第9話 夜会とお茶会

「あーもう、こういうのヤだ」

「諦めてくださいよ」

 このやり取り、何度繰り返しただろう?

 姫さまや領主様と親しくなって数日、僕らは晩餐に招待されることになった。

 厨房おばさんなんかが言うには、僕らみたいな平民が招待されるのは、かなり珍しいっていう。でもこういうお城って言うのはけっこう日々は退屈で、みんな楽しむ口実を探してるんだとか。そんなわけで晩餐って話が出たらしいのだけど、イサさんが最初はかなり渋った。理由は「面倒くさい」。

 こんな理由で領主からの晩餐を断ろうとするなんて、さすがおばさんだ。誰だって駆けつけるくらい栄誉なのに、その辺の花ほどにも感じてない。

 けっきょく姫さまがわざわざ説得してくれて、なるべく内輪の、気軽でささやかなものにするってことで、折り合いがついた。

 そして今、その席だ。「気軽なもの」ってことで立食式で、取り立てて席順とかは無い。たしかに気楽で気軽だ。でもささやかって言ってた割には、なんだかんだで二十人以上いる。まぁ領主様や姫さまからすれば、たしかに「ささやか」なんだろうけど……。

「食べないんですか?」

「食べてるわよ」

 相変わらずイサさんの食欲は、小鳥並みだ。料理が、手元のお皿にほんの少しだけ乗せてあって、それをつついてる。ただこういう席じゃ食べたい分だけでいいし、イヤなら手をつけなくてもいいから、好きなようにやれてるみたいだった。

 けど、壁際の椅子に座ったきりなのはどうかと思う。だいたいこういう席じゃ、立って談笑するのがマナーなのに。

 それを言ったら、あっさり「できないから」と返ってきた。

「ずーっと立ち続けなんて、あたし、途中で具合悪くなるもの」

「そうかもしれませんけど、でも少しは立って、いろんな方と話しないと」

 じゃないと、領主様の顔が立たなくなりそうだ。まぁおばさんが、そんなもの気にするとは思えないけど。

 会場は、お城の一室。式典とかをする感じの、でもそう大きくはない広間だ。っても今回は少人数だから、広さとしては十分だった。

 ――けっこう、似合ってるかな?

 ドレス姿のイサさんを見て、ちょっとそんなことを思う。この人子持ちのくせに、若い娘みたいに細いから、貸してもらった深い赤のドレスがいい感じだ。

 なのに、壁の花。いや、花って言うには花盛りすぎてるけど。それでも立って談笑すれば、もう少しサマになるのに。

 そんなこと考えながらイサさんの隣でぼーっとしてたら、声をかけられた。

「よろしいですか?」

 当然だけど、見たことない人だ。

 年はたぶん、四十代。横幅が広めで、髪はまだ多いけどだいぶ白髪で、でも全体的に脂ぎった感じの、まさに「おじさん」。間違ってもカッコいい、って言葉じゃ形容できない。そんな人だ。

 話しかけられたイサさんのほうは、きょとんとしてた。子供みたいな表情が妙に可愛い。

「ごめんなさい、どちらさま? あたし、顔と名前覚えるのが苦手で」

 イサさんの言葉に一瞬遅れて、話しかけてきた男の人が答えた。

「ここの会計役をしております、ボドウィッド・カルネウスと申します」

 イサさんが「あぁ」という顔になる。

「お話は伺ってますわ。イサと申します。こちらの領主様のご厚意で、このお城に寄せていただいてます」

 この人、ほんとに何者なんだろう? よくまぁこんな言葉が、さっと口から出るもんだ。

「私も、貴女の話は領主より伺っております。なんでも、遠いお国の出だとか」

「ええ」

 にこやかに話が進んでく。

 それにしても会計役って言えば、あの厨房おばさんが言ってた、無駄にケチな会計役のことだろう。

 見た目は少なくとも「切れ者」って感じじゃない。小者感満載ですぐ怒りだしそうで、けどお世辞やおべっかで上の人に取り入って出世しそうな、いちばん下で働きたくないタイプだ。これなら実力があるぶん、師匠にコキ使われるほうがずっとましだろう。

 おばさんはにこにこした顔で、会計役と話してた。

「大変な倹約家だと伺いましたわ。さぞかしお金の管理は、大変なのでしょうね」

「大変ですとも!」

 会計役の声が高くなった。そして延々と、自分がどんなに苦労してるか、遣り繰りに精を出しているかを言いたてる。まるで何かの叙事詩みたいだ。でもきっと、口で言うほどにはやってない。

 ――あー、それでか。

 僕の頭の中で、今のこの国の状況が繋がった。きっとこの人、こういうふうに自分がどんなに頑張ってるかをいろいろ言って、人を疑わない領主に気に入られたんだ。ただ領主はあんなお人よしだし、この人は仕事なんてできそうにないから、みんながため息つく状況になったに違いない。

 そんなことを考えながら眺めてたら、会計役と不意に目が合った。

「おや、こちらの方は?」

 いま気付いた、そんな言い方をされる。ヒドい。腹が立った僕は、まっすぐ会計役を見て言った。

「かの魔導師ザヴィーレイの弟子、スタニフです。今回はこの国に不慣れなイサさんに、道案内として同行しました」

「あ、あのザヴィーレイ師の――!」

 会計役の顔色が、一瞬だけ変わる。けどそれはホントに一瞬だけで、すぐに僕を値踏みするような顔になった。

「かの師の弟子と言うと、やはり魔導師を目指しておられるわけですか?」

「ええ。でも、今でもこのくらいならできますよ」

 言って僕は懐から、小さな水晶玉を取りだした。そして、呪を唱える。

「わ、きれい♪」

 水晶玉が光り出して宙に浮き、イサさんが子供みたいに喜んだ。一方で会計役は、今度こそ青ざめる。

「こ、これは大変な失礼を――! どうぞ師には、よろしくお伝えください」

 それだけ言って、慌てて去っていく。

「あら、行っちゃった」

「まぁ行くでしょうね」

 どうして? と言いたげな顔で、イサさんが僕を見た。

 ――チャンスだ。やっと僕を、おばさんって生き物に認めさせるチャンスが来た。

「魔法を使うには魔力が要るんですけど、これは分かります?」

「うん、分かる」

「で、その魔力なんですけどね。ある・なしは生まれつきで、しかも持ってる人はすごく珍しいんです」

「へー」

 分かってない。おばさん、これがどのくらいスゴイことなのか、まったく分かってない。なので僕は説明をつけ足した。

「魔力がある人間っていうのは、百に一人くらいなんですよ」

「けっこういるじゃない」

「でもその中で、本当に魔法を使える人は、その十人に一人くらいなんです」

「なる。それならたしかに少ないかも」

 やっとおばさんにも、僕の希少ぶりが分かったらしい。

「で、いま使った魔法は、その十人に一人でも、誰でもはできないんです」

「あぁ、だから驚いたのね。魔導師の不興を買ったかも、って」

 勝利だ。ついに僕の勝利だ。この魔物のようなおばさんが、ついに僕のすごさを認めた。

 そのおばさんが、まじまじと僕の顔を見る。

 好きなだけ見るといい。僕は寛大だから、どんな失礼だって許せる。

「――だとすると魔導師って」

 おばさんが訊いてきた。

「性格に何か問題ある人が、なるのね?」

「違います!」

 思わず大きな声が出て、辺りの人が視線をこっちに向ける。

 しまった。ついおばさんのペースに乗せられて、冷静沈着な魔導師、という姿勢を崩してしまった。

「魔力と性格は関係ありませんってば」

「でも、あのじーさんとか」

 さすがにこれは反論できない。あの師匠の性格が「いい」とは、間違っても言えない。

「たしかに師匠が性格悪いのは認めますけど……でも、本当に関係ありませんから」

「そなんだ」

 おばさんの、店先でいい肉選び方を聞いた、その程度の納得ぶり。

 しかたない、この人は異世界の人間だから、魔力があるっていうことのすごさが分からないんだ。僕はそう自分に言い聞かせた。そうでもしないと、自分が魔導師の端くれだってことを忘れてしまいそうだ。

「それで魔法って、どんなことができるの? 面白そうじゃない」

「何でもできるわけじゃないですよ。いつでもどこでも、ってわけでもないです」

 そう前置いて説明する。

 魔法を使うには、まず陣か、それに代わる物が要る。その陣を作るには、魔法用の素材が要る。そしてそれに魔力を込めておいて、使いたいときに発動用の呪を唱えて、さっきみたいな現象を起こす。

「複雑ねー」

「料理みたいなもんですよ。素材と手順、それに腕が必要なんです」

「なる……」

 答えるおばさんは、視線がいつの間にか明後日のほうだ。

「聞いてます?」

「聞いてるわよ。素材と手順と腕でしょ。で、性格は関係なさそうでて、実はある、と」

「それは関係ありません!」

 思わずまた声が大きくなる。そこへ後ろから声をかけられた。

「スタニフ……どの、でしたか?」

「あ、はい」

 振り向くと、周りに数人が集まってた。

「ザヴィーレイ師の、お弟子とか」

「そうです」

 これだけはたしかだから、自信を持って答える。これで師匠があんな偏屈じゃなきゃ、何も言うことないのに。

 周囲の人たちが僕に頭を下げた。

「魔導師殿とは知らず、失礼をいたしました。あちらの上座にお座りになられますか?」

「え? あ、いや……いいです。僕はここで」

「そうでございますか。あ、申し遅れましたが、私はルーヌ・ヘグマンと申しまして――」

 以後、次々と自己紹介された。当然覚えきれない。

 隣のおばさんは面白そうな顔で、この騒ぎを見てる。何が面白いのかさっぱり分からない。

 そうやってしばらくして、やっと自己紹介の嵐が終わって、僕はどっと疲れて椅子に腰を下ろした。

 ふと見ると、そこの椅子に座ってたはずのイサさんがいない。慌てて見回すと広間の向こう、姫さまはじめ、女性陣が集まってる中に紛れてた。おばさんって種族は総じて飽きっぽいうえに気まぐれだから、面白そうなとこへ移動しちゃったんだろう。

 ――騒動起こしかねないのに。

 この会場には姫さまもいる。おばさんが何か起こしたら、姫さまに迷惑だ。急いで僕は、イサさんのそばに移動した。

「あ、キミ、終わったの?」

 いつもみたいにお構いなしで、おばさんが僕に話しかけてきた。

「あら、こちらがお話に出てた魔導師さん?」

「まぁ、お若いのね」

 女性陣が口々に言う。

 うん、この貴婦人がたは、ちゃんと分かってる。魔導師の素質がある僕は、こういう扱いをうける程度には貴重なんだ。

 なのに、おばさんって種族ときたら……。

 そしてもちろん、話は聞いてない。

「いまね、みんなに話聞いてたのよ」

 前置きもなく、イサさんが僕に言う。

「何の話です?」

「この国の話」

 相変わらず支離滅裂なうえに、内容が脈絡のないところへ飛びまくりだ。

「意味が分からないんですけど」

「もう。魔導師って言うのに、なんで人の考えが分かんないの?」

 イサさん、無茶苦茶だ。けど指摘はしない。女の人に間違いを指摘すると、ずーっと根に持つって、父さんが言ってた。そしてその言葉通り母さんや近所の人は、夫婦喧嘩のたびに「あなただってあんな些細なことを、とんでもないことみたいに指摘したじゃないか」と、反論を封じ込めてた。

 おばさんに弱みを握られるなんて、ぜったいにイヤだ。だから言わない。代わりに違うことを言う。

「すみません」

 情けない。見習いとは言え魔導師の僕が、なんでおばさんに頭下げてるんだろう? でも父さんがいつも言ってたとおり、頭を下げるのはタダだ。タダでおばさんの敵に回らずにすんで、しかも情報が手に入るなら、これ以上いい話はない。だから下げる。

 だいぶ虚しいけど。

 おばさんは父さんの教えどおり、気が済んだみたいだった。

「しょうがないわねー。実はね」

 そう言いながら話しだす。僕の思惑通りだ。けどおばさんの話は、頭を下げるほどの内容じゃなかった。

「みんなでたまに、集まりましょ、って話してたの」

 貴婦人がたが一斉にうなずく。

「私たち、いつも館にばかり籠っていて、なかなか外へ出る機会がありませんものね」

「お互いにあまり、顔を合わせることもありませんし」

「でも姫さまからのお誘いなら、主人もイヤとは言えませんもの」

「新しいふわふわのパンというものが、楽しみですわぁ」

 何のことはない、ただのお茶会の相談だ。これじゃ僕の頭の価値は、お茶会のお菓子より下だ。

 ところが思わぬところで、思わぬ方向へ話が転がった。

「そうだわ、えぇと魔導師の――ともかくあなたも、ご一緒にいかが?」

「いいんですか?」

 やった! これなら姫さまのお茶会に出られる。姫さまがいい、って言えばだけど。

「でも彼、男なのにいいの?」

 イサさんうるさいです。そこは言っちゃいけないところです。黙っててください――と大きな声で言いたいけど、言えない自分が悲しい。

 ただ、大丈夫だろうとは思った。

 異世界から来たイサさんは知らないだろうけど、ここじゃ魔術師は基本、男女どっちにもカウントされない。というのも魔力を持つ人間が限られてるうえに、男女どっちに出るか分からない。だから男だ女だ言ってると、男子禁制や女人禁制の場所に魔導師が入れない事態も起こる。そんなわけで魔術師は、男女どっちの扱いもしないのが慣例だ。

 あとは姫さま次第だ。

「そうですわね……みなさま、どう思われます?」

「よろしいんじゃございません? 魔術的観点、というのもたまには伺ってみたいですし」

 ご婦人の誰かが口添えしてくれる。

 ありがとうございます! 名前分からないけど。

「では、彼にもお城にいる間は、来ていただきましょうか」

「賛成ですわ」

「私も。何より可愛いですし、悪さする度胸は、なさそうですものね」

 何かヒドい言葉を聞いた気もするけど、僕はちっとも気にならなかった。

 姫さまのお茶会に行ける。これはきっと、ふだんから師匠やおばさんの横暴に耐えてたご褒美だ。やっぱり神様は、日ごろの行いを見てくださってるんだ。

 ここのお城の礼拝堂はどこだろう? 明日行ってお祈りしなきゃ、そんなことを思いながら僕はその夜を過ごした。

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