第三章:Don't ignore any crimes -2
*9*
柴田のケガは思ったより早く完治しそうだ。
咄嗟に打撃点を外したあたり、やはり頭がいいんだろう。
今回のケガで少しばかり、馬鹿になってみればいいんだ。
――This Moment;9th flet
「じゃあ、同一人物なのは確定なのな?」
アキヒロがカタカタとキーボードを叩き始めた。
高円寺の病室の窓に射す夕日が画面に反射して、目に突き刺さる。
柴田はもう食事を取れる程に回復していた。その間、二日である。
「うん、大きさ的に金属バットだったと思ったんだけど、斜めに入ってきたから、まず俺よりは身長が低いな。」
ジェスチャーを交えてさくさくと話す。職業柄、説明は得意そうに見えた。
もっとも、こいつは昔から頭の良い喋り方をしていたが。
「頭半分ぐらいは小さいんじゃないのかな。百六十前半くらい。足のサイズは見た所、二十五前後。」
自分が殴られて気絶させられたというのに、この洞察力も不思議である。
「頭を殴られたとは思えない記憶力だよね。ショックで覚えてないのが普通だろうに。」
アキヒロがハハハと苦笑いして、言った。俺と同じ事を考えている。
「ただじゃ起きないって意味では、立派な男ですよね。」
柴田が、見舞いのスコーンを食べながら返してのけた。
「エリの調子は?」
スコーンの油を舐めとりながら、柴田が顔を見上げる。
「自分の心配をしろよ。仕事は休まず。送り迎えをマネージャーにやってもらってる。」
「そうか。ストーカー規制法がある時代で良かったな。」
以前の日本では、ストーカーは軽犯罪法や条例でしか取り締まれなかったのだ。
そのせいで多くの女性が涙を、いや、血をも流す羽目になった例もある。
絶対に、許すわけにはいかないのだ。
相手が彼女だからというだけでない、俺は、そういうカッコ悪いことが大嫌いなのだ。
「絶対に、突き止めような。」
画面を見ながら、アキヒロが聞いてくる。心を、読まれていた?
そして懐からおもむろに、一冊の手帳を取り出す。
柴田がははーんと、その手帳を指で突いた。
「おま…光浩さん、それ公記号偽造っていう立派な――」
「知ってるよ。レプリカでーす。」
手帳をぱたぱたとさせながら言う。レプリカと行っても、≪それ≫を出せばたいていの人は驚くだろう。
わざわざ中に合成写真まで使っているから尚更だ。
『自分の手で捕まえる』。間違いなく、そんな雰囲気が漂っていた。
午後十時すぎ、今日は俺がエリを迎えに行った。家まで送るついでに、アキヒロも連れて行った。
正直、少し責任を感じている。柴田をやったのがストーカーならば、それは俺のせいだ。
俺はエリの家から一番距離が遠いから、知らせを受けてまず、柴田とアキヒロを向かわせた。
「イライラしてんな。責任感じてんの?」
助手席で携帯をイジるアキヒロの指摘にもいちいち腹が立った。図星だからに他ならない。
「馬鹿だな。どうせお前が最初に行ってても、こうなったよ。」
「どういう意味だよ?」
アクセルを踏みすぎていた。アキヒロがぱたんと携帯を閉じる。
「ほらほら、スピード――と、お前が迎えに行ったとしても、どうせ俺たちは集まるでしょ?」
大袈裟に手を広げながら、アキヒロが「犯人を突き止めにね。」と続けた。
「どうせ俺達は顔を見られるわけさ、そしてお前には手を出さない。怖いでしょ?普通。」
ガタイの良い男と、華奢な男。チキンが狙うなら、どっちだろう?
――納得した。申し訳ない気持ちになってきた。
「なんか巻き込んだみたいだな、すまん。」
「はは、俺は無傷なんだし、それは広樹に言えよ。」
大体お前に捜査は無理だろ、と付け加えられた。
柴田が無事だった事で、少し心に余裕が生まれているのだろう。
次の瞬間、真剣な表情になると、言った。
「俺は、犯人はすぐに、そしてシロウトの俺達が捕まえられると確信してる。」
トンネルに入った。中のオレンジの灯りが、アキヒロの顔を照らす。
「ストーカーってのは、要は自己顕示欲が強いってことでしょ?」
ジコケンジヨク、昔よくアキヒロが使っていた単語だった。
「自分を見てほしくてしょうがない。――大好きな人に、見てもらいたい。」
気づけば口に出していた。トンネルが終わる。
「だったら次も奴は行動を起こすよ。俺はエリの周辺から、犯人を割り出してみる。」
まるで警察であるかのような口ぶりで言う。そういえば、アキヒロはこういう類の人種が一番嫌いなんだったな。
もはや、他人事ではないのだ。アキヒロもいつ狙われるか、わからない。
その覚悟は、出来ているのだろうか?いや、出来ているに違いない。
立場が同じである広樹でさえ狙われたのだから。
*
「ファンレター?」
恵梨は思わず聞き返してしまった。
マサヤと一緒についてきたアキヒロが、開口一番聞いてきたんだ。
「それなら、警察から返ってきていますよ。」
後ろで、マネージャーの豊田さんの声がした。
昨日の昼、警察がファンレターをまとめて押収してったのだ。
ほんの一時間前に返ってきて、今は袋に入ってデスクに置いてある。
「貸してください。警察は何も教えてくれないと思いますので。」
と、単調直入に言った。用件や結果から言うのは、アキヒロにしては珍しかった。
「いいのかなー…」
迷ってる豊田さんを無視した上に、アキヒロは勝手に袋を掴んじゃった。
でも、恵梨は何も言わなかった。
一昨日の一件は、すごく怖かった。みんなが来てくれなかったらと思った。
こんな奴は、一刻もはやく捕まってほしい。
*
「転がりこんで悪いね。」
結局、エリの部屋までついて行ってしまった。少しでも何かを聞きたかった。
マサヤは何も言わなかった。大丈夫だよ、ちゃんと出て行くから。
俺はエリの部屋に一番に上がると、その場でファンレターの束を開けた。
便箋の名前だけ目を通してみても、どうやら男女問わず人気があるようだ。そういえば、中学のときもそうだった。
手紙の内容はどれも当たり障りのないものばかりで、純粋なファンに恵まれたと、そう思った。
一時間ほどかけて約二千枚、ほぼすべてのファンレターをチェックした。
もちろんマサヤもエリも手伝ってくれたので、一人でやるより断然早かった。
残り二十枚の手紙をチェックしているとき、気になる文面を見つけた。
『恵梨ちゃんの家突き止めました。きれいな色のカーテンだね。』
俺は思わず顔をエリに向けてしまった。
「なんでこれすぐ警察に言わなかったんだよ。」
「こういうのは、よく来るみたいだから。」
エリは手紙を読むと、少し表情に影を落として言った。
怖くなったのか、一昨日の事を思い出したのかはわからなかった。
「おい。」
横でマサヤの声がした。別の手紙を見ていた。
「これ、差出人同じじゃねえ?」
マサヤが見ていたのは別の手紙だった。同じ便箋、同じ筆跡だ。
『恵梨ちゃんかわいいよ恵梨ちゃん、結婚したいです』
確かに、差出人と住所も一緒だった。
――森田 祐一。住所はここからほど近い、吉祥寺だった。
「こっちにもあったよ!差出人はないけど…同じ人っぽいよね。」
エリが最後の一枚を見せてきた。
『今日、恵梨ちゃんに会いに行くよ』
受信日付は一昨日。これだけは電子メールを印刷したものだった。そういえば、この時代は電子メールでもファンレターが送れる。
俺にも好きな芸能人がいるからわかる。ファンレターを送ったことは一度も無いが。
実際にこの二千枚の中にも、二~三百枚の電子メールがあった。
「明日、行ってみよう。」
言ってから、俺は考え込んだ。自分がストーカーなら、ウソの住所と名前を書く。
手首を鳴らすマサヤには悪いけど、あまり期待はできなかった。
それでも何か、情報は得られるかもしれない。
武蔵境の家への最後の路地を歩いているとき、俺は考えた。
ストーカーは、俺の顔も知っている。
これでも有名人なわけだから、メディアに顔の露出もある。
と、言うことは――
辺りを見回した。とりあえず、歩いている人は見えない。
線路沿いだから人目につかないわけではない。少し早足になって歩き出した。
――確かに、怖いか怖くないかと言ったら、怖い。
それでも俺にとって、無視できるような被害者ではないのだ。
後ろから車の音が聞こえてきた。真ん中を歩いていた俺は、脇に寄る。
パァーッと車のライトが俺を照らした時、俺は何かを感じて後ろを振り返った。
走ってくる車は、俺の方をまっすぐ向いて、スピードを上げてくる。
俺は咄嗟に傍にあった自転車を放り投げ、道路脇の雑木林にダイブした。
車のブレーキ音と衝突音、土の味がする。
俺の体は林に頭から突っ込んだが、痛みはどこにもなかった。
どうやら車は俺にぶつかったわけではないと、ほっとした。
慌てて体勢を整え、林から飛び出ると、フロントガラスの割れた車が止まっていた。
それを確認した後、道路の反対側にバラバラになったタイヤと鉄のパイプが見つかった。
自転車だ。
背筋に悪寒が走る。俺でも、バラバラになったのか?
土の味がするツバを吐き出し、ゆっくりと車に近づくと、その車は突然急発進して、通りを抜けていった。
「た、助かった…?」
思わずため息をついて、独り言を発してしまった。
俺は家への残り数十メートルを全速力で走り、その場から再び警察とマサヤに電話をかけた。
――I understood. We're already "concerned" people 『This Moment』
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