第六章:Winter Fireworks -2


*19*


――This Moment;19th flet


 一月十二日、応急的措置として柴田達を派遣した。エリには無理言ってグァムを延期してもらった。給料いらずで役に立つ最高の人材だ。

文句一つ言わずプレジデント・オフィスを訪ねてきた柴田と奈穂ちゃんに(エリとアキヒロは豊田さんが迎えに行っている)、俺は会社計画で決められたタスクが書かれたレポートを渡した。

「これは…。」

コンサルティングの後に随分と修正が入っただけでなく、イタリアとの大型取引がいよいよ始まった頃のストライキは正直、痛かった。柴田も頭を抱えている。

「五日間で千四百トンのイタリア便が急務、日常の国内配送が二千トンくらいか。地獄だな。」

幸いにも常勤の社員達は残っている。国内配送は通常より時間がかかってしまうものの、彼らに任せておいて問題ない。事務から継続的に戦力を得たから、僅かな残業時間で終わるだろう。むしろ、残業代倍増処置で浮かれモードなぐらいだ。

となると、問題はこの千四百トンを何人で片付けるかだが、そこはもう絶望的である。俺たちのみでこの作業を五日間、終わらせなければならない。

コン、コンとノックが聞こえて返事をする前にドアが勝手に開いた。遠慮がちに入ってきたのは、遅れてきた二人だ。

「はぁーい。」

アキヒロがぺらぺらとA4用紙をチラつかせながら入ってきた。エリを部屋に入れた後、豊田さんは一礼して廊下を戻っていった。

「注文書もらってきたよー、すんげえ多いね、三億ぐらい?」

「ユーロだからわかんないけど、そのぐらいはいくだろうな。」

その手から用紙をひったくって柴田が言う。その言葉に、あいつは息を飲んだ。

「その量を俺たちだけでやるんか…。」

「だからお前らを呼んだんだよ。」

俺は前に出た。最高の人材を集めれば、五日など十分すぎる時間である。エリが回された書類に目を通しながら、肩を落としてため息をついた。

「ほんとに、給料もらわないと割りに合わなさそー…グァムと言わず、スイスにでも連れてってもらわなきゃね。」


「これ、どこー?」

光浩が部屋いっぱいのうるさい声で叫んだ。無免許でフォークリフトを運転するのは罪にならないのだろうか?

メインで使っている倉庫に臨時の千四百トンは入りきらない。今俺たちが作業している場所は、倉庫から外れたゴミ置き場だ。辛うじて室内であるし、そこにもトラックの荷を降ろすためのハッチがあるから、現時点ではそこがベストだった。

「ああ、そこの一○三のトラックに積んでくれ、そしたら出る!」

部屋の隅にあるエレベーターで上から人が降りてきては、気まずそうにゴミをダストラックに突っ込んで帰っていく。普段はお客様の待遇で迎えるはずの俺たちが、仕事をしていたらそれはさぞかし気まずいだろう。

巻いたままの腕時計を見やる。作業開始からゆうに一時間半が経とうとしていた。俺は内側にだけかいた汗を誤魔化そうと、手袋を脱いで部屋の隅に投げた。

「ああー!」

誰かが急に叫んだ、山口だ。リフトでパレット(荷物を積み上げるプラスチックのタイルをそう呼ぶ)を持ったまま、立ち尽くしている。

視線の先ではトラックが一台走り出していた。一枚積みそびれたに違いない。俺は積み場から飛び降り、大急ぎでトラックを追いかけた。

「ちょっと待ってー!」

ミラーに移るように、やや右側に寄る。手を振るとすぐにドライバーは気付いた。急にブレーキランプが点いたのを、慌てて横飛びで回避する。

簡潔に伝えてドアを開けさせると、俺は山口に叫んだ。まだ、中に空のパレットが一枚あったのが見えた。

「山口!投げろー!」

一瞬のためらいの後、十五キロの塊が空を舞った。トラックと山口の中継地点に立ちながら、うまく衝撃を吸収するようにそれを受ける。

肘が爆発するかと思う衝撃を堪えて、俺は一個ずつ――複数はとても耐えられないが――それをトラックのパレットに積みなおした。



「えええ…男の人って…。」

荷物を大事にする恵梨の中の常識と、人間離れしたマサヤの腕力で、おおよそカッコ良いか悪いかの判断がつかなかった。

あっと言う間に八掛ける四のスパゲッティの箱は片付いたし、息一つ乱さず次のプラスチックの板に取り掛かるこの男は、曲がりなりにも社長なんだなと思わされた。


「ねぇー、休憩しようよ…疲れたよ…。」

積み上げた荷物がブレないようにラップをがっつり巻いていたナホちゃんが、ふらふらとその荷物に寄りかかってため息をついた。

恵梨もナホちゃんも邪魔にならないよう髪を縛ってるけど、あのキレイなうなじはちょっと羨ましいな、と思う。そんなコト考えてる場合ではないんだけど。

「ああ、適当に抜けていいぞ。そこ出て真っ直ぐ行けば休憩所があるから。」

「はーい。ちょっと抜けるね。」

彼女に便乗して、恵梨も軍手を投げ、結んでいた髪をほどいた。

「あ、恵梨も抜けていい?」

「わかった。アキヒロー!代わりにラップ頼むわ!」

言葉を受けたアキヒロが黙って室内用フォークリフト(リーチ、と言うらしい)を降りて、ナホちゃんの手からラップの束を引ったくった。



自動販売機のそばに置かれたパイプ椅子にどかっと腰掛けると、ナホちゃんは思いっきり息を吐いた。

「これは体にクルねー、骨が折れちゃいそう。」

「女の子に現場は、なかなかキツいよね。」

熱いのか寒いのかよくわからなくなってきた手を、とりあえずココアの缶で温める。目をやると、彼女も同じだった。なんだか可笑しい。

実のところ恵梨も、ここの現場を手伝ったのは初めてだった。パートのおばさん達は、ずっとこれを続けてきたのね。

うーんタバコくさいな、と言いながら、彼女は外を見ていた。事務員のコがトラックに向かってヒョコヒョコ疾走していた。タイトスカートで走るの、大変なんだよね。ため息をつきながらこっちを振り返ると、言った。

「でもこのままじゃ、その内に普段の仕事にも支障が出そうだね。新しいパートさんを二十人も雇うのは、時間がかかるしなー…。」

「どうにか、帰って来てくれればいいんだけどね?」

仕事内容が良いとは言えない。それなりに惜しまずマサヤは給料を出しているだろうけど、話を聞く感じではたとえ謝っても、おばさん達はすぐには首を縦には振らないだろう。

「うーん…何かいい方法は…。」

いつの間にか飲み干していたココアを捨てようと立ち上がったら、ちょうどゴミ箱の向こうから誰かが入ってきた。作業服の人だから、"現場の人"かな。

「おや、社長はこちらではありませんでしたか。」

"現場の人"は一礼して顔を上げると、周りを見渡した。ナホちゃんがココアに息を吹きかけながら上目遣いでゴミ置き場を指差すと、シンクロしたかのように彼はそちらへと出て行った。

「なんか、慌しそうだったねぇ。」

「うん…緊急かなぁ?」

片手で狙いを澄ましてボトルを投げると、自己ベストな弧を描いてそれはゴミ箱の入り口へと吸い込まれた。ナホちゃんがおおおと声をあげたので、恵梨は思わずピースした。それをバタンと戸を開けて入ってきたマサヤに見られた。

「何やってんだアホめ、ちょっと来てくんないか?とんでもねえミスが発覚した。」

ガタンと音を立てて恵梨達が立ち上がる。マサヤはキャップで額の汗を拭うと、やや引き気味に言った。

「千四百トンじゃない、四千トンだった。なんてこったい…。」

恵梨から血の気が引いた。ナホちゃんの顔からも生気が消えた。よんせん…もあるの?



理解不能だ、第一不可能だ。俺は現場をうろうろしながら(それでもラップを巻く手が止まらない、もう脳内が機械のようだ)、正解を探していた。

一日に八百トンの荷物を五人で片付ける方法。手の空いてる人がいればそれも使いたい。

「アキヒロそれ巻きすぎ、トラック二台も来たから積み下ろし頼んでいい?」

マサヤの声が多少荒んでいた。たぶんに、彼も俺と同じ事を考えているのだろう。可能な限り急いでリーチを回し、ハッチに向かった。

――考えながら同じだけ体が動くんだから、俺なんかよりずっと使える。


 一台目、最後のパレットにリーチの腕を刺して、やや乱暴に引きずり出した。

昔のゲームのBGMを口ずさみながらマサヤに「次はどれ?」と聞いたら、彼はこっちを見ずに手を叩いた。

「そうだ!アレだな!適宜適材!」

「適材適所な。」

俺は急いでいた。なんとかして最低限でも一日換算分の八百トン、終わらせたかったからだ。

「それだ、アキヒロと柴田がまず交代する。柴田はリーチの動かし方を三十秒で覚える、アキヒロは今すぐ事務所で四千トン分の発注書を印刷する。事務のオッサンと代わってくれ。」

頭が爆発した。あまりに的確な配置っぷりにちょっと心を奪われそうになった。

広樹なら確実に三十秒で会得できるし、一分が経つころには頭と体両方でコントロールできるだろう。俺には四千トン分の発注書がどのくらいかわからないが、オッサンに任せるより速そうだ。

「ちょっと、行ってくる。」

俺はリーチを運転席が広樹に向くように止め、小走りで倉庫の出口扉開閉ボタンを押した。






――We never give up when it appears.

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