第六話:西へ!

「西へ!」


 僕が声を上げて〈黒飛竜ワイバーン〉を駆れば、僕達は僅かに顔を覗かせ始めた朝日に背を向け、勢いよく飛び出した。


「これは......時間との勝負よの。」


「そうだね。幸い目的地が西だから、まだ救いがあった......。」


 もし、東に向かうことになっていれば。

 朝日に向かって突き進む、という大変詩的な字面とともに、夜襲を想定した漆黒の機体が日の下に自らを晒すという大変間の抜けた絵面になってしまうところだった。


「こんなときに冗談を思い付くとは、お主も案外余裕よの。」


「そういう訳じゃないんだけど......。

 なんだか小竜を逃がすために〈ワイバーン〉に乗るのがおかしくって。」


「そうだったな。お主はおかしな奴だったな。」


 カッカッカ、と笑うラースと共に、僕らは西を目指し続けた。







 どれ位の時間が経っただろう。

 滅龍の民の里を出て、いくつかの山々を越えた。


 あの里......「滅龍の里」は、そもそもこの国の秘中の秘だ。

 「須佐之國」で、表向き竜や龍にまつわる総てを禁忌としていながらも、竜や龍に抗うべく飼われた竜/龍の子ら。それが滅龍機士ぼくたちだ。

 バケモノに自由は無く、山々に囲まれた里の中で、この世の殆どに認め知られることなく戦い続ける。


 だから逆に、一度露見してしまえばこの国の根本が揺らぐ。

 の勝利で成り立っていた滅龍の国は、たやすく崩れ去るだろう。

 まぁ、この国にはもう戻らないつもりで逃げ出したんだ。

 変に言いふらすつもりもないし、放っておいて貰えるならそれが一番だ。

 だが......奴らはこっちの思惑なんで知ったこっちゃない。

 逃げ出したバケモノを捕らえようと暫くは必死になるだろう。


「バケモノ......のう。」


「どうかした?もしかしてまた盗み聞き??」


 ラースは、嫌でも聴こえるとは言ったものの、聴かないことも出来ると言って、安易に僕の心の声を聴かないと約束した。

 フェアでないのだそうだ。


「違うわ。......ただの独り言よの。」


「......そうか。」


 何を考えているのだろうか、この小竜は。

 自らが特別と知っている、生まれて間もない小竜。

 果たして、あの質問攻めの続きをするべきか......、そもそも、いつまで、どこまで共に行くのか。

 ただ真っ直ぐ飛び続けるだけだったせいか、いつの間にか緊張も薄れ、思考が逸れていた。

 しかしそれもまた考えずにはいられないことで、いつかは聞かなければならないことだった。


「ねぇ......」


「近いぞ、「地の獄」だ!!」


「え、もう!?」


 そういえば西に向かう任務は今まで殆どやらなかったし、ここまで遠出したのも初めてだったから土地勘なんて皆無だった。


「そうか、もうすぐか......」


「ところで、お主よ。

「地の獄」を越えるには、ちとコツが必要での?」


「コツ?」


「そうだ。「地の獄」が決して越えられないのは、ただの地理的な問題ではない。

 そうでなければこうやって飛び越えればいいのだからな。」


「そりゃぁ確かに。」


「では何かと言えば、引力と斥力よ。

「天幕」は一定の高さより下へ向けて斥力を生み出し、それ以上へは何人たりとも昇れなくする。

 逆に「地獄」は強力な引力を放ち、地獄の上を往くものを引きずり込む。」


「そうだったのか......詳しいね?」


「そうであろう。称えるがよいわ。

 ......という事で、やはり先程のようにしまおうかの。

 十秒後ぞ?

 それから、飛んだら後ろを見るのだ。」


「後ろ?」


 後ろってなんだ?


「ほれ行くぞ、さーん、にーい......」


「ちょ、ちょちょちょ待っ」



「さぁ、後ろを見るのだ。」



 浮遊感。〈ワイバーン〉に乗っている間は慣性と反動を少し感じるくらいで、感じる筈の無かったモノ。


 疑問に思いながらも後ろを見れば、いつの間にか越えていた「地の獄」を挟んだ向こう側。

 そこに、全身を光に包まれながら朽ち欠けていく“相棒ワイバーン”の姿があった。


「あ......」


「我直々の弔いよ。

 眠るがいい、哀れな小竜。」


 夜明けの光を背景に、光に還る〈ワイバーン〉。

 それはとても......眩しかった。


「............おやすみ。」


 僕達は、白く染まった〈ワイバーン〉の、最期の一欠片が風に溶けていくまで、見送り続けた。

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