第四章:Ticket to ride -1


―第四章・Ticket to ride―


*11*


 今回のストーカー騒動に関して、様々な報道がなされた。

鈴村恵梨、と、山本光浩、の名前は嫌になるぐらい報道されたし、

毎日スタジオには大勢のマスコミが押し寄せた。中には二人の恋仲を勘ぐる週刊誌まで出ていた。それはさすがにマサヤに殺されてしまうよ。


――This Moment;11th flet


と、俺は防波堤のテトラポット(景観を損なわない、天然石のものだ)沿いを歩きながら考えていた。

無理を言って、避暑地――前から行きたかった能登半島に来させてもらったのだ。

十一月になって、海風がものすごく冷たく、強い。さっきからマフラーを何度も直しているし、中折れ帽子は全く意味をなさないので、手に持つことにする。

出会った日の二人をReplayするくらいの女の子が居れば、こんなに冷たくはないかもしれないが。


 こちらに来て二日目。そろそろ、仕事をはじめなければ。

うちのプロダクションのスタジオは、能登の七尾市にも一つあった。

元々はデビューさせようとしているアーティストの養成所になっている場所だが、今はバックアップ予定のアーティストは居ない。

つまり、俺が好きに使っても問題ないという。それに甘えて、泊り込みでオフを取る事にしたのだ。

というものの、辿り着いてから今までしてきたことといえば、前々から少し興味のあった能登半島を海沿いに周っているくらい。

ポケットに財布と手帳を突っ込んで、携帯のナビを頼りに俺は徒歩の旅をしていた。

今は能登東側――富山県氷見市の、小境というところらしい。日本海がとてもキレイに、キラキラと瞬いている。

穏やかな海が夕方前の光を反射するのを見るには、まるでこの星が抱える銀河のようだ。

そんな率直な感想を、まとめて手帳に記しながら書いていく。どこで使えるかわからないからね。


幸い、平日なこともあって歩く人もまばら。メガネをかける必要すらない。

もともと通行量の少ない場所な上に、観光客もいなかった。

ざっと見回してみても、俺の悪い目に映るのは、バイパスの待避所に車を止めて防波堤越しに日本海を見据えている女性三人ぐらいだ。

車のナンバーがレンタカーだから、俺のように口能登からの旅行者か何かだろう。

服装で女性三人ということだけはわかった。身長がでこぼこすぎて、タケノコみたいで面白い。

どうせ俺の視力では顔までは見えない。欠伸を一つしながら、その集団を通り過ぎようとした。


「おあっ!」と声が上がった。俺は咄嗟にその声の方に振り返ってしまった。

――やば、気付かれた!?

と思ってその声の主にピントがあったとき、俺の口からも声が漏れてしまった。

「えええ…。」

三人組の一人…小柄な俺の肩ほどしかない身長に、起伏の少ない体型、この距離なのに誰にも遠慮の無い声。

ほぼ毎週のように顔を合わせる、広樹の彼女――松中奈穂だ。それを確信に変えたのは、足元を彩るビリジアンのブーツだった。

「松中さん…どうしたの…?」

俺の声は半ば、呆れというか…嘆きみたいな色をしていた。

そりゃあそうだ、休暇先でこんなに疲れる人と出会ってしまっては、意味が無い。

いや別に嫌いじゃないんだけど…俺の心は揺れていた。逃げたい、逃げ出したい。

松中さんは風に飛ばされそうな髪を手でまとめながら、口を開いた。

「社員旅行だよ。もやしこそどうしたの?ツアーとかじゃないでしょ?」

相変わらずその目は、俺の事をまっすぐ見ている。ほんとに、穢れ無えな。

しかし最近の松中さんは、言葉が棒読みじゃなくなった気がする。距離が縮んだなら嬉しいけど、気のせいかな。

「この前のストーカー騒動から、休暇命令が下ってまーす。曲作りに精を出すようってことで、体よく隔離されてるんよ。」

俺は海岸の方を向きながら答えた。顔を松中さんに向けたとき、その向こうの二人が首をかしげて、こっちを覗き込んでいるのが見えた。

「あの…え…?」

そのうちの一人、一番背が高い子が、おそるおそるこちらを伺っている。

「あー、えっとー?」

俺は適当な相槌をうちながら、松中さんを小突いた。

「あーそっか。んとね、わたしの友達の友達…あれ?うん、とにかく"アキヒロくん"です。もやしみたいでしょ。」

松中さんがてきぱきと俺を二人に紹介する。最後の補足に返事もせずに、背の高い子は口を両手で覆った。

もう一人も、ああ、と手を合わせる。――なるほど、と俺は自分の知名度を把握した。

「あーーーっ!歌手ですよね!シンガーソングライターですよね!?」

「奈穂ちゃん、友達だったんだー。」

二人が詰め寄ってきた。特に背の高い子(俺と同じぐらいだ)の勢いがすごい。

「ども。」と俺は短く頭を下げた。ツッコみたい所は色々あった。

たとえば、松中さんの"彼氏"の友達だろうとか、俺は君と友達じゃないのかとか。



 結局、車に乗せてもらって帰ることになった。俺は徒歩だから、ちょうどいいと言えばちょうどいい。

助手席からは運転席越しに夕焼けに照らされてキラキラと光る海がまだ見える。西側だったら、もっとキレイなのかもしれない。

「こんなところで会えるとか超ラッキー!抜け出してきた甲斐があったね!」

"高い子"(まだ名前も聞いていない)が車を運転しながらはしゃいでいる。写真は丁重にお断りさせていただいた。

話を聞くにはどうやら、社員旅行二日目の観光時間を三人で抜け出して、勝手にレンタカーで日本海を見学に来ていたらしい。

会社という組織の中でそれが許されるのか知らないが、楽しいならそれでいいんだろう。

車内は、ストーカー騒動の話題で盛り上がっていた。

「わたしだけ置き去りで、ずるいよねー。」

「さすがにあぶないよ。広樹でさえ、あんなケガを負ったんだからさ。」

すべてが終わった後、新聞で事情を知った松中さんにひどく怒られたのだ。

特に広樹が頭を負傷したくだりと、俺が車に轢かれそうになったくだりで彼女はぼろぼろと泣いていた。死ななくてよかった、と。彼女の心根はやはり優しい。

「松中が泣いてどうすんの、普通に泣くほど痛かったけどね。」

しまいには広樹がけろっとした顔で、そう言ってのけたのだ。――そんな奴が、冷静にバットの振り下ろし角度とか覚えてるわけねーだろ!


「そういえば、どこに泊まってたの?」

俺はふと、誰に言うでもなく問いかけた。

数秒の沈黙の後(誰に聞いたのかわからなかったんだろう)、松中さんが答える。

「和倉温泉だよ。めーっちゃお湯が気持ちよくて。東京には、あーいうのないもんねぇ。」

咳き込みそうになった。俺が滞在しているところは、和倉温泉まではいかなくとも、ほど近い七尾駅周辺なのである。

もちろん、温泉も堪能させてもらった。同じ風呂じゃないことを祈るばかりである。

これ以上ツッコまれたくなかったので、話を無難な方向へ切り替えた。

「へ、へぇー。そういえば三人とも仲良いね。社会人一年目とは思えない。」

「入社式から一緒なんですよ。奈穂が開式直後から居眠りこいてて、それを起こしたのが私なんです。」

"もう一人"が俺の後ろで答える。もー!と、松中がその子を叩く音が聞こえた。

「そしてそのまま、何もしてないのに巻き添えで怒られたのがあたしなんです。」

"高い子"がケラケラと笑いながら答えた。――なるほど、そのボブ・スタイルは顔の大きさを隠すためのものか。

「友情ってのはどこで芽生えるかわかんないもんね。」

俺は昔を思い返していた。

車は大きく左にカーブして、太陽が目の前に現れた。思わず目を瞑る。

「んー、まぶしいねー!」

と"高い子"が言う。すごく楽しそうだ。後ろから、"もう一人"の声がかかる。

「いつもテンション高いけど、今日はなおのことだね。」

「と~ぜ~ん!」

その言葉に俺の脳内回路が一周した。術式のように勝手に言葉が漏れる。

「"そんなワケにはいかないのよね~!若さが強さってとこ教えたげるよ。"」

「は?」

「え?」

後ろで二人が声を漏らす。たぶん、顔も見合わせているだろう。

まずいと思った。キーワードからすぐに歌詞やセリフを出すのが、俺のクセなのだ。

「あ、えーっと。ごめんごめん、クセなんだよ。」

この場をどうにかして取り繕いたい、が、さらにマズイことになった。

「えええ、わかりますか!?知ってるんですか!?」

通じてしまったのだ。"元ネタ"が。

正直、嬉しい。嬉しいが、この場では拾わないで欲しかった。

「あ、ああうん、すげぇやってるからね…。」

とあるゲームの脇役のセリフだ。

隣からぺちゃくちゃとそのゲームについて語られる。小学生の時からずっとやってるからよくわかるが、少しは空気を読んでほしいとも思う。

さらに、俺もこれ以上他の話題の振り方はわからなかった。若い女の子を同時に相手するのは苦手である。

というよりも、俺はこの子が苦手なだけかもしれない。



 結局、和倉温泉駅近くのレンタカーショップまで俺たちは戻った。

道中でうちのスタジオも通ったが、降ろしてはもらえなかった。一時間、みっちり話に付き合わされたのだ。

「はああ…。」

車から降りた俺は、返却の受付をしに行く運転手を見て、それはそれは大きなため息をついた。

膝に手をつく、マフラーがぱたっと前に垂れてくる。

「だいじょうぶ?」

さすがの松中さんも、今回は同情してくれてるようだ。

"もう一人"も、横目で彼女を見ながら苦笑する。

「腐女子のトリガーを引いちゃったのは、アキヒロさんですけどね。」

「そのようだね…。」

"高い子"が戻ってきたのを見て、よいしょと体を起こす。メガネをかけ深呼吸をして、手を軽く挙げた。

「じゃー、俺は帰るね。」

「あ、待って。送ってく。話したいこともある。」

えーっと不満をたれる"高い子"に背を向けて歩き出す前に、松中さんが俺を呼び止めた。

「ここでいいよ。」

「まあまあ。ここで会社の人に見つかってもヤだしね。」

"もう一人"が"高い子"をなだめて、一緒に歩き出す。――気を使ってくれてありがとう。


 改札機で、無駄な片道券と、往復券を一枚ずつ買ってやった。

「すごいメンツだね。」

俺は苦笑しながら、切符を松中さんに渡した。

電車は既に、ホームに止まっていて、俺たちを待っていた。改札をくぐりながら、松中さんも苦笑する。

「あそこまでスイッチ入れる人は、うちの会社にはいないからね。」

車内は夕方ということもあり、宿泊施設のあるこちら側から出る人は少なかった。ボックスシートが丸々あいている。

ボックスシートに腰掛けると同時に、電車がゆっくりと動き出した。

先ほどの松中さんの発言が気になった。恐らく、嫌いであろう俺にここまで付いてきた理由。

「話ってなんだい?広樹のことだとは思うけど。」

俺は笑いながら、問いかける。あちゃーと松中さんはため息をついた。

手を組んで、話しにくそうに指をくるくる弄びながら会話を切り出した。

「わかってたかぁ。あのさ、この前、柴田くんがエリナ様と付き合ってたところまでは聞いたんだけど…。」

"この前"というのは、もう半年近く前のことだろう。夏前に、旧友のエリナが結婚した頃だ。

エリナ様、という所をわざわざ小さい声で言ってくれたのは、彼女なりに配慮が出来るようになった証拠だろう。

「うん。五年間、それはもうマンガのような恋愛でしたが。」

「ごっ――何でその…別れちゃったの?」

いきなりどぎつい質問をかまされた。高校の頃の凄まじい思い出が蘇ってくる。

小学校五年生の頃、地元・伊勢原市に広樹は引越してきた。彼はそれまで名古屋に住んでいた。

エリナは、名古屋に居た頃の同級生で、俺たちは中学の時、彼女に出会った。

彼女もまた横浜に引っ越してきていて、数ヶ月に一度くらいのペースで遊んだり、文化祭に招待したこともあった。

高校も狙って同じところに進学したのだが、そこで彼女は大幅なフォームチェンジを遂げた。

「分厚い化粧に増えた露出、中学の頃を知ってる人は誰も想像できないと思うんだ。一言で言うと、ケバい。」

俺はなるべく短く纏まるよう話を整えながら、そのありのままを語る。

「それはもうものすごい影響速度と変貌で、毎日違うパターンの化粧・服装、気に入らなかった服は二度と着ない。そんな感じだね。」

電車は六分で着いてしまう。はじめの三分で、概略を伝えた。

隣でゴクリと松中さんが息を飲む。そんなことが…と小さな声を漏らした。

「ま、それについていけなくなったんだろうね。広樹が我慢の度を越えましたと。これ相当難しいことだよ。」

彼が女の子相手に我慢仕切れなくなることなど、この一度きりしか見たこと無い。

「そうなの?」

松中さんが考え込む、そして、手をぽんっと打った。

「そういえば、背中に吐いても笑って許してくれたっけ…。」

嫌な事を思い出したらしい。ブーツのヒールをコツコツ合わせている。

俺もその話は聞いていたが、松中さんを責めるような事は一言も言わなかった。

「ま、だからさー。」

残りの一分で切り出した。いい加減この二人には付き合ってほしいのだ。

「なんかトラウマになってるぽいから、告白するときは"私はあなた色のまんま"みたいな事でも言ってやってくれよ。」

別に彼がそんな事を望んでいるとも思えないが、外見に出るより彼はずっと古風で、そして純情である。

――そりゃそうだ。«LovingLover(恋愛嗜好家)»なんだから。

「ばっ――」

松中さんが耳を赤く染めて、下を向く。こっちも純情すぎてかわいい。

電車は、七尾駅に着こうとしていた。窓の外の景色を見やる。

そろそろ午後六時になろうという時間だ。外はもう暗い。東京なら、逆に俺が和倉温泉駅に引き返すところだ。

ここで事件が起きるのは小説の中だけだし、あの二人が会社にはうまく言ってくれているだろうから心配はしない。

『まもなく、七尾――七尾――』

アナウンスの言葉に荷物をまとめようと窓から目を離したとき、奇妙な物が視界に入った。

「あれ?」

窓には、日光を遮るブラインドが付いている。そのレールに、何かが挟まっている。

声に反応して、松中さんが俺の視線の先を見る。ためらわず、俺はその何かを引っ張り出した。小さな紙だ。

「『二二-六-三』…なんだ、切符か。」

広げると、三年前の切符だった。日付の印刷部分に、ペンで何か書き足してある。――六の前に『五』と、六の次に『○』。

「いたずらかな?」

そう言い切る松中さんをよそに、俺は何かただならぬ物を感じていた。

ザラッとした感触があったので、切符を裏返す。裏面には、同じペンで文字が書かれていた。

「『金沢市二宮町』…うーん…。」

俺の手元を覗き見るミニミニが、ぺちゃくちゃと喋り出す。電車が減速を始めた。

「旅行の記念とかかな?あの辺に何があるか知らないけど。」

「それなら尚更、『和倉温泉!!』とでもでっかく書けばいいじゃないか。金沢は石川の県庁所在地だ。記念にするような施設は考えつかん。」

土地勘が無いため、考えは回らなかった。思いついた順に言葉を出す。

「あるとしたらスポーツの競技場だけど…どうにも数字がひっかかるんだ。二二五-六○三。スポーツのスコアじゃなさそうだし…。」

電車のブレーキ音が響き、俺は少しふらついて窓にもたれかかった。駅の外にたくさんの看板広告が立ててある。

突如、俺の回路に電撃が走ったかと思った。電車が停止するのを待って、俺はゆっくりと口を開く。

「たとえば…たとえば、マンションの住所と、部屋番号とか…。」


電車の扉が開く。慌てて俺たちは荷物をひっつかみ、出口へ駆け出していった。












――Secret numbers, John's will. 『This Moment』, he is gone.

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