第五章:Year-end party -3



*17*


 街はまだ、年明けの余韻に浸っていた。

通りの両サイドにはあちこちゴミが投げ捨ててあるし、午前二時になろうと言うのにまだ、人通りは絶えない。その理由には、ここが神社に面した通りであることも半分、含まれるだろう。すれ違う人々は、主に若い男女のグループだった。

この中には一般人も芸能人も、シンガーソングライターも社長も、先生もOLもなかった。新しい年が運ぶ理由の無い喜びは、全員にとって平等で、共通の物だ。


――This Moment;17th flet


「ほーんとに、"DQN"ばっかりだなぁ。」

道路の端に寄せられた飲食物の残骸とすれ違った同じような金髪ウェーブの女性二人組を交互に見ながら、俺はため息をついた。"頭が悪い"絶望的なまでに他人に迷惑をかけている自覚のない奴を、インターネットスラングでそう呼ぶ。

風がタイル柄のマフラーとモッズコートのちょうど間に入り込んできて、勝手に身震いした。反射的に口をマフラーの中に埋めた。

「さむっ、ちょっと暖まりすぎたねー。」

マサヤを挟んで隣の(三人と二人で並んでいる。後ろを歩く「二人」が物凄く心配だ)エリが、俺以上に大きな身震いをした。当然のように肩を抱いたマサヤに嫌気が差した。まさか、年が明けて僅か二時間でイチャつかれるとは思わなかった。

やはりさっきの光景は写真に取っておくべきだった。次回はと固く誓って、俺は後ろをチラチラ気にしながら、マサヤを腕で小突き続けた。

「アキヒロ。」

思いっきり«肩当て(バンプ)»をくらった。この関係上全力のそれを喰らうことはまずないが、それでも俺にしてみれば全力も半力も変わらない。倒れこみそうなのを外側の足で思いっきり踏ん張った。

「痛い。なんぞ?」

酒の勢いでマフラーをばっと取られて(しかも無言だった)、一気に全身に寒気が回ってきたと同時に目が冴える。この時間だと言うのに電柱に備え付けられたスピーカーから音楽が流れていた。こりゃ、街は徹夜だな。

「あーいうのはほっとけばいいんだよ。あんだけ恋人同士と相違ない関係なら気にかけなくていい。実際、なんだか柴田が前より積極的だ。」

流石だ、この男はほんとによく見ている。酒のいい気分を引きずりながら、俺は調子よくヘラヘラと笑っていた。

「――にしても。」

彼の視線の先を追ってみた。一軒家に挟まれている、アパートへと続く路地裏の中で若い男女が長い、それは長いキスをしていた。通り過ぎるまでに終わらなかったぐらいだ。『アメリカのパクり、かっこわらい』にしか見えないのは、俺の心が狭いせいだろう。

二人の姿が見えなくなってから、やつはエリの肩にまたも手を回して、意地悪く笑った。

「アキヒロ、完全に場違いだな。」

「うっ。」

返す言葉もなかった。ちくしょー、予想くらいは出来てたはずなのに。

今年はいつにも増してカップルが多い。年明け直後の初詣は、友人同士だっていいだろ!?と、一人俺は宵闇に悪態をついた。



 なんだこのラブラブモードは。

さっきの空気を埋め合わせするように他愛ない人間分析や世間話を松中としていたが、あまりにも街はおめでたいムードに溢れていた。

前を歩く光浩が肩叩き程度の威力しかない連続パンチを山口に繰り出している光景と、今しがた路地裏で優男と尻軽そうな女が尋常じゃないキスをかましてた光景が、同時刻のものとはとても思えない。

「いかついね…。」

五人の中で一番最後までそのキスに釘付けだった(一番最初に目を離したのは当然ながら俺だ)松中が、白い息を身震いしながら吐き出した。

「憧れる?」

「まさか…路上でキスしてくる男とかちょっと神経疑っちゃう。好きだと違うもんなのかなぁ?」

「ですよね。」

全く同意見だ。好きだと云々まで、変わらない。

とは言え、さすがに外でキスにガマンするくらいのデリカシーは――やめた、どうせ周りの目が気になるだけだし、実際、前に一度やったことがあった。

「はいはい、お二人さん。」

光浩がこっちを振り向いていた。パンパンと、両手を叩いたくせに、さっみーとか言ってその手をさすっていた。

「つきましたよ。」

大きな武蔵境通りの手前でひっそりと控えめに神を祭る社があった。そろそろ着くということも、当然のように知っていた。



 初めてになる、五人での初詣にやってきた。しかも年明け直後に。これもまた初めてのことだ。そういえば、みんなもここに初詣に来るのは初めてなはずだ。そんなしょうもない『みんな同じ』が、今はものすごく嬉しかった。

「うわぁ、人、多いねー。」

思わず声に出してしまっていた。東京の片田舎だとは言え、ここは住宅街だ。年明け直後にはそれなりに、人がいるのだろう。

地元栗平のコ達はみんな元旦に川崎大師に行ったりする。それとここの違いは、まがりなりにもここが日本の首都ということだ。

「伊勢原にはこんなのぜってーいなくね?」

「それは光浩が外に出てないだけでしょ。」

「ですよねー。」

柴田くんと山本くんのやりとりをゆっくりと通り過ぎながら、わたしは入ってまず右側にある手水舎(てみずや、と言うらしい。今しがた二人に教えてもらった)に向かった。

「まずは利き手…と。」

左手でひしゃくに水をすくったとき、腕をがしっと掴まれた。びっくりしてその手の方を向く。――山本くんが、真剣な眼差しをわたしに向けている。

「松中さん、いかん。まずは左手からだよ。」

わたし達の後から入ってきた参拝客二人――さっきから若い人ばかりだ――が、喋りながらばしゃばしゃと手を水の中に突っ込んで洗っていった。

「――っ。」

流石に一般人にまでそれを咎めることはしなかったようだ。が、『きみはちゃんとやれよ』という痛い視線がひしひしと伝わってきた。

「はいはい、で、どうすればいいの?」

柴田くんに後ろ頭をゴツッと叩かれても、彼はどや顔を崩さなかった。


 その後も山本くんの参拝奉行様は続いた。

手水舎での順序は左手、右手、口、口を洗うために水を注いだ左手の順番で清めなければならなかったし(その後に柄杓の柄まで水洗いさせられた)、二礼二拍手一礼の作法はしっていたけど、その前後にも一礼ずつさせられた。

わたしや恵梨ちゃんには(どんな理由かわからないけど)まだ甘いほうだ。山口くんと柴田くんに対する徹底ぶりは異常だった。山口くんのため息の多さと、柴田くんの平手の多さがそれを物語っている。もしかして、連れてこなければよかったとでも思っているのだろうか。きっと、本当は必死なんだよ。

「わかってんだろ!ちくしょー、半分は憂さ晴らしだよ!来年こそは彼女を作ってここに来るんだ!」

彼は最後に柴田くんの平手を一発喰らった後、白の吐息を思いっきり出して百八十度反転し、わたし達を見下ろす鈴に向けて人差し指をまっすぐ立てた。それが今日いちばん失礼な行為であったことは、誰でもわかるはずだ。



 ひととおり神社と押し寄せる人を堪能した後は、恵梨達は固まって夜風と賑わいを眺めて楽しんだ。

『来年こそ彼女を作ってここに来るんだ』というアキヒロの意気込みは、たった今百円のおみくじを引いた瞬間に撃沈した。間違えて二枚分の棒を掴んでしまい、最後まで悩んだあげくの結果だった。

「恋愛…かなわず。遊ばれる。機を待つべし。」

その文を読むスピードは、彼らしからずゆっくりだった。『あっちが本物だし!』とそろそろ伸ばした手は、ぴしゃりと恵梨が止めた。容赦なく叩ける男友達は、さすがにごく少数だ。

はーとマフラーを巻きなおすと、彼はその場に座り込んだ。ちょうど、マサヤとヒロキが五人分の甘酒を買ってきた。ジャンケンに負けたのは、アキヒロなのに。でも、熱々の紙カップを五つも持って歩いてくるダーリンの吐息にドキドキした。

「アキヒロを見つけた奴らの十人に一人が、様子を変えたからな。お前は行かないほうがいいと思って。」

「そもそも嫌いなの知ってるだろ、俺の分まで――」

甘酒は、五つではなかった。好まないアキヒロのカップの中身は、豚汁だ。それを見た彼は言葉を止めて、黙ってマサヤを見上げた。

「おまえってやつはあああーー」

すくっと立ち上がって、バシバシとマサヤの肩をたたき始めた、弾みで彼の甘酒が少しくらいこぼれようが気にしないみたいだった。

涙でも出るんじゃないかってぐらい素直に喜ぶアキヒロを横目に、なんとなく、恵梨はわかっていた。彼の豚汁は、わずかカップ半分程度の量しかない。そして、ヒロキもまたあまり甘酒を好まないのに、その量は多めである。

アキヒロと同じような顔をしているナホちゃんは初めて見るに違いない。恵梨ですら一度か二度しか見たことがないから。スッと割り込んできたヒロキが、一瞬でそのカップの中身――甘酒を、アキヒロのそれに注ぎ込んだ。

「あれ、アキヒロ、量少なくね?足してやんよ。」

『足してやんよ。』とか言いながら、完全に事後報告だ。恵梨の視線がカメラで連写したように移る。彼の顔は呆気に取られ、マサヤは大爆笑し始めた。ヒロキはニヤニヤしているし、ナホちゃんは悲鳴を上げている――そして、恵梨も絶対に笑っている。

「ふざーーけんなよーー。」

自称思い出の一品、『豚酒』が出来上がった。アキヒロはまたガックリとうなだれた。

「これはー…友人の嬉しい配慮だよ。飲まなきゃいけないね?」

「んなわけあるか!また吐けってことかよ!」

恵梨のフォローは軽く流された。彼は一口もつけずに、それを神社の外に向けてカップごと放り投げた。神様への失礼を、十数分で二度も目撃してしまった。

「出来るだけ長く、こんな楽しい時間が続けばいいのにねえー。」

豚酒から目を離すと、ナホちゃんがまるで初体験のようにニコニコ笑ってそう言いながら、手を温めていた。



 報復にと、柴田に無理やり甘酒をグイッと喉へ注がれるアキヒロの姿を楽しみながら、俺は考えていた。さっき甘酒を買うついでに、酔いにまかせて柴田に説教をかましたのだ。さっき見た事を、すべて。

彼は虚を突かれたような様子で言葉を濁していたが、そこで終わらせるわけにはいかなかった。

「お前は、奈穂ちゃんの事が好きなんだろ?相手が気付くまで待てると思うなよ!?時期なんて関係ねえ、お前が言わなきゃなんも始まらねーんだよ!」

「ああ…うん…。」

周りの目――耳か、どっちでもいい――が気になったのか、柴田はコートの襟に口をうずめた。それでもこれを乗り越えさせないと、俺の気が治まらなかった。

「つってもまあ、俺は山口じゃねーし。」

「つってもじゃねえ、お前も俺も同じ男だろうが!お前はそれでいくつ、恋のタイミングを逃してきてんだよ!」

今なら全てに反論できる気がした。恋のタイミング。これはどんなに頭が良くても選べるものじゃあない。

露店の売り子さん(と言っても、確実に三十代だが)が笑顔で俺たちを迎えた。ひとまず言葉を中断して、俺は注文をしながら彼の背中をグーで軽く叩く。こいつの意地は俺が知っている。ボロクソに言うのが、彼を奮起させる特効薬だ。恋愛相手では、理論も理屈も損得も通じない。

案の定、一人で全てのカップを運んでいる最中、柴田が呟いた。

「山口。俺、やるよ。半年以内に、何らかの結果を出す。言っちゃったからな、後には引けなくなった。」

「ようし、それでこそ柴田広樹だ。久し振りに、底力見せろよ。」

半分酔ってることを言い訳にされないように、言葉で固く誓ってみた。

「がんばれよ。」

俺は誰にも聞こえないように、だがしかし確実に言った。新しい年のはじまりは、新しい自分を生み出すのに最適のタイミングだ。







――As soon as possible, we wanna stay 『This moment』.


-Year-end party-

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