第ニ章:on the Royal Garden -1
―第二章・on the Royal Garden―
*4*
国道二四六号線を真っ直ぐ南へ下ると、右手に山がどこまでもそびえ立っているのが見えた。
東京二十三区ではまず見られないであろう、開発してはいけない聖域。
厚木市の終わりが来て、別の市へと車は入っていった。俺の―俺たちの―地元、伊勢原市。
山しか能の無い、都会に憧れている『発展模倣都市(ビルディング・シティー)』だ。
二十三歳になった今、俺は思う。無理に倣おうとせず、持ち味を活かす他に選択肢はないんじゃないだろうか。この街には。
――This Moment;4th flet
週に一度の休みの今日は、気温も控えめで、青空に恵まれていた。冷夏は思わぬところで、俺を救ってくれる。
国道二四六号線を降り、平塚市に向かって車を走らせると、すぐにそれは見えた。
巨大な敷地にたくさんのトラック、建物の壁には大きく『Winds』と書いてある。
――この辺りは市内の物流業者が集中しているところだ。通称、歌川物流区。
俺の幼馴染――オスという生物の塊――の経営する物流業者が、そこにある。
車を適当なところに停め、外で作業をするパートのおばさん達に会釈をしながら建物に入った。
冷夏とは言え七月は立派に夏で、暑い。ちょっと車から歩いただけで、どくどくと汗が俺の首筋へと滑ってくる。
茹だりながら、Tシャツ一枚で出社(従業員でも経営者でもないが)してきた俺を、受付の女の子は快く迎えてくれた。
見たところまだ二十二か三―俺たちと同じぐらいの年―のOLに、やつはどれ程の給与を与えているのだろうか。
「お疲れ様です、柴田さん。社長はプレジデント・オフィスにいらっしゃいます。」
「ありがとう。」
くるっと振り返り、俺は冷房の効きすぎている廊下を真っ直ぐ歩き出した。
廊下よりもさらに冷房の効きすぎている『プレジデント・オフィス』へと入った。ノックはしていない。
「柴田じゃんか。」
じゃんか?
若干二十二歳にして社長でオスの塊――山口 将也――は、こともあろうに半ズボンでキャスター付のソファーにあぐらをかいていた。
その手にはPSPを握っている。隠そうとする仕草が見えることから、俺だと思わなかったのだろう。
「社員がかわいそうになってきたわ。」
俺は山口の手からPSPを取り上げ、会議用のソファーにどかっと座った。
「経営は順調ですか?」
ゲームを操作しながら、俺は意識だけを山口に向けた。
「そんなに次の飲み会で潰されたいのか、度胸あんなぁ。」
――俺は黙ってPSPを返却した。俺はまったくの下戸というわけではないが、山口に付き合えるほどの脱水素酵素は持ち合わせていない。
「問題ないよ。お前こそ奈穂ちゃん頂けたのか?」
「その話はしないでくれ。」
頂けるものなら頂いてしまいたい。
俺はため息をついてしまった。お前みたいに――
「俺はお前みたいにガツガツはいけないわ。」
思わず言葉に出てしまう。オスの塊がうらやましい。
山口は組んだ足をほどいて、言った。
「別にガツガツいってる訳じゃないんだがな。お前はゆっくりし過ぎなの。時間は――」
「――限られてるんだろ?わかってるよ。行くところでは行ってますから!」
そう、わかってるんだ。わかってるんだけど――
「ビビるなよ。」
俺は何も言えなくなった。代わりにため息をひとつつく。
ため息の返事に鳴ったのは、山口の携帯だった。
*
柴田がうなだれると同時に電話が鳴った。――お前か。
「もしもし、マサヤ?」
電話の向こうが騒がしいが、声だけは聞いて取れる。
「どうかした?」
「CMの撮影が終わったとこ。」
視線の向こうでは柴田が俺を見つめている。何だよ。
「お疲れ。この前の話どうだった?」
電話の向こうが静かになった。撤収完了、かな。
相手は含みがちに答えた。トーンが落ちている。
「うん…その日は仕事だったん…だけど…」
「そうか。」
俺は話を止めようとした、が、急に相手の声が明るくなった。
「でもね、別の日曜日がちょうど、ロングビーチでの撮影でした~!」
うきうきとした声が、部屋中に響く。柴田にも聞こえたらしい。
「いいじゃん。じゃあ、ちょうどここで暇している柴田も誘おうかな。」
ちょうどそこで暇している柴田も、首を縦に振った。元から誘っているから当然だ。
俺たちは、毎夏に必ず『大磯ロングビーチ』―近くにある海隣接型のプールだ―へ行く。
「松中も誘ってみるか。」
奈穂ちゃん(柴田の彼女)は神奈川出身ではないから、きっと喜ぶだろう。
地元では有名なプール施設だが、外ではさっぱりの場所だからな。
奈穂ちゃんは大学の時に同じゼミだったから、面識はある。手を出さなくてよかった。
酔って柴田の背中に吐いた事はお互いもう忘れちまったのだろうか。
*
電話を切ったとたん、山口の声の調子は元に戻った。
――男女で会話の調子が違うのは昔からだな。
恐らく相手には予想がつく――他にもいなければ、だが。
山口には中学の頃から付き合っている彼女がいる。――『鈴村恵梨』という、れっきとしたファッションモデルだ。
中学は休みがちだったが、きちっと成績優秀で(主に俺の指導あって)同じ高校へ進学を決めたのだった。
「奈穂ちゃん来れんの?」
「日曜日なら、だいじょぶでしょ。」
「一ヶ月くらい会ってないが、アキヒロは?」
光浩は言っていた。明日からツアーだ、と。それに――
「顔なじみとは言え、Wデートにシングルは辛いでしょ。」
俺はソファーに横たわって言った。
それに、あれから"恋愛をしていない"光浩を連れて行ったら、『よしえちゃん』との事を思い出してしまうかもしれない。
「そうだな。」
あくびを一つした俺を尻目にそう言って、山口は取引先へ電話をかけ始めた。
社会人としての仕事はキッチリこなしているようだ。
国道二四六号線を今度は北に上りながら、俺は考えていた。
毎年のようにロングビーチへ行くが、松中を誘うのは初めてだ。
ここ三、四年はずっと、俺、山口、エリ、そして光浩の四人で行動している。
高校を卒業してからも面子は変わらなかった。エリは仕事で中退、光浩も卒業後音楽フリーターの道を進んだが、この四人は変わらない。
もう十三年(エリは十一年)も一緒にいると、逆に『数年ぶり』とかそういう事態が考えられなくなってくる。
十年後はきっと、光浩の奥さん―と、松中が居たらいいが―もいるだろう。
何となくそんな付き合いを楽しみにしながら、俺はまた一週間がんばろうと思った。
――It just spent seven years 'til『This Moment』
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