第五章:Year-end Party -2


*16*


 三時間もしないうちに、買い物袋の中身はからっぽになり、空の缶がそこら中に転がった。

光浩はすでに動かなくなっている。代わりに俺と山口が、酔い覚ましがてら買出しに行くことになった。


――This Moment;16th flet


「相変わらず、よっええなぁ。」

山口が大またで歩きながら言う。月とすっぽん、という言葉を、目の前で見せられた気がする。

「周知の事実じゃん。」

光浩には悪いが、彼にはお酒を嗜むセンスというか、環境というか、とにかくその席にまったく恵まれない。

にも関わらず毎度のように出席しては倒れるから、お酒が――もしかしたらその席が、好きなんだろうと思われる。たとえ、お酒に関して『魔王』と呼ばれる山口が君臨していたとしても、だ。

「しっかし、寒くね?」

中の熱い空気を纏ったままに、薄着で出たのが災いした。十二月末日の風は暴れまわり、体が凍りつきそうだった。

線路沿いの道の静けさを急行電車が汚していった。暴れまわるそれらと合わさって、大晦日の静まり返った街にやかましく響く。

「この方が酔いが醒めていい。風邪引くといけないし、ちょい急ぐか。どうせ今日は一年で一番飲む日だからな。」

どうやら、彼は楽しいお酒の飲み方をわかって――待ってくれ、カンベンしてくれ。それにつき合わされるのは、間違いなく俺になっちゃうんじゃないのか?


「おっかえりー!」

すっかりハイになったエリが迎える。買ってきた物はすべてアルコールで、それ以外に手を出す気は(主に山口に)全くない模様だ。

酔いにまかせて衣服がダレダレに乱れている。馴染みの俺だから気にしないものの、こんな光景を写真に取ったら、バカ売れするんじゃないだろうか。

自主回収を始める山口まで想像したところで、テーブルの上に突っ伏している松中が目に入った。

「どうしたし?」

自分でもビックリするぐらいすばやく、隣を陣取る。――このメンツは誰も取らないのに。

松中はびっくりするぐらい顔を真っ赤に染めて、目を開けずに口だけを開いた。それがすごく色っぽくて、もやもやした。

「んー…何でもない。ちょっと、恵梨ちゃんのマシンガントークがすごくて…ううっ。」

「それは災難だったな。」

氷でがっつり冷えたファジーネーブルを空けていく彼女の口を、無意識に追っていた。

「仕事の話とか山口君の話とかがすごくって、わたしもうたじたじだったな。一人で相手するの大変だったもん。」

一人、と聞いて俺は後ろを振り返った。自分のベッドに頭を逆にして横たわる光浩は、とても頭数には入れられないだろう。

自分の缶ビールを流し込んでから机に向き直った。――さっきより松中の顔が近くて、ものすごくビックリした。半目を開け、俺の顔を覗き込んでくる姿は、結構好きだったりする。

「しばたくーんは、飲んでるー?」

「まあ、ほどほど、ほどほどにな。」

実のところ山口は、まだ加速を始めていない。だから、"飲んでる"という境地に達するには、もう一時間ほどかかるだろうと思った。それでも目の前の松中と、いま、周りに何も入ってこない空気にむせかえりそうで、このまま年が明ければいいのに、と思った。

ふぇー、と息を吐いて、頬を紅潮させた松中が再び机に突っ伏した。生ぬるい空気から解放されて、咄嗟に俺は顔を逆に向ける。

触れた窓がやけに冷たかった。冬の空気が張り付いて、カチンカチンに凍ってしまったみたいだ。

そろそろ、頑張らないわけにはいかない時が来るのかもしれない。前にも山口は言った。『時間は、限られてる』と。

好きなのかそうでないのかわからないうちに、二○一一年の終わりが来てしまった。振り返ってみれば、相手の考えとか、二手三手先を読み読みしているだけだった。その間に夏が過ぎ、秋になり、今年が残り二時間を切っている。

立ち上がろうとして、何かを諦めて席に直った。まずい、山口にあれこれ飲まされた結果が回り始めている。視界がだんだんと狭まってきて、世界は俺と松中だけになった。

ただ一人視界からブレない彼女はというと、ついに瞼を閉じたまま気持ち良さそうにウトウトし始めた。

多分、何か声が聞きたかっただけだろう。飛び掛かりたくなる衝動を理性でどうにか抑えながら、俺は慎重に言葉を選んだ。

「…そういえば松中って、大学んとき一回も彼氏作らなかったよね、なんかあったの?」

――選んだなんて嘘だ。こんなのは、何度も話したことだ。

当時の彼女は"恋人"という存在そのものに興味がなかったらしい。ゆっくりと体を起こすと、これまでとは違う答えを返した。それは、声のボリュームや、俺にとって非現実的なセリフであることが合わさって、ものすごく聞こえづらかった。

「しばたくんだったらいいのになー…。」

「え?」

んーんーと柔らかい顔をしながら、彼女はぼそぼそと口を動かした。聞き返してしまうより流してしまったほうが、俺にとって好都合だった。あのセリフを理解してしまったら、理性も思考もまるまる飛んでしまうだろう。

とは言ったものの体は――本能は正直だった。心拍数が上がっている。血の巡りも速くなる。胃が締まっていくのを感じた――やべえ。

「おい、柴田!」

山口の怒号にも似た声を右手で遮った。俺は一気に立ち上がって、おぼつかないステップでトイレへの道を可能な限り急いだ。



 有り得ない。それぐらいわたしの中で、今の柴田くんの行動はショックが大きかった。

もちろん大前提として、お酒の力を借りて探りを入れたわたしは最低だ。それでも確かめたかった。彼はわたしをどう思っているのか。

でも、答えは出なかった。それによりによって今のは何?答えに躓いた挙句、吐きに行ってしまったのだ。

――嫌われて、いた?ほんと、は。

視界がぼやけてくるのは、お酒のせいでも、寒さのせいでもないと思う。

涙が溢れてくるのを止められない。「どうしたの!?」と赤ら顔の恵梨ちゃんが覗き込んでくる。大慌てだ。

まるでセットのように相方に目をやった。柴田くんが駆けていったほうをじっと見たまま、ため息をついて肩をすくめていた。

慰められることには昔から弱かった。あっと言う間に涙はぽろぽろと流れ落ちて、気がつくとわたしは恵梨ちゃんの胸に顔をうずめていた。



 あの、バカ野郎!一部始終をエリと見ていて、はらわたが煮えくり返るかと思った。

あいつはあのまま、ゼロから年を越すつもりなのだろうか。もう二○一一は残り、一時間を切りそうだ。来年に残しておく課題は少ないほうがいい。トイレから引っ張り出してくるか迷ったが、やめた。ここはアキヒロの家だ。

奈穂ちゃんにはエリがついてるから、大丈夫だろう。俺は素直に柴田の復活を待った。アキヒロが額に腕を当てながら、寝返りをうったのが見えた。

――うーん、これじゃあ中々、難しいか。もしかしたら、明け方になるかもな。

俺とエリには、一つのアイデアがあった。"年明け直後"の初詣に行ってみたかったのだ。

そこでどうにか、柴田と奈穂ちゃんの距離をもう一歩近づけたい。お節介なのは十分承知していたが、周りで見ている俺の方が我慢ならなかった。

あれではもう、柴田に押し倒されたとしても、奈穂ちゃんは何の抵抗もしないだろう。――柴田が女の子を押し倒す、というシチュエーションがまずありえないので、これは無駄なたとえ話だ。

「えっぐ…へっぐ…。」

顔を真っ赤にしたまま激しい嗚咽でエリにすがる彼女が、とても痛々しく見えた。俺はまた柴田を引っ張り出そうか考えた。

「あーあ、あのバカ野郎…。」

視線を声の方にやった。さっきまで寝返りをうっていたアキヒロは、ムクリと体を起こしていた。腕を額に当てたままなのは、いつもの"応急処置"がないからか。

「んー、あったまいてーえ…。もうさ、あいつが言わないなら俺らが言っちゃおうぜ。ヒロキってさ――」

バッタァァァンと、トイレのドアを思いっきり叩く音が聞こえた。ドアが壊れてないから、グーじゃなくてパーだろう。

それでもグー以上の破壊力があったようだ。アキヒロはとても、とても静かになった。



 ようやく奈穂ちゃんが泣き止んだ頃には、カウントダウン番組が始まろうとしていた。それで、大体四十五分頃だとわかった。

帰ってきた柴田はアキヒロのベッドを使って体力を回復していた。そのアキヒロは、俺が罰ゲームを喰らわせたから、今はトイレだ。

話題はとうに尽きかけていたので、残った僅かなものを振りながらテレビ番組を共有した。二人の女子と違って、俺には口ずさむ勇気はなかった。

柴田と奈穂ちゃんの間に会話はない。――もしかしたら、恋愛にはこれくらいすれ違いがあるほうが面白いのかもしれない。それがドラマを見ているのと同じ心情ということに気付いて、考えるのをやめた。

エリはようやく泣き止んだ奈穂ちゃんから離れ、俺と肩をくっつけて残った缶を空け続けている。酔い乱れて衣服はダレダレだ。畜生、何でここはアキヒロの家なんだ!

"若干十六歳の女性シンガーソングライター"が一曲目を歌い始めた。タイミングを計ったように、トイレからそのファンが出てきた。

「マサヤてめーまじ、悪魔みたいなやつだな…。」

親指の裏でひたいをグリグリしながらそう言うと、彼は水道水を飲み干した。そんな事言われても、ホメ言葉にしか聞こえないのに。俺は言った。

「もう一分切ってるぞ。」

ふう、とため息をついて強引にプラスチックのコップを投げると、エリの後ろ姿にバスタオルを投げてよこしたようだ。ぼふっとした柔らかい風でそれがわかった。泥酔していても、彼は悲しいほどに理性に忠実だ。

「柴田!しばーーーた!!」

俺はエリにバスタオルを羽織らせながら、大声を飛ばした。どうせ意識はある。そら、彼は手を伸ばして、人差し指を立てた。

二十からのカウントダウンが、テレビの中でも始まった。"今現在"売りに売れているアーティスト達が、こぞってオーディエンスを煽っている。

アキヒロが俺、そしてエリへと視線を投げて、腕を前に出した。同じように、人差し指を立てる。

涙を出し切ってストレスを水に流した奈穂ちゃんも、彼より先に人差し指を立てていた。俺はエリと腕を絡めたまま、右手を突き出した。

カウントがゼロになるのと同時に――新しい一年が始まったと同時に、俺たちは声を上げた。


――A happy new year , we'll go on !


誰にとっても、一年の始まりはどこか特別だ。何が特別なのかは、うまく言葉にはできないが。





――Cheeeeeeeeeers!! I love『This moment』.

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