってみますわ」

「では私は、支払いを麦でできないのか、訊いてみますね」

 うなずくご婦人がたに、姫さまが微笑む。

「みなさま、さすがですわ。私なんて、とてもそんなこと思いつきませんもの。あ、でも、そういえば……」

 姫さまが、領主様から聞いた(たぶん)困りごとを話しだす。

 パンが来た後も、そうやって延々とお茶会は続いた。

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