第ニ章:on the Royal Garden -2



*5*


『水平線がお日様とキスしながら、一日の始まりを讃える』…。

かなり昔の歌を思い出しながら、俺たちはまた『大磯ロングビーチ』に来ていた。

俺たちがいるのは中央にあるビーチパラソル集団の一つだ。レンタル料四千五百円。

デッキチェアを借りて自分達で"エリア"を作った頃を思い出す。今は学生の頃とは違う。

いくらお金をつぎ込んでもいい。それ程に『俺たちの』ロングビーチは重要だった。昔のように三百六十五日、一緒にはいられない。

――どんだけ馴れ合うんだ。俺は一人で突っ込んだ。

一緒に来ている柴田とその彼女・奈穂ちゃんは飲み物を買いに行っている。

残された俺は一人、肌に照りつける日差しを楽しんでいた。デッキチェアにうつぶせに横たわる。

やっぱりね、何歳になっても健康的な日焼けは重要なのさ。

ビーチパラソル集団の部分は少し高くなっていて、その下――流れるプールがある周辺では、はしゃぐ人達の歓声がうるさかった。

「もうちょっと屈んで、"一緒にいる"雰囲気出してっ!」

その中でシャッターを切る音と、こまごま注文をつける声が聞こえる。

――今日のエリは『お仕事』としてロングビーチに来ているのだ。

ところで、一緒にいる雰囲気とはどうやって出すのだろう。


――This Moment;5th flet



「つっかれたー。」

エリがタオルを肩に掛けながら、"エリア"への階段を登ってくる。

さっきまでカメラに向けていた視線より、瞳が穏やかに見えた。

――俺はそっちの世界も公認の彼氏なのだろうか。まぁ、違くても一緒に遊ぶんだが。

「今度はここの―ロングビーチの―CMなんだっけ?」

「うん、何でもう二十三になった私がやるんだろうね。」

――確かに、もう『フレッシュ』という年ではないわけだが。

こいつにもその自覚はあるらしい、が、その目は納得いかなさそうに俺を見る。

「…マサヤくん、何かな?」

「何でもないわ。」

俺は目を瞑った。

「まぁ、演技とかそういうものよりはいいんだけど。」

エリは女優業よりも、モデルやCMの方を好んでいるようだ。

確かに、こいつが出演した作品の中ではあまり演技が上手いほうではなかった。

どこかの有名な探偵ドラマに出演したメジャーリーガーのようだった。

恐らく、自分が自分以外の『誰か』になる感覚がよくわからないのだろう。

アキヒロとか、柴田とか、そういうことが得意な奴らに学べばよかったのに。

「ああ、エリ。」

俺は目を開けた。エリはパラソルの下に敷いたシートから、流れるプールを回る群衆を見つめていた。

「"一緒にいる雰囲気"って、どうやって出すの?」

意味不明な雰囲気をバカにするように聞いてやった。

笑い話になると思ったのに、エリはもっとバカだった。

「こんな感じでしょ?」

俺のレンズ――眼をまっすぐ見つめながら、ちょっと恥ずかしげにウインクした。


 南中を迎える頃には、俺たちの空腹がピークに達していた。

真上から突き刺してくる日差しの中、フードコートの一つのテーブルを囲んで昼食を取った。

「あれ?奈穂ちゃん、どした?」

奈穂ちゃんは隣に座るエリをじーーっと見たまま、ホットドッグに口をつけられずにいた。

当のエリはぱくぱくとバジル・フレーバーのポテトをかきこんでいた。――気づいた。

「どうかしたの?熱中症じゃないよね?」

自分のジンジャーエールを目の前に差し出すが、首をふるふると横に振るばかりだ。

柴田があんまり心配そうな様子じゃないから、熱中症は疑ってないが…まさか?

「こいつを芸能人だと思っちゃダメだぞ、ただの俺のかのじょでー…ダメか。」

エリの頬をつまんで左右に引き伸ばしてみた。少し奈穂ちゃんの口元が緩んだ――気がした。

奈穂ちゃんはこのメンツに加わったのは初めてだ。いわば、ソロでアウェー。

「松中、目がキラキラしてるって。肩がすくんでるって。」

俺の限界を悟ったのか、柴田が割って入ってきた。そうだそうだ、保護者はお前だろ。

その柴田は目頭を擦ると、エリに人差し指を向ける。そういえば――

「さっきエリが、『ナホちゃん、よろしくね』なんてがっつり握手するから…。」

確かにそうだ。そのくだり以降、奈穂ちゃんはどこかぽわぽわしていた。

「だって、トップモデルが隣にいるって、信じられないよ!?」

ぐいっとカップ一杯のジンジャーエールを飲み干すと、奈穂ちゃんは身を乗り出してそう言った。

俺は思わず笑ってしまった。そっくりすぎるだろ。エリナと。

「まあまあ、なんだかんだ第一リアクションはみんな同じなんだよなあ。」

言ってから俺はハッとなった。つい口がすべってしまったのだ。

俺のあばらを小突いてくるエリのツッコミも微妙に遅い。

「みんな?」

「――『高校の友達』とかね。」

柴田がちょうど、新しいジンジャーエールを奈穂ちゃんに買ってきたところだった。


結局、テーブルを経つ頃になると、二人で肩を並べて歩き出すまでに回復したので、俺はホッとした。

――そういえば、あの時も十五分の観覧車で打ち解けたんだっけな。

「どうかした?」

俺の横を歩く柴田が感づいた。

「いや、何でもね。」

――こいつにはうかつに顔を見せちゃいけねえわ。



 昔、度胸付けに飛んだ十メートルのジャンプ台は今も健在だ。俺は二度とあそこに立つ気がしないが。

波のプールもウォータースライダーもまだある。フードコートの売り子は、今年もよく日焼けしている。

今年も何も変わらない――チクっと何かが心に刺さった気もするが――ロングビーチが、なんだか嬉しかった。

松中がようやくこの顔ぶれに馴染んできたところで、俺たちは遊びにベクトルを向けはじめた。

今は手始めに、四人でゆったりと流れるプールを回っている。

――冷静に考えてみると、社長に"先生"、モデルにミュージシャン。訳のわからないメンツだな。

「柴田くん、行かないの?」

顔を上げると、松中がこっちを振り返っていた。

山口もエリもとうに先を進んでいた。俺の歩幅だけが小さかったようだ。

「問題ないよ。」

蹴伸びで松中に追いついた時、彼女がサンダルを(もちろんブーツサンダルを)履いたままなのに気がついた。

「いくら基本でも、サンダルぐらい置いてきなよ…。」

周りはみんな裸足だった。他人の足元を見る機会が少ないとはいえ、その光景は不自然だった。

«Considerist(熟考者)»の俺ですら理解不能だ。

「盗まれたら、嫌だしねぇ。」

全く臆せずに言い放つと、いつものまっすぐな視線で俺に聞いてきた。

「取り返してくれるの?」

お前は俺を彼氏とでも思ってるのかよ。――あれ?

奇妙な感覚に陥った。それでも言葉だけは、冷静になっていた。

「みんな自分の所有物に一所懸命なんだから、こんな所でサンダルは――ブーツサンダルは取られないよ。」

その感覚を払拭すべく、俺は早足で歩き出した。

だいじょうぶ、きっと松中もついてこれる。それに、山口達に追いつかなくては。

南風が、ロングビーチの下に広がる海から、波音を運んできた。

――どうして海岸沿いに、プールなんて作ったんだろう。





――We aren't often able to forget brilliant moments,

――But『This Moment』creates new histories to us frequently.


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