第ニ章:on the Royal Garden -4
*7*
――山口は目の前にもう居ない。
それでも、言葉だけはずっと、俺の頭に響いていた。
そしてその言葉を受け、俺も今――跳ぶ。
――This Moment;7th flet
*
「勝手に死んだみたいにしてんじゃねーよ。」
柴田くんが山口くんに頭をばしっと叩かれていた。
はずみで飲んでいたジンジャーエールをこぼしてしまう。――それ、わたしのだよ。
『うえ』で何があったのかはわからないけど、わたしが何かやらかしたのは確かだった。
嫌われてる感じはないけど、少し恨めしそうな目で見てくる。かわいい。
柴田くんに«Considerist»の認定をもらったはず、なんだけどなあ。
流石に好きだああとか叫びはしなかったけど、恵梨ちゃんは見ていたのだろうか。
この後もう一回休憩があるって言ったから、その時に砂浜まで出る話になってる。楽しみ。
――にしても、このグループ色々とぶっ飛んでるね。
先生とか社長とか芸能人とか、おまけにミュージシャンまでいるし。
この人たちはもう慣れっこなのだろうか。いい加減に気づいてほしい。
「松中何してんの?今度はお前がおせーよ。」
数メートル先で声をかけてくれる柴田くんは、少し遠くに見えた。
準備作業が滞り、午後四時を回っても恵梨ちゃんの休憩は来なかった。
何でも憧れの女優・真更貴子さんとの対談があるそうなのだ。
恵梨ちゃんが真更さんを尊敬する、という構図はあんまり想像つかないのだけれど。
仕方がないので、波のプールの際でゆらゆらと揺られながら、わたし達三人は午後を過ごしていた。
もちろんブーツサンダルは今でも履きっぱなし。柴田くんは変な目で見るけど、盗られたら大変なんだし。
なんてったってわたしの«基本(スタンダード)»なんだしね。
「せっかくだから波の出るとこ行こうぜ。」
山口くんが送水口を指差して言った。
「わたしは…。」
確かに、あそこの方がこんなヌルい所よりも、格段に面白そうに見える。
だけどわたしの身長はわずか一四九センチしかない。ミニミニなのだ。
だが、そんなことは山口くんも、柴田くんにも見ればわかる。
「二人で行ってきたらいいよ。ここから見てても楽しいし。」
ちょっと気を使ってみるのだが、二人は顔を見合わせるばかりだった。
「何言っちゃってんの?」
ふいに、柴田くんに腕を掴まれた。
「わわわっ!ちょっと!」
思わず慌てた声が出てしまう。足がつかないところでは、泳ぎたくないんだけど…。
そのまま深いところまで引きずられている。もう既に足はつかなかった。
それでも、わたしは沈まない。だって、柴田くんがいるから。
*
昼過ぎから、見せ付けてくれるよな。
コレで自覚がないとか本当に笑わせてくれる。
柴田と奈穂ちゃんは、どこからどう見ても恋人たりえるだろうに。
俺は奈穂ちゃんの手を引いて行く柴田の後を追って、波のプールの送水口へ向かった。
「柴田が掴んでれば、溺れることはないだろ。」
奈穂ちゃんは泳げないらしい、が、流石に腕を引かれてれば溺れはしまい。
送水口の手前を仕切るようにブイがあるから、そこを掴んでいれば大丈夫だ。
それにしても、あそこまで距離が近いと、こっちがムカついてくるぐらいだ。
何度も何度も、目の前のじれったい光景が俺をイラつかせる。
そこにちょうど、手を引く柴田のケツが向いたもんだから――
ドカッ、と一発蹴ってしまった。
「おわっ――」
と、柴田がとっさに奈穂ちゃんを抱えたまま水中で半回りする。
伊達に運動神経が良いわけじゃないみたいだ、自分のこと以外にも気が回っている。
それを無視して俺は、一人先にブイに辿り着いた。
後はもう、柴田次第なのだから。
*
松中を取り逃がさないようにしながら、俺は一回りした。――山口、蹴ったのね。
さぁこの、『松中を抱きかかえてしまった』感じ、どうしよう。
冷静になろうと一所懸命な自分がいるが、流石にちょっと不測の事態だ。
とりあえず松中が動転しないよう――もう目がくりくりしてるから無理かな――ブイへと引っ張り続けていくことにした。
地面をだっと蹴って、元の体勢に戻る。出来ればもうちょっと抱えてたかったけど。
松中が戻ってくるのにもう少し時間がかかりそうだ。目がくりくりしている。
「え?え?」
「どこかタチの悪いやつがぶつかってきたみたいだ。」
――足で。
あくまで冷静に俺は言い放った。言い『放って』しまうことが、動揺の証だと気づいたのは後だった。
「タチの悪いやつ、ね。」
松中が苦笑いを浮かべた。怒っている、わけではなさそうだ。
「あーっ。やっぱり波が気持ちぃ!」
そう言って松中がブイに腕を引っ掛けると同時に、俺は山口のわき腹を足で小突いてやった。
この程度の反撃は想定の範囲内なんだろう。俺の方を向くと、ビシッと親指を立てやがった。
「おまっ――」
水鉄砲をぶち当ててやろうと思った矢先に、ピィーーッと長い笛が鳴る。
「んだよ、せっかくここまで来たのに。」
山口が舌打ちをして、プールの外へ振り返った。
調整があるんだろう。ゴボゴボと送水口のかさが減っていく、ように見える。
そして、俺が後ろ手に松中を誘ったところで――彼女が悲鳴をあげた。
山口と一緒に振り返る。見た目には、特に変化は無い。
「ブーツっ!」
それだけ言うと松中は、水中へと潜りこんでしまった。流されたのか!
「おま、そんなに泳げないだろ!」
水中の松中に声が届かないのはわかっていた。俺は山口に一つうなずいてから、水中へと潜り、水を蹴って松中を追った。
あまり慣れないが、そんな場合ではない。水中で目を開けた。
送水口の鉄の仕切りが、一箇所壊れている。松中のブーツサンダルが見える。
――アホなことしてるから、こうなるんだよ。
盗るのは人間とは限らない。そう思った。
仕切りから手を伸ばしている松中の肩を掴んで、俺は一旦上に戻った。
「すみやかに水から上がってくださーい!」
プールの上から、係員が注意に寄ってくる。
「山口。」
松中の背中をトンと押す。山口が手を掴んでくれた。
「え、柴田く――」
「ちょっとだけ待ってください。」
俺は係員を見上げてそう言うと、再び水を蹴った。
再び仕切りの前にやってきた。俺の腕がやっと入るスペースだ。
思いっきり腕を伸ばす。もう、僅かに足りない。
――息が、苦しくなってくる。
『取り返してくれるの?』と松中は言った。
いいよ、取ってやる!俺は勢いをつけて、肩までスペースに滑り込ませた。
俺の三つの指が、サンダルのつま先を掴む。息が切れた。――ヤバい!
それと同時に、俺の体はものすごい勢いで引っ張られた。
こんな時にこんな馬鹿力を出せるのは、恐らくあいつしかいないだろう。
「げっほ!」
足がついて、水面に上がると同時に、俺は激しく咳き込んだ。
「柴田くん!だいじょうぶ!?」
松中が申し訳なさそうに背中を叩いた。その目には涙が浮かんでいる。
水が入って耳が遠い。目も痛い。
それでも、遠慮を知らない彼女の声は、よく聞こえた。
「ほら、早く上がるぞ。」
サンダルを渡すと同時に、俺は不機嫌な顔で見下ろす係員をチラっと見やった。
それから山口の方を向いて頭を下げる。
「助かったよ。引っ張ってくんなかったら死んでたかも。」
「だろうな。」
山口が苦笑いしながら、肩を貸してくれた。さすがに肝を冷やしたようだ。
――Without them, "We" couldn't have 『This Moment』.
-on the Royal Garden-
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