第三章:Don't ignore any crimes -3
*10*
次の日、俺とマサヤはスーツを着て、森田祐一の住所に向かった。
驚いたことに、森田祐一の住所は実在した。
学生向けであろうアパートの一室にご丁寧に「森田」と書いてある。
隣で『闘』という字で『やる気』でいるマサヤの脛を蹴ってから、俺は呼び鈴を鳴らした。
――This Moment;10th flet
「はい?」
中から、髪をぼさぼさに生やした男が出てきた。
髪を除いてみると、大学生くらいに見える。
「森田 祐一さんだね?武蔵野署ですが。」
俺は懐からレプリカの手帳を取り出して、開いた。
「なんだよ、また警察か。」
また、という事は、先を越されたのだろう。
警察より先に来たくて、朝九時にしてみたのだが、遅かったようだ。
「あんた、歌手のAkihiroに似てるな。」
「よく言われます。もう一度お話を伺っても、よろしいでしょうか?」
俺は度の入っていないメガネをかけていた。
ワンルームの中に案内され、俺達は向き合って座った。
森田祐一は、思ったよりもずっと印象の良い青年だった。
神奈川県川崎市の大学に通っている三年生だが、授業をサボりがちで、就職活動もしていないと言う。
その分部屋はきれいで、整頓もされている。
部屋の隅にはリキュール瓶や、写真がたくさん飾られていた。
きっとここは森田の友人達のたまり場にもなっているのだろう。
俺は部屋を見回してから、質問した。
「モデルの鈴村恵梨さんはご存知ですか?」
「だから、知ってるよ。大ファンなんだ。」
さんざ同じ事を聞かれて、イライラしているのだろう。
俺の隣でマサヤが、質問を始めた。
「彼女がストーカー被害にあっている事について、何か知っているだろう?」
「知らねえよ。ストーカーされてる事だって、さっき別の警察から初めて聞いたんだ。当然だろ?」
マサヤが手を出さないことを信じて、俺は部屋をぐるっと一周した。
ある物を探しながら、マサヤと森田の会話を聞いていた。
「だが、ストーカーまがいのファンレターは送っているな?」
「あれは確かに、ちょっと過激な内容の方が反応してもらえると思った。それでも俺は知らないんだ。住所も、本名か芸名かだってさ。」
「反応してもらえなかったからって、ストーキングするってことは――」
「だからないっつってんだろうがよ!確かに俺は過激な手紙を二通出したよ!それでもそれ以上のことは、何もねえ!」
声を荒げた森田の襟元を掴もうとしたマサヤをぺしっと叩いて、俺は口を開いた。
「すまないすまない、それじゃ、もうちょっと色々聞かせてくれよ。」
*
「では、何か気づいた事がありましたら、署までご連絡いただけたらと思います。」
俺は一礼して玄関へと向かった。
真昼まで話し込んでしまった事に気づいたのは、森田の部屋を出てからだった。
「あ、ちょっと最後に一つ、聞いていいかな?」
後ろでアキヒロが何か森田に耳打ちしていた。森田も、うんうんと頷く。
「ああ。それだったら――」
一体、何を話していたんだろう?
結局、これと言って収穫は得られなかった。
それでも、警察が来たことで森田がこれ以上ストーキングしなくなれば、と俺はそう思っていた。
十二時を知らせる鐘が鳴る。俺の腹も同時に鳴った。
「おい、昼飯食いに行こうぜ。おごってやるよ。」
アキヒロが隣で俺の腹に手を当てた。少し恥ずかしくなった。
俺の腹がようやく鳴り止んだところで、二人の男に呼び止められた。
背の高い短髪の男と、メガネをかけた恰幅のいい男だった。恰幅のいい方が、何かを取り出す。
「こんにちは、武蔵野署ですけども。」
ホンモノの警察だ。アキヒロの言った通りだった。
『恐らく警察も森田を見張ってる。俺達が行ったら、話しかけてくるかもしれない。』
少し場所を移して、俺達は予め相談しておいた会話を始めた。
「おまわりさんが、何か御用ですか?」
アキヒロが先に取った。
「森田祐一さんの、お友達かな?」
「はい、そうです。企業の説明会に一緒に行く予定だったのですが、寝坊したみたいで。」
打ち合わせた言葉を、俺はそのまま並べた。
なるほど、スーツを着ていれば、就活生や同僚のフリをして言い訳できるのか。
「ほう。」
背の高いほうが、手帳にメモを取りながら言った。
「彼は、君たちに好きな芸能人の話をしたかな?」
通り過ぎる人たちの目が、少し気になる。アキヒロが恰幅のいい方に向き直った。
「はい、鈴村恵梨が好きなようですが。」
「かなり熱心なファンなのかね?例えば、ファンレターを送るような。」
「そういう話は聞かないですね。」
これは俺のアドリブだった。
「なるほどね――それじゃ、君たちはどうかな?」
「こいつは結構、好きですね。」
アドリブと共にアキヒロが指差してくる。
警察に嘘をつくなんて、俺にはそんな自信はなかった。背中に少し汗をかいているのがわかる。
「そうですね、ファンレターを送ったりはしませんが。写真集も持ってますよ。」
俺は笑顔を作って言った。これは、見抜かれているのか?でも、嘘は言っていない。
それでも(あれほど顔に出易い)アキヒロがいつもの顔なので、俺はまだ自分を保つことができた。
「そういえば、シンガーのAkihiroに似てるって、言われない?」
緊張を解こうとしたのか、背の高いほうがアキヒロに聞いた。さっきも同じ事を言われていたな。
「よく言われます。」
と言ってから、一度咳払いをする。ちょっと嬉しいんだろう。
「鈴村恵梨に何かあったんですか?それも、森田に関係することが?」
「実は、ですね――」
ついに警察の口から、捜査状況の説明があった。
アキヒロが友達に扮した狙いは、これだったのだ。
警察と別れた後、俺の食欲はあまり進まなかった。
「森田祐一は、ストーカーじゃないよ。」
アキヒロが冷し中華を食べながら言った。どうやら、嘘をつき慣れている奴は違う。
だが、その言葉の方が、俺には気になった。
俺は外見とかで、判断を入れてしまうことがままあるからだ。
今回も完全に、森田がストーカーだと変な確信を抱いていた。
「部屋も財布も調べたけど、免許証もスペアキーもない。昨日俺が襲われたのは車を使ってだからね。」
無免許で車を運転するかどうかは、親や趣味など環境に左右されるが、確かに森田の部屋には、その環境を表すものはなかった。
車の模型はおろか、写真すらなかったのだ。車好きとは考えにくい。
そもそも、壊れた車を修理に出したことを考えても、キーがもう一つはあるはずなのだ。
いや、でも、誰か別の人間が運転したって事も考えられる。俺は口を開いた。
「いや、複数犯ってことも――」
言い出した途中でハッキリと、アキヒロに遮られた。
「ないよ。恋愛感情のあるストーキングは複数でしない。もし複数だとしても、あの時俺と広樹を同時にボコせば済むことだ。」
応酬は、アキヒロに軍配が上がった。確かにそうだ。
「それに、電話線のジャックを調べたけど、森田はインターネットをしていない。」
確かに、森田も言った。「手紙を二通送った」と。
つまりは――
「あの電子メールの送り主と、森田は別人なのか。」
今は携帯でも電子メールが送れるが、パソコンに取り憑かれたアキヒロのことだ。何かあるのだろう。
「うん。あのメールアドレスはフリーで誰でも取得できるんだけど、携帯には対応してないところなんだ。」
そしてアキヒロは、重要そうな一言を付け加えた。
「だから警察から情報が欲しかったんだよ、直接、彼らしか知りえない情報をね。」
俺とアキヒロの席の前に、誰かが立ち止まった。
「契約情報と、プロバイダーのことね。」
予め電話で呼んでおいた、無事退院した柴田だった。
*
フリーのメールアドレスを取得するには、名前や住所などの情報が必要だ。
もちろん、それにも虚偽の情報を入力することはできる。
だが、その入力された情報がどこから送信されたのかは、しっかり記録されてしまう。
インターネットを経由して情報を送信するから、ISPと呼ばれるインターネット接続会社がバレ、そこに本物の情報がある。
それを問い合わせることが出来るのは、警察やそれに準ずる機関だけだ。
幸いまだISPしか割り出されていないようで、まだ俺たちにチャンスはあった。
どうやらちゃっかりと、山口と光浩はそれを聞き出してしまったらしい。
「心当たりがあるかもーと言って、あ、やっぱ違いましたと言えば済むことだよね。」
光浩はポテトをぱくぱく頬張りながら言った。
どうやら今日は山口の顔色のほうが悪そうだ。
「でも、それを突き止めて、どうすんだ?」
山口がポテトをつまみながら光浩に聞いた。
確かにそれは気になっていた。が、一つの仮説を立てると辻褄が合う。
「さっき森田に聞いたんだけど、鈴村恵梨の非公式ファンサイトがあるんだって。」
仮説は当たっていた。インターネットと鈴村恵梨の接点、ファンサイト。
「そこの掲示板の管理人に、そのIPアドレスと一致する書き込みがないか、聞いてみるよ。」
一般人なら、レプリカ手帳にさえ騙されるから、と言って光浩がニヤッと笑った。
*
ご丁寧にアキヒロは、犯人の住所や外見まで突き止めてしまった。
IPアドレスを偽装して管理人にメールを送り、アクセス情報というものを開示させた。
次に直接管理人に電話をかけ、オフ会と呼ばれる、インターネット上での知り合いがリアルで顔を合わせる機会がなかったか問い合わせた。
その結果、見事に犯人はファンサイトに書き込みをしていたし、そこにちゃっかり『あの』メールアドレスも載せてしまっていた。
もちろん、オフ会にも積極的に参加していた。五年も前の書き込みから見つかった情報だった。
五年前の書き込みにメールアドレスを付けた事など、本人はとうに忘れてしまっているのだろう。
――小野 渉。それが俺達が突き止めた、男の名前だった。
「十九歳って言ってたらしいから、五年前だと十四、五歳。若さに足元すくわれてるね。」
確かにそうだ。十四歳と言えば無理に大人びて色々な事をしたり言ったりするが、中身がついてこなく、隙だらけだった。
パソコンがちょっと上手くて、インターネットで色々な人と絡んで、気持ちが大きくなっていたのだろう。
学校でも『自分はパソコンが出来る、大人顔負けのスーパーキッズ』で通っていたに違いない。
身近にいる誰かさんを思い出した。
住所は、半年前にファンサイトで行ったプレゼント企画に当選した時のものだった。
半年前の住所なら、今もそこに住んでいる可能性は高いだろう。
もし大学二年生で、上京して一人暮らしだとしたら、全て上手くいってくれるのだ。
「今日、いや今から行ってやろうか。」
エリの家に集まった俺、アキヒロ、柴田の三人は、お互いに頷いた。
「じゃあ、一つだけ準備してくるから、俺ん家に寄ってくれ。」
アキヒロが立ち上がった。
「何急いでんだよ、出発前に一杯――」
コーヒーを入れようとしたら、柴田に止められた。
「早くしよう。夜になったら、また動くかもしれない。エリが危なくなる。」
ベッドにいたエリが、それを聞いてぶるっと震えた。
「わかった。」
俺は取り出したコーヒーカップを戻して、車のエンジンをかけに部屋のドアを開けた。
「もう大丈夫だよ、後は俺たちに任せて。二度はやられんさ!」
後ろで、柴田が飄々とそう言っていた。
もうすぐ日が落ちる。夜の帳が降りれば、小野は部屋にいないかもしれない。
どうやら天罰が下ったようだ。小野はまだその住所に住んでいた。
森田の家と同じ、吉祥寺にある学生向けレオパレスの一階だった。角部屋で、逃げ場はない。
ドアを開けた小野の視線は、柴田とアキヒロを同時に見ていた。目が見開いている。
「やっぱり二十五の靴か。忘れたわけじゃないよな?」
無造作に履き捨ててある靴を見てから、柴田が啖呵を切った。と同時にアキヒロが部屋になだれ込んだ。
小柄な小野の体の横を抜けて、ワンルームの中へ消えて行く。
「おい!」
後ろを振り返ろうとした小野の腕は、柴田に掴まれた。
「まあ、少し話をしようぜ。」
「くそっ、何だよお前ら、警察を呼ぶぞ!」
「呼んでみろよ。全部調べ上げた。捕まるのは、お前だ。」
俺は怒りを抑えながら、自分の携帯を小野に差し出した。小野が黙り込む。
部屋の中から、アキヒロの声が上がった。
「あった!車のスペアキー、免許証、パソコン!ネットも繋がるぞ、鈴村恵梨のファンサイトへのショートカットも入ってる!」
小野の表情がみるみる固くなっていく。
そして、ミズノの金属バットを持って、アキヒロが玄関に帰ってきた。
「捕まる前に、すげー面白いもの見せてやるよ。」
アキヒロが斜めに下げたカバンから、コルクで封をされたラムネ瓶を取り出した。
中身が入っている。俺も柴田も、何も聞いていなかった。
せっせとラムネ瓶のコルクを開けて、中の液体をバットにかけた。
そこで柴田の顔色が変わった。何かを理解した顔だ。「電気!」と叫ぶ。
「なるほどね…」
と呟きながらも、小野を掴む手は離していない。
慌てて俺は電気のスイッチを切った。アキヒロがリビングの電気を消す。
バットに、青白く光る何かがへばりついている。俺は未だわからなかった。
再び柴田が「電気!」と叫んだので、俺は玄関の電気を点けた。
こんな状態で小野に逃げられてもたまらない。
アキヒロは取り出していた携帯を閉じて、口を開いた。
小野はさっきから、辺りをキョロキョロしていた。――逃げ場を探しているのか。
「警察が来るまで話でもしようか。今光ったモノは、広樹の血液だよ。」
俺は耳を疑った。血液が、光るだって?
「ルミノール反応…」と、柴田が呟いた。
「俺を置いていかないでくれ。」
思わず言葉に出てしまっていた。
「刑事モノの科学捜査とかでよくやってるやつだよ。」と柴田は笑った。
「ルミノールを溶かしたやつに過酸化水素を混ぜたんだ。血液とかヘモグロビンに反応して発光するから、血痕を見つけるのに使えるんだよ。」
ルミノール、なんとか水素、ヘモグなんとか……ぜんぜん理解できなかった。
だが、あのバットには柴田の血がついている。つまり、小野があのバットで柴田をぶん殴ったのはわかった。
「てめえ!」
小野が叫んだ。柴田の腕を振り切って、アキヒロが投げ捨てたバットを拾い上げる!――が、その時にはもう俺の蹴りが、小野の背中に当たっていたので、小野はバットごと廊下にべしゃっと叩きつけられた。
「どうせ俺たちが警察に突き出さなくても、修理に出した事故車両を警察に届けられてお前は事情聴取だよ。」
柴田の言葉を待っていたように、玄関へ二人の警官が到着した。
警官に誤解され、俺たちまで事情聴取を受けたのは納得がいかなかった。
こうして、アキヒロの資料と俺達三人とエリの証言から、小野 渉が逮捕され、エリのストーカー騒動は収まった。
色々な方面からこっぴどく叱られたが、唯一の問題は、会社の今月の業績がひどく悪かったことくらいだった。
――Someone was out of our world 『This Moment』, Matsushita was.
-Don't ignore any crimes-
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