第4話 ボクの立身出世
片づけの一件以来、イサさんとズデンカさんは、すっかり打ち解けてしまった。しかもそれだけじゃなくて、ズデンカさんの友だちとも仲良くなってしまった。
そして今じゃこの屋敷の広い食堂は、おばさんたちの溜まり場だ。
僕としてはすごく複雑だった。
おばさんたちが遊びに来るときは、必ずと言っていいくらい、手土産を持ってきてくれる。それは料理だったり、手作りのお菓子だったり、野菜だったり、チーズだったり……ともかくそのおかげで、僕の食糧事情は素晴らしく改善した。あのひもじかった日々が、嘘みたいだ。
ただ、なんか肩身が狭い。ここは師匠の屋敷で、僕はその一番弟子、しかもただ一人の弟子のはずなのに、屋敷の中にいまひとつ居場所がない。
ならばと部屋に籠って静かにしてると、必ず呼び出される。それも食べ物付きで、ってところが卑怯だ。拒否できるわけがない。
そんなわけで僕はいつも食堂へおびき出されて、おばさんたちの井戸端会議の中に無理やり入れられて、愚痴や噂話を聞くのが日課になってしまった。唯一呼び出されないのは師匠の研究を手伝ってるときだけど、それはそれでコキ使われるから、心の休まるときがない。
ちなみに師匠のほうは、見事に逃げ切ってる。午前中はいつも寝てるし、お昼どきはおばさんたちは一回帰るから、朝食という名の昼食を食べに出てきた師匠は顔を合わせない。午後は研究室にこもりっきりで、おばさんたちもさすがにその邪魔はしない。そして夕方にはみんな帰るから、師匠は一日中「おばさんフリー」な生活だった。
――やっぱり神様は不公平だ。
僕がこんなに苦労してるのに、どうしておばさんたちや師匠は、あんなに好き勝手してるんだろう。
「おやスタニフ、どしたんだい? 深刻な顔して」
「ズデンカ、訊いちゃ可哀想だろ。きっと彼女にふられたんだよ」
「え、キミにカノジョなんていたの? ずーっと家にいるから、そんな人いないんだと思ってた」
「イサ、ホントのこと言ったら気の毒だよ」
僕を囲んで、いつもこの調子だ。
ただ時々、意外な噂も聞けた。
「そういやイサ、あんたが教えてくれたお菓子ね、お城の料理人が教えてくれないかってたよ」
「お菓子って、ビスケット?」
「違う違う、ほら、ふわふわしたパンさ。姫さまに差し上げたいんだと」
「あぁ、シオンね」
ズデンカさんのいちばん上の息子は料理好きで、修行に出て今はお城の厨房にいるって聞いたから、そこから料理人の耳にまで届いたんだろう。そういえば何日か前、ちょうどズデンカさんのところに、お茶の葉を取りに戻ってきてたし。
そしてイサさんが作ったシオンとか言う、陶器のコップに生地を入れて焼いて、最後に逆さにして冷ましたパンみたいなお菓子は、たしかにふわふわで美味しかった。あれはぜったい、貴族の食べ物だ。姫さまにって言うのもわかる。
「今度来て、教えてくれとさ」
「お城まで? 遠そうねぇ」
この世界に慣れてないイサさんは、乗り気じゃなさそうだ。馬車に酔う体質らしいから、よけいに嫌なんだろう。
けど、僕は行きたかった。
お城にはさっき話にも出てきたとおり、お姫さまがいる。これが大変な美人だとかで、ひと目見たいと濠を泳いで渡って塀をよじ登るヤツまでいるんだとか。
で、お菓子を食べるのはその姫さまなわけで……おばさん、もしかしたら姫さまに会えるかもしれない。だから上手く一緒に行ければ、僕も姫さまに会えるかもしれない。
「イサさん、行きましょうよ。せっかく欲しいって言ってるんです。食べさせてあげないと」
「でもねぇ……」
まだ渋るおばさんに、僕は重ねて言う。
「僕も行きます。荷物でもなんでも持ちますから」
「あら、荷物持ちしてくれるの?」
「ええ、もちろん!」
姫さまをひと目見られるなら、荷物なんてお安い御用だ。
「じゃぁ、行こうかな」
「ならイサ、息子にそう連絡するよ。スタニフ、手紙書いてくれるかい?」
「はい!」
村の人たちの手紙を書くのは、僕の仕事だ。昔は村長さんがやってたらしいけど、あまりに忙しいから、師匠が村に来てからはみんなこっちへ来るようになった。でも師匠はあの性格だから、僕が弟子になってからは、みんな僕に頼むようになってる。
「いま、ペン取ってきますね」
「あぁ、頼むよ」
そんな声を背に、うきうきしながら僕は自分の部屋へと駆けだした。
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