香澄おすすめのお店とは!?

     ワシントン州 シアトル郊外 二〇一三年二月一七日 午後六時四五分

 香澄たちが何気ない世間話に花を咲かせている間に、一同はシアトル郊外にあるお店へ到着する。お店の看板には『撫子なでしこ』と漢字で書かれており、名前や時間帯などから察するに和食専門店に違いない。なお店名こそ漢字表記になっているものの、アメリカ人向けにローマ字で『Nadesiko』と別途書かれている。


 先導役の香澄に続くかのように、続々とお店の中へ入るトーマスたち。するとすぐに店員が香澄たちを出迎え、

「いらっしゃいませ。ご予約はされていますか?」

と問いかけてきた。事前に予約してある旨を伝えると、

「……先日ご予約をいただいた高村さまと、そのお連れの方でございますね。お待ちしておりました。お席へご案内致しますので、こちらへどうぞ」

白い割烹着かっぽうぎを着た日本人の男性店員は、香澄たちを席へと案内する。事前に“六名で来店する”と香澄が伝えていたためか、お店側は家族向けの席を用意してくれた。


 普段からお世話になっているケビンとフローラに対して、きちんとした形でお礼をしたいと思っていた様子の香澄。そこで日頃の感謝の気持ちを込めて、今日は香澄のおごりという形で彼らをこのお店へ招待したのだ。

 普段あまり外出する機会がない香澄だが、ケビンとトーマスが和食に興味があると知ってのことか、シアトル郊外の日本料理店を選ぶ。……香澄らしいセンスのあるお店だ。


 だがこのお店は隠れ家的な雰囲気でもあったためか、情報通のマーガレットはもちろんのこと、日本通のケビンも『撫子』というお店の存在を知らなかった。

「へぇ――シアトル郊外にこんなお店があったんだね。僕もこのお店は初めてだよ、カスミ」

「これでもシアトルの流行は一通り抑えているつもりだけど、私の情報網にも入ってこないとはね。……念のために聞くけど、香澄。このお店、大丈夫よね?」

新たなお店の発見に驚きを隠せないケビンとは対照的に、どこか半信半疑なマーガレット。二人の反応はまさに正反対で、人の行動や言動とは実に興味深い。

「心配しないで、メグ。このお店は私が高校生の時から利用しているから、味は保証するわ」

「そう、香澄が言うなら大丈夫ね」

 香澄のお墨付きということを知って納得したマーガレットは、テーブル席に備えてあるメニュー表を手に取る。

 そして今度は僕がお話したいという言わんばかりに、

「ねぇねぇ、香澄。このお店の雰囲気って、家とはまた違うね。こういう雰囲気って確か――って言うんだよね?」

と目を輝かせながら香澄へ質問する。

「えぇ、そうよ。シアトルはもちろんのこと、アメリカ全土でもあまり見かけない雰囲気だと私も思うわ。……でもトム、よくなんて難しい言葉知っていたわね。誰から聞いたの?」

「へへ、それはね……内緒!」


 店内は日本を強く意識しているのか、食器をはじめ料理を盛り付ける際に使用するお皿もすべて木製。メニューもすべて手書きと、まさに徹底したこだわりだ。

 しかしここで香澄たちの前に、ある問題が発生する。香澄が連れてきた『撫子』というお店は和食専門店なので、当然のことながら洋食は扱っていない。日本人の香澄をはじめ、日本食に詳しいハリソン夫妻は和食のメニューも大体把握している。

 だが和食に疎いアメリカ人のマーガレット・ジェニファー・トーマスの三人にとって、一体どんなメニューを注文すれば良いのかわからない。そのため今回に限って三人は、自分たちの注文する料理はすべて香澄へ一任することになった。

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